200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-200 北部解放

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 花山真弓は、90メートル級貨客船カナロアでズラ湾にやって来た。補給船と高速哨戒艇も同行している。
 補給船は船齢を重ねた蒸気レシプロ船だが、ボイラーは重油専焼缶で蒸気発生効率に優れている。蒸気の一部は小型タービンに接続されていて発電に使われる。
 速力は12ノットと遅い。セロの飛行船が跋扈する西アフリカ沿岸では使えないが、西地中海、ティレニア海、東地中海方面ならば、まだまだ現役だ。

 補給船から燃料、衣類、生活雑貨などが降ろされる。貨客船カナロアからは、クレーンで吊り下げられた自走105ミリ榴弾砲4輌が海上の舟艇に積まれる。この15メートル舟艇は、今回の補給船が運んだ。

 貨客船カナロアはズラ湾に留まり、探検船キヌエティは王冠湾に帰投する。補給船はキヌエティとカルタゴまで同行する。
 里崎杏は、旗艦をカナロアに移す。
 高速哨戒艇は2隻になった。

 花山真弓と里崎杏の会談は、旗艦カナロアで行われ、打ち解けたものだった。
「ケンくんは?」
 里崎の最初の問いは、花山の子のことだった。
「健昭は、父親のところ」
「え!」
「いや、香野木さんのところ」
「よかった。
 驚いちゃったよ」
 里崎は花山健昭の実父が、この世にいないことを知っていた。だから、驚いたのだ。
「で、花山さん。
 状況なんだけど、あまりよくないんだ。
 引っかき回しちゃったかも」
「ティターンって、国?」
 里崎は、この難しい質問にどう答えるか迷う。
「ティターン族は、南部西岸の農耕民だった。
 だけど、南部西岸最南端付近、つまりレムリアの南端で勃興した文明の影響を受けるんだ。
 そして、巨石文明を築く。
 ティターンは民族の名であり、都の名でもあるけど、領土を持つ国家の概念ではないかもしれない。
 ティターンの概念では、レムリア全土がティターンの所有なの。他の部族は不法滞在者かな。ティターンの土地で、ティターンに断りなく畑を開き、作物を植え、収穫する泥棒。
 その泥棒に慈悲深いティターンは、税を納め、奴隷を供出することで、住むことを許している……」
 花山は、ティターンの論理に疑問を感じる。
「里崎さん、ティターンに選民思想は?」
「ない。
 単に所有権の問題。レムリアはティターンのもので、ティターン以外は不当な占拠者、とティターンは考えている」
 花山は、予想していた以上に厄介だと感じた。
「それって、妥協の余地がない……」
「そうなの。
 妥協の余地はゼロ。
 ティターンにしてみれば、最大限譲歩していることになるのよ」
「でも、現実は違う」
「実際、遺伝子解析を待たなくてもヒトと近縁のこの大陸の住民は、ここで生まれたのか、他所から渡ってきたのか、それはわからないけど、ティターンが自分たちをティターンだと自認する以前からこの大陸に住んでいた。
 ティターンの勝手な理屈は、他の部族には通用しないってこと。
 だから、争いが起こる。
 そして、ティターンが勝ち続けている。
 つい最近まで、ね」
「う~ん。
 となると、講和は無理かな」
「ティターンと他部族間の講和は、ティターン次第ね。
 昔から部族間の争いはあるみたいだけれど、最後は族長同士が会談して妥協点を探っていた。
 族長は王様のようなものではなく、部族内と部族間の調整役。意見の相違をとりまとめて、妥協点を探ることが仕事。
 部族の指導者や支配者ではないの。
 ティターンの場合は市民に等級があって、市民等級ごとに選出される議員がいる。
 元老院議員は、選出されると任期は死ぬまで。でも、世襲はされない。
 一応ね。
 指導者は“総統”と呼ばれているけど、独裁者ではなく、彼も調整役。だから、民衆の意見や議会の意向には逆らえない。
 そんな統治機構らしい」
「里崎さん、よく調べたね」
「調べてないよ。
 ティターンに住んで、ティターンを観察していたラウラキ族のアクシャイっていう男の子がいるの。彼から聞いた話。
 全部ね」
「他にわかっていることは?」
「ティターンはレムリアを東西に3つ、南北に4つの地区に分けた。
 東岸、内陸、西岸。
 南部、中南部、中北部、北部。
 計12地区。
 中北部で武装蜂起があり、北部のごく一部は恭順していない」
「ごく一部?」
「ここよ。
 ズラ村。
 ルテニ族とラウラキ族の生き残りが開いた村。この村だけが北部で唯一、公然とティターンの統治に反意を示している」
「子供ばかりって聞いているけど……」
「その子供が強かなの。
 他の部族の若者も結構大胆に抵抗しているよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。
 今回のレミ族で痛感した。
 ティターンは、ティターン以外を殺めることに躊躇いがないんだ」
「で、どうするの?」
「香野木さんは何て言っていた?」
「香野木さん?
 モゴモゴ」
「そのモゴモゴを聞きたい」
「取引相手を守るように、って。
 シルクや農産物、その他食料の仕入れ先を守れ、って」
「つまり、戦っていいってことね」
「そうかな」
「海は任せて。
 陸は任せる」

 半田千早は、蹲ったカエルのような小型装甲車を見ている。
「これ、新型?」
 褐色の精霊族の車長が答える。
「あぁ、王冠湾が作ったんだ。
 水陸両用だ」
「リアにエンジンがあるんだね」
「後部にハッチがないけれど、左右に大型の観音開きドアがある。7人乗れる」
「機関銃は?」
「12.7ミリだ」
「何輌持ってきたの?」
「4輌だ」
「105SPも4輌だよね」
「そうだ。
 自走砲なんて使うのか?」
 半田千早が車長を見る。
「使うことになると思う。
 私たちが嫌でもね」

  テシレアはレミ族の使者と会っていた。
「ルテニの族長に申し上げる。
 我らレミはルテニと同心いたす」
 テシレアは慌てた。レミ族がルテニ族と同心すれば、それはティターンからすれば反乱に他ならない。
 そんなことをすれば、部族が根絶やしにされてしまう。
「そんなこと、ダメだよ」
「族長、もうレミはティターンに逆らってしまったんだ。後戻りはできない」
「北の商人からの話だけど……。
 取引相手を守るって」
「商売相手を守る?
 塩を売れば、守ってくれるのか?」
「そういうことなのかな?」
「こいつはたいへんだ。
 すぐに帰って、族長に報告しないと」

 花山真弓と里崎杏は、テシレアから豆を見せられていた。
「これって、もしかしてカカオ?」
 里崎の問いに花山は答えに窮する。
「これは、アーモンドだよね。
 それがカカオだとすると、アーモンドチョコが作れる……」
 里崎は花山の発想に呆れていたが、北アフリカにはアーモンドやカカオが栽培されている地域はない。非常に貴重な作物だ。
 テシレアが黒い塊を見せる。
「チョコね」
 破片を口に入れた里崎が呟く。
「すごいビター!
 砂糖が入っていないのかな?」
 テシレアは少し狼狽えていた。
「この豆は、薬として珍重されています。
 はるばる中南部からたくさんの部族の手を経て運ばれてきたのです」
 テシレアは、カカオ豆を出荷した族長からの手紙を見せる。
「族長からの手紙です」
 2人が興味を示す。
「読みます。
 若き北の族長へ。
 報復を恐れぬ抵抗に一縷の望みを託す。
 南の老いし族長より」
 2人が顔を見合わす。
「南にもティターンに抵抗する部族がいるのです。提督様、司令官様、どうか私たちの商いをお守りください」
 2人は、嫌とは言えなかった。

 花山真弓が司令官用プレハブ小屋に戻ると、入口に半田千早がいた。
「司令官、司令官用の軽装甲機動車だけど、パトロールに使いたいんだ。
 借りてもいいよね」
 半田千早は前置きなく、そう告げた。
「パトロール?」
「うん。
 北パトロールA班とB班、南パトロールC班とD班を編制するんだ。
 A班は軽装甲バギーと6輪装甲車、B班は軽装甲機動車と6輪装甲車、C班とD班は司令官が持ってきたフロッグ4輪装甲車2輌。
 パトロール隊が4班あれば、南北各100キロのランドレーンを警備できる」
「行動計画を作成して、すぐに提出。
 軽装甲機動車は借り物なんだけど……。
 まぁ、いいか」

 ズラ村は、ルテニ族、ラウラキ族、そしてティターンからの逃亡奴隷で運営されている。
 成人男性が少なく、また壮年以上は男女ともいない。年齢構成が歪だった。
 この状況は決して好ましくなく、ティターン以外の悪意ある部族から狙われる危険もあった。どの部族もティターンの搾取によって例外なく疲弊しており、弱体な他部族に対して略奪を行う潜在的な理由があった。
 ズラ村の住民は、ティターンや盗賊まがいの他部族よりも、北の商人が去ることを恐れていた。北の商人を引き留めるには、彼らが欲する商品が必要だった。

 テシレアは、カカオ豆とアーモンドが全量即決の言い値で売れたことに驚いていた。
「シルクだけじゃない。
 北の商人がほしいものがたくさんあるんだ」
 ズラ村の住民は、商機到来の手応えを感じ始めていた。

 ルテニ族は北部内陸北側に住む部族だったが、ティターンに追われて北部東岸北側に住地を変えた。
 これがズラ村だが、本来のルテニ族の住地と隣接して住んでいたモリニ族は、極限まで疲弊していた。
 収穫の60パーセントを税として納めていたが、ティターンはさらなる要求をしてきた。
「すべての若い女を奴隷として納めよ」
 アリギュラからやって来た徴税官は、平然とそう言った。
 族長には2つの選択肢があった。
 徴税官の命に従うか、徴税官を殺すか。
 部族は一枚岩ではない。ティターンに恭順すべきとするもの、徹底抗戦を叫ぶもの、この地から逃げ出す算段をするもの。
 族長の調整は難航を極め、結局、時間だけが過ぎていく。
 そして、恭順派によって女性が集められ始める。抗戦派よりも、恭順派のほうが強硬で凶暴だった。
 女の子の親の中に「ルテニの新しい村に行け」と、ウマと少ない食料を与えて逃がす家族がいた。
 逃げたとしても過酷であることは理解しているが、この場を逃れないと未来がないことも確定している。

 半田千早が編制したパトロール隊は、ウマ、馬車、徒歩でズラ村を目指す若い女性たちを発見すると保護する。
 彼女たちはズラ村に着き、族長テシレアに会うと異口同音に「モリニを助けて!」と叫んだ。

 テシレアは北の商人の原則を知っている。
「司令官様、モリニ族は私たちとは商いをしていません。
 ですが、ここから最も近い土地に住み、多くの耕作地を持ち、たくさんのコムギを収穫します。
 もし、お助けいただければ、私がモリニを説得して、たくさんのコムギを仕入れます。
 どうか、お助けを」
 半田千早も口添えをする。
「司令官、コムギがほしいなら、こっちから買いに行かないと。それが、商売の鉄則だよ。モリニ族を助けようよ」
 花山真弓の反応は違った。
「その徴税官は、若い女性を奴隷として納めろって?
 ふざけるな。
 私が行く。
 2人とも一緒に来い」

 花山真弓は長尺荷台のオート三輪を伴って、半田千早のA班と一緒に出発する。
 途中でD班と合流。装甲車輌が4輌になる。そのまま休まず走り、ティターンの徴税官が滞在しているモリニ族の村に向かう。
 モリニ族の住地に向かうにはアスマ村を通らなければならない。ここは、ティターンが再占領している。
 だが、モリニ族やルテニ族によると相当に悪路な間道があり、ズラ村から200キロほどで徴税官が滞在しているモリニ族の村に達する。彼女たちはこの間道を使って、ズラ村を目指していた。
 花山真弓は、そのルートを逆に進むことにする。

 花山は、モリニ族の村を通過すると、疲弊しきった様子に絶句する。
 10戸もない村を通過する際、戸外で座り込む老女が器を差し出した。
 彼女の目からは、自然と涙が流れる。
 同時に、香野木恵一郎の冷静で計算づくの行動とは異なる、衝動的で見境のない怒りが湧き上がる。

 テシレアは高速での移動に慣れていなかった。慣れている半田千早でさえ、疲労を感じている。
 普段なら四六時中おしゃべりしているキュッラと半田健太は無言。

 村の様子をうかがうことさえせず、花山真弓は村への進入を命じる。

 300戸を超える大きな村は、大騒ぎになる。ティターンだけでも厄介なのに、北の商人まで乗り込んできたのだ。
 モリニ族は部族の総意として、ティターンに恭順し、北の商人とは取り引きしない、と決めていた。
 理由はいくつかある。領地・勢力圏がティターンの支配するアリギュラに近いこと、東西の交通の便が悪いこと、すでに同族に近いルテニが滅びたと判断していること、などだ。

 花山真弓は迷彩服を着てはいるが、ヘルメットとボディアーマーを着けていない。
 完全装備の隊員が各車から降り、周囲を警戒する。
 突然のことではあったが、ティターン軍の反応は早かった。盾を持った槍兵が、瞬時に整列する。練度の高い兵士たちだ。

 族長が狼狽する。若くはないし、老いてはいない。族長が指導者でないとしても、大所帯のモリニ族をまとめるには頼りない雰囲気の男性だ。
 テシレアが族長の前に出る。
「族長様、お初にお目にかかります。
 ルテニのテシレアです。
 夕暮れ間近の訪問、お詫びいたします。
 今日は、北の商人を伴って、コムギの買い付けにうかがいました。
 こちらは、北の商人の司令官様です」
 徴税官は軍装ではない。文官だ。
「ルテニだと。
 この娘を捕らえよ!」
 ティターン兵4が動く。
 半田千早が同時に兵2を撃つ。
 テシレアが微笑む。
「族長、ここに金貨があります。
 ティターンに税として納めても、利益はありません。でも、私たちなら、きちんと代金を払います」
 族長は沈黙したまま。
 徴税官は怒りの形相。

 花山真弓は足下を見る。もう何年も自衛隊の半長靴を使っていない。工事現場で使われる先芯入りの安全靴を愛用している。
 つまり、つま先に鉄板が入っている靴を使っているのだ。
 花山真弓は間怠っこしい小芝居に付き合う気はさらさらない。テシレアの肩をつかみ、下がらせる。
「こいつが例の徴税官か?」
 テシレアは不穏な空気を感じ震える。
「そうです……」

 先芯入り安全靴のつま先が、徴税官の股間を直撃する。
 徴税官が股間を押さえて、地面に転がる。
 一方的な暴力が始まる。
 花山真弓がサッカーボールのように、徴税官を蹴る、蹴る、蹴る……。
 内臓が破壊され血を吐き、肋骨が折れて肺に突き刺さる。
 数分で徴税官は動かなくなった。
 花山真弓がティターン兵に告げる。
「これを連れて帰れ。
 抵抗はするな。
 剣を抜けば容赦しない」
 言葉はわからないが、ティターン兵は意味を解した。モリニの若者がテシレアから通訳を受け、それをティターンの言葉に訳す。
 ティターン軍の指揮官は迷っていた。彼は徴税官の護衛部隊を率いる下級の指揮官だ。もし、徴税官の身体に危害が加えられれば、叱責ではすまない。何らかの懲罰がある。
 すでに兵が殺されている。これも懲罰の理由になる。北の商人と戦い勝ったとしても、報奨金は得られない。
 ここは、知恵を使うところだ。
「徴税官殿は、動物に襲われた。
 兵は徴税官殿を守ろうとして、死んだ。
 いいか?
 引き上げるぞ」
 兵たちにも異存はない。得にならない戦いは避けたいのだ。徴税官の身体は持ち帰るとして、兵の死体はどこかに埋めてしまえばいい。

 モリニ族は恭順派が勢力を伸ばしていた。恭順派は抵抗派への襲撃さえ行っていた。恭順派は生き残るには、ティターンに対する服従が絶対だと考えた。ティターンに絶対服従を貫けば、部族の生存は保障されると信じてもいた。
 抵抗派は感情で行動する臆病者であり、分別のない愚か者だとしていた。
 ルテニ族の抵抗の結果がその証左とされていた。

 モリニ族の族長は、どうすべきか皆目見当が付かなかった。
 恭順派は若い女性がいる家を回り、暴力的に集めて回った。ティターンの徴税官の要求に応じるためだ。
 多くは10歳代で、すでに何人かは徴税官やティターン兵に差し出されていた。

 ティターン兵は風のように去った。
 そして、恭順派が取り残される。恭順派に対する憎しみは、ティターンへのそれよりも強かった。少女たちを拉致したのは、ティターン兵ではなく恭順派のモリニ族だからだ。

 テシレアは、モリニ族同士のにらみ合いを複雑な気持ちで見ていた。
 ルテニ族にもティターンに内通するものがいた。だが、多くは団結して抵抗に賛成した。誰かを犠牲にして、誰かが生き残る、という選択肢はなかった。
 しかし、モリニ族はそれをした。
 その結果、モリニ族は武器を手にして、同族同士で戦おうとしている。
 テシレアは、そんな惨劇を見たくなかった。
「女の子を集めることに最初に賛成したものと、女の子を集める指揮をしたもの、このものを罰しましょう。
 同族同士で殺し合ってはいけない」
 テシレアの声を聞くと同時に、自分の身を守るため恭順派のリーダーが恭順派によって引き立てられる。
 恭順派は意外だが、男性の若者が主体になっていた。
 そして、2つの首が転がる。恭順派によって、その場で斬首された。

 花山真弓はこれで終わらないことを知っていた。恭順派はいずれ皆殺しになる。

「モリニ族は饑餓の寸前まで追い詰められていたみたいね」
 花山真弓にそう問われたテシレアは、どう答えるべきか考えたが、妙案はなかった。
「だから女の子をティターンに引き渡そうとしたんです。
 恭順派の行いに大きな反対がなかった理由は、たくさんの女の子をティターンに渡せば、口減らしになるって考えた……。
 だから、若い女の子がいない家以外からの反対が少なかった……。
 悲しいことです」
「テシレアさん、これからどうすればいい?」
「ティターンは搾れるだけ搾り取ったので、コムギは残っていないでしょう。
 豆とかはあると思います。
 次の収穫まで、何とか乗りきれるといいのですが……」
「撒く種は……」
「それは残していると思います」
 花山真弓はその点に確信が持てなかった。
「明日、モリニの族長と話しましょう」
 テシレアは弱々しく頷いた。

「種まで渡したのですか!」
 テシレアが大きな声を出す。
 モリニの族長がうな垂れる。
「どうするつもりだったのです?」
「……」
 モリニの族長に答えなどあるはずはなかった。族長は強硬な恭順派に引きずられ、ティターンからの要求を見境なく受け入れていた。
 恭順派にも展望があるわけではなかった。単に今日を生き延びることしか考えていない。
「ティターンに逆らっても勝ち目はないのだから、従うしかないだろう」
 これが恭順派の答えだ。
 抵抗派にも展望はない。
「乾坤一擲の反撃をして、モリニの名を諸部族の記憶に残す」
 こんな戯言しか発しない。

 テシレアは、モリニ族の若者に声をかけられた。
「ルテニの族長、話を聞いてくれないか?」
 テシレアが小首をかしげると、若者が納屋の裏手まで腕を引っ張る。
「俺はバルナド。
 モリニでの立場は何もない。ただのバルナドだ。
 10年以上前のこと、俺もあんたも子供だった頃、疫病が流行っただろ。
 覚えているか?」
 テシレアが頷く。
「モリニでは、村が2つほぼ全滅したんだ。生き残った村の住人は、他所の土地に移った。
 その村は隣同士だった。そこには誰も行かない。理由はわかるよな。
 で、俺たちは隣接する2つの村に新しい村を作った。4年前のことだ。作り始めは俺たちよりも年上の連中で、俺たちの世代が引き継いだ。
 農地もある。2年前から収穫もしている。
 ティターンの連中はもちろん、モリニの大人も来ない。理由は簡単。誰でも疫病は怖いからね。
 疫病が俺たちを守ってくれた」
「バルナド、あなたたちは?」
「俺たちは、離脱派だ。
 モリニは恭順派と抵抗派が対立している。深刻なほどね。いつ殺し合いを初めても不思議じゃない。恭順派はティターンと戦う度胸はないが、同族と戦う気は満々だ。
 抵抗派は叫くだけで、ティターンと一戦交える覚悟があるのかないのか、さっぱりわからない。
 で、俺たちはモリニの体制から離脱することにしたんだ」
「離脱派の数は?」
「それは言えない。
 だが、この村の住民よりは多いよ」
「食べ物は?」
「たっぷりはないが、どうにかなるだけはある」
「私に話って?」
「コムギを売りたい」
「なぜ?」
「コムギを売って、イモを買う。
 イモのほうが安いからね。食料が増えれば、それだけ安心だ。
 頼みは2つ。コムギを買ってくれ。そして、イモを売ってくれる部族はいないか?
 俺たちに。
 裏切りのモリニに」
「裏切りのモリニ?」
「あぁ、近在の部族はモリニをそう呼ぶ。ルテニを裏切り、ルテニの蜂起をティターンに知らせた」
「え!」
「ほんとうだよ。
 恭順派がやった」
 テシレアが考え込む。
 バルナドが吐き捨てるように言う。
「いずれ、恭順派は殺す。
 裏切り者は殺す」
 テシレアは、北の商人がコムギを含む穀物や豆類を欲していることを知っていた。
 そして、バルナドたちが北の商人にコムギを売れば、2つの村が守られることも。
 だが、モリニ族への憎しみが生まれていた。彼女は、それを抑えることに苦労していた。

 バルナドは、花山真弓の前にいた。
「コムギを売りたい。荷馬車3輌分」
「代金は金貨だけど?」
「金貨でいい。その金貨でルテニからイモを買う」
「話はテシレアさんから聞いている。
 村はどこにあるの?」
「秘密だ、と言いたいが、そうじゃない。
 たぶん、ルテニは知っている。長らく廃村だったが、大きな村だ。忘れられてはいないはず」
 テシレアが頷き、それを花山が目で確認する。
「コムギは運べる?」
「あぁ、自力で運ぶ」

 モリニ族離脱派の村を確認するため、半田千早のパトロールA班がテシレアとともに向かうことになった。
 モリニ族離脱派は「ルテニ族と同心する」との宣言を北方諸部族に伝える。
 すでにレミ族がルテニ族と同心しており、一部とはいえ大部族のモリニ族が同心したとなると、北部の諸部族は動揺し始める。
 そもそもティターンには遺恨がある。これ以上はティターンに苦しめられたくない。だが、必ずティターンは無理難題を突き付けてくる。
 一方、北の商人は小勢だ。あてにはできないし、ルテニ族は滅んだも同然。
 ご無理ごもっともでティターンに従うか、博打を打ってルテニ族に味方するか、悩み始める。

 ズラ村に戻ったテシレアは、アクシャイに微笑んだ。
「北部は解放したも同然よ」
 アクシャイには、そう思えない。
「どうして?
 レミ族は小部族だし、モリニ族は半分の半分くらいが同心しただけ。他の部族は様子見だろ」
「様子を見る……。
 つまり、損得を考え始めたの。
 耐えて部族を存続させるか、耐えられずに部族を滅ぼすか、その2つしか選択肢がなかったけれど、もう1つができたの。
 私たちと一緒に繁栄するか。
 北の商人は食料を欲しがっている。
 その理由はわからないけど、干ばつや蝗害があったのかもしれない、とにかく食料を求めていて、私たちはそれを集められる」
「シルクも」
「そうね」
「勝算はあるのかな」
「アクシャイはどう思う?」
「わからないよ。
 だけど、ティターンはひどい目に遭うと思う」
「それは確かだね」
 2人は、見合って微笑んだ。
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僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

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