200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-204 大将軍

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 ハルダール村で戦闘が勃発しても、ティターンが支配する北部最大の街アリギュラはまったく動かなかった。
 その理由となる情報を花山真弓は、アリギュラの抵抗勢力から得ていた。花山は、アリギュラの抵抗勢力に資金を提供し、活動をバックアップしている。
「前の総督はアスマ村での戦闘を本国に報告しなかったみたいね。
 文官だったし、戦闘についてはよくわからないのかもしれないけど……。
 で、うまく本国からの帰還命令をゲットしたわけ。北部は最低限の兵力で、確実に統治されていることにしてね。
 要領よく、新総督の着任前にアリギュラを離れ、一切の引き継ぎをしなかったとか。
 上手に逃げたのね」
 探検船キヌエティ船長マトーシュは、花山が何でも知っていることに驚いている。
「司令官、新総督は……?」
 花山真弓は、グラスをマトーシュに差し出す。本物のバーボンウイスキーだ。最近、ヴルマンが新商品として売り出した。
「フルヴィオという名前と、経歴が少しわかっている。
 レムリアの最南端付近を平定した軍人ね。南端には石造りの城砦があるみたい。城攻めで功をなしたけど、政治は苦手。
 軍事力で占領しても、軍政に失敗して、域内の長期維持ができず、出世街道から外れたそうよ」
 マトーシュは城島由加をよく知っているし、ベルタやフィー・ニュンとも近しい。
 だが、花山真弓は3人とは違うタイプの戦女神だ。
「そんなことまで……、わかるんですか?」
 花山真弓がグラスのバーボンを飲み干す。
「何でもわかるよ。
 新総督の様子を少し見ていたの。どんなドジを踏むのかをね。
 期待通りにやってくれた。
 というよりも仕掛けたんだけど」
 灰色のマトーシュは、異名の由来であるハイイログマとは似ても似つかない様子だ。巨大な体躯を可能な限り縮めている。
 香野木恵一郎からは一切の威圧を感じないのだが、花山真弓からは身がすくむような強い気を感じる。
 瞬間、ふと考えた。香野木と花山、どっちが怖いか?
 答えはすぐに出た。本能的に香野木だ。彼のほうが怖い。
 2人の違いもわかる。花山は“いま”を操る。香野木は“未来”を見通している。
「仕掛けた?」
 花山は事も無げに言う。
「そう。
 新総督に、北部の農民は穀物の生産高を誤魔化している、って耳打ちさせたの」
 マトーシュが呆れる。
「何でそんなことを?
 そんな知恵を与えたら、農民を苦しめる……、あ!」
 花山が微笑む。
「船長、ケリは早く着ける。
 私は気が短いの。
 それに、村民だって、ヘビの生殺しのように疲弊するより、一気に決着を付けたほうがいいでしょ。
 私は、耐えて耐えて耐えきれなくなって反撃するなんて、大っ嫌い」

 ズラ村には、収穫物を満載した馬車が続々と到着している。馬車だけで運べなければ、ズラ村からオート三輪が駆けつける。
 ズラ村には巨大なテント倉庫が10棟もあり、収穫物は完全に管理・保管される。
「せっかく運んだのだから、買ってくれ!」
 そんな要望にも応える。

 ズラ村討伐の噂が流れると、ティターンのアリギュラ駐屯軍の進撃路にあたる村もズラ村へ避難を始める。
 モリニ族だけでなく、小部族も呼応する。
 そして、1カ月後には空前の“勢力”がズラ村に集結していた。

 ズラ村がハルダール村で買い付けた膨大なコムギは、一部が輸送されただけで、大半が現地に残されている。
 このコムギの警備に1個分隊が残り、百瀬未咲と衛生隊も医療提供を続けていた。
 半田千早は、キュッラ、半田健太、そして強く同行を願い出たイルメラとともにズラ村に戻っていた。

 アリギュラの新総督フルヴィオは、粗暴で単純な男だが、無能ではない。赴任までまったく知らなかった、アスマ村での戦闘や赴任直前に発生したハルダール村の戦闘について、ある程度のことは知っていた。
 だが、なぜティターン軍は負けたのか、という分析は不十分だった。
 アリギュラの現地軍は、敗北の理由をよく知っていた。敵が巧妙な戦術を駆使することが、敗北の理由だ。
 だが、フルヴィオがそんなことを聞きたいわけではないことも知っている。結局、雷鳴の魔法やドラゴンの炎といった、形骸的なことだけを伝える。
 フルヴィオは、長射程の投石機を現地で建造するための職人を伴っていた。オナガーのように移動可能なものではない。100キロもの巨弾を400メートル先まで飛ばせるトレビュシェットだ。
 この固定式攻城兵器ならば、ドラゴンの炎や雷鳴魔法など簡単に沈黙させられる。

 ズラ村は、ズラ川と呼んでいる川幅が500メートルもある大河の南側にあった。
 ティターン軍は、北から進撃してくる。避難民も北からやって来た。
 ズラ川は流れが緩やかで、比較的浅い。河口付近には渡渉点はないが、上流ならばウマや徒歩で渡れる場所が多数ある。
 村の西側、左翼から攻められる可能性があるが、西側には南から北に流れるズラ川の支流がある。この川は川幅は狭いが水深がある。12キロ以上遡れば、川幅が狭く、水深も浅くなるが、山中となるため急流で、森が深く、容易に近付けない。
 ズラ村は平地にあるが、天然の川で囲まれた攻めにくい地形であった。
 花山真弓は、それゆえこの場所を選んだ。

「こんなにたくさんの装甲車輌、誰が使うの?」
 半田千早は、少し呆れていた。王冠湾地区とドミヤート地区が、戦争を見越していたかのように多くの装甲車輌を送り込んできたからだ。
 それに新品の戦闘攻撃機2機も滑走路にある。
「司令官は、何カ月も前から戦争するつもりだったんだ」
 半田健太は無言だ。
 キュッラは、ポツリと言った。
「ママとは違うね」
 城島由加は戦いを仕掛けたりしない。それは、ベルタやフィー・ニュンも同じ。だが、花山真弓は違う。

「花山さん、未咲ちゃんからの無線」
 里崎杏が花山真弓にメモを渡す。
「あら、意外と早く動いたのね。
 小田原評定になると思っていたのに」
「それも予測済み?」
「まぁね。
 新総督が出陣すれば、アリギュラに残る兵はわずか。そのわずかな兵、現地軍の一部は内通しているんだから、制圧は簡単。
 街の中の抵抗勢力と街の外の反ティターン勢力が呼応するのは当然でしょ。
 こちらの情報は、未咲ちゃんを通じてモリニ族の村長や長老たちに知らされているんだから」
「未咲ちゃんによれば、兵力は不明だって。
 万の単位で集まっているみたい。
 モリニ族だけでなく、諸部族が連携しているようね。
 で、花山さん。
 新総督を誘き出し、アリギュラを北部諸部族連合軍に解放させたあと、どうするの」
「提督……。
 フルヴィオさんがティターンに帰るなら何もしない。もし、ここを攻めるなら迎え撃つだけ」
「村民を巻き込んで?」
「里崎さん、私はそこまで悪党じゃないよ。
 我々の強さを見せつけるだけ」
「私は何を?」
「艦砲射撃かな」
「そんなことしたことないよ」
「じゃぁ、初体験で」
「ねぇ、花山さん?
 これって、香野木さんが……?」
「おおよそはね。
 細部は私。だけど、この先どうなるのかは、あのヒトしか知らない」
「香野木さんは何て?」
「ティターンの圧力を排除すれば、食料不足の解消に一歩近付く、って」
「ここを支配しろ、とか……」
「そんな気はさらさらないでしょ。
 そういう精神構造のヒトじゃないし」
「だとすると、花山さん?」
「そうなのよ、杏さんが考えている通り。
 この先どうなるのか、まったくわからないのよ!」

 半田千早には、装軌と装輪の装甲車輌がこの大陸でこれだけの数が必要とは思えない。装輪装甲車はパトロールに使えるが、装軌式装甲車輌は燃費の悪さから用途は限られる。
 彼女は、花山真弓の意図がわからず、少しイラついていた。

「敵将の名は?」
 新総督フルヴィオの副官は、上司を恐れていた。副官は総督が指名したのではなく、ティターンの元老院が任命した。
 フルヴィオは戦術家としては評価されているが、統治者としては悪評しかなかった。彼を“制御”するために元老院によって選ばれた副官だったが、フルヴィオの強い猜疑心と残虐性、そして考えなしの行動は恐怖以外の何物でもなかった。副官は、自分の命を守るだけで精一杯だった。
「ハナヤマ、と聞きました」
「どんな男だ?」
「女だそうです」
「女?」
 副官の背に脂汗が流れる。
「はい、実際の年齢はわかりませんが、若く見える女だとか」
「角でも生えているのか?」
「魔物の類いではないようです」
「女の浅知恵で、余を怒らせたか?」
「御意にございます。
 総督閣下」
「で、その女は床ではどのような声を出す?」
「存じません」
「では、確かめに行こう」
「アリギュラは、いかがいたしましょう」
「ハナヤマなる女を泣かせたら、戻ればよい。いまだに抵抗している愚か者をあぶり出せたのだから、それで十分だ」
「御意!
 総統閣下万歳!
 総督閣下万歳!」

 半田千早は、ズラ川北岸にいる。川岸を背に戦うなんて、聞いたことがない。
 しかも、花山真弓は装甲車輌のほぼすべてを北岸に集めた。
 その350メートル先では、ティターン軍の工兵と職人が大型の投石機を組み立てている。完成間近だ。
 投石機は8基。
「ティターンの兵隊って、バカなの?」
 キュッラの問いに千早は答えなかった。のんきに投石機を組み立てているティターンはどうかしているが、それを黙ってみている千早たちも常軌を逸している。
 半田健太が「姉ちゃん、投石機は結構ヤバいよ」と返答を促す。
「あんなの戦車砲で簡単に破壊できるから、どうでもいいんだよ」
 実際のところ、彼女はそう思ってはいなかった。軽い弾頭なら500メートルは飛びそうな大型投石機だ。地面を掘り、しっかりした基礎の上に組み立てている。
 発射されてからでは遅い。犠牲が出る前に破壊したい。

 花山真弓は、双方の犠牲を可能な限り減らす方策を考えていた。各村の住民を駆り出すつもりは一切ない。となると多勢に無勢なので、包囲殲滅は無理。
「ワンパンチで決着を付けないと?」
 里崎杏は、花山真弓の意図を知っている。だが、強烈な打撃力で、瞬時に戦意を失わせるなど不可能に思えた。
 自分自身に置き換えるとあり得ない。
 この点は話し合った。
「私なら、屈しないけど」
「それは、あなたが女だからよ。
 男は玉を蹴り上げれば、もう戦えない。
 戦いたくても……」
「蹴りが玉にあたるといいけど……」
「そうね。
 最初の一撃で脳震盪を起こさせる。
 ふらついたところで、玉を蹴る。
 仕上げは、総督を捕らえて、泣かせる」
「泣くかなぁ」
「泣かせてみせる」

 イルメラはテシレアの助手をしていた。テシレアは、運び込まれた作物の受け入れと管理を担当している。
 彼女はこの大陸の女性としては珍しく、読み書きと計算ができる。イルメラはティターンとの戦いを希望したが、テシレアが許さなかった。
「もっと、大事な仕事がある!
 それに戦いは一瞬で終わると、司令官様がおっしゃった」

 アリギュラからズラ村まで、ルートにもよるが実走距離はおおよそ450キロに達する。
 歩兵と荷駄隊の行軍を1日50キロとすると、9日かかる。騎兵だけを先行させるとしても、ウマを走らせ続けることはできないから、2日か3日早まるだけ。
 アリギュラの新総督フルヴィオは、住民が逃げた村を焼かなかった。その時間を惜しんだのだ。

 ズラ村のパトロール隊は、逃散した村に逃げ遅れがいないか、確かめるよう花山真弓から命じられる。
 命令を受ける際、半田千早が「ティターンのパトロールと遭遇した場合はどうしますか?」と尋ねると、花山真弓は「必要な処置を行え」と返答する。
 誰もが「なるべく戦闘は避けるように」と命じられると思っていた。花山の命令は曖昧だが、千早は「やっていい」と解釈する。

 同日、半田千早はアコルタ村で、ティターンのパトロールと遭遇する。
 いままではどこで遭遇しようと、互いに見えていても見えないような素振りをしていた。
 だが、希にティターン兵が「酒はないか?」と尋ねてくることがあった。ティターンには、糖度が高く発酵が未熟なワインしかない。
 北部において、オオムギから造られるエールも発酵が十分ではない。
 だから、ドミヤートの淡麗な酒を彼らは欲しがる。最初は村民から取り上げていたが、ズラ村のパトロールに直接問うこともあった。
 千早は顔見知りのティターン兵がいることに気付く。
 だが、いつもと様子が違う。
 異なる意匠の鎧を着けた別部隊の兵と一緒だ。初めて見る鎧の兵が、少女の髪を鷲づかみにして、引きずっている。
「チハヤ、お婆ちゃんが殺されちゃった!」
 この程度なら千早にも意味がわかる。
 この少女が村に残っていた理由は、頑固な老婆に付き添っていたからだ。チハヤは前後の事情も知っていたので、この村に直行したのだ。
 顔見知りのティターン兵が、スーと立ち位置を変える。初見の鎧連中から離れたのだ。
 初見の鎧の指揮官らしい兵が何かを言った。
「おまえたちの言葉なんて、わかんねぇよ!」
 すると、顔見知りのティターン兵がこの地域の言葉に通訳する。
「指揮官殿は、おまえは何者だ、と聞いておいでだ」
「私は千早。ズラ村のパトロールの班長だ」
 顔見知りのティターン兵が通訳する。
 また何かを言った。
「指揮官殿は、顔に色を塗る野蛮人の女か、って言った。俺が言ったんじゃないぞ!」
「伝えてくれ。
 年端もいかない女の子の髪の毛をつかんで引きずるような野蛮人ではない、って」
「おい、いいのか?
 やるときは、俺を避けろよ。
 頼むぞ」
 そして通訳する。
 指揮官が剣を抜く。
「指揮官殿は、班長殿に剣を抜け、と仰せだ」
 半田健太が前に出て、半田隼人から受け継いだ刀を抜こうとする。
 千早が健太を制する。
 千早が刀を抜き、構える。
 指揮官が少女の髪から手を離す。少女が這って逃げる。
 指揮官が斬激を加えると同時に、軽装甲バギーのルーフ上の機関銃をキュッラが撃つ。
 単射だ。
 指揮官が足を撃たれ、倒れてうめいている。
 顔見知りのティターン兵がキュッラに怒鳴る。
「それを俺に向けるな!
 絶対に向けるな!」
 他の初見の鎧を着たティターン兵は、何が起きたのか理解できず、狼狽えている。
 だが、本能的に状況が不利であることは理解する。
 指揮官をウマに担ぎ上げて、立ち去ろうとする。
 千早たちはそれを見送った。

「意外と少ないね」
 通訳として花山真弓のそばにいるテシレアは、8000の大軍勢を見て震えていた。
 参謀となった半田千早は、その理由を知っていた。
「新しい総督は、現地軍を信用していないんだ。なので、参陣させなかった」
「よかったわね。
 千早さんのお友達がいなくて」
 実際は違う。新総督フルヴィオは現地軍の半数を集結させたが、戦場に現れないのだ。
「司令官、ティターンに友だちなんていないよ」
 花山が微笑む。
「でも、お話しくらいする相手はいるでしょ」
「少しだけだよ」
「調略は成功だったみたいね」
「調略?」
「そう。
 現地軍の兵の多くは、この地に家族がいる。現地の女性と結婚し、家庭を築き、日々の生活を送っている。
 アリギュラの抵抗勢力とは別に、現地化したティターン兵たちが総督の命令に対してサボタージュしていた。
 密かにね。
 明確な組織はなかったけど、こちらから働きかけたら小さいけどグループができた。
 それが機能したのね」

 すでに投石器は完成している。新総督子飼いの軍は集結を完了した。だが、現地軍がいっこうに現れない。
 新総督フルヴィオはイラ立っていた。現地軍をあてにはしていないが、明確な反抗と受け取っていた。
 それと、いかに女の浅知恵とはいえ、川を背に布陣するなどあり得ない。現地軍が現れないことと合わせて、罠の匂いを感じている。
 フルヴィオは参謀に「攻めるぞ」と命じる。参謀は驚いたが「御意!」と答えた。
 太陽はすでに頭上にあった。

「司令官!
 投石器が発射態勢に入ったよ!」
 猶予は数秒しかない。
「全砲門開け!
 各個に発射!」
 4門の自走105ミリ榴弾砲が発射。南岸からは81ミリ迫撃砲が連射を始める。
 海からは、探検船キヌエティ、2隻の調査船、2隻の貨物船から艦砲が射撃を始める。
 全砲門が8基の投石器を狙う。

 半月をかけて各部材を作り、半月をかけて組み立てた投石器が1弾も発射せずに完全に破壊されたことに、フルヴィオの衝撃は大きかった。
 砲撃音と着弾音が与える潜在的恐怖もあり、フルヴィオは狼狽していた。
「騎兵の突撃だ!」

 半田千早は新総督軍の立ち直りの速さに驚いたが、装甲車輌に騎兵の突撃はあまりにも無謀だった。
 重装騎兵の突撃が始まるとほぼ同時に大口径機関砲の発射が始まる。
 数秒後には50口径(12.7ミリ)が発射され、さらに数秒後には30口径(7.62ミリ)の斉射も始まる。
 ティターン軍自慢の重装騎兵は、ズラ村軍前衛に到達できず地に伏していた。
 立っているのは、数頭のウマのみ。
「全車、前進」
 半田千早は耳を疑った。装甲車輌の突撃に、ティターンの重装歩兵が対抗できるわけがない。
 重装騎兵の屍を踏み潰し、重装歩兵の盾の防壁を簡単に突破し、逃げ惑うティターン兵は放置し、逃げないティターン兵と逃げ遅れたティターン兵は轢死した。

 半田千早は、完全に武装解除されたアリギュラ総督フルヴィオを見下ろしていた。
 テシレアは動揺しているが、それを見せずに通訳の任を果たそうとしている。
「アリギュラに派遣されたティターンの総督か?」
 フルヴィオが頷く。
 隣の男が叫き出す。元老院が送り込んだ参謀だ。武装解除されてはいるが、縛られてはいない。
 花山真弓は弾帯は着けているが、ボディアーマーとヘルメットは脱いでいる。顔に迷彩ペイントがない。それどころか、薄く化粧している。
 泥にまみれ怯えた顔の男と、迷彩服を着た女とが相対している。男たちは、膝を大地に付いている。
「蛮族がティターンに刃向かうとは何事か!
 身の程を知れ!
 女が男に逆らうなどあり得ない!
 女は男の腹の下で呻いていればいいのだ!
 ティターンはおまえたちに報復する。
 男は皆殺し、女は奴隷にして犯す!」

 一瞬の出来事だった。
 イルメラが、参謀の首に山刀を振り下ろしたのだ。
 ナマクラの刃物は刀身の根元で折れ、刃が首に食い込んだままになった。
 参謀は絶命していなかった。
 イルメラが参謀を見下ろす。
「おまえたちに、父を殺された。夫も。結婚式の日に。そして、私はティターン兵に犯された。何度も。
 おまえの苦しみなど、私に比べたら大したことはない。
 おまえに約束しよう。
 私は、必ずおまえの家族を殺す」
 イルメラの要望で、参謀は放置された。苦しみ呻きながら4時間もの間生きていた。
 その声は、すべてのティターン兵を震え上がらせた。

 ティターンは非常に迷信深い。北部の民は注射を嫌がるが、恐れはしない。子供は泣いたり怯えたりするが、大人はどうにか耐える。
 だが、ティターンは違う。
 とにかく怯え暴れる。血液サンプルをとろうとしても、容易に応じない。
 フルヴィオは5人に抑えつけられ、衛生隊員によって血液を採取されている。
 理由は百瀬未咲からの要求なのだが、別に目的があった。
 テシレアがフルヴィオに伝える。
「おまえの血を我々は得た。
 おまえの血によって、おまえのすべてがわかる。おまえとおまえの家族・子孫は、おまえの血を得た我々によって支配される」

 フルヴィオの顔は、恐怖に歪んでいた。

「捕虜に戦場清掃させろ」
 花山真弓にはすべきことが多かった。
 それと想定外の出来事もあった。
 アリギュラを“解放”したのは、抵抗派でも諸部族連合軍でもなかった。
 ティターンの現地軍のうち約半数が残り半数を捕縛し、捕縛されたうちの半数が捕縛した側に寝返った。
 つまり、現地軍の75パーセントがティターンに反旗を翻したのだ。
 現地軍のうち半数はこの地で生まれており、ティターンを知らない。古参兵はティターンを発ってから何十年も経ているし、現地に根を生やしている。
 退役して農民や商人になったティターン兵もいる。
 前総督は苛烈な統治を行ったが、新総督はさらにひどかった。現地軍やその周辺の民は、反総督で固まっていた。
 諸部族連合軍は反総督軍とアリギュラの南50キロの平原で対峙し、抵抗派は反総督軍の出現に驚いて右往左往するばかりだった。

 反総督軍の使者は、450キロの道のりを4日でやって来た。使者は6、ウマは12。ウマが疲れると乗り換えながら、休まずにやって来たのだ。
 花山真弓は、彼らをズラ村に迎え入れ、客として村の集会所で面会した。
 使者は前置きを省いて、いきなり本題に入る。
「我らは、争いを求めていない。
 平穏にアリギュラで暮らしたいだけだ。
 アリギュラを支配したいとも、アリギュラの民を追い出したいとも考えていない。
 ズラ村の司令官閣下にお願いがある。
 アリギュラの民、特に抵抗派、そして南からの諸部族連合軍との仲介をお願いしたい」
 花山真弓は、少し狼狽えていた。
「私にその任は無理であろう」
 使者は引かない。
「いいや、司令官閣下は偉大な軍人。我らは司令官閣下の仲介案を無条件で受け入れる。
 ただただ、アリギュラで平穏に暮らせればいいのだ」
 花山は香野木に助けを求めたかったが、それは無理。数千キロも離れている。
「努力はするが、保障はできない」
「それでけっこう!
 司令官閣下のご厚誼に感謝する!
 ズラ村万歳!
 司令官閣下万歳!」

 書簡の往復は、何回も行われた。そのすべてにテシレアは関わった。
 そして、どうにかアスマ村での4者会談が実現する。
 4者会談開催直前になって、この騒乱とは無関係であった北部北方の諸部族が代表を送りたいと申し入れてきた。
 テシレアは、北部北方諸部族の書簡を読み終える。
「やはりね」
 花山真弓の言葉に驚く。
「司令官様は……」
「テシレアさん、総督の軍は一時は四散したけど、すぐに集結して、現地軍の親ティターン派も糾合した。
 兵力は6000に達している。
 集結地は北方の平原。
 今度は北方がきな臭くなったわけ」

 ズラ村、反総督派、抵抗派、南部諸部族、北部諸部族による5者会談は、アスマ村で行われた。
 難航を極めたが、どうにか合意に達する。その理由は明確だった。
 ティターン軍6000の存在だ。
 アリギュラのティターン出身・ティターン由来の反総督派は、私財が保障される。
 総督府が管理していた財は、アリギュラの統治委員会に移管する。
 抵抗派と反総督派は、武装闘争を控える。反総督派は軍を解散しない。ハルダール村を中心とした諸部族(南方諸部族)は、各村に引き上げることが決まる。

 半田千早は、花山真弓の言葉が耳に残っていた。
「北部を統一しないと、ティターンには対抗できない。
 私たちがいようといまいとに関わらず……」
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黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

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