1 / 17
この世界に来た日の事
しおりを挟む
この世界に来た日のことは、もうあまり覚えていない。
多分、十歳くらいだったと思う。小学校に数年通った記憶が残っている。
父と母が一度に亡くなって、泣きながらどこかを歩いていた。
そして、すとんとどこかに落ちたような、何かにぶつかったような気がする。
もう遠い記憶。
思い出す必要もなくて、だけどふと思い返すたびに「こうだったんじゃないか」と記憶が変わっていく程度の、ちょっとした出来事だ。
よく分からない場所でうろうろしていたところを、ある人に拾われた。
夫婦と小さな子供だけで暮らす貧しい家庭。
よく分からないけれど、お腹がすいていたから、もらえるものを食べた。
服が汚れていると、ぶかぶかの服を貸してくれた。
与えられることと、贅沢になれていたから、それがこの世界でどれだけの価値があったのか分からなかった。
どうしてこんな場所にいるのか、ここがどこなのかも分からないまま数日が過ぎたと思う。
この頃の記憶は、泣いているか食べているかだ。
テーブルで食事をしている時、太った男性が家にやってきた。
彼は、なんだかとても褒めていたと思う。
『しつけがしっかりしている』『挨拶ができるのは上出来だ』などなど。私が他の人から褒められると、父と母が嬉しそうにする言葉だから、覚えている。
褒められてうれしかった。
男性は、その家の家族に何かを渡し、私の手を引いた。
さっきまで親切に食べ物をくれていた人たちはこっちを見なかった。
太った男性は、ぐいぐいと手を引っ張る。
父と母はいない。この家からは追い出された。この男性について行かなければならない。
それだけは、分かった。
後から考えれば、私は拾われて売られたのだ。
貧しい暮らしの中、たまたま女の子が落ちていた。
保護者も持ち主もいない女の子。
貧しい暮らしの人たちが、慈善事業で助けるわけがない。
拾ったものを欲しい人に売っただけだ。
私は、自分の代金を一円も受け取ることもできずに、遊郭で暮らすことになった。
あれから十年。
私は、遊女のトップにまで上り詰めていた。
「リンカ!また来てしまったよ」
大きな門をくぐって、豪奢な衣装に身を包んだ壮年の男性が微笑む。
「まあ。お待ちしておりました」
私は少しだけ目を見開き、その後に恥ずかしそうに微笑む。
それだけで、目の前の男性は満足げに頷き、多くの金銭を置いていく。
ここに来たばかりの頃はひどかった。
そもそも、労働などしたことが無かった。当然だ。小学校に通っていたくらいの年だったのだから。
しかし、働かなければご飯がもらえない。お風呂も、布団も、座ることすら許されない。
泣きながら、初めての洗濯をして、掃除をして、たくさんの仕事を覚えた。
幸運なことに、器用だった私は、それなりにこなせるようになって、きちんと食事ができるようになった。
私より少しだけ先に入っていた女の子が、楽器が上手だということで、遊女付きの一人になった。
彼女は遊女の部屋の隣に小さいけれど個室が与えられ、客が持ってくるお菓子などを貰える立場になった。
――あのお菓子、私も食べたい!
最初は、ただそれだけだった。
全員に施される行儀作法を早々に覚えた私は、字を練習し、楽器も必死に覚えた。言葉は分かるけれど、見たことも無い字を最初から覚えるのは大変だった。だけど、ここにくる子はほぼ、みんなそうなのだ。親から売られたり、孤児だったりして、満足な教育なんて受けてない。
その分、計算ができて、丁寧な言葉がつかえて、行儀も良かった私は運が良かった。
けれど、ぼうっとしていてはすぐに追い抜かれる。
いくつもの譜面を暗譜して、それだけでは足りないかもしれないと、物語をたくさん読んで知識も身につけた。
洗濯も掃除もおつかいも、いろいろな仕事をやりながら、これらのことをやり遂げたのだ。
自由時間なんていらないから、もっとおいしいものが食べたかった。
贅沢に食べられた甘味の味が忘れられなかったのだ。
そうして、順調に私は出世していった。
ただの遊女ではなく、上の、もっと贅沢ができる立場の人の横に。
それどころか、自分がその立場に――!
多分、十歳くらいだったと思う。小学校に数年通った記憶が残っている。
父と母が一度に亡くなって、泣きながらどこかを歩いていた。
そして、すとんとどこかに落ちたような、何かにぶつかったような気がする。
もう遠い記憶。
思い出す必要もなくて、だけどふと思い返すたびに「こうだったんじゃないか」と記憶が変わっていく程度の、ちょっとした出来事だ。
よく分からない場所でうろうろしていたところを、ある人に拾われた。
夫婦と小さな子供だけで暮らす貧しい家庭。
よく分からないけれど、お腹がすいていたから、もらえるものを食べた。
服が汚れていると、ぶかぶかの服を貸してくれた。
与えられることと、贅沢になれていたから、それがこの世界でどれだけの価値があったのか分からなかった。
どうしてこんな場所にいるのか、ここがどこなのかも分からないまま数日が過ぎたと思う。
この頃の記憶は、泣いているか食べているかだ。
テーブルで食事をしている時、太った男性が家にやってきた。
彼は、なんだかとても褒めていたと思う。
『しつけがしっかりしている』『挨拶ができるのは上出来だ』などなど。私が他の人から褒められると、父と母が嬉しそうにする言葉だから、覚えている。
褒められてうれしかった。
男性は、その家の家族に何かを渡し、私の手を引いた。
さっきまで親切に食べ物をくれていた人たちはこっちを見なかった。
太った男性は、ぐいぐいと手を引っ張る。
父と母はいない。この家からは追い出された。この男性について行かなければならない。
それだけは、分かった。
後から考えれば、私は拾われて売られたのだ。
貧しい暮らしの中、たまたま女の子が落ちていた。
保護者も持ち主もいない女の子。
貧しい暮らしの人たちが、慈善事業で助けるわけがない。
拾ったものを欲しい人に売っただけだ。
私は、自分の代金を一円も受け取ることもできずに、遊郭で暮らすことになった。
あれから十年。
私は、遊女のトップにまで上り詰めていた。
「リンカ!また来てしまったよ」
大きな門をくぐって、豪奢な衣装に身を包んだ壮年の男性が微笑む。
「まあ。お待ちしておりました」
私は少しだけ目を見開き、その後に恥ずかしそうに微笑む。
それだけで、目の前の男性は満足げに頷き、多くの金銭を置いていく。
ここに来たばかりの頃はひどかった。
そもそも、労働などしたことが無かった。当然だ。小学校に通っていたくらいの年だったのだから。
しかし、働かなければご飯がもらえない。お風呂も、布団も、座ることすら許されない。
泣きながら、初めての洗濯をして、掃除をして、たくさんの仕事を覚えた。
幸運なことに、器用だった私は、それなりにこなせるようになって、きちんと食事ができるようになった。
私より少しだけ先に入っていた女の子が、楽器が上手だということで、遊女付きの一人になった。
彼女は遊女の部屋の隣に小さいけれど個室が与えられ、客が持ってくるお菓子などを貰える立場になった。
――あのお菓子、私も食べたい!
最初は、ただそれだけだった。
全員に施される行儀作法を早々に覚えた私は、字を練習し、楽器も必死に覚えた。言葉は分かるけれど、見たことも無い字を最初から覚えるのは大変だった。だけど、ここにくる子はほぼ、みんなそうなのだ。親から売られたり、孤児だったりして、満足な教育なんて受けてない。
その分、計算ができて、丁寧な言葉がつかえて、行儀も良かった私は運が良かった。
けれど、ぼうっとしていてはすぐに追い抜かれる。
いくつもの譜面を暗譜して、それだけでは足りないかもしれないと、物語をたくさん読んで知識も身につけた。
洗濯も掃除もおつかいも、いろいろな仕事をやりながら、これらのことをやり遂げたのだ。
自由時間なんていらないから、もっとおいしいものが食べたかった。
贅沢に食べられた甘味の味が忘れられなかったのだ。
そうして、順調に私は出世していった。
ただの遊女ではなく、上の、もっと贅沢ができる立場の人の横に。
それどころか、自分がその立場に――!
82
あなたにおすすめの小説
ドルイデスは忌み子将軍に溺愛される
毒島醜女
恋愛
母の死後引き取られた叔父一家から召使として搾取され、手込めにされそうになった少女、羽村愛梨。
馴染みの場所であった神社に逃げると、異世界にいた。「神樹により導かれたのね」とドルイデスと呼ばれる魔女が愛梨を拾った。異世界に救われ、ドルイデスから魔法を教わりながら田舎で過ごしていく。現世では味わえなかった温かな人の温もりに、もう何も望むまいと思っていた。
先代のドルイデス=先生が亡くなり、村の外れで静かに暮らすアイリ。
そんな彼女の元に、魔獣討伐で負傷した将軍、ウルリクが訪ねてくる。
離れで彼を看病していくうちに、不器用で、それでいて真っすぐな彼に惹かれていくアイリ。
こんな想いを抱く事はないと、思っていたのに。
自分の想いに嘘がつけず、アイリはウルリクに縋りつく。
だがそれは、ウルリクにとって願ってもない頼みであり、もう決して逃れる事の出来ない溺愛の始まりであった…
姉の結婚式に姉が来ません。どうやら私を身代わりにする方向で話はまとまったみたいです。式の後はどうするんですか?親族の皆様・・・!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
家の借金を返済する為に、姉が結婚する事になった。その双子の姉が、結婚式当日消えた。私の親族はとりあえず顔が同じ双子の妹である私に結婚式を行う様に言って来た。断る事が出来ずに、とりあえず式だけという事で式をしたのだが?
あの、式の後はどうしたら良いのでしょうか?私、ソフィア・グレイスはウェディングドレスで立ちつくす。
親戚の皆様、帰る前に何か言って下さい。
愛の無い結婚から、溺愛されるお話しです。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました
ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。
けれどその幸せは唐突に終わる。
両親が死んでから何もかもが変わってしまった。
叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。
今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。
どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥??
もう嫌ーー
【完結】傷物の姫 妃選抜の儀の最下位者ですが、若君、あなたは敵ではなかったのですか?
西野歌夏
恋愛
**2025年の桜の開花に向けて、「春の宵の恋煩い編」を足しています**
御咲の国の済々家の一の姫、花蓮は国の王子である鷹宮の妃候補として宮廷に送りこまれた。済々家の一の姫である花蓮は一度誘拐されたことがあった。そのことは花蓮自身はよく覚えていない。
鷹宮の妃候補は32人。済々家の姫が選ばれることはきっとない。誰しもがそう思っている。一度誘拐された傷物だから…。
※百合要素は匂わせるにとどめています。
また今度となりますでしょうか。
その後編を追加しました。
※のタイトルは性的表現を含みます。ご注意くださいませ。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
あなたは私を愛さない、でも愛されたら溺愛されました。
桔梗
恋愛
結婚式当日に逃げた妹の代わりに
花嫁になった姉
新郎は冷たい男だったが
姉は心ひかれてしまった。
まわりに翻弄されながらも
幸せを掴む
ジレジレ恋物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる