落ちて拾われて売られて買われた私

ざっく

文字の大きさ
5 / 17

眠り

しおりを挟む
「いいですよ」

培ってきた話術を使うこともできずに、それだけを言う。
サランダは私をちらりと見た後、手をくるりと回す。こうもりのような魔物を入れていた檻が消える。

――瞬間。

カッと目を見開いた魔物は、一気に私に襲い掛かってきた。
近距離で飛びかかられ、私には何もできなかった。
全身を固くすくませて、ぎゅっと目をつぶった。

ぼふっと小さな爆発音がして、目の前に黒こげのこうもりがころがった。
同時に、舌打ちがひびく。
「いきなり襲うとは思わなかった。悪かった」
目の前で起こったことが信じられない。
勇者だと言われていたので、強いのだろうと思っていたが、魔物を、一瞬で殺した。
いや、彼が魔物だと言っていただけで、ちょっと大きいだけのこうもりかもしれない。
でも、あのスピードで向かってきたものを、私を巻き込まずに一瞬で焼いた。
彼は、こうもりをひょいと持ち上げると、またどこかにしまった。すいっとポケットの中に入れたように見えたが、そんな大きさのものが入る大きさが無いのだが……。
私の驚きの表情に気づきもせずに、いや、気がついていて無視をしているのだろう。
折角来たから食事をして帰りたいと、笑った。

次の日も、サランダは、やってきた。
三日続けてとなると、リンカの客という意識が定着する。
「寝もしないのに、やっぱりあんたを選ぶのか」
他の遊女がぷりぷりと文句を言っていた。
サランダがここで私を抱いていないことは周知の事実だ。
最初の夜はずっと音楽を奏でていたし、昨夜も明かりをつけたまま遅くまで話をした。彼の今までの冒険譚や魔法の話。彼を喜ばせるどころか、私の方が楽しんでしまった。
布団も使った形跡が無ければ、知られるのは当たり前だ。
たまにいるのだ。女性を抱く目的ではなく、ただ癒しを求めて来る人が。
サランダもそういった人種なのだろうとみんな思っている。

「今日のは、温厚なやつを連れてきたんだ!」
また昨日と同じような檻の中に、今度は小さな猿がいる。
檻にしがみついて、こっちに向かって口を開けている。
「……ええと」
昨日より温厚だとは思えない。こうもりは全くこちらに興味がないようにしていた。しかし、この猿は、明らかに敵意むき出しだ。
猿が、キシャーっと威嚇の声をあげた時、
「おい」
サランダが低い声を出した。
彼が何をしたわけでもないのに、私の体がびくりと震えた。
猿はもっと反応した。
びくりと飛び上がり、キョロキョロと周りを見回してから、そろそろと檻から手を外し、真ん中にちょこんと膝を抱えて座った。
「襲い掛かるなよ?手加減できないからな」
こくこくと首が上下に振れる。まさか、人語を解しているのか。
私が目を丸くする前で、檻が消える。
猿はそうっと立ち上がってどうしたらいいのかと問うようにサランダを見上げる。
「じっとしていろ。別に危害は加えない」
それを聞いた猿は、くるりと振り返って私を見る。
目がぎょろっと丸くて、真っ黒だ。茶色に分かれていることもなく、本当に漆黒。
体の向こう側まで透かして見られているような気分になる。
「眠らせようと思って触ってみてくれ。襲わない」
サランダが言う。
私はドキドキしながら手を伸ばす。
猿は、もうあきらめたように、ふんと鼻を鳴らして私の手の動きをじっと見ている。
そうして、少し触れた瞬間。
ころんっと転がって、猿は寝た。
目を閉じて丸まっていると、フワフワの毛並みや長いしっぽが意外と可愛い。
「ギャーギャー」
不満げな寝言が口から飛び出す。
私に眠らされた人は、眠っている間、やりたいことを自由にやっているようなので、猿もきっと、今は私を襲っている夢でも見ているのかもしれない。
「そんなこと、しないで。私はあなたが大好きよ。……いい子ね」
声をかけると、騒ぐ声が止まって、しっぽがパタンパッタンと動く。
首筋を撫でてあげると、鼻から息を吐き出し、気持ちよさげに伸びをする。
思わず、笑みがこぼれる。
「ふふ。かわいい」
「……それをかわいいと言うのを初めて聞いた」
サランダが、どこか不満げに呟く。
私は彼をちらりと見上げて、もう一度微笑んだ。
嫉妬でもしているような顔をしていたのだ。
「いい子ね。ゆっくりお休みなさい」
もう一度猿を撫でると、猿はしっぽまでくるりと丸くなって静かな寝息を立て始めた。
「いつも、こんな感じです」
本当は、この後、喘ぎ声を聞かせる。
眠った人に、私との性行為があったと確信させるためだ。そんなこと、言わなくてもきっと彼は分かっている。
「なるほど。暗示もできるのか。――おい、起きろ」
パチン。
サランダが指を鳴らすと、猿がぴょんと、文字通り飛びあがって起き上がる。いまいち状況判断ができないらしく、キョロキョロと周りを見回している。
今、何をしたのだろう。
眠らせた相手がこんなに速く起きるなんて。
猿は私を見つけると、目を瞬かせた後に、すりすりとすり寄ってくる。先ほどまでの態度と大違いだ。
「――ロウ。しばくぞ」
サランダの低い声がすると、猿はびくりと体を震わせ、彼を振り返る。サランダがあごをくいっと上げると、私を振り返りながら彼の方へ歩いていく。
随分となついているのだなと思う。
「ロウ?」
「こいつの愛称だ」
……魔物に愛称?魔物であるというのをあっさりと信じてしまっている。ただの動物だとしても、動きが変に人間臭くて、驚きの連続だ。
名前を把握しているということは、倒すこと前提ではない。
飼う?従える?それとも、仲間?
どれにしたって、今までの私の常識を覆すには充分すぎる。
ロウと呼ばれた猿は、いつの間にかどこにも見当たらなくなってしまった。

サランダは、もうその日は猿を出すことはなく、時折ぽつぽつと話しながら酒と食事を楽しんだ。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ドルイデスは忌み子将軍に溺愛される

毒島醜女
恋愛
母の死後引き取られた叔父一家から召使として搾取され、手込めにされそうになった少女、羽村愛梨。 馴染みの場所であった神社に逃げると、異世界にいた。「神樹により導かれたのね」とドルイデスと呼ばれる魔女が愛梨を拾った。異世界に救われ、ドルイデスから魔法を教わりながら田舎で過ごしていく。現世では味わえなかった温かな人の温もりに、もう何も望むまいと思っていた。 先代のドルイデス=先生が亡くなり、村の外れで静かに暮らすアイリ。 そんな彼女の元に、魔獣討伐で負傷した将軍、ウルリクが訪ねてくる。 離れで彼を看病していくうちに、不器用で、それでいて真っすぐな彼に惹かれていくアイリ。 こんな想いを抱く事はないと、思っていたのに。 自分の想いに嘘がつけず、アイリはウルリクに縋りつく。 だがそれは、ウルリクにとって願ってもない頼みであり、もう決して逃れる事の出来ない溺愛の始まりであった…

姉の結婚式に姉が来ません。どうやら私を身代わりにする方向で話はまとまったみたいです。式の後はどうするんですか?親族の皆様・・・!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
家の借金を返済する為に、姉が結婚する事になった。その双子の姉が、結婚式当日消えた。私の親族はとりあえず顔が同じ双子の妹である私に結婚式を行う様に言って来た。断る事が出来ずに、とりあえず式だけという事で式をしたのだが? あの、式の後はどうしたら良いのでしょうか?私、ソフィア・グレイスはウェディングドレスで立ちつくす。 親戚の皆様、帰る前に何か言って下さい。 愛の無い結婚から、溺愛されるお話しです。

唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました

ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。 けれどその幸せは唐突に終わる。 両親が死んでから何もかもが変わってしまった。 叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。 今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。 どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥?? もう嫌ーー

【完結】傷物の姫 妃選抜の儀の最下位者ですが、若君、あなたは敵ではなかったのですか?

西野歌夏
恋愛
**2025年の桜の開花に向けて、「春の宵の恋煩い編」を足しています** 御咲の国の済々家の一の姫、花蓮は国の王子である鷹宮の妃候補として宮廷に送りこまれた。済々家の一の姫である花蓮は一度誘拐されたことがあった。そのことは花蓮自身はよく覚えていない。 鷹宮の妃候補は32人。済々家の姫が選ばれることはきっとない。誰しもがそう思っている。一度誘拐された傷物だから…。 ※百合要素は匂わせるにとどめています。 また今度となりますでしょうか。 その後編を追加しました。 ※のタイトルは性的表現を含みます。ご注意くださいませ。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

最強と言われるパーティーから好きな人が追放されたので搔っ攫うことにしました

バナナマヨネーズ
恋愛
文武に優れた英雄のような人材を育てることを目的とした学校。 英雄養成学校の英雄科でそれは起こった。 実技試験当日、侯爵令息であるジャスパー・シーズは声高らかに言い放つ。 「お前のような役立たず、俺のパーティーには不要だ! 出て行け!!」 ジャスパーの声にざわつくその場に、凛とした可憐な声が響いた。 「ならば! その男はわたしがもらい受ける!! ゾーシモス令息。わたしのものにな―――……、ゴホン! わたしとパーティーを組まないかな?」 「お……、俺でいいんだったら……」 英雄養成学校に編入してきたラヴィリオラには、ずっと会いたかった人がいた。 幼い頃、名前も聞けなかった初恋の人。 この物語は、偶然の出会いから初恋の人と再会を果たしたラヴィリオラと自信を失い自分を無能だと思い込むディエントが互いの思いに気が付き、幸せをつかむまでの物語である。 全13話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

勘違い

ざっく
恋愛
貴族の学校で働くノエル。時々授業も受けつつ楽しく過ごしていた。 ある日、男性が話しかけてきて……。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...