S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko

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第1章

第9話:君がいない

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『犯人は、はるさんです』

俺が残酷な真実を告げた瞬間。
ヘッドセットの向こうから、世界が壊れる音がした。

いや、実際に音がしたわけじゃない。
ただ彼女の息が止まる、そのかすかな気配だけで俺には分かった。
天野光という完璧だったはずのシステムが今、完全にクラッシュしたのだと。

『……天野さん?』

俺は恐る恐る呼びかけた。
返事はない。
代わりに聞こえてきたのは、か細い嗚咽だった。
それは昨日までの涙とは全く違う、心の奥底から絞り出すような絶望の色をしていた。

「……なんで」

やっと聞こえてきた彼女の声は、ひどく掠れていた。

「なんで、はるちゃんが…? 嘘だよね…? なにかの間違いだよね…?」
『間違いではありません。ログが証拠です』

俺は非情なほど冷静に事実だけを告げる。
それが俺にできる唯一のことだったからだ。
慰めの言葉なんて知らない。気の利いた励ましなんて思いつかない。
俺にできるのは、ただ事実という名のコードを提示することだけだ。

「知りたくなかった…」

彼女の声が震える。

「そんなこと、知りたくなかった…!」

それは悲鳴に近かった。
俺の胸がズキンと痛む。

「もう、やめて…」

その言葉を最後に、プツリと通話が切れた。
ヘッドセットの中が完全な無音になる。

『天野さん?』

呼びかけても返事はない。
チャットルームの画面に非情なメッセージが表示される。

――Hikari が退出しました――

俺は PC の前で呆然と固まっていた。
真っ暗になった画面に映る自分の間抜けな顔。
頭の中で彼女の最後の言葉が、何度も何度も反響する。

『知りたくなかった』
『もう、やめて』

その言葉は俺の記憶の奥底にしまい込んでいた古い傷を抉り出した。

中学時代。
俺にもたった一人だけ親友と呼べるやつがいた。
彼もまた PC が好きで、放課後のコンピュータ室は俺たちだけの聖域だった。隣あってキーボードを叩き、一つのプログラムを夢中で組み上げる。バグを見つけては二人で笑い、くだらないゲームで夜が更けるまでチャットをした。

俺は彼になら自分のすべてを理解してもらえると、そう信じていた。俺のロジックを、俺の思考を、面白いと言ってくれる唯一の人間だった。

ある日、クラスで些細ないじめがあった。
ターゲットにされたのは、少し気の弱い大人しい生徒だった。俺はその生徒と話したこともなかった。

だが、俺はいじめの主犯格がその生徒の持ち物を盗んで隠したという事実を知った。そして、その証拠となる校内に設置された監視カメラの映像データも、ネットワークの脆弱性を突いて偶然手に入れてしまった。

俺の目にはそのいじめが、システムの秩序を乱す醜いバグにしか見えなかった。
だから、修正しなければならないと思った。

俺は正義のためだと信じて、そのデータを先生に提出した。
「〇月〇日、15 時 32 分、第 2 理科準備室において、被害者の所有物が加害者によって不正に移動させられる事象を確認。添付の映像データがその証拠です」

論理的に、客観的にレポートのように何が起きたのかを説明した。
結果いじめは解決した。

主犯格は罰せられ、クラスには見せかけの平和が戻った。
俺は正しいことをしたはずだった。

だが、数日後。
放課後のコンピュータ室で、その親友は俺にこう言ったのだ。
彼の顔はいつもの笑顔ではなく、何か得体の知れないものを見るような怯えた表情だった。

「お前、、気味が悪いよ」

俺は、言葉を失った。

「なんであんなことしたんだよ。あいつらにも、あいつらなりの関係があったかもしれないじゃんか。お前は、正しいとか間違ってるとか、それだけで全部決めんのかよ」
『でも、事実は事実だ。間違ったことは修正されるべきだ』
俺は、そう答えることしかできなかった。

「ほら、またそれだ。お前のそういうところが怖いんだよ」
彼の声が、震えていた。

「正論ばっかで、人の気持ちとか、全然考えてねえじゃん。お前といるとなんか全部データに見えてそうで怖いんだよ。俺のことも、友情っていうパラメータで分析してんのか?」
『そんなことは…』
「もう、俺に話しかけんな」

それが、俺が彼と交わした最後の言葉だった。
彼は静かにカバンを持つと、俺たちの聖域だったはずのコンピュータ室から一人で出て行った。

俺は、呼び止めることさえできなかった。

論理と事実だけを突きつけた俺のやり方が彼を傷つけ拒絶された。
俺は人と正しく関わることができないのだ。

その日から俺は自分の心を固く閉ざし、人との関わりを最小限にして生きてきた。
コードは裏切らない。感情に左右されず、いつだって正しい答えを出してくれる。
だから俺は、この世界だけを信じてきた。

「……同じ、か」

俺は自嘲するように呟いた。
結局、俺は何も変わっていなかった。

天野光を助けたい、なんておこがましかったんだ。
俺はただ自分の知識とスキルをひけらかして、彼女を追い詰めただけじゃないか。

彼女が知りたかったのは犯人の名前という「事実」じゃなかったのかもしれない。
もっと、別の何か。
温かくて、不確かで、非論理的で…。
俺には到底差し出すことのできない何か。

無力感が全身を支配する。
俺は彼女の世界からノイズを取り除こうとして、彼女の世界そのものを破壊してしまった。

翌日、学校に行くと天野光は休んでいた。
教室の彼女がいたはずの場所だけがぽっかりと穴が空いたように色を失っていた。

「天野、どうしたんだろうな」
「さあ? 昨日、SNS でめっちゃ叩かれてたじゃん。それでじゃね?」
「うわ、マジか。可哀想に」

クラスメイトたちの無責任な会話が耳に入る。
誰も本気で心配しているわけじゃない。
ただ消費されるためだけのゴシップ。

俺は何も言わずに席に着き、PC を開いた。
もうコードを一行も書く気にはなれなかった。

画面に映る意味のない文字列の羅列。
これが俺の全てだったはずなのに。

君がいない世界は、こんなにも静かで、退屈で、無意味だったなんて。
俺は初めて知った。

(光の視点)

「犯人は、はるさんです。」
null さんの静かで冷たい声が頭の中で何度も繰り返される。

嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。

だって、はるちゃんは私の一番の親友だったのに。
私が悩んでる時一番に「大丈夫?」って声をかけてくれた。
裏アカウントのことで落ち込んでいた時も、「光は悪くないよ」ってずっとそばにいてくれた。
それも全部嘘だったっていうの?

頭が真っ白になって、何も考えられない。
もう何も見たくない。何も聞きたくない。誰とも話したくない。

ベッドに倒れ込むと、中学時代のあの灰色の風景が蘇ってきた。

中学二年の文化祭の準備期間。
教室は段ボールとペンキの匂い、そして楽しそうな喧騒で満ちていた。
誰もがグループを作り、お化け屋敷の小道具を作ったり、カフェの看板を描いたりして、生き生きと輝いている。

私もその輪に入りたかった。
勇気を出して一番賑やかだったグループに声をかけた。

「あ、あの…私も、何か手伝うよ」

私の声は喧騒の中にかき消されそうなほど小さかった。
一瞬グループの全員が私を見る。そして、気まずそうに顔を見合わせた。

「ご、ごめん、天野さん。もう、役割決まっちゃってて…」
「そうそう、人足りてるんだよね。他のグループ、手伝ってあげてくれる?」

丁重な、でも明確な拒絶の言葉。
私はどこにも行くことができず、教室の隅で立ち尽くした。

そんな私を見かねた先生が、「天野さん、じゃあこのポスターの飾り付け、お願いできるかな?」と、一人でできる作業を私に与えた。

教室の隅の誰の目にもつかない場所で、私は黙々と色紙を切り星の形を作った。
周りの楽しそうな笑い声が、まるで遠い国の音楽のように聞こえる。

やっと作業が終わって顔を上げた時、誰も私を見ていなかった。
私が作った色とりどりの星は誰にも気づかれることなく、ただ静かにそこにあるだけだった。

ああ、そうか。
私はここにいてもいなくても同じなんだ。
誰も私のことなんて見ていない。

私はこの教室の中で存在しないのと同じ。透明人間なんだ。

それが嫌で、嫌でたまらなかった。
だから高校に入ったら絶対に変わるんだって誓った。

毎朝、鏡の前で笑顔の練習をした。
みんなが好きそうな服を着て、みんなが好きそうな話題を話した。

そうやって必死に「天野光」という完璧な自分を作り上げた。
太陽みたいに笑う、誰からも好かれる理想のヒロイン。

もう二度と、あの透明人間には戻らないために。

でも、全部無駄だったんだ。
結局、私がどれだけ頑張っても誰も本当の私なんて見てくれていなかった。
みんなが見ていたのは、私が作り上げた「完璧な天野光」という偶像だけ。

そして、一番近くにいたはずの親友はその偶像を憎んでいた。
高校に入って、最初に声をかけてくれたのが、はるちゃんだった。

「友だちになろ?」って、少しはにかみながら言ってくれたあの笑顔。
嬉しくて、涙が出そうになったのを今でも覚えてる。

私がモデルの仕事を始めた時も「すごいじゃん、光! 私、応援するよ!」って、一番に喜んでくれた。
私が SNS のことで悩んでる時も、「光は光のままでいいんだよ」ってずっとそばで励ましてくれた。

全部、全部、嘘だったの?
あの優しさも、あの笑顔も、私を騙して裏で嘲笑うための演技だったの?

必死に築き上げた自信はもう跡形もなく崩れ落ちていた。
心が、空っぽだ。
もう誰を信じればいいのか分からない。

null さん。
あの人も結局は同じだったんだ。

私のことを「完璧なプログラム」だと言ってくれた。
あの時は私の努力を認めてくれたみたいで嬉しかった。

でも、違ったんだ。
彼もまた私の「完璧さ」しか見ていなかった。

そしてその完璧さに生じたエラーを、ただ修正しただけ。
私の心がどれだけ痛むかなんてこれっぽっちも考えていなかった。

彼にとって、私は「天野光」という人間じゃなかった。
解決すべき、ただの「エラー」だったんだ。

だから、あんなに冷静に残酷な事実を突きつけることができた。
私が泣いていても彼の声は変わらなかった。

そうだ。
誰も信じちゃいけないんだ。
期待するから傷つくんだ。
私はまた一人に戻るだけ。
あの色のない静かな世界に。
それが私に一番お似合いの場所なんだ。

私は毛布を頭まで深くかぶり、硬く、固く、瞳を閉じた。
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