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第2章
第15話:まずは一歩
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火曜日の朝、俺は昨夜の決意を胸に学校に向かった。
今日から行動を起こす。受動的だった俺を変える、最初の一歩だ。
教室に入ると、天野がいつものように手を振ってくれた。俺は少しだけ、いつもより長く手を振り返した。
天野は少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せた。
(今はまだ説明できないけど、必ず変わるから)
俺は心の中で天野に語りかけた。
◇
一時間目が終わると、俺は職員室に向かった。
担任の佐藤先生に相談するためだ。廊下を歩きながら、俺は頭の中で説明の仕方を整理していた。
「先生、お時間よろしいでしょうか」
職員室の扉を開けて声をかけると、佐藤先生が振り返った。
「黒瀬くん?珍しいね、どうしたの?」
確かに珍しい。俺が自分から先生に話しかけることなんて、ほとんどない。
「空いている教室を借りたいんです」
「教室?何に使うの?」
「困っている人の技術的な相談に乗りたいんです。個人的に」
佐藤先生は少し困ったような表情を見せた。
「個人的に相談って...君一人で大丈夫?」
「はい。まずは小さく始めてみたいと思います」
佐藤先生は少し考え込んで、ある先生の名前を挙げた。
「施設管理は松本先生だから、相談してみなさい。ただし、ちゃんと許可をもらってからよ」
「ありがとうございます」
◇
昼休みに、俺は松本先生を探した。
松本先生は 20 代後半の女性で、確か去年赴任してきたばかりの先生だ。数学を担当していて、たまに廊下ですれ違う時に変わった服装をしているなと思っていた。
職員室で見つけた松本先生は、机でカップ麺を食べながらスマホでゲームをしていた。
「あの、松本先生...」
「ん?なんじゃ~」
松本先生は関西弁でゆる~く返事をした。口の中にまだ麺が入っている。
「施設のことで相談が...」
「ああ、はいはい。ちょっと待ってな~」
松本先生はカップ麺を片付けて、ようやく俺の方を向いた。
「で、何の話?」
「空いている教室を借りたいんです」
「何に使うん?」
「技術的な困りごとの相談を受けたいんです」
「技術的な困りごと?」
松本先生は首を傾げた。
「PC のトラブルとか、スマホの設定とか...」
「ああ~なるほど~!おもろいやん!」
予想外に好意的な反応だった。
「実は私もめっちゃ機械音痴でさ~、この前プリンターが動かんくて泣きそうやったんよ」
松本先生はあっけらかんと笑った。
「旧校舎の 203 号室が空いてるから、そこ使い~。鍵は私が管理してるから、使う時は声かけてな」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「ええで~。頑張りや~」
意外なほどあっさりと許可がもらえた。
◇
放課後、俺は旧校舎の 203 号室を見に行った。
確かに空き教室になっている。机と椅子が数個置いてあるだけの、殺風景な部屋だ。
でも、俺にとっては十分すぎる拠点だ。
「問題解決室...」
俺は一人つぶやいた。部活ではないけれど、俺なりの活動基地だ。
松本先生から借りた鍵で扉を開け、俺は部屋の掃除を始めた。
窓を開けて換気をし、床を掃除し、机を適当な位置に配置する。
「よし、これでとりあえず形になったか」
俺は汗を拭いながら部屋を見回した。まだまだ質素だが、相談を受けるには十分だろう。
◇
翌日、俺は手作りのポスターを作って廊下に貼り始めた。
『問題解決相談室』
『技術的な困りごと、何でも相談してください』
『PC、スマホ、プリンター...』
『旧校舎 203 号室で待ってます』
『相談無料!』
自分で見ても、お世辞にも上手いとは言えないデザインだ。文字の配置もバラバラだし、なんか全体的にダサい。
でも、手作り感はバッチリだ。
廊下を歩く生徒たちが、ちらりとポスターを見ていく。
「問題解決相談室って何?」
「黒瀬って人がやってるのか」
「なんか怪しくない?」
聞こえてくる反応は、微妙なものばかりだった。
でも、俺は諦めなかった。一人でも興味を持ってくれる人がいれば、それで十分だ。
◇
三日経っても、誰も相談に来なかった。
俺は毎日放課後に 203 号室で待機していたが、扉を叩く音は一度も聞こえなかった。
「まあ、そりゃそうだよな...」
俺は一人つぶやいた。よく考えたら、「問題解決相談室」なんて怪しすぎる。やってるのは教室の隅の陰キャだし、誰が来るってんだ。
四日目の放課後、俺は一人で部屋にいた。
机に向かってプログラミングの本を読んでいると、廊下から慎重すぎる足音が聞こえてきた。
しばらく扉の前で立ち止まっている気配がする。
(迷ってるな...)
そして、恐る恐るといった感じで扉がノックされた。
「あの...すみません」
俺は慌てて立ち上がった。ついに相談者が来てくれた。
扉を開けると、2 年生らしい男子生徒が立っていた。明らかに警戒している。
「問題解決相談室って、本当にここですか?」
「あ、はい!そうです!」
俺の声は緊張で少し上ずっていた。
「えっと...変な宗教とかじゃないですよね?」
「違います!」
いきなり宗教扱いされた。確かに怪しいかもしれないが、そこまでか。
「どんなことでお困りですか?」
「えっと...」
相談者は申し訳なさそうに話を始めた。
「プレゼンテーションソフトの使い方が分からなくて...明日発表があるんです」
「プレゼンテーション...PowerPoint ですか?」
「はい、それです」
俺は安堵した。PowerPoint なら使い慣れている。
「具体的には、どの部分が分からないですか?」
「えっと...スライドにアニメーションを付けたいんですけど...」
「アニメーション...ですね」
俺は相談者を部屋に招き入れた。
「PC は持ってきてますか?」
「あ、はい」
相談者はノート PC を取り出した。
俺は相談者の隣に座って、画面を見ながら説明しようとした。
その時、俺は相談者との距離の近さに緊張してしまった。
「え、えっと...まず、アニメーションを付けたいオブジェクトを選択して...」
俺の声がどんどん小さくなっていく。
「すみません、よく聞こえないです」
「あ、す、すみません!もう一度...」
俺は慌てて声を大きくしたが、今度は変に大きすぎて相談者がびっくりしてしまった。
「あ、すみません...」
俺は赤面してしまった。技術的な知識はあるのに、それを人に伝えることがこんなに難しいなんて。
「えっと...」
俺は深呼吸をして、もう一度説明を始めた。
「まず、アニメーションを付けたい文字や画像をクリックします」
「はい」
「次に、上のメニューから『アニメーション』タブをクリックします」
「あ、ありました」
「そうしたら、色々なアニメーションの種類が出てきますので...」
今度は少し落ち着いて説明できた。
相談者も理解してくれているようで、俺は安心した。
「すごい!動きました!」
相談者が嬉しそうに声を上げた。
「他にも、フェードインとか、ワイプとか、色々な効果があります」
俺は調子に乗って色々な機能を説明し始めた。
「うわあ、こんなこともできるんですね」
「そうです。タイミングも調整できるので...」
気がつくと、俺は 30 分近く説明していた。
「本当にありがとうございました!これで明日の発表も大丈夫です」
相談者は頭を下げた。
「い、いえ...お役に立てて良かったです」
俺は照れながら答えた。
人に何かを教えて、感謝されるという経験。
それは俺にとって、とても新鮮で嬉しいものだった。
◇
翌日、また別の相談者がやってきた。
今度は 1 年生の女子で、入り口で 5 分くらいウロウロしてから、ようやく扉をノックした。
「あの...本当にここで合ってますか?」
「はい、問題解決相談室です」
「誰でも相談していいんですか?」
「もちろんです」
俺は安心させようと笑顔を作ったが、たぶん不審者にしか見えていない。
「えっと...実は恋愛相談なんですけど...」
「恋愛!?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だ、ダメですか?」
「いえ、その...」
どうしよう。恋愛なんて俺が一番苦手な分野じゃないか。自分の恋愛すらうまくいってないのに、人にアドバイスなんてできるわけがない。
「えっと...どんな相談ですか?」
とりあえず聞いてみることにした。
「好きな人がいるんですけど、どうやって話しかけたらいいか分からなくて...」
(俺が聞きたいよ、その答え)
俺は心の中でツッコミを入れた。
「え、えっと...」
俺は必死に考えた。でも何も浮かばない。
「共通の話題を見つけるとか...?」
完全に教科書的な答えしか出てこない。
「どんな話題がいいですか?」
「それは...相手の興味のあることを...」
「分からないから困ってるんです」
相談者の表情がどんどん不安になっていく。
「えっと...趣味とか...」
「分からないって言ってるじゃないですか」
完全に堂々巡りになってしまった。
「すみません、やっぱり違う人に相談します」
相談者は諦めたように部屋を出て行った。
俺は一人取り残されて、深いため息をついた。
「俺、何やってんだろう...」
技術的な相談だけじゃなくて、こういう相談も来るのか。考えが甘すぎた。
四日目には、ようやく技術的な相談が来た。
2 年生の女子で、恐る恐る部屋に入ってきた。
「あの...本当にここで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
俺は安心させようとしたが、たぶん逆効果だった。
「PC が起動しないんです」
「起動しない...ですね」
ついに俺の専門分野だ。
「電源は入りますか?」
「入りません」
「コンセントは?」
「刺さってます」
「電源ケーブルの接続は?」
「大丈夫だと思います」
俺は色々質問したが、結局現物を見ないと分からないことが判明した。
「一度、現物を見せてもらえますか?」
「えっと...家にあるので...」
「家に...」
俺は困った。生徒の家に行くわけにはいかない。
「学校に持ってきてもらうことはできますか?」
「重いし...」
結局、その相談は解決できずに終わった。
「すみません、お役に立てなくて...」
「あ、いえ...」
相談者は明らかに期待外れという表情で帰って行った。
(現物を見ないと診断できない問題もあるのか...)
俺は自分の限界を痛感した。
◇
五日目、1 年生の男子が来た。
「プリンターの調子が悪いんです」
「どんな風に悪いですか?」
「印刷すると変な音がして、紙が詰まるんです」
「変な音...ですか」
「ガガガガって音です」
俺は必死に原因を考えた。
「ローラーの汚れかもしれませんね」
「ローラー?」
「えっと...紙を送る部分です」
「どうやって掃除するんですか?」
俺は説明しようとしたが、プリンターの機種が分からないと具体的な方法が説明できない。
「機種は何ですか?」
「えっと...Canon...の何かです」
「何かって...」
「型番とか分からないです」
またしても、情報不足で解決できなかった。
「型番を調べてから、また来てもらえますか?」
「はあ...」
相談者は不満そうだった。
(事前にどんな情報が必要か、ちゃんと書いておくべきだったな...)
俺は反省した。
◇
その週、合計で 8 人の相談者が来てくれた。
技術的な質問が 3 件、恋愛相談が 2 件、人間関係の悩みが 2 件、進路相談が 1 件。
解決できたのは、PowerPoint の件だけだった。
成功率 12.5%という惨憺たる結果である。
そして何より、人に感謝されるという体験が、俺の心を少しずつ変えていった。
「ありがとうございました」
その言葉を聞くたびに、俺の胸は暖かくなった。
でも同時に、自分一人の限界も感じていた。
知識の幅の狭さ、コミュニケーション能力の低さ、機種やソフトが変わると対応できない問題、そして致命的な恋愛経験の無さ。
一人でできることには、限りがある。
「やっぱり仲間が必要だな...」
俺は 203 号室で一人つぶやいた。
でも、誰に声をかければいいのか分からない。
技術に詳しい人なんて、俺の周りにはいない。
というか、俺に協力してくれるような友達がいない。
恋愛相談に対応できる人なんて、もっといない。
「どうしたものか...」
俺は悩んだ。
このまま一人で続けるか、それとも諦めるか。
でも、一つだけ確実に言えることがあった。
この活動を通して、俺は少しずつ変わり始めている。
成功率 12.5%だけど、それでも 0%よりはマシだ。
まだまだ天野の隣に立てるほどじゃない。でも、確実に前に進んでいる。
その手応えを感じられるだけで、俺には十分だった。
(とりあえず、来週は恋愛相談 NG のポスターを貼ろうかな...)
俺は現実逃避気味にそんなことを考えていた。
◇
金曜日の放課後、俺が 203 号室で一人反省会をしていると、松本先生がひょっこり顔を出した。
「おつかれ~!調子はどうや?」
「あ、松本先生...まあ、ぼちぼちです」
嘘である。成功率 12.5%なのに、ぼちぼちとは言えない。
「そうか~!ええやん!」
松本先生は無邪気に笑った。
「実は私も相談があるんやけど~」
「相談ですか?」
「プリンターがな~、またおかしなったんよ。印刷しようとすると『PC LOAD LETTER』って出るねん」
「PC LOAD LETTER...」
俺は考えた。それは...
「用紙切れじゃないですか?」
「え?」
「用紙を補充すれば直るはずです」
「...まじで?」
松本先生は目を丸くした。
「はい、たぶん」
「ちょっと待ってや」
松本先生は一度部屋を出て行き、5 分後に戻ってきた。
「直った!印刷できた!」
「良かったです」
「君、天才やな!」
天才って...用紙を入れただけなのに。でも、褒められるのは嬉しい。
「ありがとう~!君みたいな生徒がおって、ほんま助かるわ~」
松本先生の言葉に、俺は照れながらも嬉しくなった。
たとえ成功率が 12.5%でも、誰かの役に立つことはできる。
松本先生が帰った後、俺は一人でつぶやいた。
「まあ、初週としては...上々か?」
完全に自分を甘やかしている。でも、それくらいしないと心が折れそうだった。
来週はもう少し、ちゃんと準備をして臨もう。
事前に必要な情報をまとめたり、技術以外の相談への対応を考えたり。
やることは山積みだが、それでも俺は続けたいと思った。
この活動を通して、俺は確実に何かを学んでいる。
まだまだ天野の隣に立てるほどじゃない。でも、少しずつ前に進んでいる。
その手応えを感じられるだけで、俺には十分だった。
今日から行動を起こす。受動的だった俺を変える、最初の一歩だ。
教室に入ると、天野がいつものように手を振ってくれた。俺は少しだけ、いつもより長く手を振り返した。
天野は少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せた。
(今はまだ説明できないけど、必ず変わるから)
俺は心の中で天野に語りかけた。
◇
一時間目が終わると、俺は職員室に向かった。
担任の佐藤先生に相談するためだ。廊下を歩きながら、俺は頭の中で説明の仕方を整理していた。
「先生、お時間よろしいでしょうか」
職員室の扉を開けて声をかけると、佐藤先生が振り返った。
「黒瀬くん?珍しいね、どうしたの?」
確かに珍しい。俺が自分から先生に話しかけることなんて、ほとんどない。
「空いている教室を借りたいんです」
「教室?何に使うの?」
「困っている人の技術的な相談に乗りたいんです。個人的に」
佐藤先生は少し困ったような表情を見せた。
「個人的に相談って...君一人で大丈夫?」
「はい。まずは小さく始めてみたいと思います」
佐藤先生は少し考え込んで、ある先生の名前を挙げた。
「施設管理は松本先生だから、相談してみなさい。ただし、ちゃんと許可をもらってからよ」
「ありがとうございます」
◇
昼休みに、俺は松本先生を探した。
松本先生は 20 代後半の女性で、確か去年赴任してきたばかりの先生だ。数学を担当していて、たまに廊下ですれ違う時に変わった服装をしているなと思っていた。
職員室で見つけた松本先生は、机でカップ麺を食べながらスマホでゲームをしていた。
「あの、松本先生...」
「ん?なんじゃ~」
松本先生は関西弁でゆる~く返事をした。口の中にまだ麺が入っている。
「施設のことで相談が...」
「ああ、はいはい。ちょっと待ってな~」
松本先生はカップ麺を片付けて、ようやく俺の方を向いた。
「で、何の話?」
「空いている教室を借りたいんです」
「何に使うん?」
「技術的な困りごとの相談を受けたいんです」
「技術的な困りごと?」
松本先生は首を傾げた。
「PC のトラブルとか、スマホの設定とか...」
「ああ~なるほど~!おもろいやん!」
予想外に好意的な反応だった。
「実は私もめっちゃ機械音痴でさ~、この前プリンターが動かんくて泣きそうやったんよ」
松本先生はあっけらかんと笑った。
「旧校舎の 203 号室が空いてるから、そこ使い~。鍵は私が管理してるから、使う時は声かけてな」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「ええで~。頑張りや~」
意外なほどあっさりと許可がもらえた。
◇
放課後、俺は旧校舎の 203 号室を見に行った。
確かに空き教室になっている。机と椅子が数個置いてあるだけの、殺風景な部屋だ。
でも、俺にとっては十分すぎる拠点だ。
「問題解決室...」
俺は一人つぶやいた。部活ではないけれど、俺なりの活動基地だ。
松本先生から借りた鍵で扉を開け、俺は部屋の掃除を始めた。
窓を開けて換気をし、床を掃除し、机を適当な位置に配置する。
「よし、これでとりあえず形になったか」
俺は汗を拭いながら部屋を見回した。まだまだ質素だが、相談を受けるには十分だろう。
◇
翌日、俺は手作りのポスターを作って廊下に貼り始めた。
『問題解決相談室』
『技術的な困りごと、何でも相談してください』
『PC、スマホ、プリンター...』
『旧校舎 203 号室で待ってます』
『相談無料!』
自分で見ても、お世辞にも上手いとは言えないデザインだ。文字の配置もバラバラだし、なんか全体的にダサい。
でも、手作り感はバッチリだ。
廊下を歩く生徒たちが、ちらりとポスターを見ていく。
「問題解決相談室って何?」
「黒瀬って人がやってるのか」
「なんか怪しくない?」
聞こえてくる反応は、微妙なものばかりだった。
でも、俺は諦めなかった。一人でも興味を持ってくれる人がいれば、それで十分だ。
◇
三日経っても、誰も相談に来なかった。
俺は毎日放課後に 203 号室で待機していたが、扉を叩く音は一度も聞こえなかった。
「まあ、そりゃそうだよな...」
俺は一人つぶやいた。よく考えたら、「問題解決相談室」なんて怪しすぎる。やってるのは教室の隅の陰キャだし、誰が来るってんだ。
四日目の放課後、俺は一人で部屋にいた。
机に向かってプログラミングの本を読んでいると、廊下から慎重すぎる足音が聞こえてきた。
しばらく扉の前で立ち止まっている気配がする。
(迷ってるな...)
そして、恐る恐るといった感じで扉がノックされた。
「あの...すみません」
俺は慌てて立ち上がった。ついに相談者が来てくれた。
扉を開けると、2 年生らしい男子生徒が立っていた。明らかに警戒している。
「問題解決相談室って、本当にここですか?」
「あ、はい!そうです!」
俺の声は緊張で少し上ずっていた。
「えっと...変な宗教とかじゃないですよね?」
「違います!」
いきなり宗教扱いされた。確かに怪しいかもしれないが、そこまでか。
「どんなことでお困りですか?」
「えっと...」
相談者は申し訳なさそうに話を始めた。
「プレゼンテーションソフトの使い方が分からなくて...明日発表があるんです」
「プレゼンテーション...PowerPoint ですか?」
「はい、それです」
俺は安堵した。PowerPoint なら使い慣れている。
「具体的には、どの部分が分からないですか?」
「えっと...スライドにアニメーションを付けたいんですけど...」
「アニメーション...ですね」
俺は相談者を部屋に招き入れた。
「PC は持ってきてますか?」
「あ、はい」
相談者はノート PC を取り出した。
俺は相談者の隣に座って、画面を見ながら説明しようとした。
その時、俺は相談者との距離の近さに緊張してしまった。
「え、えっと...まず、アニメーションを付けたいオブジェクトを選択して...」
俺の声がどんどん小さくなっていく。
「すみません、よく聞こえないです」
「あ、す、すみません!もう一度...」
俺は慌てて声を大きくしたが、今度は変に大きすぎて相談者がびっくりしてしまった。
「あ、すみません...」
俺は赤面してしまった。技術的な知識はあるのに、それを人に伝えることがこんなに難しいなんて。
「えっと...」
俺は深呼吸をして、もう一度説明を始めた。
「まず、アニメーションを付けたい文字や画像をクリックします」
「はい」
「次に、上のメニューから『アニメーション』タブをクリックします」
「あ、ありました」
「そうしたら、色々なアニメーションの種類が出てきますので...」
今度は少し落ち着いて説明できた。
相談者も理解してくれているようで、俺は安心した。
「すごい!動きました!」
相談者が嬉しそうに声を上げた。
「他にも、フェードインとか、ワイプとか、色々な効果があります」
俺は調子に乗って色々な機能を説明し始めた。
「うわあ、こんなこともできるんですね」
「そうです。タイミングも調整できるので...」
気がつくと、俺は 30 分近く説明していた。
「本当にありがとうございました!これで明日の発表も大丈夫です」
相談者は頭を下げた。
「い、いえ...お役に立てて良かったです」
俺は照れながら答えた。
人に何かを教えて、感謝されるという経験。
それは俺にとって、とても新鮮で嬉しいものだった。
◇
翌日、また別の相談者がやってきた。
今度は 1 年生の女子で、入り口で 5 分くらいウロウロしてから、ようやく扉をノックした。
「あの...本当にここで合ってますか?」
「はい、問題解決相談室です」
「誰でも相談していいんですか?」
「もちろんです」
俺は安心させようと笑顔を作ったが、たぶん不審者にしか見えていない。
「えっと...実は恋愛相談なんですけど...」
「恋愛!?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だ、ダメですか?」
「いえ、その...」
どうしよう。恋愛なんて俺が一番苦手な分野じゃないか。自分の恋愛すらうまくいってないのに、人にアドバイスなんてできるわけがない。
「えっと...どんな相談ですか?」
とりあえず聞いてみることにした。
「好きな人がいるんですけど、どうやって話しかけたらいいか分からなくて...」
(俺が聞きたいよ、その答え)
俺は心の中でツッコミを入れた。
「え、えっと...」
俺は必死に考えた。でも何も浮かばない。
「共通の話題を見つけるとか...?」
完全に教科書的な答えしか出てこない。
「どんな話題がいいですか?」
「それは...相手の興味のあることを...」
「分からないから困ってるんです」
相談者の表情がどんどん不安になっていく。
「えっと...趣味とか...」
「分からないって言ってるじゃないですか」
完全に堂々巡りになってしまった。
「すみません、やっぱり違う人に相談します」
相談者は諦めたように部屋を出て行った。
俺は一人取り残されて、深いため息をついた。
「俺、何やってんだろう...」
技術的な相談だけじゃなくて、こういう相談も来るのか。考えが甘すぎた。
四日目には、ようやく技術的な相談が来た。
2 年生の女子で、恐る恐る部屋に入ってきた。
「あの...本当にここで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
俺は安心させようとしたが、たぶん逆効果だった。
「PC が起動しないんです」
「起動しない...ですね」
ついに俺の専門分野だ。
「電源は入りますか?」
「入りません」
「コンセントは?」
「刺さってます」
「電源ケーブルの接続は?」
「大丈夫だと思います」
俺は色々質問したが、結局現物を見ないと分からないことが判明した。
「一度、現物を見せてもらえますか?」
「えっと...家にあるので...」
「家に...」
俺は困った。生徒の家に行くわけにはいかない。
「学校に持ってきてもらうことはできますか?」
「重いし...」
結局、その相談は解決できずに終わった。
「すみません、お役に立てなくて...」
「あ、いえ...」
相談者は明らかに期待外れという表情で帰って行った。
(現物を見ないと診断できない問題もあるのか...)
俺は自分の限界を痛感した。
◇
五日目、1 年生の男子が来た。
「プリンターの調子が悪いんです」
「どんな風に悪いですか?」
「印刷すると変な音がして、紙が詰まるんです」
「変な音...ですか」
「ガガガガって音です」
俺は必死に原因を考えた。
「ローラーの汚れかもしれませんね」
「ローラー?」
「えっと...紙を送る部分です」
「どうやって掃除するんですか?」
俺は説明しようとしたが、プリンターの機種が分からないと具体的な方法が説明できない。
「機種は何ですか?」
「えっと...Canon...の何かです」
「何かって...」
「型番とか分からないです」
またしても、情報不足で解決できなかった。
「型番を調べてから、また来てもらえますか?」
「はあ...」
相談者は不満そうだった。
(事前にどんな情報が必要か、ちゃんと書いておくべきだったな...)
俺は反省した。
◇
その週、合計で 8 人の相談者が来てくれた。
技術的な質問が 3 件、恋愛相談が 2 件、人間関係の悩みが 2 件、進路相談が 1 件。
解決できたのは、PowerPoint の件だけだった。
成功率 12.5%という惨憺たる結果である。
そして何より、人に感謝されるという体験が、俺の心を少しずつ変えていった。
「ありがとうございました」
その言葉を聞くたびに、俺の胸は暖かくなった。
でも同時に、自分一人の限界も感じていた。
知識の幅の狭さ、コミュニケーション能力の低さ、機種やソフトが変わると対応できない問題、そして致命的な恋愛経験の無さ。
一人でできることには、限りがある。
「やっぱり仲間が必要だな...」
俺は 203 号室で一人つぶやいた。
でも、誰に声をかければいいのか分からない。
技術に詳しい人なんて、俺の周りにはいない。
というか、俺に協力してくれるような友達がいない。
恋愛相談に対応できる人なんて、もっといない。
「どうしたものか...」
俺は悩んだ。
このまま一人で続けるか、それとも諦めるか。
でも、一つだけ確実に言えることがあった。
この活動を通して、俺は少しずつ変わり始めている。
成功率 12.5%だけど、それでも 0%よりはマシだ。
まだまだ天野の隣に立てるほどじゃない。でも、確実に前に進んでいる。
その手応えを感じられるだけで、俺には十分だった。
(とりあえず、来週は恋愛相談 NG のポスターを貼ろうかな...)
俺は現実逃避気味にそんなことを考えていた。
◇
金曜日の放課後、俺が 203 号室で一人反省会をしていると、松本先生がひょっこり顔を出した。
「おつかれ~!調子はどうや?」
「あ、松本先生...まあ、ぼちぼちです」
嘘である。成功率 12.5%なのに、ぼちぼちとは言えない。
「そうか~!ええやん!」
松本先生は無邪気に笑った。
「実は私も相談があるんやけど~」
「相談ですか?」
「プリンターがな~、またおかしなったんよ。印刷しようとすると『PC LOAD LETTER』って出るねん」
「PC LOAD LETTER...」
俺は考えた。それは...
「用紙切れじゃないですか?」
「え?」
「用紙を補充すれば直るはずです」
「...まじで?」
松本先生は目を丸くした。
「はい、たぶん」
「ちょっと待ってや」
松本先生は一度部屋を出て行き、5 分後に戻ってきた。
「直った!印刷できた!」
「良かったです」
「君、天才やな!」
天才って...用紙を入れただけなのに。でも、褒められるのは嬉しい。
「ありがとう~!君みたいな生徒がおって、ほんま助かるわ~」
松本先生の言葉に、俺は照れながらも嬉しくなった。
たとえ成功率が 12.5%でも、誰かの役に立つことはできる。
松本先生が帰った後、俺は一人でつぶやいた。
「まあ、初週としては...上々か?」
完全に自分を甘やかしている。でも、それくらいしないと心が折れそうだった。
来週はもう少し、ちゃんと準備をして臨もう。
事前に必要な情報をまとめたり、技術以外の相談への対応を考えたり。
やることは山積みだが、それでも俺は続けたいと思った。
この活動を通して、俺は確実に何かを学んでいる。
まだまだ天野の隣に立てるほどじゃない。でも、少しずつ前に進んでいる。
その手応えを感じられるだけで、俺には十分だった。
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