20 / 39
第2章
第20話:答えはいつもここにあった
しおりを挟む
七月中旬の放課後。
部室の窓から差し込む西日が、机の表面を熱く照らしていた。
エアコンの効きが追いつかないのか、室内は微かに蒸し暑い。
古い扇風機が首を振りながらカタカタと音を立てている。
俺は額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、三上の隣で数学の問題集を開いていた。
「この微分の問題、やっと理解できました」
三上がノートに答えを書きながら、ほっとした表情で言った。
鉛筆を持つ手のひらがうっすらと汗ばんでいるのが見える。
「そうか、良かったな」
俺も安堵した。
三上は真面目だから、分からない問題があると徹底的に理解しようとする。
その集中力は見ていて気持ちが良い。
「黒瀬先輩の説明、本当に分かりやすいです」
三上は満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見ていると、俺も自然と口元が緩む。
でも同時に、どこか遠慮がちな表情も見て取れた。
この一週間で、俺と三上の関係はさらに自然になっていた。
敬語を使わなくなってから、お互いに気を使いすぎることもなく、普通に話せるようになっている。
まるで昔からの知り合いのように、会話が途切れることもない。
「失礼します」
扉が開いて、天野が入ってきた。
「お疲れ様」
俺と三上が同時に答えた。
「お疲れ様」
天野も答えたが、その声には少し疲れが混じっているように聞こえた。
ここ数日、天野の表情にはどこか影があって、いつもの明るさが薄れている気がする。
三上は天野の様子を気にしながら、そっと俺の方を見た。
その瞳には心配の色が浮かんでいる。
「今日も勉強してたんだね」
天野が俺たちの机を見ながら、少し複雑な表情で言った。
「うん、三上が数学で分からないところがあるって」
俺は答えた。
「そっか...」
天野は短く答えて、自分の席に座った。
しばらく沈黙が続いた。
扇風機の音だけが、蒸し暑い部室に響いている。
三上は不安そうに天野の様子を窺っていた。
俺も何か話しかけた方がいいのかと思ったが、言葉が見つからない。
「ねえ」
天野が突然口を開いた。
その声には、どこか思い詰めたような響きがあった。
「三上さん」
「はい」
三上が少し緊張した様子で答える。
「三上さんと和人くんは、最近いつも一緒にいるよね」
天野の声には、観察者のような冷静さがあった。
でも同時に、何かを確かめようとするような意図も感じられる。
「え?」
三上は戸惑ったような表情を見せた。
「毎日部室で勉強して、図書館でも会って、お昼休みも一緒にいることが多いでしょ?」
天野は静かに事実を述べた。
「まあ...そうですけど」
三上は曖昧に答えた。
その声には、自分が何か悪いことをしているのではないかという不安が込められていた。
「それに、最近は敬語も使わないでだいぶ距離感近く話してるし」
天野の指摘に、俺も三上も黙ってしまった。
確かに天野の言う通りだ。
俺と三上は、最近はほとんど毎日一緒に過ごしている。
勉強のことで分からないことがあれば相談し合うし、本の話やゲームの話もする。
「私...何か天野先輩の気に障ることをしてしまったでしょうか?」
三上が小さな声で聞いた。
その表情には、深い心配と申し訳なさが浮かんでいる。
「そんなことないよ」
天野は首を振った。
「ただ...」
天野は少し考え込むような表情をして、それから小さく微笑んだ。
「そういう関係のことを、一般的には《友達》と呼ぶんじゃないのかなって思って」
その言葉に、俺は少し驚いた。
友達。
その単語が、なぜかとても新鮮に聞こえた。
「友達...」
三上が小さくつぶやいた。
その声には、驚きと戸惑いが混じっている。
「そう」
天野は穏やかに言った。
「お互いに気を使わないで話せて、一緒にいて楽しくて、困った時には助け合う」
天野の言葉は優しかった。
その表情には複雑な感情が浮かんでいるが、同時にどこか吹っ切れたような清々しさも感じられる。
「それを友達以外になんて呼ぶの?」
その指摘に、俺は改めて考えてみた。
確かに俺と三上の関係は、天野の言う通りかもしれない。
一緒にいて楽しいし、お互いを理解し合えているような気がする。
「でも、私たちは...」
三上が言いかけて、言葉を止めた。
俺も混乱していた。
確かに最近の俺と三上の関係は、天野の言う通り「友達」と呼べるものかもしれない。
でも、それを明確に意識したことはなかった。
「友達を作ろうと思って頑張ってた時は全然うまくいかなかったでしょ?」
天野が続けた。
その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「でも、自然に過ごしてるうちに、いつの間にか友達になってた」
その言葉に、俺はハッとした。
確かにその通りだった。
三上が「友達を作りたい」と相談してきた時、俺たちは色々な作戦を考えて実行した。でもどれもうまくいかなかった。
でも、友達作りを一旦忘れて、自然に過ごしているうちに、いつの間にか俺たちは友達になっていたのだ。
「そう...なのかな」
俺は呟いた。
「俺たち、友達になってたんだな」
その瞬間、何かがストンと腑に落ちた感覚があった。
俺と三上の関係に、ようやく名前がついた。
「友達...」
三上も同じように呟いた。
その声には、深い感動が込められていた。
「私、ついに友達ができたんですね」
三上の目にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「ああ」
俺は頷いた。
「そうだな」
三上の表情がパッと明るくなった。
「本当に?」
「本当だ」
俺は確信を込めて答えた。
「やった...」
三上は嬉しそうに両手を握りしめた。
「ついに友達ができました」
その純粋な喜びようを見て、俺も嬉しくなった。
友達。
その言葉の重みを、俺は初めて実感した。
でも同時に、三上の表情には喜びだけではなく、心配そうな色も浮かんでいるのに気づいた。
「でも...」
三上が天野の方を見た。
「天野先輩が最近元気がないのは、私のせいでしょうか…?」
その言葉に、天野は少し驚いたような表情を見せた。
「どうして?」
「私が黒瀬先輩と仲良くなったせいで、天野先輩が寂しい思いをしてるんじゃないかって...」
三上の声には、深い心配が込められていた。
「そんなことないよ」
天野は慌てて否定した。
「三上さんは何も悪くないの」
「でも...」
「本当だよ」
天野は微笑んだ。
その笑顔には以前のような無理した感じはなく、どこか決意めいたものが込められていた。
「和人くんに友達ができて、私も嬉しいの」
◇
「それで」
天野が改めて口を開いた。
「三上さんの相談は、これで解決だね」
「え?」
三上は戸惑った。
「友達を作りたいっていう相談でしょ?もう友達ができたんだから解決じゃない?」
天野の指摘に、俺も三上も改めて気づいた。
確かにその通りだ。
三上が問題解決部に相談に来たのは「友達を作りたい」ということだった。
そして今、その相談は解決した。
「そうですね...」
三上は少し寂しそうな表情を見せた。
「じゃあ、もう部室に来る理由がなくなってしまいますね」
その言葉に、俺は何か言おうとしたが、すぐには言葉が出てこなかった。
確かに相談は解決した。
でも、だからといって三上との関係が終わるわけではない。
「...そんなことないだろ」
俺はようやく口を開いた。
「友達なんだから」
「でも、相談が解決したなら...」
「相談が解決したからって、友達関係が終わるわけじゃない」
俺は三上を見つめて言った。
「黒瀬先輩...」
三上の目が潤んだ。
「私も、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺も微笑んだ。
「それで提案なんだけど、」
天野が割り込んだ。
「三上さんも問題解決部に入部すればいいんじゃない?」
「入部ですか?」
三上は驚いた。
「そう。もう立派に部活動に参加してると思うな」
天野の提案に、俺も同感だった。
「でも、私は困ってる人を助ける方じゃなくて、助けられた方で...」
「それでもいいと思うよ」
天野は優しく言った。
「問題解決部は、困ってる人を助ける部活。自分で問題を乗り越えた強さのある三上さんならきっと誰かを助けることができると思う」
「そうだな」
俺も同意した。
「三上がいてくれると、色々と助かる」
「本当ですか?」
三上は嬉しそうだった。
「もちろん」
「じゃあ...」
三上は少し考えてから、深く頭を下げた。
「入部させてください」
「よろしくお願いします」
その言葉には、深い感謝と決意が込められていた。
「こちらこそ、よろしく」
俺と天野が同時に答えた。
こうして、問題解決部は正式に三人体制になった。
でも、なぜか手放しで喜べない空気が部室に漂っていた。
◇
その日の部活動が終わって、俺たちは一緒に部室を片付けていた。
「今日は本当に、ありがとうございました」
三上が俺と天野に向かって深く頭を下げた。
でもその声には、申し訳なさが混じっているように聞こえた。
「友達になれたことも、入部できたことも、全部先輩方のおかげです」
「そんなことないよ」
天野は首を振った。
でもその表情は、どこか疲れているように見えた。
「三上さんと和人くんが、自然に友達になったの」
「でも、天野先輩が気づかせてくれなかったら...」
「きっといつかは気づいてたと思うよ」
天野は微笑んだ。
でもその笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
「それに、私も三上さんが仲間になってくれて嬉しい」
天野は言った。
その言葉には、素直な気持ちが込められているように聞こえた。
その言葉に、三上は複雑な表情を見せた。
俺には天野の本当の気持ちが見えないような気がした。
片付けを終えて、俺たちは部室を出た。
廊下も暑いが、部室よりは風通しが良い。
学校を出て、俺たちは 3 人並んで駅まで歩く。
駅で別れる時、三上は振り返って言った。
「今日は本当にありがとうございました」
その声には、申し訳なさが混じっていた。
「こちらこそ」
「それじゃあ、また月曜日に」
「うん、また月曜日」
三上と別れて、俺と天野は並んで駅の改札に向かった。
いつもなら、ここで天野とも別れるのだが、今日は何かが違った。
「和人くん」
天野が俺の袖をそっと引いた。
「ん?」
「ちょっと、お話があるの」
天野の声には、いつもとは違う真剣さがあった。
「話?」
「うん。大切な話」
俺は天野を見つめた。
その瞳には、何かを決心したような強い光が宿っている。
「ここじゃなくて、もう少し静かなところで」
天野は周りを見回した。
確かに駅前は人が多くて、話をするには適さない。
「分かった」
俺は頷いた。
俺たちは駅前の小さな公園に向かった。
夕方の陽射しがベンチを照らしていて、蝉の鳴き声が響いている。
「ここなら大丈夫かな」
天野がベンチに座った。
俺もその隣に座る。
「それで、話って?」
俺は聞いた。
天野は少し躊躇うような表情を見せてから、深呼吸をした。
「和人くん、今度の日曜日、空いてる?」
「日曜日?」
俺は少し驚いた。
今日の天野は、いつもとは違う雰囲気がある。
「うん。もし良かったら、一緒にどこか行かない?」
天野の声には、緊張が混じっているのが分かった。
「どこかって?」
「えっと...お祭りがあるの。隣町で夏祭り」
天野は少し恥ずかしそうに言った。
「夏祭り...」
「浴衣とか着て、屋台を見て回ったり、花火を見たり...」
「二人で?」
「うん」
天野は頷いた。
その表情には、何かを決心したような強さがあった。
俺は少し戸惑った。
天野と二人きりで出かけるのは、実はあまり経験がない。
いつも三上がいたり、部活動の一環だったりしたから。
でも、天野がこんなに真剣に誘ってくれているのだから、断る理由もない。
「...分かった」
俺は答えた。
「本当?」
天野の表情がパッと明るくなった。
「ありがとう」
天野は安堵したような笑顔を見せた。
でもその笑顔の奥に、何か複雑な感情も隠れているような気がした。
◇
私は和人くんの返事を聞いて、胸の奥で激しく鳴っていた心臓がようやく落ち着くのを感じた。
言えた。
夏祭りに誘うことができた。
これで、告白への第一歩を踏み出すことができる。
「詳しい待ち合わせ場所とか、また明日連絡するね」
私は和人くんに言った。
「うん、分かった」
和人くんは素直に頷いてくれる。
きっと彼は、これが私の告白のための準備だとは気づいていない。
でも、それでいい。
今はまだ、その時ではない。
日曜日。
夏祭り。
そこで私は、ずっと心の奥に秘めていた想いを伝える。
どんな結果になっても、もう後悔はしない。
そんな覚悟を胸に、私は和人くんと別れた。
部室の窓から差し込む西日が、机の表面を熱く照らしていた。
エアコンの効きが追いつかないのか、室内は微かに蒸し暑い。
古い扇風機が首を振りながらカタカタと音を立てている。
俺は額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、三上の隣で数学の問題集を開いていた。
「この微分の問題、やっと理解できました」
三上がノートに答えを書きながら、ほっとした表情で言った。
鉛筆を持つ手のひらがうっすらと汗ばんでいるのが見える。
「そうか、良かったな」
俺も安堵した。
三上は真面目だから、分からない問題があると徹底的に理解しようとする。
その集中力は見ていて気持ちが良い。
「黒瀬先輩の説明、本当に分かりやすいです」
三上は満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見ていると、俺も自然と口元が緩む。
でも同時に、どこか遠慮がちな表情も見て取れた。
この一週間で、俺と三上の関係はさらに自然になっていた。
敬語を使わなくなってから、お互いに気を使いすぎることもなく、普通に話せるようになっている。
まるで昔からの知り合いのように、会話が途切れることもない。
「失礼します」
扉が開いて、天野が入ってきた。
「お疲れ様」
俺と三上が同時に答えた。
「お疲れ様」
天野も答えたが、その声には少し疲れが混じっているように聞こえた。
ここ数日、天野の表情にはどこか影があって、いつもの明るさが薄れている気がする。
三上は天野の様子を気にしながら、そっと俺の方を見た。
その瞳には心配の色が浮かんでいる。
「今日も勉強してたんだね」
天野が俺たちの机を見ながら、少し複雑な表情で言った。
「うん、三上が数学で分からないところがあるって」
俺は答えた。
「そっか...」
天野は短く答えて、自分の席に座った。
しばらく沈黙が続いた。
扇風機の音だけが、蒸し暑い部室に響いている。
三上は不安そうに天野の様子を窺っていた。
俺も何か話しかけた方がいいのかと思ったが、言葉が見つからない。
「ねえ」
天野が突然口を開いた。
その声には、どこか思い詰めたような響きがあった。
「三上さん」
「はい」
三上が少し緊張した様子で答える。
「三上さんと和人くんは、最近いつも一緒にいるよね」
天野の声には、観察者のような冷静さがあった。
でも同時に、何かを確かめようとするような意図も感じられる。
「え?」
三上は戸惑ったような表情を見せた。
「毎日部室で勉強して、図書館でも会って、お昼休みも一緒にいることが多いでしょ?」
天野は静かに事実を述べた。
「まあ...そうですけど」
三上は曖昧に答えた。
その声には、自分が何か悪いことをしているのではないかという不安が込められていた。
「それに、最近は敬語も使わないでだいぶ距離感近く話してるし」
天野の指摘に、俺も三上も黙ってしまった。
確かに天野の言う通りだ。
俺と三上は、最近はほとんど毎日一緒に過ごしている。
勉強のことで分からないことがあれば相談し合うし、本の話やゲームの話もする。
「私...何か天野先輩の気に障ることをしてしまったでしょうか?」
三上が小さな声で聞いた。
その表情には、深い心配と申し訳なさが浮かんでいる。
「そんなことないよ」
天野は首を振った。
「ただ...」
天野は少し考え込むような表情をして、それから小さく微笑んだ。
「そういう関係のことを、一般的には《友達》と呼ぶんじゃないのかなって思って」
その言葉に、俺は少し驚いた。
友達。
その単語が、なぜかとても新鮮に聞こえた。
「友達...」
三上が小さくつぶやいた。
その声には、驚きと戸惑いが混じっている。
「そう」
天野は穏やかに言った。
「お互いに気を使わないで話せて、一緒にいて楽しくて、困った時には助け合う」
天野の言葉は優しかった。
その表情には複雑な感情が浮かんでいるが、同時にどこか吹っ切れたような清々しさも感じられる。
「それを友達以外になんて呼ぶの?」
その指摘に、俺は改めて考えてみた。
確かに俺と三上の関係は、天野の言う通りかもしれない。
一緒にいて楽しいし、お互いを理解し合えているような気がする。
「でも、私たちは...」
三上が言いかけて、言葉を止めた。
俺も混乱していた。
確かに最近の俺と三上の関係は、天野の言う通り「友達」と呼べるものかもしれない。
でも、それを明確に意識したことはなかった。
「友達を作ろうと思って頑張ってた時は全然うまくいかなかったでしょ?」
天野が続けた。
その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「でも、自然に過ごしてるうちに、いつの間にか友達になってた」
その言葉に、俺はハッとした。
確かにその通りだった。
三上が「友達を作りたい」と相談してきた時、俺たちは色々な作戦を考えて実行した。でもどれもうまくいかなかった。
でも、友達作りを一旦忘れて、自然に過ごしているうちに、いつの間にか俺たちは友達になっていたのだ。
「そう...なのかな」
俺は呟いた。
「俺たち、友達になってたんだな」
その瞬間、何かがストンと腑に落ちた感覚があった。
俺と三上の関係に、ようやく名前がついた。
「友達...」
三上も同じように呟いた。
その声には、深い感動が込められていた。
「私、ついに友達ができたんですね」
三上の目にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「ああ」
俺は頷いた。
「そうだな」
三上の表情がパッと明るくなった。
「本当に?」
「本当だ」
俺は確信を込めて答えた。
「やった...」
三上は嬉しそうに両手を握りしめた。
「ついに友達ができました」
その純粋な喜びようを見て、俺も嬉しくなった。
友達。
その言葉の重みを、俺は初めて実感した。
でも同時に、三上の表情には喜びだけではなく、心配そうな色も浮かんでいるのに気づいた。
「でも...」
三上が天野の方を見た。
「天野先輩が最近元気がないのは、私のせいでしょうか…?」
その言葉に、天野は少し驚いたような表情を見せた。
「どうして?」
「私が黒瀬先輩と仲良くなったせいで、天野先輩が寂しい思いをしてるんじゃないかって...」
三上の声には、深い心配が込められていた。
「そんなことないよ」
天野は慌てて否定した。
「三上さんは何も悪くないの」
「でも...」
「本当だよ」
天野は微笑んだ。
その笑顔には以前のような無理した感じはなく、どこか決意めいたものが込められていた。
「和人くんに友達ができて、私も嬉しいの」
◇
「それで」
天野が改めて口を開いた。
「三上さんの相談は、これで解決だね」
「え?」
三上は戸惑った。
「友達を作りたいっていう相談でしょ?もう友達ができたんだから解決じゃない?」
天野の指摘に、俺も三上も改めて気づいた。
確かにその通りだ。
三上が問題解決部に相談に来たのは「友達を作りたい」ということだった。
そして今、その相談は解決した。
「そうですね...」
三上は少し寂しそうな表情を見せた。
「じゃあ、もう部室に来る理由がなくなってしまいますね」
その言葉に、俺は何か言おうとしたが、すぐには言葉が出てこなかった。
確かに相談は解決した。
でも、だからといって三上との関係が終わるわけではない。
「...そんなことないだろ」
俺はようやく口を開いた。
「友達なんだから」
「でも、相談が解決したなら...」
「相談が解決したからって、友達関係が終わるわけじゃない」
俺は三上を見つめて言った。
「黒瀬先輩...」
三上の目が潤んだ。
「私も、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺も微笑んだ。
「それで提案なんだけど、」
天野が割り込んだ。
「三上さんも問題解決部に入部すればいいんじゃない?」
「入部ですか?」
三上は驚いた。
「そう。もう立派に部活動に参加してると思うな」
天野の提案に、俺も同感だった。
「でも、私は困ってる人を助ける方じゃなくて、助けられた方で...」
「それでもいいと思うよ」
天野は優しく言った。
「問題解決部は、困ってる人を助ける部活。自分で問題を乗り越えた強さのある三上さんならきっと誰かを助けることができると思う」
「そうだな」
俺も同意した。
「三上がいてくれると、色々と助かる」
「本当ですか?」
三上は嬉しそうだった。
「もちろん」
「じゃあ...」
三上は少し考えてから、深く頭を下げた。
「入部させてください」
「よろしくお願いします」
その言葉には、深い感謝と決意が込められていた。
「こちらこそ、よろしく」
俺と天野が同時に答えた。
こうして、問題解決部は正式に三人体制になった。
でも、なぜか手放しで喜べない空気が部室に漂っていた。
◇
その日の部活動が終わって、俺たちは一緒に部室を片付けていた。
「今日は本当に、ありがとうございました」
三上が俺と天野に向かって深く頭を下げた。
でもその声には、申し訳なさが混じっているように聞こえた。
「友達になれたことも、入部できたことも、全部先輩方のおかげです」
「そんなことないよ」
天野は首を振った。
でもその表情は、どこか疲れているように見えた。
「三上さんと和人くんが、自然に友達になったの」
「でも、天野先輩が気づかせてくれなかったら...」
「きっといつかは気づいてたと思うよ」
天野は微笑んだ。
でもその笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
「それに、私も三上さんが仲間になってくれて嬉しい」
天野は言った。
その言葉には、素直な気持ちが込められているように聞こえた。
その言葉に、三上は複雑な表情を見せた。
俺には天野の本当の気持ちが見えないような気がした。
片付けを終えて、俺たちは部室を出た。
廊下も暑いが、部室よりは風通しが良い。
学校を出て、俺たちは 3 人並んで駅まで歩く。
駅で別れる時、三上は振り返って言った。
「今日は本当にありがとうございました」
その声には、申し訳なさが混じっていた。
「こちらこそ」
「それじゃあ、また月曜日に」
「うん、また月曜日」
三上と別れて、俺と天野は並んで駅の改札に向かった。
いつもなら、ここで天野とも別れるのだが、今日は何かが違った。
「和人くん」
天野が俺の袖をそっと引いた。
「ん?」
「ちょっと、お話があるの」
天野の声には、いつもとは違う真剣さがあった。
「話?」
「うん。大切な話」
俺は天野を見つめた。
その瞳には、何かを決心したような強い光が宿っている。
「ここじゃなくて、もう少し静かなところで」
天野は周りを見回した。
確かに駅前は人が多くて、話をするには適さない。
「分かった」
俺は頷いた。
俺たちは駅前の小さな公園に向かった。
夕方の陽射しがベンチを照らしていて、蝉の鳴き声が響いている。
「ここなら大丈夫かな」
天野がベンチに座った。
俺もその隣に座る。
「それで、話って?」
俺は聞いた。
天野は少し躊躇うような表情を見せてから、深呼吸をした。
「和人くん、今度の日曜日、空いてる?」
「日曜日?」
俺は少し驚いた。
今日の天野は、いつもとは違う雰囲気がある。
「うん。もし良かったら、一緒にどこか行かない?」
天野の声には、緊張が混じっているのが分かった。
「どこかって?」
「えっと...お祭りがあるの。隣町で夏祭り」
天野は少し恥ずかしそうに言った。
「夏祭り...」
「浴衣とか着て、屋台を見て回ったり、花火を見たり...」
「二人で?」
「うん」
天野は頷いた。
その表情には、何かを決心したような強さがあった。
俺は少し戸惑った。
天野と二人きりで出かけるのは、実はあまり経験がない。
いつも三上がいたり、部活動の一環だったりしたから。
でも、天野がこんなに真剣に誘ってくれているのだから、断る理由もない。
「...分かった」
俺は答えた。
「本当?」
天野の表情がパッと明るくなった。
「ありがとう」
天野は安堵したような笑顔を見せた。
でもその笑顔の奥に、何か複雑な感情も隠れているような気がした。
◇
私は和人くんの返事を聞いて、胸の奥で激しく鳴っていた心臓がようやく落ち着くのを感じた。
言えた。
夏祭りに誘うことができた。
これで、告白への第一歩を踏み出すことができる。
「詳しい待ち合わせ場所とか、また明日連絡するね」
私は和人くんに言った。
「うん、分かった」
和人くんは素直に頷いてくれる。
きっと彼は、これが私の告白のための準備だとは気づいていない。
でも、それでいい。
今はまだ、その時ではない。
日曜日。
夏祭り。
そこで私は、ずっと心の奥に秘めていた想いを伝える。
どんな結果になっても、もう後悔はしない。
そんな覚悟を胸に、私は和人くんと別れた。
26
あなたにおすすめの小説
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編3がスタートしました! 既に完成しており、全7話でお送りします(2025.12.12)
※1日1話ずつ公開していく予定です。
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる