S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko

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第2章

第23話: 誰もが檻の中で

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東城とのリハビリが始まって一週間が経った。

七月下旬の陽射しは容赦なく強く、アスファルトから立ち上る熱気で空気が揺らめいている。

もうすぐ夏休みだというのに、俺は毎日放課後にグラウンドへ向かっていた。

最初は気が重かった。
でも今は、不思議とこの時間が楽しみになっている。

「今日も暑いな」

「本当に。でも慣れてきた」

もう挨拶も自然になった。最初の頃の緊張は嘘のように消えて、東城と普通に会話できるようになっている。

「黒瀬、水分補給忘れるなよ。熱中症になったら大変だ」

東城がペットボトルを俺に差し出した。

「ありがとう」

「いや、俺の方こそ。毎日付き合ってもらって申し訳ない」

「そんなことないよ。俺も運動になってる」

実際、この一週間で少し体力がついた気がする。階段を上がっても息切れしなくなったし、汗をかくのも悪くないと思えるようになった。

「今日はパス練習の後、ちょっと筋トレもやってみないか?」

東城がバスケットボールを軽く弾ませながら提案した。

「筋トレ?」

「腹筋とか背筋とか。医者から筋力回復のメニューもらってるんだ」

東城は少し照れたような表情を見せた。

「一人だとサボっちゃいそうで。誰かに見ててもらった方が頑張れるんだよな」

「へー、東城でもサボりたくなるんだ」

「当たり前だろ」

東城は苦笑いした。

「筋トレなんて地味でつまらないし、きついし。できれば避けたいよ」

「意外だな。もっとストイックなのかと思ってた」

「みんなそう言うけど、俺だって人間だよ」

東城はボールを胸の前で回しながら続けた。

「楽したいし、遊びたいし、きついことは避けたい。でも、それじゃダメだから頑張ってるだけ」

「そういうもんなのか」

「黒瀬だって同じだろ?プログラミングとか、最初からできたわけじゃないだろ?」

「まあ、そうだけど」

「きっと地道に勉強して、たくさん失敗して、それでできるようになったんだよな」

東城の言葉に、俺は頷いた。確かに最初は簡単なコードも書けなかった。

「俺もバスケが最初からできたわけじゃない。みんなより下手だったし、ベンチにも入れなかった時期もある」

「マジで?」

「マジ。中学一年の時なんて、一年間ずっと補欠だった」

東城は遠くを見るような目をした。

「毎日練習してるのに、試合に出られない。正直、やめたいと思ったこともある」

「でも続けたんだ」

「うん。なんでかな...諦めるのが悔しかったのかな」

東城は笑った。

「それに、応援してくれる人がいたから」

「応援してくれる人?」

「同級生の女子で、いつも練習を見に来てくれる子がいたんだ。補欠の俺なのに、『頑張って』って声をかけてくれて」

東城の表情が少し恥ずかしそうになった。

「その子のためにも頑張ろうって思えたんだ」

「いい話だな」

「でも、その子は中学卒業と同時に引っ越しちゃった。今どうしてるかも分からない」

東城は少し寂しそうに微笑んだ。

「だから今は、自分のために頑張ってる。チームのために、仲間のために」

「自分のためか...」

俺はその言葉を反芻した。

「黒瀬は何のために頑張ってるんだ?」

「俺?」

突然の質問に、俺は戸惑った。

「問題解決部の活動とか、俺のリハビリに付き合ってくれることとか」

「それは...」

俺は言葉に詰まった。何のためだろう。

「最初は自信をつけるためだった。でも今は...」

「今は?」

「よく分からない。でも、やりたいからやってる」

「それでいいんじゃないか」

東城は頷いた。

「理由なんて後からついてくる。まずは行動することが大事だよ」

パス練習を始めると、俺たちの息はすぐに合った。もう慣れたものだ。

「黒瀬、フォームが良くなったな」

「そうかな」

「最初はボールを怖がってたのに、今はちゃんと正面で受けられてる」

東城の言葉に、俺は少し嬉しくなった。

「東城が教えるのがうまいからだよ」

「いや、黒瀬が素直だからだ」

「素直?」

「アドバイスをちゃんと聞いてくれるし、分からないことは分からないって言ってくれる」

東城はパスを投げながら続けた。

「実は、人に教えるのって難しいんだ。相手のプライドを傷つけないように、でも的確にアドバイスしなきゃいけない」

「なるほど」

「でも黒瀬は変にかっこつけないから、教えやすい」

「変にかっこつけないって...」

「いい意味だよ」

東城は笑った。

「素直で謙虚なんだ。それってすごく大事な才能だと思う」

パス練習を終えて、今度は筋トレの時間だ。

「じゃあ、まず腹筋から。俺が足を押さえるから」

東城は芝生の上にマットを敷いた。

「え、俺も一緒にやるのか?」

「もちろん。見てるだけじゃつまらないだろ?」

東城は笑った。

「それに、黒瀬も運動不足解消になるよ」

確かにそうかもしれない。俺も最近は体力の衰えを感じていた。

腹筋を始めてすぐに、俺は自分の体力のなさを痛感した。

「きつい...」

「無理すんな。自分のペースでいいから」

東城は俺の足首をしっかりと押さえながら、優しく声をかけてくれる。

「俺も最初はこんなもんだった。怪我する前はもっとできたんだけどな」

その時、東城の表情が少し曇った。

「そういえば怪我って、どんな?」

俺は息を切らしながら聞いた。

「膝の靭帯を痛めたんだ。練習中に変な着地をしちゃって」

東城は自分の膝を撫でながら答えた。

「その時の音、今でも覚えてる。『ブチッ』って」

「痛そう...」

「痛かったよ。でも、それより怖かったのは『もうバスケができないかも』って思ったこと」

東城の声が小さくなった。

「手術して、リハビリして、医者には『完治する』って言われてる。でも、本当に前と同じようにプレイできるか分からない」

「不安なんだな」

「ああ、すごく不安だな」

東城は芝生に寝転がりながら空を見上げた。

「バスケ部のエースとして、みんなに期待されてるのは分かってる。でも、前みたいにプレイできるか自信がない」

「でも、みんな東城のことを待ってるんじゃないか?」

「そうだと思う。だからこそプレッシャーなんだ」

東城は苦笑いした。

「俺がいない間、チームは他のメンバーが頑張ってくれてる。特に副キャプテンの田中は、俺の分まで責任を背負ってくれてる」

「いいチームメイトだな」

「本当にそう思う。だから、俺が戻った時に足を引っ張るわけにはいかない」

東城は拳を握りしめた。

「期待されてる分、結果を出さなきゃいけない。でも、それができるかどうか...」

「東城...」

俺は東城の意外な一面を見た気がした。いつも明るくて自信に満ちている彼が、こんな不安を抱えていたなんて。

「みんなが思ってるより、俺って普通なんだよ」

東城は小さく笑った。

「失敗もするし、不安にもなる。弱音だって吐きたくなる」

夕日が東城の横顔を赤く染めている。その表情には、普段の明るさとは違う静かな寂しさがあった。

「なんで俺にそんなこと話すんだ?」

俺は聞いた。

「同じクラスの友達とかの方がいいんじゃないか?」

「それができないんだよ」

東城は首を振った。

「みんな、俺に期待してるから。弱音を吐いたら失望させちゃうかもしれない」

「そんなことないと思うけど」

「でも怖いんだ。『東城ってそんなに弱いやつだったのか』って思われるのが」

東城の声には、本当の恐怖が込められていた。

「じゃあなんで俺に話すんだ?」

「黒瀬は違うから」

東城は俺を見つめた。

「君は俺に何も期待してない。ありのままの俺を見てくれてる気がする」

「俺、最初は東城のこと避けてたのに」

「知ってる」

東城は笑った。

「でも、それが逆によかったのかもしれない。変に気を使われるより、正直でいられる」

俺は東城の言葉を噛み締めた。
確かに俺は東城に特別な期待はしていない。ただ、一緒にリハビリをしているだけ。

でも、だからこそ東城も本音を話せるのかもしれない。

「俺も...実は相談があるんだ」

気づけば、俺はそう口にしていた。

「お?どんな?」

東城が興味深そうに身を起こした。

「自信のこと」

俺は正直に話した。

「俺、自分に全然自信がないんだ。特に、人との関わりで」

「へー、意外」

「意外?」

「だって、黒瀬ってすごく頭いいじゃん。PC とかも詳しいし、問題解決部でも活躍してる」

「それは技術的なことだけ。人間関係は全然ダメ」

俺は続けた。

「好きな人がいるんだけど、その人と釣り合うのか分からなくて」

「好きな人...」

東城の目が輝いた。

「誰?クラスの子?」

「まあ...そんなところ」

俺は曖昧に答えた。天野のことを具体的に話すのは恥ずかしい。

「その人はどんな人?」

「すごく...完璧な人。みんなから愛されてて、何でもできて」

「で、黒瀬は自分が釣り合わないと思ってる?」

「そうだ」

「なんで?」

東城の質問に、俺は言葉に詰まった。

「俺は...地味だし、友達もいないし...」

「でも、今俺と話してるじゃん」

「え?」

「俺たち、友達だろ?」

東城はあっけらかんと言った。

「少なくとも俺は、黒瀬のこと友達だと思ってるけど」

その言葉に、俺は心臓がドクンと跳ねた。

「友達...」

「そうだよ。一緒に汗を流して、お互いの悩みを話して。これを友達と言わずに何て言うんだ?」

東城は笑った。

「黒瀬は自分を過小評価しすぎてる。少なくとも俺には、君はとても魅力的な人間に見える」

「そんなこと...」

「本当だよ。真面目で、優しくて、人のために頑張れる。そういう人と付き合いたいと思わない女子がいるか?」

東城の言葉に、俺は胸が熱くなった。

「でも...」

「そうやってすぐ否定するのは良くない癖だね」

東城は俺の肩を叩いた。

「自信がないのは分かる。俺だって同じだから。でも、そこで諦めちゃったら何も始まらない」

夕日がさらに傾いて、グラウンド全体がオレンジ色に染まっていく。

「その好きな人に、ちゃんと気持ち伝えたのか?」

「それは...」

「まだなんだろ?」

東城は俺の表情を見て察した。

「じゃあ、まずはそこからだな」

「でも、どうやって...」

「考えすぎるなよ。素直に、自分の気持ちを伝えればいい」

東城は立ち上がった。

「お互いに頑張ろうな。俺はバスケで、黒瀬は恋愛で」

その言葉に、俺も立ち上がった。

「ああ...頑張る」

夕暮れのグラウンドで、俺たちは固い握手を交わした。



同じ時刻、街のショッピングモールにあるカフェで、私は天野先輩と向かい合って座っていた。

「ごめんね三上さん。急に誘ったりして」

天野先輩がアイスコーヒーを飲みながら言った。

「いえいえ、こちらこそ」

私も同じようにドリンクを手にしている。冷たいガラスの表面に水滴が付いて、それが指先に触れるとひんやりとした。

「天野先輩とこうやって二人きりで話すの、初めてですね」

「そうね。いつも和人くんもいるから」

天野先輩は微笑んだ。でも、その笑顔の奥に何か複雑な感情が隠れているのを私は感じ取っていた。

きっと、黒瀬先輩のことだろう。

最近の部活で、天野先輩が黒瀬先輩を見る目は明らかに変わっていた。以前にも増して優しくて、でもどこか切なそうで。

「それで...お話って?」

私が聞いた。

天野先輩は少し躊躇するような表情を見せてから、意を決したように口を開いた。

「実は...三上さんに聞きたいことがあるの」

「何でしょう?」

「三上さんは...和人くんのこと、どう思ってる?」

その質問に、私は胸がドキンと跳ねた。

予想していた質問だったけれど、こんなに直接的に聞かれるとは思っていなかった。

「どうって...友達として、ですか?」

私は時間稼ぎをするように答えた。でも、天野先輩の目は真剣だった。

「それ以上の意味で」

天野先輩は真っ直ぐに私を見つめた。

「私、和人くんのことが好きなの」

息を呑んだ。薄々感じてはいたが、こんなにはっきりと言われるとは。

私の心の中で、何かがざわめいた。嫉妬?それとも悔しさ?自分でもよく分からない感情が渦巻いている。

「だから、三上さんの気持ちを知っておきたくて」

天野先輩の声は静かだったが、その奥に強い意志が感じられた。

私はしばらく黙っていた。カフェの周りでは、他の客たちが楽しそうに会話している。

BGM には洋楽のバラードが流れていて、それが妙に胸に響いた。

黒瀬先輩のこと。

私は彼をどう思っているのだろう。

最初に問題解決部に相談に行った時、彼は私の気持ちを理解してくれた。「無理に話しかけなくてもいい」「自分らしくいられる場所を見つけよう」。

あの時、初めて自分を理解してくれる人に出会えたと思った。

それから毎日のように一緒に過ごして、図書館で本の話をして、ゲームをして、勉強を教えてもらって。

気がつけば、彼のことを考えない日はなくなっていた。

彼の困ったような表情、照れた時の仕草、真剣に何かを考えている時の横顔。全部、私の心に刻まれている。

これは...恋なのかもしれない。

でも、それを認めるのが怖かった。認めてしまったら、今の関係が壊れてしまうような気がして。

「正直に言いますね」

私がようやく口を開いた。

「黒瀬先輩のこと...今はただの友達だと思ってます」

天野先輩は安堵したような表情を見せた。

「でも」

私は続けた。

「特別な存在だとも思ってます」

天野先輩の表情が再び緊張した。

「私、友達って呼べる人がいなかったから。黒瀬先輩は初めて心を開けた人なんです」

私は自分のドリンクを見つめながら話した。冷たいガラスが手のひらを冷やしていく。

「だから、いつか...好きになってしまうことがないとは言えません」

「そう...」

天野先輩の声が小さくなった。

私は自分の正直な気持ちを口にしていた。もしかしたら、もう既に好きになっているのかもしれない。でも、それをはっきりと認めるのは、まだ怖い。

「というか」

私は顔を上げて天野先輩を見た。

「あと一年も一緒にいたら、きっと好きになるんでしょうね」

その言葉を口にした時、私は自分の本当の気持ちに気づいた。

ああ、私はもう好きになっているんだ。

黒瀬先輩の優しさに、不器用さに、一生懸命な姿に。

でも、天野先輩の方が先に好きになっていた。天野先輩の方が彼に相応しい。美人で、頭が良くて、みんなから愛されていて。

私なんて、人見知りで内向的で、取り柄なんて何もない。

「だから」

私は立ち上がった。

「私、部活やめましょうか?」

「え?」

「天野先輩の邪魔になりたくないんです。黒瀬先輩と天野先輩が幸せになるなら、私はいない方がいい」

それが一番いい。私がいなくなれば、天野先輩は安心して黒瀬先輩にアプローチできる。

でも、そう言った途端に胸が苦しくなった。黒瀬先輩と会えなくなる。もう一緒に過ごすことはできない。

天野先輩の提案に、天野先輩は慌てて首を振った。

「そんなこと望んでない!」

天野先輩も立ち上がった。

「三上さんには部活にいてほしい。和人くんにとっても、私にとっても大切な仲間だから」

「でも...」

「私は正々堂々と和人くんを勝ち取る」

天野先輩は強い目で私を見つめた。

「三上さんと競争になったとしても、それは仕方ない。でも、三上さんに遠慮してもらうなんて絶対に嫌」

その言葉に、私は目を見開いた。

天野先輩は、私をライバルとして認めてくれているのだろうか。

「だから、お互いに頑張りましょう」

天野先輩は手を差し出した。

「友達として、でもライバルとして」

私は天野先輩の手を見つめた。

ライバル。

私が天野先輩のライバルになれるのだろうか。こんなに完璧な人の。

でも、天野先輩の目は本気だった。私を一人の女性として、恋のライバルとして見てくれている。

それなら、私も逃げるべきじゃない。

私はゆっくりとその手を握り返した。

「分かりました」

私は微笑んだ。

「でも、負けませんよ」

「こちらこそ」

天野先輩も笑った。

二人の間に流れていた重い空気が、不思議と軽やかなものに変わっていく。

「あ、そうそう」

私が何かを思い出したように言った。

「実は私も、天野先輩に聞きたいことがあったんです」

「何?」

「恋愛テクニック、教えてください」

その言葉に、天野先輩は思わず吹き出した。

「私だって素人よ」

「でも、黒瀬先輩、天野先輩にはデレデレじゃないですか」

「デレデレって...」

天野先輩の頬が赤くなった。

「そんなことない」

「はいはい」

私はクスクス笑った。

「とりあえず、明日から観察させてもらいますね」

「観察って...恥ずかしい」

「あ、そうだ私のこと『三上さん』って呼ぶの他人行儀で寂しいので名前で呼んでくれませんか?」

「いいの?」

「はい、もちろん。そっちのほうがうれしいです!」

「じゃあ、柚葉ちゃん?」

「はい!光先輩!」

光先輩は照れて少し頬が赤くなっている。

これが本当の意味で私が光先輩と友達になれた瞬間だったのかもしれない。

カフェを出て、私たちは駅まで一緒に歩いた。

夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。

「今日は話してくれて、ありがとう」

光先輩が私に言った。

「こちらこそ。すっきりしました」

私は本当にそう思っていた。

自分の気持ちがはっきりした。黒瀬先輩のことが好きだということ。そして、その気持ちと向き合うということ。

「柚葉ちゃん」

「はい?」

「私たち、きっといい友達になれるね」

光先輩の言葉に、私は頷いた。

「はい。これからは光先輩にも甘えていこうと思います!」



駅で別れて、私は一人で電車に乗った。

窓の外を流れる景色を見ながら、私は考えていた。

もう逃げない。自分の気持ちから逃げるのはやめよう。

黒瀬先輩への想いを大切にして、光先輩に負けないように頑張ろう。

私にも、戦う権利はあるはずだ。



その夜、俺は自分の部屋で東城との会話を思い返していた。

『俺たち、友達だろ?』

東城の言葉が、まだ耳に残っている。

友達。

確かに俺たちは友達と呼べる関係になっていたのかもしれない。お互いの弱さを見せ合って、支え合って。

これまでの俺は、人を勝手にカテゴライズして壁を作っていた。陽キャ、陰キャ、スポーツマン、オタク。そんな曖昧な分類で人を判断して、関わりを避けてきた。

でも東城は、そんな俺の勝手な分類を簡単に壊してくれた。彼もまた、俺と同じように悩み、不安を抱えている普通の人間だった。

『自信がないのは分かる。俺だって同じだから』

東城の言葉を思い出す。

確かに俺は自分に自信がない。でも、それは俺だけじゃないのかもしれない。みんな、それぞれに不安を抱えながら生きている。

『素直に、自分の気持ちを伝えればいい』

東城のアドバイスが頭に浮かぶ。

天野に、ちゃんと自分の気持ちを伝える。それがまず最初の一歩なのかもしれない。

俺は天野の顔を思い浮かべた。昨日の部室での、あの優しい笑顔。近づいた距離。触れ合った手のひらの温かさ。

もう逃げるのはやめよう。

俺は自分で作った檻から出て、天野の隣に立つために歩き始めなければいけない。

東城が俺を友達と呼んでくれたように、俺もまた誰かの大切な人間になれるはずだ。

その夜、俺は初めて確信を持って思えた。

明日から、もう少しだけ勇気を出してみよう。

自分で築いた境界線を、自分の手で取り払ってみよう。

思い込みという名の檻の鍵は、いつも自分が握っているのだから。

四人それぞれが、この夏の終わりに自分の弱さと向き合っていた。

そして、それぞれの想いを胸に、新しい一歩を踏み出そうとしていた。
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