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第3章
第26話:それでも今日だけは
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土曜日の午後、俺は映画館の前で待ち合わせの時間を確認していた。スマホの画面に表示される14:30。まだ15分早い。
昨夜から、今日のことばかり考えていた。三上が提案してくれた映画鑑賞。三人で行く、と彼女は言った。つまり、天野も来る。
告白を断られてから、俺の中では何も整理がついていない。天野の言葉が頭の中で繰り返し再生される。『私が欲しいのは、頑張ってくれる和人くんじゃないの。自然な和人くん』。
自然な俺って何なのか。いまだに分からない。
「黒瀬先輩!」
振り返ると、三上が小走りで近づいてきた。今日はいつものギャル風メイクではなく、薄化粧で清楚な印象だ。白いブラウスにデニムスカート、小さなショルダーバッグを肩にかけている。
「お疲れさまです。早く着いちゃいました」
三上は少し息を切らしながら笑顔を見せた。その表情に緊張が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。
「俺も今来たところだから」
俺は時計を見る。まだ10分早い。
「光先輩は…?」
三上がきょろきょろと辺りを見回す。その仕草に、彼女なりの気遣いを感じた。きっと天野と俺の間の微妙な空気を心配してくれているのだろう。
「まだ時間前だから」
俺がそう答えた時、向こうから見慣れた制服ではない私服姿の天野が歩いてきた。淡いピンクのカーディガンに白いワンピース。髪は普段より少し巻いてあって、どこか大人っぽい印象だった。
俺の心臓が小さく跳ねる。あの夜以来、こうして天野と顔を合わせるのは初めてだった。
「お疲れさま。待った?」
天野が近づいてきて、いつもの明るい笑顔を浮かべる。でも、その笑顔の奥に微かな緊張があるのを俺は感じ取った。
「いえ、私たちも今来たところです」
三上が答える。
三人が揃うと、微妙な空気が流れた。誰も最初に何を話せばいいのか分からないような、そんな瞬間。
「じゃあ、チケット買いに行きましょうか」
結局、天野が口火を切った。彼女らしい積極性で、この微妙な空気を打ち破ろうとしてくれているのが分かった。
チケットカウンターに向かう道すがら、俺は三上と天野の間を歩いていた。二人の女の子に挟まれて歩くなんて、数ヶ月前の俺には想像もできなかった状況だ。
「何の映画にしますか?」
三上が上映スケジュールを見ながら尋ねる。
「SFはどう?」
天野が提案した。
「最新のCG技術を使った作品らしいよ」
俺の耳がピクリと反応する。CG技術。それは俺の興味のある分野だった。
「いいですね」
三上も賛成した。
「私、SFあまり見たことないんですけど、興味あります」
チケットを購入し、開場時間まで少し時間があったので、三人は映画館のロビーで時間を潰すことにした。
◇
映画が始まると、俺は作品の世界に引き込まれていった。未来都市を舞台にしたSF作品で、確かにCG技術は見事だった。特に、街中に浮かぶホログラム広告の表現は技術的に非常に高度で興味深い。
「すごいレンダリング技術だな」
俺は無意識に小さく呟いた。ホログラムの光の屈折表現が、現実的でありながら美しく描かれている。きっとレイトレーシング技術を使っているのだろう。計算量的にはかなりの処理が必要なはずだが…
隣から、ほとんど聞こえないような小さな声がした。俺は驚いて隣を見る。天野が俺の方を向いて、小さく微笑んでいた。
「レイトレーシングでしょ?」
天野が小さく呟く。
俺は目を見開いた。天野がそんな技術用語を知っているなんて思わなかった。
「なんで…?」
「この前、和人くんが説明してくれたから。覚えてた」
天野の頬が薄っすらと赤くなる。暗い映画館の中でも分かるくらい、彼女は照れていた。
俺の胸の奥が温かくなった。天野は俺の話を、そんな細かいところまで覚えていてくれたのか。
映画の内容よりも、隣に座る天野のことが気になって仕方がなくなった。彼女が俺の話を覚えていてくれたこと。それがどれだけ嬉しいか、言葉では表現できない。
残りの上映時間、俺は映画を見ているふりをしながら、天野の横顔をちらちらと盗み見ていた。
◇
映画が終わり、外は夕方の柔らかい陽射しが差し込んでいて、映画館の暗闇から出てきた目には少し眩しかった。
「面白かったですね」
三上が感想を述べる。
「うん、CGが本当にすごかった」
天野も同調する。
俺は二人の会話を聞きながら、さっきの天野の言葉を思い出していた。彼女が俺の説明を覚えていてくれたこと。それは、俺にとって何よりも嬉しい驚きだった。
「ちょっとカフェでも寄りませんか?」
三上が提案した。
「映画の感想とか、もう少し話したくて」
天野が俺の方を見る。俺はうなずいた。
「いいね。あ、あそこのカフェはどう?」
天野が近くの小さなカフェを指差す。
三人でそのカフェに入ると、運良く窓際の席が空いていた。外の景色を見ながら座れる、落ち着いた席だった。
メニューを見ながら、三人はそれぞれ注文を決めていく。俺は映画鑑賞でちょっと疲れていて、甘いものが欲しくなっていた。
その時、天野が立ち上がった。
「私、注文してくるね」
俺がまだメニューを見ている間に、天野はカウンターに向かった。
数分後、天野が戻ってきた。その手には三つのドリンクが載ったトレーがあった。
「はい、三上ちゃんはカフェラテ。そして和人くんは…」
天野が俺の前に置いたのは、キャラメルマキアートだった。それも、エクストラホットで、シロップ多めに見える特別な注文の仕方。
俺は驚いた。それは確かに俺の好みだった。甘いコーヒーが好きで、特に疲れた時はキャラメル系を選ぶことが多い。
「なんで分かったんだ?」
俺が尋ねると、天野の頬がパッと赤くなった。
「…覚えてた」
天野は俯きながら小さく答える。
「いつの話?」
「前に、部活で遅くなった時。和人くんが自販機で買ってたのを見てて…。それと、チャットで『疲れた時はキャラメル系の甘いの飲む』って言ってたから」
俺は言葉を失った。そんな何気ない日常の一コマを、天野は覚えていてくれたのか。
「そんな細かいことまで…」
「だって」
天野が顔を上げて、真っ直ぐに俺を見つめる。
「和人くんのことだから」
その一言に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
三上が、俺たちのやり取りを見ている。
その表情には、何か複雑なものが浮かんでいた。驚きと、そして少しの寂しさのような。
「光先輩…すごいですね」
三上がぽつりと呟く。
「黒瀬先輩のこと、そんなに細かく見てたんですね」
天野は照れたように笑った。
「だって、好きな人のことは自然に覚えちゃうものでしょ?」
その言葉に、俺の呼吸が一瞬止まった。天野は今、俺のことを『好きな人』と言ったのか。
三上もまた、少し表情を強張らせた。
「そうですね…。好きな人のことは、確かに色々覚えちゃいますよね」
三上の声色に、何か諦めのようなものが混じっているのを俺は感じた。
天野がキャラメルマキアートを俺の前に押し出す。
「どうぞ。疲れてるでしょ?」
俺はカップを手に取った。温度もちょうどよく、甘さも俺好みだった。
「…ありがとう」
俺が礼を言うと、天野は嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。喜んでもらえて」
三上が自分のカフェラテに口をつけながら、静かに俺たちを見ていた。
「お二人とも…」
三上がぽつりと口を開く。
「本当に仲がいいんですね」
その言葉に、俺と天野は少し気まずそうになった。
「あ、えっと…」
天野が言いかける。
「羨ましいです」
三上が続けた。
「そんな風に、誰かのことを大切に思えるなんて」
三上の表情には、純粋な羨望があった。でも、それと同時に、どこか寂しそうな影も宿していた。
俺は何と言っていいか分からなかった。天野もまた、困ったような表情をしている。
「柚葉ちゃん…」
天野が優しく声をかける。
三上は小さく微笑んだ。
「私も、いつかこんな風に誰かを想えるようになりたいです」
三上のその微笑みの奥に、俺は別の感情を見たような気がした。
◇
カフェを出る頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。オレンジ色の空が、街並みを優しく照らしている。
「今日は楽しかったです」
三上が言った。
「映画も面白かったし、お二人ともありがとうございました」
「こちらこそ。誘ってくれて、ありがとう」
天野が答える。
三上は駅とは反対方向に歩いていく。彼女の家は確か、こっちの方だったはずだ。
「じゃあ、また部活で」
三上が手を振りながら去っていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は今日一日のことを振り返っていた。
天野の細やかな気遣い。俺の好みを覚えていてくれたこと。三上の複雑そうな表情。
「和人くん」
天野が俺の隣に並んで歩きながら話しかけてきた。
「今日は…どうだった?」
その問いに、俺は少し考えた。
「楽しかった」
俺は素直に答える。
「天野が俺のこと、そんなに見ててくれたなんて思わなかった」
天野の頬が再び赤くなる。
「当たり前だよ。好きな人のことは、自然に覚えちゃうもの」
また、その言葉。俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「でも、俺は…」
「ごめんね」
天野が俺の言葉を遮る。
「この前、断っちゃって」
俺は立ち止まった。天野も歩みを止める。
「俺、まだ天野の言葉の意味がよく分からないんだ」
俺は正直に話した。
「『自然な俺』って何なのか。どうすればいいのか」
天野は少し困ったような表情をした。
「うーん…それを説明するのは難しいかも」
天野が空を見上げる。夕焼けがだんだんと濃くなっていく。
「でも、今日みたいに一緒にいて、楽しいって思えることから始めればいいんじゃないかな」
「今日みたいに?」
「うん。映画見て、カフェでお話しして。普通のことだけど、一緒にいると楽しい。そういうのが、大切なんだと思う」
天野の言葉は優しかったが、俺にはまだ完全には理解できなかった。でも、今日一日を通して感じたことがある。
天野の優しさと、俺への深い想い。それは確かに俺の心を動かした。
「また、三人で出かけない?」
天野が提案した。
「今度は三上ちゃんが好きそうな場所にしてもいいし」
俺はうなずいた。
「そうだな。三上も、何だか楽しそうだったし」
本当は三上が複雑な表情をしていたことも気になっていた。彼女なりに、何か思うところがあったのかもしれない。
駅に着いて、俺と天野は改札前で別れることになった。
「今日は本当にありがとう」
天野が言った。
「楽しかった」
「俺も」
天野がくるりと振り返って、改札に向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は今日の出来事を整理しようとした。
家に帰る電車の中で、俺は窓の外を眺めながら考えていた。
天野が言った『自然な俺』。その意味は、まだよく分からない。でも、今日感じたことがある。天野といると、確かに楽しい。そして、彼女の俺に対する想いは、俺が思っていた以上に深くて真剣なものだった。
三上のことも気になる。あの表情の意味は何だったのだろう。もしかすると、彼女にも何か思うところがあるのかもしれない。
でも、今は天野のことで頭がいっぱいだった。彼女の優しさを改めて実感した一日だった。
変わらない日常を望みながら、前に進みたいと願う自分がただもどかしかった。
昨夜から、今日のことばかり考えていた。三上が提案してくれた映画鑑賞。三人で行く、と彼女は言った。つまり、天野も来る。
告白を断られてから、俺の中では何も整理がついていない。天野の言葉が頭の中で繰り返し再生される。『私が欲しいのは、頑張ってくれる和人くんじゃないの。自然な和人くん』。
自然な俺って何なのか。いまだに分からない。
「黒瀬先輩!」
振り返ると、三上が小走りで近づいてきた。今日はいつものギャル風メイクではなく、薄化粧で清楚な印象だ。白いブラウスにデニムスカート、小さなショルダーバッグを肩にかけている。
「お疲れさまです。早く着いちゃいました」
三上は少し息を切らしながら笑顔を見せた。その表情に緊張が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。
「俺も今来たところだから」
俺は時計を見る。まだ10分早い。
「光先輩は…?」
三上がきょろきょろと辺りを見回す。その仕草に、彼女なりの気遣いを感じた。きっと天野と俺の間の微妙な空気を心配してくれているのだろう。
「まだ時間前だから」
俺がそう答えた時、向こうから見慣れた制服ではない私服姿の天野が歩いてきた。淡いピンクのカーディガンに白いワンピース。髪は普段より少し巻いてあって、どこか大人っぽい印象だった。
俺の心臓が小さく跳ねる。あの夜以来、こうして天野と顔を合わせるのは初めてだった。
「お疲れさま。待った?」
天野が近づいてきて、いつもの明るい笑顔を浮かべる。でも、その笑顔の奥に微かな緊張があるのを俺は感じ取った。
「いえ、私たちも今来たところです」
三上が答える。
三人が揃うと、微妙な空気が流れた。誰も最初に何を話せばいいのか分からないような、そんな瞬間。
「じゃあ、チケット買いに行きましょうか」
結局、天野が口火を切った。彼女らしい積極性で、この微妙な空気を打ち破ろうとしてくれているのが分かった。
チケットカウンターに向かう道すがら、俺は三上と天野の間を歩いていた。二人の女の子に挟まれて歩くなんて、数ヶ月前の俺には想像もできなかった状況だ。
「何の映画にしますか?」
三上が上映スケジュールを見ながら尋ねる。
「SFはどう?」
天野が提案した。
「最新のCG技術を使った作品らしいよ」
俺の耳がピクリと反応する。CG技術。それは俺の興味のある分野だった。
「いいですね」
三上も賛成した。
「私、SFあまり見たことないんですけど、興味あります」
チケットを購入し、開場時間まで少し時間があったので、三人は映画館のロビーで時間を潰すことにした。
◇
映画が始まると、俺は作品の世界に引き込まれていった。未来都市を舞台にしたSF作品で、確かにCG技術は見事だった。特に、街中に浮かぶホログラム広告の表現は技術的に非常に高度で興味深い。
「すごいレンダリング技術だな」
俺は無意識に小さく呟いた。ホログラムの光の屈折表現が、現実的でありながら美しく描かれている。きっとレイトレーシング技術を使っているのだろう。計算量的にはかなりの処理が必要なはずだが…
隣から、ほとんど聞こえないような小さな声がした。俺は驚いて隣を見る。天野が俺の方を向いて、小さく微笑んでいた。
「レイトレーシングでしょ?」
天野が小さく呟く。
俺は目を見開いた。天野がそんな技術用語を知っているなんて思わなかった。
「なんで…?」
「この前、和人くんが説明してくれたから。覚えてた」
天野の頬が薄っすらと赤くなる。暗い映画館の中でも分かるくらい、彼女は照れていた。
俺の胸の奥が温かくなった。天野は俺の話を、そんな細かいところまで覚えていてくれたのか。
映画の内容よりも、隣に座る天野のことが気になって仕方がなくなった。彼女が俺の話を覚えていてくれたこと。それがどれだけ嬉しいか、言葉では表現できない。
残りの上映時間、俺は映画を見ているふりをしながら、天野の横顔をちらちらと盗み見ていた。
◇
映画が終わり、外は夕方の柔らかい陽射しが差し込んでいて、映画館の暗闇から出てきた目には少し眩しかった。
「面白かったですね」
三上が感想を述べる。
「うん、CGが本当にすごかった」
天野も同調する。
俺は二人の会話を聞きながら、さっきの天野の言葉を思い出していた。彼女が俺の説明を覚えていてくれたこと。それは、俺にとって何よりも嬉しい驚きだった。
「ちょっとカフェでも寄りませんか?」
三上が提案した。
「映画の感想とか、もう少し話したくて」
天野が俺の方を見る。俺はうなずいた。
「いいね。あ、あそこのカフェはどう?」
天野が近くの小さなカフェを指差す。
三人でそのカフェに入ると、運良く窓際の席が空いていた。外の景色を見ながら座れる、落ち着いた席だった。
メニューを見ながら、三人はそれぞれ注文を決めていく。俺は映画鑑賞でちょっと疲れていて、甘いものが欲しくなっていた。
その時、天野が立ち上がった。
「私、注文してくるね」
俺がまだメニューを見ている間に、天野はカウンターに向かった。
数分後、天野が戻ってきた。その手には三つのドリンクが載ったトレーがあった。
「はい、三上ちゃんはカフェラテ。そして和人くんは…」
天野が俺の前に置いたのは、キャラメルマキアートだった。それも、エクストラホットで、シロップ多めに見える特別な注文の仕方。
俺は驚いた。それは確かに俺の好みだった。甘いコーヒーが好きで、特に疲れた時はキャラメル系を選ぶことが多い。
「なんで分かったんだ?」
俺が尋ねると、天野の頬がパッと赤くなった。
「…覚えてた」
天野は俯きながら小さく答える。
「いつの話?」
「前に、部活で遅くなった時。和人くんが自販機で買ってたのを見てて…。それと、チャットで『疲れた時はキャラメル系の甘いの飲む』って言ってたから」
俺は言葉を失った。そんな何気ない日常の一コマを、天野は覚えていてくれたのか。
「そんな細かいことまで…」
「だって」
天野が顔を上げて、真っ直ぐに俺を見つめる。
「和人くんのことだから」
その一言に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
三上が、俺たちのやり取りを見ている。
その表情には、何か複雑なものが浮かんでいた。驚きと、そして少しの寂しさのような。
「光先輩…すごいですね」
三上がぽつりと呟く。
「黒瀬先輩のこと、そんなに細かく見てたんですね」
天野は照れたように笑った。
「だって、好きな人のことは自然に覚えちゃうものでしょ?」
その言葉に、俺の呼吸が一瞬止まった。天野は今、俺のことを『好きな人』と言ったのか。
三上もまた、少し表情を強張らせた。
「そうですね…。好きな人のことは、確かに色々覚えちゃいますよね」
三上の声色に、何か諦めのようなものが混じっているのを俺は感じた。
天野がキャラメルマキアートを俺の前に押し出す。
「どうぞ。疲れてるでしょ?」
俺はカップを手に取った。温度もちょうどよく、甘さも俺好みだった。
「…ありがとう」
俺が礼を言うと、天野は嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。喜んでもらえて」
三上が自分のカフェラテに口をつけながら、静かに俺たちを見ていた。
「お二人とも…」
三上がぽつりと口を開く。
「本当に仲がいいんですね」
その言葉に、俺と天野は少し気まずそうになった。
「あ、えっと…」
天野が言いかける。
「羨ましいです」
三上が続けた。
「そんな風に、誰かのことを大切に思えるなんて」
三上の表情には、純粋な羨望があった。でも、それと同時に、どこか寂しそうな影も宿していた。
俺は何と言っていいか分からなかった。天野もまた、困ったような表情をしている。
「柚葉ちゃん…」
天野が優しく声をかける。
三上は小さく微笑んだ。
「私も、いつかこんな風に誰かを想えるようになりたいです」
三上のその微笑みの奥に、俺は別の感情を見たような気がした。
◇
カフェを出る頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。オレンジ色の空が、街並みを優しく照らしている。
「今日は楽しかったです」
三上が言った。
「映画も面白かったし、お二人ともありがとうございました」
「こちらこそ。誘ってくれて、ありがとう」
天野が答える。
三上は駅とは反対方向に歩いていく。彼女の家は確か、こっちの方だったはずだ。
「じゃあ、また部活で」
三上が手を振りながら去っていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は今日一日のことを振り返っていた。
天野の細やかな気遣い。俺の好みを覚えていてくれたこと。三上の複雑そうな表情。
「和人くん」
天野が俺の隣に並んで歩きながら話しかけてきた。
「今日は…どうだった?」
その問いに、俺は少し考えた。
「楽しかった」
俺は素直に答える。
「天野が俺のこと、そんなに見ててくれたなんて思わなかった」
天野の頬が再び赤くなる。
「当たり前だよ。好きな人のことは、自然に覚えちゃうもの」
また、その言葉。俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「でも、俺は…」
「ごめんね」
天野が俺の言葉を遮る。
「この前、断っちゃって」
俺は立ち止まった。天野も歩みを止める。
「俺、まだ天野の言葉の意味がよく分からないんだ」
俺は正直に話した。
「『自然な俺』って何なのか。どうすればいいのか」
天野は少し困ったような表情をした。
「うーん…それを説明するのは難しいかも」
天野が空を見上げる。夕焼けがだんだんと濃くなっていく。
「でも、今日みたいに一緒にいて、楽しいって思えることから始めればいいんじゃないかな」
「今日みたいに?」
「うん。映画見て、カフェでお話しして。普通のことだけど、一緒にいると楽しい。そういうのが、大切なんだと思う」
天野の言葉は優しかったが、俺にはまだ完全には理解できなかった。でも、今日一日を通して感じたことがある。
天野の優しさと、俺への深い想い。それは確かに俺の心を動かした。
「また、三人で出かけない?」
天野が提案した。
「今度は三上ちゃんが好きそうな場所にしてもいいし」
俺はうなずいた。
「そうだな。三上も、何だか楽しそうだったし」
本当は三上が複雑な表情をしていたことも気になっていた。彼女なりに、何か思うところがあったのかもしれない。
駅に着いて、俺と天野は改札前で別れることになった。
「今日は本当にありがとう」
天野が言った。
「楽しかった」
「俺も」
天野がくるりと振り返って、改札に向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は今日の出来事を整理しようとした。
家に帰る電車の中で、俺は窓の外を眺めながら考えていた。
天野が言った『自然な俺』。その意味は、まだよく分からない。でも、今日感じたことがある。天野といると、確かに楽しい。そして、彼女の俺に対する想いは、俺が思っていた以上に深くて真剣なものだった。
三上のことも気になる。あの表情の意味は何だったのだろう。もしかすると、彼女にも何か思うところがあるのかもしれない。
でも、今は天野のことで頭がいっぱいだった。彼女の優しさを改めて実感した一日だった。
変わらない日常を望みながら、前に進みたいと願う自分がただもどかしかった。
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