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第3章
第 31 話:どこからやり直せばいい
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雨が降り始めた木曜日の午後、私は一人で屋上にいた。
ここ数日続いている曇り空が、ついに涙を零し始めたような、そんな天気だった。
手に持った小さな傘をまだ開かずに、屋上の手すりに寄りかかって空を見上げている。
冷たい雨粒が頬に当たって、それがなんだか心地よかった。
和人くんは部活に来なかった。
表向きは「体調が悪い」ということになっているけれど、本当は一人でアプリ開発を続けているのだろう。
柚葉ちゃんが心配そうに「黒瀬先輩、大丈夫でしょうか」と呟いていたのが耳に残っている。
私は和人くんの気持ちが痛いほど分かる。
完璧でありたい。
期待に応えたい。
失敗して失望されるのが怖い。
でも、それと同時に思うのだ。
和人くんは、どうして一人で抱え込もうとするのだろう。
私たちがいるのに。
私がいるのに。
雨粒が少しずつ大きくなってきた。
でも、まだ傘を開く気にはなれない。
この雨に打たれていると、自分の気持ちが整理できるような気がした。
あの夜のことを思い出す。
和人くんが一生懸命に告白してくれた、夜景の美しい公園での出来事。
私がその告白を断った理由を、改めて考えてみた。
和人くんに無理してほしくなかった。
「頑張って隣に立てるように」なんて言わないでほしかった。
そんなことのために付き合うんじゃない。
自然なままのお互いを受け入れて、本物の関係になりたかった。
でも、今思うと、それは私の理想論だったのかもしれない。
和人くんは私の言葉を理解できずに、より一層自分を追い込んでしまった。
私が求めた「自然な和人くん」が、かえって和人くんを迷わせてしまった。
雨が強くなってきて、ついに傘を開いた。
パッと広がった水色の傘に、雨粒が踊るような音を立てる。
そんな時、屋上のドアが開く音がした。
振り返ると、柚葉ちゃんが小さな折りたたみ傘を持って立っていた。
「光先輩、いらっしゃったんですね」
柚葉ちゃんが安堵したような表情で近づいてくる。
「探しました」
「柚葉ちゃん。どうしたの?」
「部活の時間なのに、先輩がいらっしゃらなくて」
柚葉ちゃんは私の隣に並んで立った。
私たちは並んで雨に打たれる校庭を見下ろした。
誰もいないグラウンドに、雨粒が無数の小さな水たまりを作っている。
「柚葉ちゃん」
私が口を開いた。
「最近の和人くんのこと、どう思う?」
「心配です」
柚葉ちゃんが即座に答えた。
「すごく無理してる感じがして」
「私も同じ気持ち」
私は小さくため息をついた。
「でも、どうやって支えてあげればいいのか分からなくて」
「光先輩でも分からないことがあるんですね」
柚葉ちゃんが少し驚いたような顔をする。
「いつも完璧に見えるから」
「完璧なんて、とんでもない」
私は苦笑いした。
「私だって迷うし、間違えるし、分からないことだらけよ」
雨が激しくなってきた。
私たちは屋上の軒下に移動した。
「でも、光先輩は黒瀬先輩のことをすごく理解してると思います...」
柚葉ちゃんが遠慮がちに言った。
「理解してるかな...」
私は自信がなかった。
「最近、和人くんとの距離感が分からなくて」
「正解があるんでしょうか」
「近づきすぎても、離れすぎても、どちらも違う気がするの」
私は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
「私の想いが強すぎて、和人くんを追い詰めてるのかもしれない」
柚葉ちゃんは少し考えてから答えた。
「きっと届いてると思います。」
その優しい言葉に、私は胸が温かくなった。
同時に、申し訳ない気持ちも湧いてくる。
柚葉ちゃんも和人くんのことを好きなのに、こんなに私のことを気遣ってくれている。
私はそんな柚葉ちゃんの気持ちに、ちゃんと応えられているだろうか。
「柚葉ちゃん、ありがとう」
私は柚葉ちゃんの手を軽く握った。
「ねえ、部活楽しい...?」
「3人でいられたら何でもいいです。」
雨が少しずつ弱くなってきた。
でも、私たちの心の中にある複雑な気持ちは、簡単には晴れそうになかった。
それから私たちは屋上を出て、一緒に下校した。
柚葉ちゃんとの会話で、少しだけ心が軽くなったような気がした。
◇
でも、家に帰ってからも、和人くんのことが頭から離れなかった。
夕食も喉を通らず、宿題も手につかない。
お風呂に入っても、ベッドに入っても、ずっと和人くんのことばかり考えていた。
時計の針が午前2時を指した時、私はついに諦めて起き上がった。
このまま眠れそうにない。
何か温かい飲み物でも買ってこよう。
パジャマの上にパーカーを羽織って、財布だけ持って外に出た。
雨は完全に上がっていて、夜空には星がいくつか見えている。
家の近くのコンビニに向かって歩いていると、自動ドアの向こうに見覚えのある後ろ姿が見えた。
黒髪で、少し猫背で、疲れたような肩のライン。
和人くん。
私は驚いて立ち止まった。
こんな時間に、こんな場所で会うなんて。
和人くんは雑誌コーナーでプログラミング関連の専門誌を立ち読みしている。
その横顔は、いつものクラスで見る時よりもずっと疲れて見えた。
目の下の深いクマ、やつれた頬。
きっと今夜も寝ずに作業をしていたのだろう。
私は躊躇した。
声をかけるべきか、それともそっと帰るべきか。
でも、和人くんが雑誌を棚に戻して、エナジードリンクの棚に向かうのを見て、私は決心した。
このまま彼を一人にしておくわけにはいかない。
自動ドアが開く音で、和人くんがこちらを振り返った。
その瞬間、私たちの目が合う。
「天野...?」
和人くんの声は、驚きと戸惑いに満ちていた。
「こんな時間に、どうして...」
「眠れなくて」
私は正直に答えた。
「和人くんこそ、なんで?」
和人くんは少し困ったような表情をした。
「ちょっと、作業の続きをしてて...」
やっぱり。
私の予想は当たっていた。
コンビニの蛍光灯の下で、私たちは向かい合って立っていた。
誰もいない深夜の店内に、冷蔵庫のモーター音だけが響いている。
こんな時間に、こんな場所で、二人きり。
これは偶然なのか、それとも必然なのか。
和人くんの手には、まだエナジードリンクが握られていた。
その小さな缶を見つめながら、私は愕然とした。
よく見ると、和人くんの手は微かに震えている。
顔色も異常に青白くて、立っているのがやっとという感じだった。
「和人くん、手が...」
私が心配になって声をかけた瞬間、和人くんの体がふらりと揺れた。
慌ててエナジードリンクの棚に手をついて体を支えている。
「だい...じょうぶ」
和人くんの声は、今にも消えそうなほど弱々しかった。
これは、大丈夫じゃない。
絶対に、大丈夫じゃない。
「和人くん、今日はもう休んだ方が...」
「あとちょっとなんだ」
和人くんは私の言葉を遮るように言った。
エナジードリンクをレジに持って行き、会計を済ませる。
その後ろ姿は、まるで糸の切れた人形のようにふらふらしていた。
でも、私には止める言葉が見つからなかった。
コンビニの自動ドアが開いて、和人くんが夜の闇に消えていく。
私はガラス越しに、その小さくなっていく後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。
私に何ができるというのだろう。
胸の奥で、嫌な予感がざわめいていた。
ここ数日続いている曇り空が、ついに涙を零し始めたような、そんな天気だった。
手に持った小さな傘をまだ開かずに、屋上の手すりに寄りかかって空を見上げている。
冷たい雨粒が頬に当たって、それがなんだか心地よかった。
和人くんは部活に来なかった。
表向きは「体調が悪い」ということになっているけれど、本当は一人でアプリ開発を続けているのだろう。
柚葉ちゃんが心配そうに「黒瀬先輩、大丈夫でしょうか」と呟いていたのが耳に残っている。
私は和人くんの気持ちが痛いほど分かる。
完璧でありたい。
期待に応えたい。
失敗して失望されるのが怖い。
でも、それと同時に思うのだ。
和人くんは、どうして一人で抱え込もうとするのだろう。
私たちがいるのに。
私がいるのに。
雨粒が少しずつ大きくなってきた。
でも、まだ傘を開く気にはなれない。
この雨に打たれていると、自分の気持ちが整理できるような気がした。
あの夜のことを思い出す。
和人くんが一生懸命に告白してくれた、夜景の美しい公園での出来事。
私がその告白を断った理由を、改めて考えてみた。
和人くんに無理してほしくなかった。
「頑張って隣に立てるように」なんて言わないでほしかった。
そんなことのために付き合うんじゃない。
自然なままのお互いを受け入れて、本物の関係になりたかった。
でも、今思うと、それは私の理想論だったのかもしれない。
和人くんは私の言葉を理解できずに、より一層自分を追い込んでしまった。
私が求めた「自然な和人くん」が、かえって和人くんを迷わせてしまった。
雨が強くなってきて、ついに傘を開いた。
パッと広がった水色の傘に、雨粒が踊るような音を立てる。
そんな時、屋上のドアが開く音がした。
振り返ると、柚葉ちゃんが小さな折りたたみ傘を持って立っていた。
「光先輩、いらっしゃったんですね」
柚葉ちゃんが安堵したような表情で近づいてくる。
「探しました」
「柚葉ちゃん。どうしたの?」
「部活の時間なのに、先輩がいらっしゃらなくて」
柚葉ちゃんは私の隣に並んで立った。
私たちは並んで雨に打たれる校庭を見下ろした。
誰もいないグラウンドに、雨粒が無数の小さな水たまりを作っている。
「柚葉ちゃん」
私が口を開いた。
「最近の和人くんのこと、どう思う?」
「心配です」
柚葉ちゃんが即座に答えた。
「すごく無理してる感じがして」
「私も同じ気持ち」
私は小さくため息をついた。
「でも、どうやって支えてあげればいいのか分からなくて」
「光先輩でも分からないことがあるんですね」
柚葉ちゃんが少し驚いたような顔をする。
「いつも完璧に見えるから」
「完璧なんて、とんでもない」
私は苦笑いした。
「私だって迷うし、間違えるし、分からないことだらけよ」
雨が激しくなってきた。
私たちは屋上の軒下に移動した。
「でも、光先輩は黒瀬先輩のことをすごく理解してると思います...」
柚葉ちゃんが遠慮がちに言った。
「理解してるかな...」
私は自信がなかった。
「最近、和人くんとの距離感が分からなくて」
「正解があるんでしょうか」
「近づきすぎても、離れすぎても、どちらも違う気がするの」
私は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
「私の想いが強すぎて、和人くんを追い詰めてるのかもしれない」
柚葉ちゃんは少し考えてから答えた。
「きっと届いてると思います。」
その優しい言葉に、私は胸が温かくなった。
同時に、申し訳ない気持ちも湧いてくる。
柚葉ちゃんも和人くんのことを好きなのに、こんなに私のことを気遣ってくれている。
私はそんな柚葉ちゃんの気持ちに、ちゃんと応えられているだろうか。
「柚葉ちゃん、ありがとう」
私は柚葉ちゃんの手を軽く握った。
「ねえ、部活楽しい...?」
「3人でいられたら何でもいいです。」
雨が少しずつ弱くなってきた。
でも、私たちの心の中にある複雑な気持ちは、簡単には晴れそうになかった。
それから私たちは屋上を出て、一緒に下校した。
柚葉ちゃんとの会話で、少しだけ心が軽くなったような気がした。
◇
でも、家に帰ってからも、和人くんのことが頭から離れなかった。
夕食も喉を通らず、宿題も手につかない。
お風呂に入っても、ベッドに入っても、ずっと和人くんのことばかり考えていた。
時計の針が午前2時を指した時、私はついに諦めて起き上がった。
このまま眠れそうにない。
何か温かい飲み物でも買ってこよう。
パジャマの上にパーカーを羽織って、財布だけ持って外に出た。
雨は完全に上がっていて、夜空には星がいくつか見えている。
家の近くのコンビニに向かって歩いていると、自動ドアの向こうに見覚えのある後ろ姿が見えた。
黒髪で、少し猫背で、疲れたような肩のライン。
和人くん。
私は驚いて立ち止まった。
こんな時間に、こんな場所で会うなんて。
和人くんは雑誌コーナーでプログラミング関連の専門誌を立ち読みしている。
その横顔は、いつものクラスで見る時よりもずっと疲れて見えた。
目の下の深いクマ、やつれた頬。
きっと今夜も寝ずに作業をしていたのだろう。
私は躊躇した。
声をかけるべきか、それともそっと帰るべきか。
でも、和人くんが雑誌を棚に戻して、エナジードリンクの棚に向かうのを見て、私は決心した。
このまま彼を一人にしておくわけにはいかない。
自動ドアが開く音で、和人くんがこちらを振り返った。
その瞬間、私たちの目が合う。
「天野...?」
和人くんの声は、驚きと戸惑いに満ちていた。
「こんな時間に、どうして...」
「眠れなくて」
私は正直に答えた。
「和人くんこそ、なんで?」
和人くんは少し困ったような表情をした。
「ちょっと、作業の続きをしてて...」
やっぱり。
私の予想は当たっていた。
コンビニの蛍光灯の下で、私たちは向かい合って立っていた。
誰もいない深夜の店内に、冷蔵庫のモーター音だけが響いている。
こんな時間に、こんな場所で、二人きり。
これは偶然なのか、それとも必然なのか。
和人くんの手には、まだエナジードリンクが握られていた。
その小さな缶を見つめながら、私は愕然とした。
よく見ると、和人くんの手は微かに震えている。
顔色も異常に青白くて、立っているのがやっとという感じだった。
「和人くん、手が...」
私が心配になって声をかけた瞬間、和人くんの体がふらりと揺れた。
慌ててエナジードリンクの棚に手をついて体を支えている。
「だい...じょうぶ」
和人くんの声は、今にも消えそうなほど弱々しかった。
これは、大丈夫じゃない。
絶対に、大丈夫じゃない。
「和人くん、今日はもう休んだ方が...」
「あとちょっとなんだ」
和人くんは私の言葉を遮るように言った。
エナジードリンクをレジに持って行き、会計を済ませる。
その後ろ姿は、まるで糸の切れた人形のようにふらふらしていた。
でも、私には止める言葉が見つからなかった。
コンビニの自動ドアが開いて、和人くんが夜の闇に消えていく。
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