19 / 29
18
しおりを挟む今日は王妃様とお会いする日だ。王妃様はお忙しいだろうからお会いするのはもう少し先だろうと思っていたのだが、思っていたより早くお会いできることになった。
今日の私は淡い紫のドレスだ。商会のオーナーとして招かれたのだから仕事着で行こうと思っていたのだが、ラフィーネ様から大反対されてしまった。そしていつの間にかリオがまたドレスを用意してくれていたのだ。せっかく用意してくれたドレスを無駄にするわけにもいかず、私はノーラの手によって全身を磨かれ城へと向かったのだった。
私は王妃様の侍女に案内され城の中を歩いているが、なぜかすれ違う人に見られている気がする。前回久しぶりに着飾った時はグレイル公爵家の人しかいなかったので気にならなかったが、今回は知らない人たちからチラチラと見られているのは気になる。やはり私にこの格好は似合っていないのでは、と思ったが今さらどうすることもできない。私は何も気にしていない風を装い侍女の後を付いていった。
そして案内されたのは王妃様専用のプライベートルームだ。その部屋の中には色とりどりの花が咲き誇る温室があり、そこで王妃様が待っていた。
「どうぞこちらにいらして」
「はい」
初めてお会いする王妃様は噂どおり大変美しい方だった。輝く金の髪に緑の瞳はまるで宝石のようだ。子どもは三人いて十六歳の王子、十四歳の王女、九歳の王子がいる。とても三人の子持ちには見えない美しさだ。
「お会いできて嬉しいわ。私はユーフェミア・トライホルンよ。よろしくね」
「初めまして。ベル商会のヴァイオレットと申します。お会いできて光栄です」
「グレイル公爵から聞いているとは思うけど、今日はあなたにお礼を言いたくてこうして来てもらったの。忙しいのにごめんなさいね」
「いいえ。王妃様と直接お話できる栄誉をいただけて嬉しい限りです。それにお礼を申し上げたいのは私の方です」
「化粧水にハンドクリーム、それにシャンプーとリンス。ベル商会の商品にはいつもお世話になっているの。…これもグレイル公爵から聞いているかしら?陛下との仲も以前より深まったの。これもすべてあなたが開発した商品のおかげよ。本当にありがとう」
「王妃様のお役に立てたのであれば大変嬉しく思います」
「あなたのおかげでもしかしたら四人目がね、…うふふ」
王妃様はそう言って笑っている。お熱いようでなによりだ。
「王妃様。お客様がお困りですよ」
「あら、ごめんなさいね。嬉しくてつい」
「いいえ、お気になさらないで下さい。夫婦の仲がよいのは素晴らしいことですから」
「そういえばあなたは離婚を経験されているのだったかしら?…たしか元ラシェル侯爵と」
「はい、そうです」
「それなのに私ったら…。気を悪くさせてしまったかしら?」
王妃様が離婚している私に夫婦の惚気話をしたことを気にしているのだろう。だけど私は全く気にしていない。むしろ色々聞きたいくらいだ。
「いいえ。そもそも望んだ結婚ではありませんでしたからお気になさらないでください。元旦那様には真実の愛のお相手がいましたし、私はそんな元旦那様たちに興味などありませんでした。それよりも早く離婚して商品の開発をしたくてうずうずしていたくらいです」
「あらそうだったの?それならもしも元ラシェル侯爵と結婚していなければもっと早くに化粧水に出会えていたかもしれないわね」
「ええ。そうかもしれません」
「そういえばたしかあなたは元マクスター伯爵家のご令嬢だったのよね?」
「はい。そのとおりです」
「貴族令嬢であったあなたがその身分を捨てるのはとても勇気が必要だったのではなくて?」
王妃様がマクスター伯爵家を元と言うのには訳がある。実はマクスター伯爵家はすでに爵位を王家に返上しているのだ。
私を追い出した叔父だったが、叔父はあくまでも私が十八歳で爵位を継ぐまでの代理だ。十七歳の時にラシェル侯爵家に嫁入りしたが、実際に私の継承権がなくなったわけではなかった。それなのに私が十八歳を迎えても正式に爵位継承の手続きがされないことを不審に思った文官棟の役人が国王陛下に報告し、調査が行われたのだ。その結果、叔父の罪が白日の下に晒された。
正統な継承権を持っていないただの代理でしかない叔父が、正統な継承権を持つ私を他家に嫁入りさせたなどお家乗っ取り以外の何ものでもない。叔父たちはあっという間に捕まり牢へと入れられたそうだ。そしてそのことをラシェル侯爵家にやってきた王家の遣いから聞いた私は爵位の返上を望んだのだ。そもそも記憶を思い出してからは爵位を継ぐことに興味がなかったし、それよりも稼ぎたいと思っていたからだ。やる気のない人間が爵位を継ぐよりも王家から派遣される役人が領地を治めたほうが領民も安心して生活できるだろう。
「いえ。そんなことありませんでした。それよりも私にはやりたいことがたくさんありましたので」
「そうなのね。うふふ、私あなたのこと気に入ったわ。自立した女性って素敵よ。あぁ、残念ね。二番目の息子がもう少し早く生まれていればあなたが私の娘になったかもしれないのに…」
「そ、そんな!恐れ多いです!」
「はぁ、グレイル公爵夫人が羨ましいわ。あそこの次男はあなたといい年回りだもの。それに婚約者もいないしね」
「そう、ですね?」
たしかにリオには婚約者がいないが、なぜ今ここでリオの話になるのだろうか。いや、第二王子をおすすめされても困るのだが。
「うふふ、ごめんなさいね。私こういう話が大好きなの。あまり気にしないでね」
「は、はい。分かりました」
「ありがとう。それと話は変わるのだけど悩みがあるの。聞いてくれるかしら?」
「悩み、ですか?」
「ええ。あなたにこの悩みを解決してもらえると嬉しいのだけど…」
「っ!」
これはもしかしたら新商品の開発を依頼されているのかもしれない。王妃様自らが望んだものをもしも私が作り出すことができれば絶対に売れる。王妃様とのコラボ商品など国中の女性が欲しがること間違いなしだ。
「どうかしら?」
「はい!ぜひおまかせください!」
「うふふ、実はね…」
その後王妃様との面会を無事に終えた私は、グレイル公爵家に戻った。そしてすぐさま新商品の構想を練るために開発部屋へと籠ろうとするところをノーラに見つかり全力で止められることになる。
「せめて夕食を食べて湯浴みをしてからにしてください!」
「…はい」
夕食も湯浴みも完全に忘れていたとはさすがに言えず、ノーラに言われたとおりにするしかない私であった。
2,528
あなたにおすすめの小説
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
危ない愛人を持つあなたが王太子でいられるのは、私のおかげです。裏切るのなら容赦しません。
Hibah
恋愛
エリザベスは王妃教育を経て、正式に王太子妃となった。夫である第一王子クリフォードと初めて対面したとき「僕には好きな人がいる。君を王太子妃として迎えるが、僕の生活には極力関わらないでくれ」と告げられる。しかしクリフォードが好きな人というのは、平民だった。もしこの事実が公になれば、クリフォードは廃太子となり、エリザベスは王太子妃でいられなくなってしまう。エリザベスは自分の立場を守るため、平民の愛人を持つ夫の密会を見守るようになる……。
え? 愛されると思っていたんですか? 本当に?
ふらり
恋愛
貧乏子爵令嬢の私は、実家への支援と引き換えに伯爵様と覚悟を決めて結婚した。だが、「私には離れ離れになってしまったがずっと探している愛する人がいる。なので君を愛するつもりはない。親が煩くて止む無く結婚をしたが、三年子供が出来なければ正式に離婚することが出来る。それまでの我慢だ」って言われたんですけど、それって白い結婚ってことですよね? その後私が世間からどう見られるかご理解されています? いえ、いいですよ慰謝料くだされば。契約書交わしましょうね。どうぞ愛する方をお探しください。その方が表れたら慰謝料上乗せですぐに出て行きますんで!
ふと思いついたので、一気に書きました。ピスカル湖は白い湖で、この湖の水が濃く感じるか薄く感じるかで家が金持ちか貧乏かが分かります(笑)
溺愛されている妹の高慢な態度を注意したら、冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになりました。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナフィリアは、妹であるレフーナに辟易としていた。
両親に溺愛されて育ってきた彼女は、他者を見下すわがままな娘に育っており、その相手にラナフィリアは疲れ果てていたのだ。
ある時、レフーナは晩餐会にてとある令嬢のことを罵倒した。
そんな妹の高慢なる態度に限界を感じたラナフィリアは、レフーナを諫めることにした。
だが、レフーナはそれに激昂した。
彼女にとって、自分に従うだけだった姉からの反抗は許せないことだったのだ。
その結果、ラナフィリアは冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになった。
姉が不幸になるように、レフーナが両親に提言したからである。
しかし、ラナフィリアが嫁ぐことになった辺境伯ガルラントは、噂とは異なる人物だった。
戦士であるため、敵に対して冷血ではあるが、それ以外の人物に対して紳士的で誠実な人物だったのだ。
こうして、レフーナの目論見は外れ、ラナフェリアは辺境で穏やかな生活を送るのだった。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。
しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。
「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」
身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。
堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。
数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。
妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。
私は真実の愛を見つけたからと離婚されましたが、事業を起こしたので私の方が上手です
satomi
恋愛
私の名前はスロート=サーティ。これでも公爵令嬢です。結婚相手に「真実の愛を見つけた」と離婚宣告されたけど、私には興味ないもんね。旦那、元かな?にしがみつく平民女なんか。それより、慰謝料はともかくとして私が手掛けてる事業を一つも渡さないってどういうこと?!ケチにもほどがあるわよ。どうなっても知らないんだから!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる