【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20

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17 カシウス

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 久しぶりに会う彼女は以前よりも美しく、だけど温かい笑顔は変わらぬままで。僕は浮かれそうになる心を懸命に沈めた。彼女に会えたことはこの上なく嬉しいが、彼女には夫も子どももいる。だからあまり浮かれすぎてはいけない。あとで苦しむのは自分なのだからと。
 しかしその後、彼女の口から語られた言葉に衝撃を受けた。お金のために利用したなんてことはどうでもよく、それよりも離婚という言葉に心が踊った。離婚を喜ぶなどひどい人間だろう。だけど彼女に手を伸ばすことが許されたのだと思うと、嬉しくて仕方がなかった。
 もちろん彼女が僕の想いに応えてくれるかはわからない。成長前の姿と、年齢が九つ離れていることもあってか、彼女は僕を子ども、よくて弟扱いすることがほとんどだった。まずは彼女に僕が男だと意識してもらわなければスタート地点にも立てない。だから無理矢理彼女の旅についていくことにしたのだ。それに彼女は迷惑を掛けたくないからと、一年後には僕から離れるつもりだろう。そんなことはさせない。僕はようやく巡ってきたこの機会を逃すつもりなどないのだ。



 馬車が止まった。どうやら駅に着いたようだ。僕は彼女をエスコートするため、先に馬車を降りて手を差し出した。


「どうぞ」

「っ、ありがとう……」


 彼女が一瞬戸惑った表情を見せたのは、まだ大人に成長した姿に慣れていないからなのか。それとも僕のことを少しでも男として意識してくれたのか。後者であれば嬉しいが、おそらく彼女の中の僕は五年前のままだろう。僕のことを早く一人の男として見てほしいが、焦って嫌われるのは避けたい。だからしばらくは今まで通りに接するように気をつけなければ。

 列車乗り場へ移動し列車を待つ。少しすると目的の列車がやって来るのが見えてきた。


「列車が来ましたね」

「ええ。……カシウス、本当に一緒に来るの?あの列車に乗ったらしばらくここに帰ってくることはできないわ。だからもう一度考えて直しても」

「僕はあなたと一緒に行きます」

「……そう、わかったわ。これ以上何も言わない」

「ありがとうございます」


 列車が停まり、扉が開く。降りる乗客を見送ったあと列車に乗り込む。先に列車に乗り込もうとする彼女の手を掴んだ。僕は彼女にこの国を出る前に一つだけ伝えたいことがあった。


「カシウス?」

「お願いがあります」

「お願い……?」

「一年後、ここに帰ってきたら僕と一緒に湖を見に行ってくれませんか?」

「湖って、あの?」

「はい。アナベルさんが忘れられないと言っていた湖です」

「構わないけど、あなたはもう何度も見ているんじゃないの?それなのにどうしてわざわざ私と……」

「まだ一度も見たことがないんです。あの湖はどうしてもあなたと見たくて」

「えっ」

「お願いします。あなたの思い出に残る景色をあなたの隣で見たいんです」


 一年後、僕はそこで彼女に想いを伝えるつもりだ。僕は彼女の目を見つめた。すると彼女は視線を逸らしながらも、僕の願いを受け入れてくれた。


「……わかったわ」

「ありがとうございます!」

「っ、ほ、ほら!もう列車に乗らないと!後ろの人に迷惑だわ!」


 そう言って彼女は僕の手を握り列車に乗り込んだ。彼女に引っ張られながら彼女の後ろ姿を眺める。彼女の耳がほんのりと赤く見えるのは怒っているからなのか、それとも照れているからなのか。そんな彼女を後ろから抱き締めたい衝動に駆られるが、それは許されない。


 (彼女を必ず振り向かせてみせる)


 そうして旅の始まりを告げるかのように、汽笛が空に鳴り響くのであった。
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