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2 冷淡姫は恋を育む
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「えっ、グラーヴィス家から……!?」
「そうだ。実はアリオス卿は爵位も継げない元平民、騎士として貴族籍の末端に名を連ねるだけということもあって縁談が難航しているらしい。彼は先日の夜会でお前を助けてくれた青年だ、きちんとお前があのメイドを助けたのだと知っているし、どうだろうか?」
先日のお礼を兼ねてフォルトゥナ家がアリオスの後ろ盾にもなれるし、噂を聞いて面白半分に申し込まれる縁談にイリアネも辟易していたところだ。
あの夜、庇ってくれたあの背中に恋をしていたイリアネは一も二もなく父親の提案を受け入れた。
そうして婚約が成立したが、二人の関係は思った以上に進まなかった。
イリアネは内気で緊張すればするほど無表情になってしまう不器用な娘であったし、アリオスはアリオスで騎士としての実力はあってもあまり社交的な性格ではない。
つまるところ、二人きりにするとほぼ挨拶をして無言で茶を飲むだけの関係となっていたのである。
それでも二人はお互いの沈黙を悪いものとは思っておらず、煩わしいこともなく穏やかな時間を過ごせると思っているのだけれども、それもお互いに知らない話だ。
(……ああ、ああ、私がつまらない女のせいでアリオス様は退屈なさっているのではないかしら。侍女たちが耳にした噂によると、この婚約を私が良く思っていないって……あの日のお礼に縁談を断れなかったから不承不承受け入れたってことになっているって! そんなことないのに! そんなことないって言わなくちゃいけないのに!!)
むしろ会えば会うほど、イリアネはアリオスに恋していた。
無愛想と言われればその通りだが、アリオスはイリアネに対して礼儀正しく接してくれるし、お土産だって毎回律儀に持ってきてくれる。
花だって毎回違うものを選んでくれているし、きちんと手渡してくれるのだ。
そうして上手におしゃべりできなくとも、愛嬌を見せることができなくとも、アリオスは時間が許す限り自分と共にいてくれる……そのことにイリアネはいつだって感謝していた。
「……いつも、ありがとうございます。アリオス様」
「……いや、俺こそ気の利いたことを言えず」
ある日、勇気を出したイリアネに彼はそっと微笑んで応えてくれた。
イリアネはそれだけで、どれほど嬉しかったのかその後のことを思い出せないくらいだった。
淡い恋心は着実に花開いていった。
相変わらず二人の関係は静かなもので、端から見ると目も合わせないおかしな関係であったけれども――少なくとも当人たちは不満を抱くことはなかった。
ただ、互いの胸の内を明かすこともなかったので、イリアネはいつだって不安を感じていたけれども。
それは彼女自身が自分の気持ちを打ち明けられないせいだと毎度嘆いておわるのだ。
そんな中、一人の少女の名前が社交界で囁かれるようになった。
マリアンナ・ヴァンデッシュ。
アリオスと同じく才能を認められ、貴族家の養女となった娘であった。
この娘は研究眼に優れ、そこから人々の役に立つものが見つけられたとして表彰され、ヴァンデッシュ家が彼女を養女に迎えたのである。
とはいえ彼女は元々の性格もあってなのかつい気になることがあるとそちらに気が行ってしまう人間のようで、そういう点でも貴族たちからは少し遠巻きにされているようだ。
アリオスはそんな彼女とどうやら昔からの顔なじみでだったようで、彼は何くれとなくマリアンナを手助けしていたし、彼女もまたアリオスを頼りにしていた。
それはもう、気安い雰囲気から、まるで彼らが婚約者のようだ、と言われるまでに。
勿論、その話を耳にしたイリアネとて心穏やかにいられない。
しかしながら相変わらず見た目と中身が一致しないイリアネは、手紙でそれとなく、それとなーくアリオスに問うのが精一杯だ。
それも『最近話題のマリアンナ嬢とアリオス様は顔見知りなのですか』程度にしか聞けないのであった。
自分でも弱気が過ぎると項垂れたが、イリアネという娘はそういう人間であった。
アリオスはその手紙を受け取った翌日、大慌てで釈明にやって来た。
「平民だった頃、彼女とは家が近所だったこともあって兄妹同然の関係だったのです。誓って後ろ暗いところはなく、危なっかしいマリアンナ嬢を放っておけずに世話を焼いてしまいました。まだ礼儀作法もなっていない彼女は、親しい友人もできていないと嘆くので……」
聞けばマリアンナは幼少期からとても変わったところがあり、仲間内でも目を離しては駄目な子であるという認識であったという。
お互い貴族家の養子になって再会できると思っていなかった二人は、その関係の気安さと仲間意識を感じて再び連絡を取り合うようになったのだ。
とはいえ、今のところマリアンナは貴族社会に馴染むのに苦労していて、アリオスが一方的に助ける側となっているようであったが。
「興味が沸くとそれ以外、目に入らない性格なんです。蝶を追っかけるのに夢中で川に落ちたり、麦の粒の模様が気になっていつまでも食事をしなかったり……まあ、とにかくそういうところがあって。大人になって落ち着いたかと思ったんですが、再会したと思ったらご令嬢相手に虫の生態を延々と一方的に話している状態でしたので」
それはまあ、なんというか。
話を聞いたイリアネも、反応に困ってしまった。
昔からの気安さと、面倒見の良さ。
そしてマリアンナもアリオスを頼りにしているという事実。
「……もしよろしければ、私も協力させていただけませんか?」
「えっ、それは正直助かりますが……よろしいのですか」
貴族令嬢としての繋がりが必要なら、役に立てるかもしれない。
イリアネは純粋にマリアンナを手助けするつもりでそう申し出た。
「とはいえ、私も世間ではあまり評判の良い令嬢とは言えませんのでどこまでお役に立てるかわかりませんけれど……」
「いいえ、そんな! 本当にありがとうございます!!」
そうして紹介されたマリアンナは、アリオスが言っていたように一風変わった令嬢だった。
しかし人懐っこいところがあって物怖じしないマリアンナはイリアネの表情の乏しさも気にすることがなく、二人はあっという間に打ち解けたのであった。
「そうだ。実はアリオス卿は爵位も継げない元平民、騎士として貴族籍の末端に名を連ねるだけということもあって縁談が難航しているらしい。彼は先日の夜会でお前を助けてくれた青年だ、きちんとお前があのメイドを助けたのだと知っているし、どうだろうか?」
先日のお礼を兼ねてフォルトゥナ家がアリオスの後ろ盾にもなれるし、噂を聞いて面白半分に申し込まれる縁談にイリアネも辟易していたところだ。
あの夜、庇ってくれたあの背中に恋をしていたイリアネは一も二もなく父親の提案を受け入れた。
そうして婚約が成立したが、二人の関係は思った以上に進まなかった。
イリアネは内気で緊張すればするほど無表情になってしまう不器用な娘であったし、アリオスはアリオスで騎士としての実力はあってもあまり社交的な性格ではない。
つまるところ、二人きりにするとほぼ挨拶をして無言で茶を飲むだけの関係となっていたのである。
それでも二人はお互いの沈黙を悪いものとは思っておらず、煩わしいこともなく穏やかな時間を過ごせると思っているのだけれども、それもお互いに知らない話だ。
(……ああ、ああ、私がつまらない女のせいでアリオス様は退屈なさっているのではないかしら。侍女たちが耳にした噂によると、この婚約を私が良く思っていないって……あの日のお礼に縁談を断れなかったから不承不承受け入れたってことになっているって! そんなことないのに! そんなことないって言わなくちゃいけないのに!!)
むしろ会えば会うほど、イリアネはアリオスに恋していた。
無愛想と言われればその通りだが、アリオスはイリアネに対して礼儀正しく接してくれるし、お土産だって毎回律儀に持ってきてくれる。
花だって毎回違うものを選んでくれているし、きちんと手渡してくれるのだ。
そうして上手におしゃべりできなくとも、愛嬌を見せることができなくとも、アリオスは時間が許す限り自分と共にいてくれる……そのことにイリアネはいつだって感謝していた。
「……いつも、ありがとうございます。アリオス様」
「……いや、俺こそ気の利いたことを言えず」
ある日、勇気を出したイリアネに彼はそっと微笑んで応えてくれた。
イリアネはそれだけで、どれほど嬉しかったのかその後のことを思い出せないくらいだった。
淡い恋心は着実に花開いていった。
相変わらず二人の関係は静かなもので、端から見ると目も合わせないおかしな関係であったけれども――少なくとも当人たちは不満を抱くことはなかった。
ただ、互いの胸の内を明かすこともなかったので、イリアネはいつだって不安を感じていたけれども。
それは彼女自身が自分の気持ちを打ち明けられないせいだと毎度嘆いておわるのだ。
そんな中、一人の少女の名前が社交界で囁かれるようになった。
マリアンナ・ヴァンデッシュ。
アリオスと同じく才能を認められ、貴族家の養女となった娘であった。
この娘は研究眼に優れ、そこから人々の役に立つものが見つけられたとして表彰され、ヴァンデッシュ家が彼女を養女に迎えたのである。
とはいえ彼女は元々の性格もあってなのかつい気になることがあるとそちらに気が行ってしまう人間のようで、そういう点でも貴族たちからは少し遠巻きにされているようだ。
アリオスはそんな彼女とどうやら昔からの顔なじみでだったようで、彼は何くれとなくマリアンナを手助けしていたし、彼女もまたアリオスを頼りにしていた。
それはもう、気安い雰囲気から、まるで彼らが婚約者のようだ、と言われるまでに。
勿論、その話を耳にしたイリアネとて心穏やかにいられない。
しかしながら相変わらず見た目と中身が一致しないイリアネは、手紙でそれとなく、それとなーくアリオスに問うのが精一杯だ。
それも『最近話題のマリアンナ嬢とアリオス様は顔見知りなのですか』程度にしか聞けないのであった。
自分でも弱気が過ぎると項垂れたが、イリアネという娘はそういう人間であった。
アリオスはその手紙を受け取った翌日、大慌てで釈明にやって来た。
「平民だった頃、彼女とは家が近所だったこともあって兄妹同然の関係だったのです。誓って後ろ暗いところはなく、危なっかしいマリアンナ嬢を放っておけずに世話を焼いてしまいました。まだ礼儀作法もなっていない彼女は、親しい友人もできていないと嘆くので……」
聞けばマリアンナは幼少期からとても変わったところがあり、仲間内でも目を離しては駄目な子であるという認識であったという。
お互い貴族家の養子になって再会できると思っていなかった二人は、その関係の気安さと仲間意識を感じて再び連絡を取り合うようになったのだ。
とはいえ、今のところマリアンナは貴族社会に馴染むのに苦労していて、アリオスが一方的に助ける側となっているようであったが。
「興味が沸くとそれ以外、目に入らない性格なんです。蝶を追っかけるのに夢中で川に落ちたり、麦の粒の模様が気になっていつまでも食事をしなかったり……まあ、とにかくそういうところがあって。大人になって落ち着いたかと思ったんですが、再会したと思ったらご令嬢相手に虫の生態を延々と一方的に話している状態でしたので」
それはまあ、なんというか。
話を聞いたイリアネも、反応に困ってしまった。
昔からの気安さと、面倒見の良さ。
そしてマリアンナもアリオスを頼りにしているという事実。
「……もしよろしければ、私も協力させていただけませんか?」
「えっ、それは正直助かりますが……よろしいのですか」
貴族令嬢としての繋がりが必要なら、役に立てるかもしれない。
イリアネは純粋にマリアンナを手助けするつもりでそう申し出た。
「とはいえ、私も世間ではあまり評判の良い令嬢とは言えませんのでどこまでお役に立てるかわかりませんけれど……」
「いいえ、そんな! 本当にありがとうございます!!」
そうして紹介されたマリアンナは、アリオスが言っていたように一風変わった令嬢だった。
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