冷淡姫の恋心

玉響なつめ

文字の大きさ
5 / 20

5 冷淡姫は打ちのめされる

しおりを挟む
 そしてイリアネの予想は、当たってしまった。
 
 そこに参加する令嬢たちは見事なまでの嫌味を連発、イリアネはいつも通り・・・・・それらを無視して出されたお茶を楽しみつつ絵画に目を向けていたものの、やはり物事はそれで終わらなかったのである。

 最初はまだマシだったのだ。
 イリアネを無視するか影で笑う、当てこすりのようにマリアンナにだけ・・話かけ、楽しそうなところを見せつける……などそういったことであれば。

 彼女たちとてマリアンナの出自や、第二王子に気に入られている点はさぞかし気に食わないことだろう。
 だが直接的にマリアンナを傷つけ、それによって第二王子の不興を買うことは彼女たちにとってより望ましくない展開だ。

 その上、イリアネは知っていた。
 今回の会場、そして絵画を提供した家のご令嬢がアリオスを狙っているという話を耳にしたのいだ。

 アリオスの家、グラーヴィス家が彼の婚約者を探している時は〝平民出身だから〟と断ったというのに、実際に王子に気に入られるまでの騎士になったら途端に惜しくなったというわけだ。
 勿論、彼の見目も気に入ってのことだろうとはイリアネもわかっている。

 ただそれだけならば良かったのだ。
 適当にあしらいつつ時間が過ぎるのさえ待てば、美術品に罪はないし十分に目で楽しめる時間となっただろう。
 幸い、茶も茶菓子もとても美味であったし、マリアンナも彼女たちの態度に困惑を示してはいるものの、イリアネに対する態度以外では仲良くできているようであったから。

 ところがそうはいかなかった。
 悪意はやはりマリアンナにも向けられてしまった。

「イリアネ嬢、これはいったい……!」

「アリオス様……」

 泣き濡れるマリアンナ。
 それを支えるイリアネ。

 彼女たちを迎えに来たアリオスの目は、泣くマリアンナに向けられていた。

 泣きじゃくるマリアンナはとにかくイリアネに悪いことをした、申し訳なかったとそればかり。
 なんとか宥めて迎えの馬車に乗せ、彼女の養親たちのところには説明の機会を後日設けさせて欲しいとイリアネが御者に伝言を頼む。

「アリオス様、マリアンナ様のことを送ってくださいませ」

「……どうして彼女は泣いていたんだ」

「その説明は後日必ず。今は……心細いでしょうから、貴方様が傍にいればきっと安心できますわ」

「イリアネ、俺は君を頼みにしていたのに、どうしてこうなったのかと聞いているんだ!」

 責められる言葉にハッとしてイリアネが思わずアリオスを見れば、アリオスも自分の言葉にギョッと驚いたような様子を見せていた。

「いや、違う。そうじゃない。彼女が早く一人前になって、王子と結ばれてくれれば俺たちは……」

「……」

 アリオスが慌てたように早口でそう言った。
 イリアネは、それに対してなんとも複雑な気持ちを覚える。

(……わかっているわ。アリオス様は、第二王子の騎士。マリアンナ様と殿下が結ばれれば、彼女との仲を取り持った功績でアリオス様は更に重用されるでしょうね)

 貴婦人たちの中を上手く泳いで渡れるようになるには、どうしたってマリアンナは経験も知識も足りない。そして、覚悟も。
 
 ただの幼馴染みであるアリオスがそれらを補えるわけもなく、幸いにもその点を手伝えるイリアネという存在がいた。

 そのおかげもあって少しずつ、社交に対しても前向きになったマリアンナがこのまま王子妃になれば……という野望が彼の中にはあったのだろうとイリアネは考える。

 平民出身でありながら実力を認められ、王宮騎士になった。
 それだけでなく王子に重用されるだなんて、誰もが憧れる成功体験となり、そして未来を夢見る若者たちの指標にもなることだろう。
 アリオスは、そうした夢を彼らに見せ続けるためにも、努力を重ねているようだったから。

 だがイリアネは気づいてしまった。
 いいや、前から気づいていた。

 別に、婚約者はイリアネでなくてもいいのだ。

 マリアンナの性格を受け入れることができる令嬢は他にもいるはずで、むしろ愛想もなくただ相槌を打つばかりのイリアネよりもずっと適した友人がどこかにはいるはずだ。
 おそらく、アリオスという接点がなければ二人は出会うことすらなかったのだし、もし社交の場ですれ違っても挨拶をして終わる程度の関係にしかならなかったことだろう。

「……失望させて、申し訳ございません」

 アリオスの後ろ盾、そしてマリアンナの友人。
 その二つがなかったら――自分には、どれほどの価値が残るのだろうかとイリアネはそっと目を伏せる。

「違うっ、俺は……」

「いいえ、いいえ……大丈夫ですわ、アリオス様。私に気を使う必要はございません。どうぞ、マリアンナ様のところへ行って差し上げて」

「違う、イリアネ、俺は……」

「わかっております。……でも、その優しさは、今の私には」

 イリアネには、もうそう言うことしかできなかった。
 それ以上言葉を紡げば、心が折れてしまいそうだった。
 
 アリオスは何を言いかけたが、上手く言葉が見つからなかったのだろう。
 伸ばしかけた手をギュッと握りしめて、苦々しい表情で『明日、会いに行く』と彼にしては珍しくか細い声でそう言ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結】さようなら、私の初恋

蛇姫
恋愛
天真爛漫で純粋無垢な彼女を愛していると云った貴方 どうか安らかに 【読んでくださって誠に有難うございます】

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...