冷淡姫の恋心

玉響なつめ

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7 彼女の事情

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 一方、マリアンナは例の会に参加したことを心から悔いていた。
 イリアネが止めてくれたことを軽く考え行動していた自分が恥ずかしくてたまらない。

 自分が好きなことを研究する、それについて認めてくれた養親たちはとても良い人たちでなんて恵まれているんだろうと感激した。
 恩返しがしたくて研究を頑張った。
 下町で暮らしていた頃とはまるで違う豪奢な生活は時として窮屈ではあったが、それでもマリアンナはその生活に満足していた。

 貴族に引き取られた以上、恥ずかしくない振る舞いをしなければならないことは彼女も理解していた。
 大口で笑うことも、平らな靴で走り回ることも、貴族の令嬢としてははしたない・・・・・ことだと教わった。
 我慢しなければならないことはやはり面白くはなかったが、それ以上に彼女が求めた〝知識〟を得る機会が設けられるのだからやはり文句などなかった。

 とはいえ、これまで理解ある家族や友人、下町というある程度の自由を許してくれる環境から来たマリアンナにとって、貴族社会は養親以外どうにも馴染めない場所であった。
 そこで顔なじみのアリオスと再会できただけではなく、以前のように自身を助けてくれたことは彼女にとって望外の喜びであったと言い表すほかない。

 彼もまた貴族社会に馴染むのに苦労をしたという点から、顔なじみの自分を気にかけてくれていることはマリアンナも理解していた。
 それに加え、兄のように慕うアリオスだけでなくその婚約者である生粋の令嬢、イリアネと知り合えたこともマリアンナにとって救いだった。

 他の令嬢に比べれば確かに物静かで冷たい印象を受けるイリアネだが、彼女はいつだってマリアンナを否定しない。
 不思議そうにしたり、何故なのかと理由を問うてくることはあっても決して馬鹿にすることはなく、最後までマリアンナの話を聞いてくれたのだ。
 
 逆にマリアンナが疑問に思うことを口にすれば、どうしてなのかをイリアネは懇切丁寧に教えてくれた。
 おかげで令嬢としてしてはいけないライン、他の人からバカにされる理由、そういったものを知ることができたのはマリアンナにとって幸いだった。
 令嬢教育として教師がつけられていても、わからないことが多かったのだ。

 だからもう大丈夫だと思った。
 そう、その時はそう思っていたのだ。

(調子に乗っちゃったんだわ)

 ご令嬢たちが平民の暮らしに興味を持ってくれても、マリアンナが貴族の令嬢に憧れて興味を持っても、どちらも本当の意味で理解したかと問われればそれは無理な話だったのだ。
 そもそもが違うのだ、人間としては同じだけれど、育った環境と価値観の違いをすりあわせることはとても難しいのだ。

 その難しさを乗り越えて、ある程度の妥協案と研鑽を重ねて、ようやく理解に至るのだと彼女が本当の意味で理解したのは――自宅に戻ってからだった。

 最初は良かった。

 社交の場で浮いていたマリアンナも、アリオスとイリアネの助けを得て少しずつ貴族たちの考え方や理屈について理解を深めることによってなんとか話ができるようになってきた。
 そして功績を認めらた際に知り合った第二王子が何くれとなく気遣ってくれるおかげで、だいぶ貴族たちに受け入れられ始めたことを感じていた。
 
 自分はきちんとやれている――マリアンナは、そう手応えを感じていた。
 貴族令嬢としては付け焼き刃でも、その努力を認めてくれる人がいる。
 功績があるから令嬢としては足りなくても、彼女自身の良さを見ようとしてくれる人だって現れた。

 だから大丈夫。
 そう、根拠のない自信があった。
 兄のように慕うアリオスからも自分を頼りにし続けたらだめだと言われていたこともあって、焦りもあったのだろう。

 由緒正しい芸術を楽しむ会、そんな生粋の貴族たちが楽しむ催し物に自分が誘われた――そのことが、どれほどマリアンナにとって誇らしかったことか。
 ああ、認められたのだ! とその時は有頂天になっていた。

 イリアネが止めてきたが、マリアンナは気にも留めなかった。
 確かに足りないことはいくらでもあるが、それでも第二王子の権威という後ろ盾もあったし、多少の嫌味程度なら慣れたものだと軽く考えていたことは否めない。
 
 それよりも歴史的建造物や普段ではお目にかかることができないような絵画といったもの――それそのものというよりも材質に興味があったマリアンナはイリアネの制止を軽んじた。
 マリアンナは、それを後悔している。
 
 周囲の令嬢たちもその会に選ばれるだけあって優雅で、口調も柔らかい。
 だが違和感にすぐに気づいた。
 イリアネをわざと無視するのためだけに・・・、自分を呼んだのだと気づいた。
 そして自分が何かをすればその揚げ足を取る彼女たちに、腹が立った。
 だが何よりも腹が立ったのは、そこに言い返せば養親たちや第二王子のメンツを傷つけるのだと――貴族への理解を深めていたがゆえに考えがいたって、動けなくなってしまった自分に腹が立って仕方がなかったのだ。

 悔しかった。
 また上手くやれなかったせいで、アリオスが尻拭いに走るのかもしれない。
 心配してくれたイリアネの言葉を無下にしたせいで、彼女に余計な手間をかけさせて傷つけてしまった。
 言い返せない自分がみっともなくて、惨めだった。

 挙げ句の果てにアリオスと自分の関係を揶揄するものも――何もかも。

(わたしが、たりなかったせい)

 思慮も、分別も、知識も、覚悟も。
 貴族たちの矜持という、恐ろしい怪物に対する対処の知恵も。
 何もかもが、足りなかったのだ。
 
 しかし悔しいと言っているばかりではいられない。
 泣いて戻った彼女はその晩しっかりと泣いて泣いて、たくさん泣いて、恥ずかしさもなにもかもを捨てて養親に事実を告げる。

 そしてだいぶ前に打診されていた、第二王子からの婚約の申し込みをお断りしたいとはっきりと告げたのであった。
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