2 / 56
【サイパンからの脱出】
しおりを挟む大本営ではサイパン基地司令である南雲中将をはじめとする、陸海軍の要職に就く者たちを本土に潜水艦で移送する計画を立てていた。
これは負け戦が続くなかで、実際に米軍と戦闘した経験のある幹部級将校がすべて戦死または現地で自決してしまっているため、米軍がどの様な装備でどの様な戦術を使うかなどが全く把握できていなかったため本土決戦を前にして実際の戦場の状況を把握するための措置であった。
しかし救出に向かった潜水艦はすべて撃沈、または消息を絶ちこの計画は頓挫してしまった。
ただ一つ残るのは、私自身が生きて本土に帰り、この状況を伝えること。
私は島から脱出するために、真夜中の森を北東部の先端近くにある洞窟に向かった。
重い資料を担いで、ようやく海岸に面した洞窟に辿り着く。
偽装のため掛けてあった網に敷き詰めた木々を取り払い、網を退けるとそこには九四式水上偵察機があった。
偵察員席からガソリン缶を取り出して給油を始める。
この水上機は航続距離2200㎞あるが、小笠原から飛んで来たので既に燃料は3分の1ほどしか残っていない。
20リットルの燃料缶が数個では満タンにはならないが、半分あれば何とかなるはず。
燃料を入れ終わるとエンジンをかけ、真っ黒な水面にフロートを滑らせて外海に出た。
サイパン島のすぐ隣(5キロ)に位置するテニアン島に移動するのは無意味なこと。
テニアンもじきに戦場になり、陥落する。
西南西に約200キロ離れたグアムでも、既に海軍航空艦隊が大損害を受けてしまった今では立て直しは出来ない。
海軍が当てにならない以上、的を本土決戦に絞るしかなく、島しょ部の守備隊には本土決戦の準備が整うまでの時間を稼いでもらうしかない。
私は九四式水上偵察機の機首を北に向け、小笠原諸島の父島にある水上機基地を目指す。
エンジンの出力を落としたまま、水上を滑る。
空を飛んでスピードを上げたいところだが、空に上がってしまうと敵のレーダーに探知されてしまう。
最高速度240km/h足らずの九四式水上偵察機では、一旦敵のレーダーに掛かってしまうとF6Fグラマン戦闘機から逃げることはできない。
闇の中をただひたすら飛行機を飛ばさないように操る。
岩礁や浅瀬に当たってしまえばお仕舞いだけど、前方をライトで照らすことは自分の位置を敵に知らせることになるのでただ闇の中を進むしかない。
80㎞洋上を進むと、右手にファラロン・デ・メディニーラ島の影が見えて来た。
更に40㎞進むと左手に白い煙を吐くアナタハン島、更に40㎞進みサリガン島、そこから70㎞進むとガグアン島、更に30㎞先にはアラマガン島と言う2つの火山島が続く。
ちょうど沖縄と鹿児島の間にあるトカラ列島に似た、火山島群が続いている。
私はアラマガン島の手前で進路を北から北西へと45度変え機首を起こして離水した。
ここで進路を変えたのは2つの意味がある。
ひとつは小笠原島へのルートを容易にするためで、ココまで来た250㎞とそこから250㎞直角に動いた場合この直角2等辺三角形の底辺に当たる距離は353㎞となり、この位置から再度真北に進路を取れば丁度小笠原に向かうルートとなる。
そしてもうひとつは、この先にあるペイガン島には人が住んでいるから。
サイパンを出てからもう4時間が経つ。
あと数時間も経てば夜が明ける。
夜が明ければ、レーダーを避けていても敵の偵察機に発見されてしまう可能性もある。
どこに敵が潜んでいるかは分からないし、敵は潜水艦にもレーダーを搭載しているらしい。
地球は丸く、レーダー波は真っ直ぐにしか飛ばない。
だから水上を船のように移動していれば、レーダーに見つかる可能性は低いし、仮に見つかったとしても小型船だと思ってくれる可能性も高いはず。
潜水艦のどの場所にレーダーを付けているのかは分からないが、仮に5mの高さの場所にレーダーがあったとすれば探知距離は高さ0mの目標を8.5km先から捕らえることが出来るが、仮に私が高度100mの低空を飛んでいた場合でも約40km先から発見できる計算になる。
高度をなるべく低く取り、速度を175km/hで飛ぶ。
すぐに空の色は黒から群青に変わり出し、やがて明るい青に変わった。
海の色も空の青色を映すかのように、深みのある青に変わる。
低く雲が垂れ込めた曇天か、雨が降り見通しのきかない天気の方が逃げるには好都合なのだが、やはり天気がいいと気分も晴れる。
小学校の時に行った伊豆の臨海学校を思い出す。
あの頃はまだ戦争の影もなく、友人たちとのどかな海で遊んでいたっけ。
臨海学校の時の事を考えると、誰がこんな好かな天気の日に戦争をするのだろうとさえ思えてくる。
と、そう思ったとき、突然水平線上の進路上に黒い物体が見えた。
“敵の潜水艦だ‼”
高度を上げると速度が落ちる。
旋回して距離を開けるには近すぎるし、旋回することで機影が大きくなり弾が当たりやすくなってしまう。
幸い敵も、今気がついたばかりで、慌てている様子だったので私は、そのまま真っ直ぐに敵の真上を通ることにした。
なるべく弾は避けたいが、当たる時は当たるもの。
こんな太平洋の真ん中では、被弾して不時着しても誰も助けに来てはくれない。
やってくるのは腹をすかせたサメくらいなもの。
小学生の頃に臨海学校へ一緒に行った同級生の男子は、半分近くが既にこの戦争で命を落としている。
私には無事にサイパンでの戦況を大本営に伝えるという重大な使命があるが、被弾してしまえばそれも叶わなくなる。
被弾した場合は、潔く潜水艦に突っ込もう。
たかが潜水艦1隻。
それでも、コイツが沈むことで救われる命も出てくるかもしれない。
私は被弾した場合に潜水艦に当たるように、高度を下げて突っ込んだ。
57
あなたにおすすめの小説
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
