対米戦、準備せよ!

湖灯

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【サイパンからの脱出】

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 大本営ではサイパン基地司令である南雲中将をはじめとする、陸海軍の要職に就く者たちを本土に潜水艦で移送する計画を立てていた。

 これは負け戦が続くなかで、実際に米軍と戦闘した経験のある幹部級将校がすべて戦死または現地で自決してしまっているため、米軍がどの様な装備でどの様な戦術を使うかなどが全く把握できていなかったため本土決戦を前にして実際の戦場の状況を把握するための措置であった。

 しかし救出に向かった潜水艦はすべて撃沈、または消息を絶ちこの計画は頓挫してしまった。

 ただ一つ残るのは、私自身が生きて本土に帰り、この状況を伝えること。

 私は島から脱出するために、真夜中の森を北東部の先端近くにある洞窟に向かった。

 

 重い資料を担いで、ようやく海岸に面した洞窟に辿り着く。

 偽装のため掛けてあった網に敷き詰めた木々を取り払い、網を退けるとそこには九四式水上偵察機があった。

 偵察員席からガソリン缶を取り出して給油を始める。

 この水上機は航続距離2200㎞あるが、小笠原から飛んで来たので既に燃料は3分の1ほどしか残っていない。

 20リットルの燃料缶が数個では満タンにはならないが、半分あれば何とかなるはず。

 燃料を入れ終わるとエンジンをかけ、真っ黒な水面にフロートを滑らせて外海に出た。

 サイパン島のすぐ隣(5キロ)に位置するテニアン島に移動するのは無意味なこと。

 テニアンもじきに戦場になり、陥落する。

 西南西に約200キロ離れたグアムでも、既に海軍航空艦隊が大損害を受けてしまった今では立て直しは出来ない。

 海軍が当てにならない以上、的を本土決戦に絞るしかなく、島しょ部の守備隊には本土決戦の準備が整うまでの時間を稼いでもらうしかない。

 私は九四式水上偵察機の機首を北に向け、小笠原諸島の父島にある水上機基地を目指す。



 エンジンの出力を落としたまま、水上を滑る。

 空を飛んでスピードを上げたいところだが、空に上がってしまうと敵のレーダーに探知されてしまう。

 最高速度240km/h足らずの九四式水上偵察機では、一旦敵のレーダーに掛かってしまうとF6Fグラマン戦闘機から逃げることはできない。



 闇の中をただひたすら飛行機を飛ばさないように操る。

 岩礁や浅瀬に当たってしまえばお仕舞いだけど、前方をライトで照らすことは自分の位置を敵に知らせることになるのでただ闇の中を進むしかない。

 80㎞洋上を進むと、右手にファラロン・デ・メディニーラ島の影が見えて来た。

 更に40㎞進むと左手に白い煙を吐くアナタハン島、更に40㎞進みサリガン島、そこから70㎞進むとガグアン島、更に30㎞先にはアラマガン島と言う2つの火山島が続く。

 ちょうど沖縄と鹿児島の間にあるトカラ列島に似た、火山島群が続いている。



 私はアラマガン島の手前で進路を北から北西へと45度変え機首を起こして離水した。

 ここで進路を変えたのは2つの意味がある。

 ひとつは小笠原島へのルートを容易にするためで、ココまで来た250㎞とそこから250㎞直角に動いた場合この直角2等辺三角形の底辺に当たる距離は353㎞となり、この位置から再度真北に進路を取れば丁度小笠原に向かうルートとなる。

 そしてもうひとつは、この先にあるペイガン島には人が住んでいるから。

 サイパンを出てからもう4時間が経つ。

 あと数時間も経てば夜が明ける。

 夜が明ければ、レーダーを避けていても敵の偵察機に発見されてしまう可能性もある。

 どこに敵が潜んでいるかは分からないし、敵は潜水艦にもレーダーを搭載しているらしい。

 地球は丸く、レーダー波は真っ直ぐにしか飛ばない。

 だから水上を船のように移動していれば、レーダーに見つかる可能性は低いし、仮に見つかったとしても小型船だと思ってくれる可能性も高いはず。

 潜水艦のどの場所にレーダーを付けているのかは分からないが、仮に5mの高さの場所にレーダーがあったとすれば探知距離は高さ0mの目標を8.5km先から捕らえることが出来るが、仮に私が高度100mの低空を飛んでいた場合でも約40km先から発見できる計算になる。



 高度をなるべく低く取り、速度を175km/hで飛ぶ。

 すぐに空の色は黒から群青に変わり出し、やがて明るい青に変わった。

 海の色も空の青色を映すかのように、深みのある青に変わる。

 低く雲が垂れ込めた曇天か、雨が降り見通しのきかない天気の方が逃げるには好都合なのだが、やはり天気がいいと気分も晴れる。

 小学校の時に行った伊豆の臨海学校を思い出す。

 あの頃はまだ戦争の影もなく、友人たちとのどかな海で遊んでいたっけ。

 臨海学校の時の事を考えると、誰がこんな好かな天気の日に戦争をするのだろうとさえ思えてくる。

 と、そう思ったとき、突然水平線上の進路上に黒い物体が見えた。



 “敵の潜水艦だ‼”



 高度を上げると速度が落ちる。

 旋回して距離を開けるには近すぎるし、旋回することで機影が大きくなり弾が当たりやすくなってしまう。

 幸い敵も、今気がついたばかりで、慌てている様子だったので私は、そのまま真っ直ぐに敵の真上を通ることにした。

 なるべく弾は避けたいが、当たる時は当たるもの。

 こんな太平洋の真ん中では、被弾して不時着しても誰も助けに来てはくれない。

 やってくるのは腹をすかせたサメくらいなもの。

 小学生の頃に臨海学校へ一緒に行った同級生の男子は、半分近くが既にこの戦争で命を落としている。

 私には無事にサイパンでの戦況を大本営に伝えるという重大な使命があるが、被弾してしまえばそれも叶わなくなる。

 被弾した場合は、潔く潜水艦に突っ込もう。

 たかが潜水艦1隻。

 それでも、コイツが沈むことで救われる命も出てくるかもしれない。

 私は被弾した場合に潜水艦に当たるように、高度を下げて突っ込んだ。
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