対米戦、準備せよ!

湖灯

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【F6Fグラマン飛来‼】

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 敵の潜水艦からオレンジ色の銃弾が幾つも向かって来る。

 曳光弾は射手が狙いを修正しやすくするためにあるが、同時に狙われた者には恐怖を与える。

 だが私はその曳光弾の群れを見ても、何も感情は動かなかった。

 妙に静かな時がゆっくりと流れ、音はついてこない。

 感情を揺さぶる物は、何もない。

 これが死を目前にした人間の感覚なのだろうか?



 幸運にも敵の弾は機体に当たることはなく、逆に私が高度を下げた事で体当たりしてくると思った敵は急速潜航をするために機銃手を早々に艦内に戻した。

 ちょうど敵の真上を通る頃には、敵潜水艦は艦橋の殆どを海面下に潜らす所まで潜水していた。

 むろん私の使命は生きて帰ることだから、助かると分かった以上、無用な突撃などしない。

 おそらく今頃敵潜水艦艦内では、乗組員はみな頭を下げて私の飛行機の音にビクビクしている事だろう。

 そう思うと、一難去ったという安堵感からか、妙に奴らが艦内で怯えている様子を滑稽に想像してしまいおかしかった。



 敵潜水艦からの脅威は消えた。

 私はすぐに時計を見て時刻を確認する。

 アラマガン島から進路を北西に替えて1時間と45分……あと15分で再度進路を北に替える時間。

 敵潜水艦は確実に私の存在を艦隊本部に打電している事だろう。

 陥落間際のサイパンから密かに逃げ出す偵察機に如何なる人物が乗っているかなど詮索するまでもなく、重要な情報を持ち帰ろうとしていることは敵も直ぐに気付くはず。

 今、私の位置とサイパン島南東部に位置する敵機動部隊との距離は、おそらく550km~600km前後。

 敵の指揮官が、北西に進路を取っていた私を発艦した艦艇への帰還を目的としていると思ってくれれば追っ手から逃れることも可能だが、現実的に考えるとそうはいかないだろう。

 なにしろ潜水艦が打電した位置から、真北に進路を変えれば硫黄島と小笠原諸島が地図上に現れるのだから。

 追っ手はグラマンに違いない。

 すぐに発艦させると最高速度600km/h近いグラマンなら、今この場所には1時間と少しあれば到着するだろう。

 そして私の乗る九四式水上偵察機の最高速度はグラマンの半分にも満たない239km/h。

 おそらくここからいかにエンジン出力を上げたとしても、2時間前後で敵に捕らえられてしまう。

 戦闘機に狙われた水上偵察機ほど惨めなモノはない。

 せめてこの機が陸軍の百式司偵なら、充分に逃げ切ることは可能だったのだが……。

 (※百式司偵=百式司令部偵察機の略、陸軍が誇る高速偵察機で主力たる三型(キ46-III)の最高速度は630km/hにも上る。唯一の現存機はイギリスにある空軍博物館にⅢ型甲が屋内展示されている)

 私は高度を上げて、後ろの席にあるモールス信号の発信機を探し出し、硫黄島にある海軍航空隊に救援を依頼した。



 硫黄島までの距離はまだ600㎞程もあるが、お互いが向かっている方角になるので、逃げる私を追う米軍機よりも早く遭遇するはず。

 ただし硫黄島基地が、たった1機の偵察機の救援依頼に応えてくれたとしての話だが。

 1年前ならさほど難しい話ではないが、今はかなり難しい。

 なにしろ敵潜水艦が日本近海を我が物顔で行動する今は、島嶼部の基地への物資輸送は困難を極めている。

 特に問題なのは燃料の補給。

 サイパン基地でも航空燃料を節約するため、ろくに偵察機を出せないまま敵機動部隊の奇襲攻撃を受けてしまい虎の子の航空戦力を削がれてしまった。

 主に島しょ部の防衛を担う海軍ではそのことを問題視しており、対潜哨戒機として東海一一型が試験運用されてはいるが使用目的上低速行動が求められる対潜哨戒機では、制空権を失った地域での活動は非常に困難なことが予想される。

 後手後手に回っている今の状況では、せっかく開発した物もロクに役に立たない。



 青天の中、何とか雲を求めて高度を上げる。

 600馬力と非力なこの偵察機ではナカナカ高度は上がらず、海面すれすれの位置から高度3000メートルまで上昇するのに10分以上も費やした。

 上には雲もなく、下を見ても所々に小さな綿雲が点在するだけ。

 これでは雲に隠れることは期待できそうにない。



 進路を真北に変えてから、そろそろ1時間が過ぎたころ、後方5時の方向仰角20に機影が見えた。

 機影は4つ。

 方角からして味方の援護ではない事は確か。

 距離は約5000か……。

 敵が編隊を崩し、攻撃態勢に入った。

 少しでも時間を稼ぐために、急降下して速度を上げる。

 ただ複葉機なので、降下制限速度も300~400辺りで、降下して逃げ切ることはできない。

 空なので高度さえ保っていれば、前を見ていなくても電柱にぶつかることはないから、私は後ろに着く敵機に神経を集中した。

 敵は、やはりグラマン。

 後ろに着いた敵の主翼から出るオレンジ色の光を確認して直ぐに、操縦桿を捻る。

 速度は遅いものの、複葉機は小回りが利き、失速速度も低い。

 曳光弾が私の機の遥か後ろを通り過ぎ、敵のパイロットがその後を悔しそうにコッチを睨みながら通り過ぎて行く。

 “上手く避けられた”

 ただ問題なのは、コッチには攻撃手段がなく避けることしかできないこと。

 まるで子供たちの捕虫網に追い回されるモンシロチョウのように、ひらひらと躱し続けることしかできない。
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