対米戦、準備せよ!

湖灯

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★10年前の日本へ★

【マイナス10年】

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「回復しました」

「そうか……」

 透き通る少し甘い女性の声のあとに、なにか思惑のありそうな男性の声が薄っすらと聞こえた気がしたが私は起きることが出来なかった。







 それから少し経ったのか、あるいは長く寝ていたのかは分からないが、カーテンの揺らめきによる光と風の波により私は再び意識を取り戻した。

 風が心地よい。

 そして何の香りか分からないが、よい香りと優しく包まれるような丁度いい温もりを感じて目を開けた。

 目を開けると、そこには真っ白な綿の服と真珠色のボタンがあった。

 最初は何のことか分からなくて手を伸ばそうとして、すぐに気が付いて手を止めた。

 そこにあったのは医療従事者が着る白衣。

 よい香りも、丁度いい温もりも、その膨らみから溢れ出していた。

 “膨らみ⁉”

 よく見ると両脇の頂に、服の合わせ目が引っ張られている。

 “女性の胸だ‼”

 驚いてビクンと体を動かしてしまった私に気付いた女性が、何かの作業を続けたまま言った。

「あら、ごめんなさい。起こしちゃったのね」と。

 甘く透き通る声には、聞き覚えがあった。

 先に聞いた声。

 今度は感情が込められていた。

 いかなる人物なのだろう?

 しかし白衣の張り出した胸が邪魔をして女性の顔は見えない。

 そればかりか、女性が「よいしょっ」と言った瞬間、その胸が更に私の顔に覆いかぶさって触れた。

 布1枚か2枚を隔てて、体温だけでなく色々な何かが私の感情を揺さぶり、追い求めるように悪魔の叫び声をあげる。

 しかし感情とは裏腹に、私の体は1ミリも動かない。

 追い求めようとするものは、遠く離れて行こうとするのが世の常。

 まるでその言葉にならうように、白衣の胸は私の目前からゆっくりと宙に舞い上がった。



 離れて行く白衣の胸を追うように見上げると、そこには綺麗な長い黒髪の女性が居た。

 日本人の多くは、こげ茶色の瞳を持っているが、彼女の瞳は黒い髪と同様にまるで深い森にある泉のように透き通るほど綺麗な黒色をしていて驚いた。

「先生を呼んできますね」

 白衣の女性が、そう言って部屋を出て行く。

 女性は後ろ姿も綺麗だったが、そこで私は気がついた。

 正対していたときに、今まで彼女の胸と目しか見ていなかったことを。

 あれほど印象的な黒い瞳を持つ女性が、いかなる顔をしていたか見逃したことは戦場を分析する立場の私にとって痛恨の極みだ。

 これでは国が敗れるよりも先に、私自身が敗戦してしまう。



 あらためて部屋を見渡すと、天井も壁もパイプ式のベッドもそのベッドに使われている布団も全て白色だった。

 窓にかかる白いレースのカーテンが揺れる隙間から、ときどき外の景色が見える範囲では家や工場などは見当たらず、見えるのは木々の緑と青い空だけ。

 きっと田舎の病院か、療養所なのだと思うが、どうにも解せないのは掛けてある私の布団から外に出ている幾つかのコードとホース。

 ホースの方は点滴台に繋がっているのだが、コードの方は何やら得体の知れない機器に繋がっていた。



 しばらくすると2つの異なる足音が、廊下を足早に向かって来る音が聞こえた。

 ひとつはストロークの長い、重い足音。

 もうひとつはその足を追いかけるように小刻みなピッチを繰り返している。

 前者は黒い瞳の女性が「先生」と言った人物で、後者は黒い瞳の女性だろう。

 先生とはいかなる人物なのだろう?



 疑問に思うまでもなく、先生と呼ばれる人物はすぐに私の部屋にやって来た。

 キリっとした目鼻立ちに細い顎は少し神経質そうな印象を与え、肩幅は広く痩せている割には運動が出来そうな体型だがさほど日焼けはしていない。

 医師と言うよりは、なにかのスポーツをしていそうな感じを持っている。

 黒い髪には白髪が混じり、歳は40前後といったところか……。



 女性の方は二十歳前後の痩せ型に見えるが、脚が長く先ほど私の顔に覆いかぶさったように胸は普通の痩せ型の女性にしては珍しく豊かで、まるで映画で見た外国人女性のような体型。

 顔立ちの方はさっき黒い瞳に目を奪われて見忘れていたが、筋の通った少し高くツンとした鼻に薄めの唇、大きな瞳に加えこちらも先生と呼ばれる男同様に顎が細く卵を逆さまにしたような綺麗な輪郭の顔立ちだった。



「意識が戻りましたね。気分は、いかがでしょう?」

 男が話しかけ、私は初めて自分が意識を失っていた事に気付く。

「私は一体どのくらい意識を失っていたのでしょう?」

 私の問いに、なぜか男は困った顔をして女性と顔を見合わせてから答えた。

「マイナス10年」だと。
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