対米戦、準備せよ!

湖灯

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★第2次ノモンハン事件★

【それぞれの役割②】

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<17日PM12:30:飛行場に到着した、柳生義正>



 アルクサン・イエルシにある飛行場に到着した柳生は、先ず燃料に各種薬品などを調合してゲル状にする作業を整備兵たちとはじめ、6機の九七式重爆撃機の方に向かった。

 この爆撃機には本来入るはずの爆弾庫に爆弾を取り付ける柵はなく、そこには九六式25㎜機銃と九五式機銃射撃指揮装置が上下逆方向に剥き出しの状態で取り付けられている。

 整備兵によるチェーン状のケースに機銃弾の装填が終わるの待つ間に各部の点検を済ませ、それから1機ずつ動作確認を行う。

 海軍の艦艇で運用されているのと同様に、九五式機銃射撃指揮装置を操作するとリモートで機銃が動く仕組みだから射手が機銃と一緒に機外に出る必要はない。

 また燃料の調合を行っていた場所に戻り今度は手分けして、出来上がったその液体もどきを整備兵たちに増槽に移す際の注意点や移し方を説明しながら一緒に移し替える作業を行った。

 移し替える作業は思った以上に時間が掛かった。

 なにしろ液体を流し込むのとは訳が違い、まるで “ところてん” を突くように増槽のキャップから中に入れる。

 次回までに、この作業の効率化を図らねばならない事を思いながら整備兵と一緒に作業する柳生だった。



 戦闘機は幾度も飛び立っていったが、その日は結局用意した物を使う出番は来なかった。

 まだ制空権が確保できていると判断されていない状況なのだろう。

 何度も戦場に出向く戦闘機のパイロットたちには気の毒だが、制空権の確保が出来ていない状態で爆撃機を投入することは危険だ。

 それは護衛する戦闘機も同じで、彼らは常に敵戦闘機と味方の爆撃機の位置関係に注意する必要を強いられ、結局は追える獲物も追いきれず守るべき味方の爆撃機にも集中して守り切れないと言う中途半端な位置に立たされる。

 だからいま彼らは、敵機を叩くことだけに集中するための迎撃任務に専念してもらっている。

 そして制空権の確保が叶った暁には爆撃機の護衛だけでなく、その一部にはもっと大きな任務に就いてもらうことになる。

 おそらく戦局を一転させる強烈な一手となるだろう。そのときまで、我々は個々の役割に集中して取り組まなければならない。





<4月18日PM14:00:ノモンハン要塞、石原中将、第23師団より撤退要求の無電が入る>



 ノモンハン要塞に居る石原は、司令部にある大テーブルに並べられた刻々と変化して行く駒の動きを見ていた。



「第23師団佐藤大佐より無電! 撤退要求です‼」

 通信員からの報告に、石原はテーブルを見つめたまましばらく沈黙した。

 前任の小松原ならもっと早く撤退を要求してきただろうし、ここまで敵の戦力を削ぐことも出来なかっただろう。

 駒の配置を見ても、撤退は無難な判断だ。

 よくやった!

 石原の口角が微かに上がる。



「第23師団に返信! 撤退は容認できん!断固として現在の位置を死守せよ!」

「了解しました‼」



 通信員が第23師団に返信を送る中、石原は再びテーブルに置かれた駒に目を向けた。

 木で作られた駒の一つ一つは命の集団を表す。

 どの駒も減らしてはならないし、捨てても構わないような駒もない。

 この駒には必ず目に見えない糸で繋がっている家族が居る。

 司令官たるもの、そのことを忘れてはいけないが、そのことに惑わされてもいけない。

 駒は決して一つでは戦えないのだから……。





<PM14:15:ノモンハン要塞石原中将より指示を受けた、佐藤大佐の決断>



「ノモンハン要塞、石原司令より返信‼……」

 通信員が、そこで言い淀む。

「読め!」

「はっ! 撤退は容認できん!断固として現在の位置を死守せよ!」

 通信員が読み上げた内容は、こちらの要求にそぐわないものだった。

 だが佐藤はその答えを聞いて何故かホッとした。



 我々第23師団にとって、今が戦場でのターニングポイントだ。

 ここを見誤れば、犠牲者はどんどん増えて行き、抗戦能力は下がる。

「これより前線を500m下げる! 各部隊は部分撤退の訓練通り準備に入れ!」

「し、しかし、それでは司令部の指示に背くことになります……」

 部隊付き参謀が驚いて私に言った。

「かまわん! 責任は全て私が取る‼ 準備を急げ‼」

「はっ‼」



 責任の所在を明確にしたことで、部隊は一丸となって撤退の準備に取り掛かった。

 歩兵に限らず、古来陸上の戦いで一番難しいとされるのが、この撤退戦と言われている。

 敵に撤退を察知されれば、敵は勢いを増して責め立てて来て、味方は撤退の準備が整う前に崩れ出す。

 そうなれば個々の部隊間の連携は保たれず、集団はより小さな分隊、あるいは個人となり矢のように襲い掛かって来る敵の勢いに次々に飲み込まれてしまう。



 これ程の大群を持って攻めて来る相手だから、おそらく敵は我が方の通信も傍受しているに違いない。

 日本軍にとって上官の命令は死よりも重い。

 だから石原司令から撤退を拒否された今こそが、撤退のチャンスと判断した。
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