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★第2次ノモンハン事件★
【大本営発表】
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<4月24日午後2時:東京、大本営>
「どうするの? この戦果報告」
薫さんが、私に聞いた。
大々的に報道をすれば多くの国民が喜ぶことは間違いない。
日露戦争を大勝利で終えた事を報道したあとには、各地で戦勝を祝うお祭りが催されたと聞いている。
戦争が勝利で終わったことは好ましい。
だが、報道としての扱いは難しい問題をはらむ。
前史のように、国威高揚の目的で大々的に取り扱えば、国民の多くは華やかな戦果に惑わされて一時の間、平和の大切さを忘れてしまう。
そしてその一時の隙間に、悪魔が忍び込む。
忍び込んだ悪魔によってもたらされる過ちは、次々に過ちを重ねていき、その過ちに気付いたときにはもう手の施しようのない状況に追い込まれているのだ。
前史においては、
柳条湖事件(1931年、昭和6年)
満洲国建国宣言(1932年3月)、五一五事件(同年5月)
国際連盟脱退(1933年)
ロンドン軍縮会議(1936年1月)、二二六事件(2月)
盧溝橋事件(1937年7月)、第二次上海事変(8月)、戦時統制経済開始(12月)
国家総動員法公布(1938年4月)、灯火管制開始(4月)、張鼓峰事件(7月)、国際連盟加盟国による対日経済制裁(ABCD包囲網)開始(9月)、日本軍、広東占領(10月)
と主に中国大陸で戦争は続き、やがて太平洋戦争に突入していった。
その間にも
宮崎工作(1937年7月)、船津和平工作(同年8月)
宇垣工作(1938年5月)
姜豪工作(1939年1月)
など、日中間の戦争を止めようとする動きは、政府・民間・軍部を含めて幾度もあったものの、その全ては失敗した。
戦争を始めることは簡単だが、終わらせることは非常に難しい。
だから私は、この戦いを、戦争と言う悪魔に利用されないように慎重にまとめたものを陛下に見せて許可を取り発表することにした。
原稿がまとまり陛下のお伺いを立てるため侍従長の鈴木貫太郎に連絡を取ると、何やらいつもの気さくな声ではなく重々しい声で拝謁の許可をもらった。
午後3時、皇居に着くと、さほど待たされることなく陛下が待つ部屋に通され、挨拶をして陛下に原稿をお渡しした。
陛下は受け取った原稿に静かに目を移す。
時計の音が響く。
しばらくして原稿がカサッと小さな音を立てて机に置かれた。
陛下は静かな目で私を捉え、私は失礼なのかもしれないがその目を捉えてしばらく無言のまま見つめ合っていた。
どのくらいそうしていたか分からない。
ほんの数秒かも知れないし、数分だったのかも知れない。
やがて陛下は再び原稿を取ると、仰った。
この原稿には、報道の基本とされる5W4Hの、Who(誰)が抜けているが構わないのかと。
この場合のWhoとは鎮圧部隊の直接指揮を執った石原中将であり、それを許した関東軍司令の植田大将のこと。
私は恐れながらと前置きしたあと、Whoが付かない訳を説明した。
これが戦争であり、国民へ戦意高揚を煽る必要があるのなら、我が軍の司令官や英雄的活躍をした者の名前を出す必要があるかも知れない。
しかし、これは戦争ではなくソビエトという悪党により一方的に仕掛けられた事件であること。
現に我々に非は無く、石原中将は越境部隊を鎮圧することに務めたが、自ら軍を率いて敵側に越境攻撃を仕掛けることもなく植田総司令官もそのように指示はしなかった。
事件である以上、悪党を成敗することは当たり前のことであり、たとえ凶悪な殺人犯を勇敢な警察官が捕まえたとしても、報道はただ役目を全うした警察による犯人逮捕という報道しかしない。
勇敢な警察官は、その警察官を管轄する警察内部で褒め称えれば良く、英雄に仕立てる必要もない。
彼は職務を全うしただけで、彼の功績は次の誰かが必ず引き継ぐだろう。
それによって警察の能力は上がり、日本の治安は良くなる。
評価は英雄を祭り上げることではなく、そのことによって得られた事実。
事実が良い方向に進むのであれば、英雄と言う個人が居なくとも社会は良い方向に進み、個人では成し得なかったもっと大きな信頼を産むのだと思う。
私は失礼を承知で、陛下にその事をお伝えした。
陛下は私の言葉を最後まで聞いてくれ「よろしい」とだけ言ってくれた。
挨拶をして退席した私は、直ぐに帰ることは許されず、しばらく待つように言われた。
待ち時間は拝謁する前よりも長かった。
しばらくすると鈴木侍従長が2枚の封書を持ってやって来て、車に乗って大本営まで一緒に行った。
午後5時、大本営のある市谷に着き見送ってくれたお礼を言おうとすると私に原稿を持ってそのままラジオ局に行くように言うと、自らは海軍軍令部と陸軍参謀本部に用がある旨を伝えて、私の肩をポンと叩いて「ご苦労様」と陽気に言って別れた。
《大本営陸軍部発表、満州国ノモンハン付近で発生したモンゴル、ソビエトによる越境に端を発した国境紛争は1週間にわたる戦闘の末、越境勢力約8万の大軍を退けることに成功した。我が方の損害は死傷者約2500名であったが、これは決して少ない犠牲とは言えず、この戦闘が無ければ失わずに済んだ犠牲であり、極めて重大な犠牲を強いられたことは否めず、国際社会を通じて2度とこのような事件が起こらないように訴えると共に、政府ならびに軍民一体となり平和への努力を怠らないものとし、それこそが犠牲になった兵士ならびに兵士の家族・友人の悲しみに報いるものと考える》
「どうするの? この戦果報告」
薫さんが、私に聞いた。
大々的に報道をすれば多くの国民が喜ぶことは間違いない。
日露戦争を大勝利で終えた事を報道したあとには、各地で戦勝を祝うお祭りが催されたと聞いている。
戦争が勝利で終わったことは好ましい。
だが、報道としての扱いは難しい問題をはらむ。
前史のように、国威高揚の目的で大々的に取り扱えば、国民の多くは華やかな戦果に惑わされて一時の間、平和の大切さを忘れてしまう。
そしてその一時の隙間に、悪魔が忍び込む。
忍び込んだ悪魔によってもたらされる過ちは、次々に過ちを重ねていき、その過ちに気付いたときにはもう手の施しようのない状況に追い込まれているのだ。
前史においては、
柳条湖事件(1931年、昭和6年)
満洲国建国宣言(1932年3月)、五一五事件(同年5月)
国際連盟脱退(1933年)
ロンドン軍縮会議(1936年1月)、二二六事件(2月)
盧溝橋事件(1937年7月)、第二次上海事変(8月)、戦時統制経済開始(12月)
国家総動員法公布(1938年4月)、灯火管制開始(4月)、張鼓峰事件(7月)、国際連盟加盟国による対日経済制裁(ABCD包囲網)開始(9月)、日本軍、広東占領(10月)
と主に中国大陸で戦争は続き、やがて太平洋戦争に突入していった。
その間にも
宮崎工作(1937年7月)、船津和平工作(同年8月)
宇垣工作(1938年5月)
姜豪工作(1939年1月)
など、日中間の戦争を止めようとする動きは、政府・民間・軍部を含めて幾度もあったものの、その全ては失敗した。
戦争を始めることは簡単だが、終わらせることは非常に難しい。
だから私は、この戦いを、戦争と言う悪魔に利用されないように慎重にまとめたものを陛下に見せて許可を取り発表することにした。
原稿がまとまり陛下のお伺いを立てるため侍従長の鈴木貫太郎に連絡を取ると、何やらいつもの気さくな声ではなく重々しい声で拝謁の許可をもらった。
午後3時、皇居に着くと、さほど待たされることなく陛下が待つ部屋に通され、挨拶をして陛下に原稿をお渡しした。
陛下は受け取った原稿に静かに目を移す。
時計の音が響く。
しばらくして原稿がカサッと小さな音を立てて机に置かれた。
陛下は静かな目で私を捉え、私は失礼なのかもしれないがその目を捉えてしばらく無言のまま見つめ合っていた。
どのくらいそうしていたか分からない。
ほんの数秒かも知れないし、数分だったのかも知れない。
やがて陛下は再び原稿を取ると、仰った。
この原稿には、報道の基本とされる5W4Hの、Who(誰)が抜けているが構わないのかと。
この場合のWhoとは鎮圧部隊の直接指揮を執った石原中将であり、それを許した関東軍司令の植田大将のこと。
私は恐れながらと前置きしたあと、Whoが付かない訳を説明した。
これが戦争であり、国民へ戦意高揚を煽る必要があるのなら、我が軍の司令官や英雄的活躍をした者の名前を出す必要があるかも知れない。
しかし、これは戦争ではなくソビエトという悪党により一方的に仕掛けられた事件であること。
現に我々に非は無く、石原中将は越境部隊を鎮圧することに務めたが、自ら軍を率いて敵側に越境攻撃を仕掛けることもなく植田総司令官もそのように指示はしなかった。
事件である以上、悪党を成敗することは当たり前のことであり、たとえ凶悪な殺人犯を勇敢な警察官が捕まえたとしても、報道はただ役目を全うした警察による犯人逮捕という報道しかしない。
勇敢な警察官は、その警察官を管轄する警察内部で褒め称えれば良く、英雄に仕立てる必要もない。
彼は職務を全うしただけで、彼の功績は次の誰かが必ず引き継ぐだろう。
それによって警察の能力は上がり、日本の治安は良くなる。
評価は英雄を祭り上げることではなく、そのことによって得られた事実。
事実が良い方向に進むのであれば、英雄と言う個人が居なくとも社会は良い方向に進み、個人では成し得なかったもっと大きな信頼を産むのだと思う。
私は失礼を承知で、陛下にその事をお伝えした。
陛下は私の言葉を最後まで聞いてくれ「よろしい」とだけ言ってくれた。
挨拶をして退席した私は、直ぐに帰ることは許されず、しばらく待つように言われた。
待ち時間は拝謁する前よりも長かった。
しばらくすると鈴木侍従長が2枚の封書を持ってやって来て、車に乗って大本営まで一緒に行った。
午後5時、大本営のある市谷に着き見送ってくれたお礼を言おうとすると私に原稿を持ってそのままラジオ局に行くように言うと、自らは海軍軍令部と陸軍参謀本部に用がある旨を伝えて、私の肩をポンと叩いて「ご苦労様」と陽気に言って別れた。
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