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主治医である私の、大切な患者。
しおりを挟む「大変です先生!! カノン様がいません!! 」
動きやすい白の制服を着た看護師は、カノンの主治医であるタクトの医室に飛び込んだ。
「またですか!! 出入り口で倒れてはいませんか? 」
「それが、病院内何処にも見あたりません。」
「しまった。」
主治医タクトは唇を噛んだ。
近頃大人しく治療を受けていたカノンに、世話をしていた看護師も気を緩めていたようだ。
それだけではない、大人しく治療を受けていたお陰で少しは体力をカノンは取り戻してもいた。
「行き先は分かっています。私が迎えに行きましょう。」
タクトは白衣を脱いだ。
「先生、患者さんは? 」
「他の医師に回して下さい。カノン令嬢は私が確保して来ます。」
そう言うとタクトは足早に病院を後にした。
タクトには解っていたカノンの行き先は十中八九彼の所だと。
「そう、オスカー・フォン・ティアック。彼の所ですね。」
タクトの目から見ても、カノンはオスカーに異常なほどの依存を見せている。
それは彼に婚約者が出来た頃からは傍から片時も離れる事を拒むように。
「それ程彼を好いているのか。幼い頃から見ているが、余りにも哀れだ。」
タクトがカノンに会ったのは二十歳の時であった。
学院を優秀な成績で卒業したタクトは、恩師に勧められてカノンの主治医となった。
とにかくカノンは自分を健康だと偽りオスカーに縋り付く。
オスカーの行く場所には必ず付いて回っていた。
そして、とことん医者を毛嫌いしていた。
「わたくしは健康ですわ、おかえりになって。」
黒尽くしのお人形のような少女はタクトに会った途端に、虚勢を張った。
「お医者さまは、わたくしを病弱にするのですわ。大きらいですわ。」
カノンは蒼白い顔をしてぷるぷると震えながら言っていた。
「わたくしは健康ですわ、だからお兄さまと何処へでも行けるのですわ。」
今にも泣き出しそうな顔でオスカーの後に隠れる。
そんなカノンをオスカーは主治医タクトに差しだした。
「よろしくお願いします。」
「お兄さま、ひどいですわ。」
カノンはタクトから逃げ出すように走った。
「カノン、こけるぞ。」
オスカーの冷たい声。
その声の通り、カノンは直ぐに転けた。タクトは駆け寄りカノンを助け起こす。
「ひどいですわ、お兄さま。」
「大丈夫ですか? カノン様。」
「お医者さまは嫌いですわ。」
支える手を払い除けると、気丈に自分の力だけで立とうとする。
「わたくしは、健康ですわ!! 」
言い張る。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ。」
「カノン様、落ち着いて下さい。」
「カノン、大声を出すからだ。」
達観した十二歳の少年オスカー。
「わたくしは、けんこう……ごほっごほっごほっ、ゴボツッ、」
血を吐いた。
「カノン様!! 直ぐに検査を。」
「大丈夫だよ、何時もの事だ。興奮するとカノンは血を吐くんだ。」
冷たい目で見る少年オスカー。
「大丈夫じゃありません。血を吐くとは、」
「血じゃありませんわ! 先ほど飲んだぶどうジュースですわ。」
「無理あるだろう、それ。」
言い張るカノンに、達観したオスカー。タクトは何を見ているのか、理解するのに時間をようした。
「わたくしは健康ですわ、だからお兄さまとゆうえ、ゴボツッ!! 」
「血を吐かなくなったらな。」
「カノン様!! 」
カノンは貧血で倒れた。
「あれは衝撃的な出会いであったな。」
十歳の少女が気丈に振る舞う姿に感動を覚えたものであった。
その気丈さは幼馴染みの御兄様オスカーに注がれたものであった。それは今も変わらない。
「哀れだ。体が丈夫で無ければ結婚も出来ない。」
貴族は血を残すことが、義務のようになっている。
「哀れだ。オスカー殿は婚約者のルミナス嬢を愛している。」
二人の中に、カノンに入る統べはない。
「哀れだ。カノン・フォン・アプリコット侯爵令嬢。」
主治医タクトは目を伏せる。
彼はカノンがオスカーに向ける思いを勘違いしていた。
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