フィライン・エデン Ⅲ

夜市彼乃

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12.文武抗争編

59文武抗争 ②

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 霊那の隣に、薄紫の天然メッシュが鮮やかな白髪の少女が顕現した。
 シルクは依然、無防備に立っている。手荒な真似をする必要はない。目的は、拘束だ。
 ビッ、と音さえ立てそうな鋭さで、霊那の刀印がシルクの足元に向けて突き付けられた。伸びた人差し指と中指の先、シルクの両足がついている地面に五芒星が展開される。
 星術・五針郭。捕縛に特化した術だ。
 枷として機能するのに一秒もかからない。にもかかわらず、それよりも早く、シルクは素早く地を蹴って、術の効力範囲内から脱していた。
「くっ!」
 やむを得ず、右の手のひらを突き出して言霊を唱える。星飛礫ほしのつぶて――攻撃系の星術の中でもシンプルかつ威力の低い技を連用し、霊那を中心に大きく円を描くように走り続けるシルクの足元に次々と撃ち込んだ。
 シルクは涼しい顔のまま、低姿勢で走り続ける。一度、バランスを崩したのか地面に手をついたが、無造作に持ち直して、反時計回りに疾走する。
「なかなかフットワークの軽い研究者じゃないか……!」
 何か策を講じようとしているのは明白だ。このままいけば、先に体力が尽きるのは動き続けている方に決まっている。
 だが、先手を打つにしても、あまり威力の高い技を放つのは控えたい。星術は攻撃系のものが多いのがネックになっている。
 撫恋の声は止んでいた。連絡が終わったのだ。
 一度、彼女に交代して――。
「隊長っ!」
 今まさに呼ぼうとした相手に逆に呼ばれ、一瞬呆けた。
 声がした後方を振り向く。彼女の目の前で、背中をかばうように立ちはだかった撫恋の右腕に、太くしなやかなつるが絡みついた。
「撫恋!?」
 少し離れた地面から伸びたつるは、抵抗する撫恋と彼女を引きずり寄せようとする力の間で、びいんと張りつめていた。
 そのつるの発生地点を見て、霊那は息をのむ。
 そして、振り向くと、手を腰につんと立つシルクをにらみつけた。
「……さっき手をついたのは、ガーデニングか」
「そ。早業でしょ」
 一瞬の間に、撓葛しなりかずらの発生位置を源子に指示していたのだ。撫恋が気づかなければ、霊那は背後から捕らえられ、抵抗する余地もなく引きずられていただろう。
「まずは一人」
 伸びろ、撓葛。
 そう言って、シルクは手元に新たなつるを召喚し、撫恋へと差し向けた。束縛を強固にする気だ。
 だが、霊那は彼女を
「見捨てるんだ?」
「いいえ」
 撫恋が凛と言い放つ。その右腕に、そして新たに胴体に絡みついた青々としたつるに、寿命を言い渡す。
「見込まれているだけです」
 撫恋が念じるそばから、つるは一気に老い、茶色く朽ちてばらばらと落ちていく。
 植物の発生をつかさどる者は、その死をもつかさどる。
「……君も、草猫」
「閉じ込めろ、五針郭!」
 地表の星が光を放つ。撫恋に気を取られていたシルクは、一瞬の回避の隙を逃した。神秘的な星の幽光は、細い両足をつかんだが最後、離さない。
「観念しろ、学院。そこでおとなしくしてろ」
 腕を下ろした霊那のもとに、手を払いながら撫恋が歩み寄ってくる。二人の視線を受けながら、シルクはふうっと息を吐いた。
「わかった、いったんおとなしくするよ。……ね」
 突如、その体を巻き上げるように、突風が吹いた。
「なっ……!」
 霊那と撫恋もあおられかけて、顔をかばいながら足を踏みしめる。宙に浮き、放物線を描いて飛ばされたシルクは、離れたところへそっと着地した。その足は、既に自由だ。
「風……!?」
「っ!」
 霊那と撫恋の肌感覚が、斜め前の枝葉の影に気配を認めた。影も自分が見つかったことに直感的に気づいたらしい。ちょこちょこと枝の先端に向かって歩くと、しなやかに跳び、宙を舞った。シルバーグリーンの美しい毛並みの猫は、音もなく地面へ降り立つころには、ウェーブがかった長い髪がつややかな少女に変化していた。
 彼女は、土と草のにおいであふれかえる中で奏でるには場違いな、透き通った美しい声で名乗りを上げた。
「音響学研究科・七海ななみ研究室所属、透里麗楽です」
「……またうまく隠れてたな」
「お褒めに預かり光栄です」
 言葉とは裏腹の容赦ない暴風が、二人を襲った。
 前へ進むどころか、目も開けていられない。これでは向こうもこちらへ近づけまいが、奇襲を仕掛ける隙は作れよう。
 彼女らのペースから逸れなければならない――そう思う霊那の耳元に、上品な声がささやいた。
「しゃがんで」
 言われるままに腰を落とす。直後、同じ声が唱えた。
そびえろ、枢木くるるぎ
 地面を突き破る音。同時に、風が止んだ。正確には、ようやく満足に開けられるようになった目の前にそびえたった、一メートル半ほどの木の壁が風を遮っているのだ。ゆえに、霊那と撫恋が身を寄せ合ってやっと隠れるほどの即席の壁から少しでも出れば、相変わらずの暴風域だ。
「サンキュ、撫恋」
「その場しのぎです。この後が問題かと」
「戦闘員でもないヤツがそう長く術を使っていられるとも思えんな。息継ぎの合間に飛び出すぞ」
 そう言いながら、息継ぎまで待つ必要もないだろうと霊那は読んでいた。
 この嵐の中では、シルクも霊那と撫恋に手出しすることはできない。また、強固な木の壁は崩れる気配を見せていない。つまり、このままではただ膠着状態が続くだけなのだ。それであれば、無駄を省いて体力を温存すべく、すぐにでも風術を止めるだろう。
 彼女の読みは正しかった。
 まもなくして、強い風は、後に緩やかなそれを長い尾のように伴いながら過ぎ去っていった。
 霊那が、飛び出す。
「転がれ、星飛礫!」
 ビシビシッ、と地を穿つ弾丸が、シルクの足元を牽制した。たたらを踏んで後ずさった彼女だが、そうしながらも手のひらからつるを伸ばす。
 同時に、もう一本のつるが反対側から伸びた。よく似た容貌の二本の撓葛は、我先にと空中を駆けながら互いにすれ違うと、それぞれ霊那の右腕と麗楽の両手を拘束した。
 だが、両者とも焦りを見せない。双体時に限っては、縄抜けの秘術がある。
 霊那と麗楽、二人同時に、。その腕が小さな前足に縮むと、できた隙間を利用し、撓葛の拘束からすり抜けた。
 すぐさま、もう一度人間の姿をとった霊那が苦笑いする。
「こりゃ、撓葛での拘束は条件そろわないと厳しいぞ」
「透里麗楽さんを、主体の時に、湯ノ巻シルクさんから遠ざけた状態で、ですね」
 双体で縛っても抜けられる。草猫のシルクがそばにいれば枯らされる。そのシルクは、五針郭で捕らえるしかないだろう。
「ダーク討伐よりめんどくさいな」
 霊那は悪態をつきながら、再び両手のひらを前に掲げた。何発もの星の銃弾が、シルクと麗楽の間を分かつ。
 逃走方向を巧みに操作され、シルクは麗楽からの距離を余儀なくされた。そこへ、地を這う五芒星の枷が襲い掛かる。
「閉じ込めろ、五針郭!」
「伸びろ、撓葛」
 回避を放棄したシルクの両足を、再び五針郭が捕らえた。相打ちで、シルクの放ったつるが霊那の右手に絡みつく。
「何度やっても同じだ!」
 双体から主体に戻るというプロセスをたどれる限り、この程度の拘束は何ということもない。
 霊那は、無造作に小さな猫の姿に変化――しようとして、冷や汗が吹き出すとともに、慌てて主体化を中断した。
 つるは、素早くもう一本放たれていた。霊那の首に巻き付き、近くの木の枝に伸びていた。
 腕と違い、首は捕らえられると、猫の姿に戻ったとて、頭部が引っかかってすり抜けることができない。その状態で体が縮んで、今立っている地面に足がつかなくなれば、体重は上から吊り下がっているつるにかかることになる。
 一つ判断を間違えれば、首を吊る羽目になっていた。
「隊長、枯らします! 着地して!」
 撫恋がつるに枯死を命じる。首の、そして右腕のほだしが解かれ、霊那は息あるまま地上に戻ってきた。
 引き換えにシルクの足止めに成功した。あとは麗楽の風で逃がされないよう牽制するのみ――と思ったのもつかの間、シルクは手の内に握った別のつるの先端を木の枝に固定し、収縮させてその場から逃れた。
 別の場所にとん、と着地して、無表情に告げる。
「五針郭はその部位を物理的に固定するわけではなく、自発的運動を阻害する術。とある猫力学者の入れ知恵」
「くっ……!」
 歯噛みする霊那の声に、伸びやかな言霊が重なった。
「渦巻け、旋風」
 風は局所的に、撫恋の周囲で巻き起こった。身構える彼女を四方から囲むように、人の背丈ほどの竜巻が四つが巻き起こると、まるで「かごめかごめ」を早回しにしたように時計回りに回りだす。
 さらに。
「刈れ、鎌鼬」
 それぞれの竜巻に絶妙なタイミングで差し入れられた鎌鼬が、中で洗濯機の中身のように激しく暴れ回る。ただの風の流れと侮って近づけば、周回の外に出た時には出血は免れないだろう。
「風の流れに沿わせれば、鎌鼬は旋風と調和し、疑似的な巻状鎌鼬けんじょうかまいたちを生み出すことができる。とある猫力学者ちゃんからの入れ知恵です」
「いらんこと教えやがって、猫力学者・某氏」
 吐き捨てながら、霊那の指先が再びシルクを向いた。足元だけでなく首にも枷のような五芒星が展開される。同時、霊那の胴体につるが巻き付いたかと思うと、木の上の太い枝を利用した定滑車の原理で体を浮かせる。その真下に、火あぶりの刑の炎のように、鎌鼬が渦を巻いた。風を呼んだ麗楽の周囲に極太の根がいくつも斜めに屹立し、さらに足元を五針郭が固めたのはその直後だ。
 その一瞬の応酬の後、誰一人として動こうとはしなかった。
 鎌鼬に囲まれた撫恋は移動できない。霊那を吊るし上げる撓葛を枯らそうものなら、彼女は落下し、下で待ち受ける風の刃の餌食になる。
 同じ理由で、霊那自身が主体に戻って縄抜けをすることも許されない。
 シルクは足を動かすこともできなければ、首を回すこともできず、脱出用のつるを伸ばしてつかめるものを視界に入れることができない。
 うららも足も地面に縫い付けられているうえ、周囲を封鎖する木の根がシルクの視界に入っていない以上、草猫の特権行使も期待できない。また、狭い場所での鎌鼬も危険だ。
 四名は、完全に膠着した。
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