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【第一章】「腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。」
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しおりを挟む【第一章】
「腹黒王子と俺が“擬装カップル”を演じることになりました。」
—————————
静かな朝だった。
窓から差し込む光がやたら神々しくて、思わず手を合わせたくなる。
いやまあ、今日は特別な日ってわけじゃない。
ただ——尊い日だ。
生徒会室のドアを開けた瞬間、空気がふっと変わる。
この空間には、俺の“推し”がいる。
護堂要先輩、生徒会長。強引で偉そうで、俺のことは雑用係としか思ってない俺様男子。
その隣にいるのが、立宮凪くん。どこからどう見ても女の子にしか見えない儚げな美少年。
目が合うと「おはようございます、美咲くん」って、にこっと笑ってくれるんだけど……
その笑顔がもう罪。癒しであり、主食であり、俺の生活の支え。尊い。
そして、王子様系男子・天瀬晴人さん。風紀委員長。
俺と同じ2年生なのに、風紀委員長を務めてて、常に温和な完璧王子様。
——この三人、まさかの幼馴染。
もう並んでるだけで、俺の中の腐男子センサーはフル回転だ。
会長の強引な指示に、凪くんがちょっとムッとした顔をして反論。
すると会長が「うるせえ」とか言いながら書類を渡すんだけど……その指先が、ちょっとだけ凪の手に触れて——
……はぁぁ、何それ何それ!?
ちょ、今のシーン保存したいんだけど!?
いや、実在の人間をネタにするのは倫理的にあれだってわかってる。
でも! 推しが自然に並んで存在してくれてるんだもん、俺の創作魂が燃えないわけがない!
「根津、おい」
「……はっ!? は、はい! なんでしょう会長!!」
「お前、書類の仕分け、まだ終わってねーだろ。ボケっとしてんな」
「すみませんっ!! いますぐ!!」
うわ~~~やばい、怒られた。
でも怒られ方が俺様系で最高だし、それに凪くんが「そんなに怒らなくても……」って小声で言ってるのも最高。
なにこれ供給が多すぎて処理が追いつかない。
俺は今、幸せな地獄にいるのか?
***
昼休み——
事件は、突然起きた。
俺がBクラスの教室で弁当を広げた直後だった。
廊下がざわつき始める。誰かが叫ぶ。
「見た!? マジで!? 本物!?」
「どこ!? コピーじゃなくてホンモノ!?」
何ごとかと思って廊下に出た瞬間、視界に入ったのは——掲示板に貼り付けられた新聞部の暴露記事。
⸻
『桜葉隚最大のカップル誕生!?
会長と“姫”の、衝撃の手つなぎデート写真』
~編集部が突き止めた二人の秘密な関係~
⸻
手が、震えた。
印刷されていたのは、昨日の放課後、校舎裏を歩く二人の姿。
凪と——会長が、確かに手を繋いでいた。
いや、そんな、嘘だろ……?
たまたま手が触れただけじゃ……? 不自然な角度じゃなかった!? 加工じゃないのか!?
いやいやていうか、あの三人なら手を繋ぐくらいセーフじゃない!!?
……違った。
記事の中には、生徒数人の目撃談までしっかり書かれていた。
「最近、一緒に帰ってるところを見た」とか、「凪くん、よく生徒会長室に入り浸ってる」とか。
なんだよそれ。
いや知ってたよ? なんとなく、気配はあった。
でもさ、それってあくまで“尊い関係”であって、“公式”じゃないから良かったのに!
——俺の、俺の中で……推しカプは未完成のままだから美しかったんだよ!!!
放課後、俺はいつもの席で泣き崩れていた。
騒ぎになった廊下には会長と凪くんもすぐに来た。
けろっとした顔で凪くんは「あらら、バレちゃった」なんて軽い感じで肯定して……
冗談だろ? いつもの姫の冗談だよな?
そう願った俺の目の前で、会長まで「別に隠してたわけじゃない」とか抜かしやがった。
いや、うん。分かってた。なんとなく分かってはいたよ?
でもさ?
あんたら、お互いに“親衛隊”とかいうファンクラブができるくらいの人気者なんだからさ?
もう少しスキャンダルに抵抗とかしてくれてもいいじゃないの、と思った。
騒ぐ生徒達を、どこからともなく現れた風紀委員たちが律する。
気付けば風紀委員長もそこにいて、彼は知ってたのか知らないのか、「……ひどいなぁ」と呟いていた。
思わず頭に浮かぶのは、会長×風紀委員長、風紀委員長×凪くんの妄想。
いやいや、俺だってモラルのある人間。
流石に傷ついてる人をネタになんてしない。……しないよ、うん。
幼馴染だし、一人弾かれた寂しさもあるのかもしれない。
俺は何も聞かなかったことにして、教室に戻った。
——が。やっぱり納得がいかない!!
いや、会長と凪くんが結ばれたことは良いことだよ。
俺の妄想は別として、あの二人が幸せならそれでいい。
でもさ?
「もう公然の仲になったから堂々としてくるわ」って、生徒会の仕事を放り投げて凪くんの部屋に行った会長のことは許せない!
あーでも、交際発表ではしゃいで受けに会いに行っちゃう攻め……可愛いー!!
くそ、めちゃくちゃ迷惑は被っているのに、精神的にはむしろお釣りがくるほど潤ってしまう……。
俺は、誰もいない生徒会室で、推しカプの誕生と推し関係の破綻に、泣き喚きながら喜んでいた。
そのとき。
生徒会室の扉が、静かに開いた。
背後から声をかけられ、俺は慌てて顔を上げる。
春風のように柔らかい声。
さらさらの金髪に、青みがかった瞳。
芸能人が霞むほど整った顔面偏差値に、涼しげな物腰。
学園の誰もが“王子様”と呼ぶ風紀委員長——天瀬晴人が、そこに立っていた。
……うん、今の俺、絶対に見せられた顔じゃない。
涙目で机に突っ伏してたし、きっとひどい。
「君、泣いてた? 目、赤いよ」
声は優しかった。まるで、心の傷にそっと絆創膏を貼るような。
だけどこの人、あまりにも完璧すぎて、どこか現実感がない。
いやいや、胡散臭いとか言ったら駄目だよな……。
ただ、ああいう“なんでもできちゃう人間”って、
漫画とかだとたいていCV石●彰で裏切るから、つい身構えてしまうというか——
「……ああ、ごめん。こんなときに入ってきて。ひとりにしてほしかった?」
目を合わせたまま、風紀委員長は軽く頭を下げた。
優しげな笑み。演技かどうかなんて、俺にはわからない。
けどこの人、どんな場面でも“正しい顔”を崩さないんだよな。
ほんとに、完璧だ。
「でも、ひとりで抱え込むのはよくないよ? 僕もさ、置いて行かれるのは、慣れてないから……」
……え。
その一言が、胸に引っかかった。
まさか、風紀委員長も……凪のこと、好きだったのか?
妄想じゃなくて!? そんな、美味しい展開が!!?
さっきの新聞部の見出しが脳裏をよぎる。
『生徒会長と“姫”の交際、発覚!』
『あの三人組に、ついに決着か!?』
俺の推し三角関係は崩れた。
そしてきっと、風紀委員長は……俺と違う理由で悲しんでいる。
「……君も、凪のことが好きだったんでしょ?」
やっぱり。
いや、違うんだけど。
俺の好きは、そういう“好き”じゃなくて、もっとこう、作品的なというか、尊さへの課金というか——
って説明しようとしたけど、風紀委員長の顔が思ったより切なそうで、何も言えなくなった。
うわー、まじか。まじの三角関係だったのか。
仲が良い幼馴染。毎日生徒会室に3人で入り浸るくらいお互いのこと大好きなんだもんな。
幼馴染としてのけ者にされただけでも辛いのに、失恋まであるのか……。
「あ……うん。分かる、よ」
俺が天瀬の言葉に同調するように頷くと、彼は一瞬、目を伏せた。
……笑ってた。けど、どこか空気が冷たくなった気がした。
気のせい……だよな?
「振られた者同士ってことでさ……悪くないでしょ?」
……え?
「僕と、付き合ってみない?」
…………は?
口がぱくぱくする。声が出ない。思考が飛んで、再起動が間に合わない。
「嘘でもいいよ。ただ、周りに誰かがいるって思えるだけで、人って案外、楽になるものだからさ」
さらっと言うけど、今、めちゃくちゃとんでもないこと言われてないか、俺……?
いやいや、だって、風紀委員長だよ?
王子様で? 俺みたいな平民に?
いや、これはあれか?
上流階級が哀れな庶民に手を差し伸べる系の……え、ってことは俺が風紀委員長の相手ポジ??
いやいやちょっと、流石に武が悪いというか、釣り合わないにも程があるというか……。
風紀委員長の青い瞳に覗き込まれて、気付けば声が漏れていた。
「……はい。付き合います」
言ってた。口が。完全に脳がやられてる。
でも、断れなかった。
いっつも完璧なこの人が“置いていかれた”って寂しそうにしてるのなんか初めて見たし、
少しくらい支えてもバチは当たらないだろう。
それに……この人がそう言うなら、まあいいか、って。
風紀委員長は、すっと立ち上がって、机に置いていた手を離した。
「ねえ……僕と恋人のふりでもいいからさ、一緒にしてみようよ。
君には、それが一番似合ってると思うから」
一瞬、笑ったように見えたけど——
……なんか、目が笑ってなかったような。
でも、まあ、きっと気のせいだよな。
……うん、そうだ。多分。
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