【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)

文字の大きさ
4 / 37
【第一章】「腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。」

3

しおりを挟む




放課後、生徒会の雑務を終えた俺は、ため息をつきながら寮の廊下を歩いていた。

新しい部屋番号が書かれた紙を、何度も見返しては、ため息を吐く。
番号は……風紀委員長の部屋。
つまり、もうそこが俺の部屋になるってことだ。

一応、自室に戻って私物をまとめてきた。
といっても、俺の生活用品なんて段ボール一箱ぶん程度。

委員長の部屋に“間借り”する形になることは、誰の目にも明らかだった。

 

——コンコン。

部屋のドアを軽くノックすると、すぐに「どうぞ」という声が返ってきた。

開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、やたら整った部屋だった。
ベッドメイキングは完璧。本棚の背表紙は色順に並び、引き出しの取っ手にさえホコリがない。

なにこのモデルルーム。写真撮影の直後かよ。

そして、部屋の中央。
真新しい布団が、床に敷かれていた。

……え?

 

「いらっしゃい、根津くん」

 

笑顔のまま、風紀委員長——晴人が、俺を出迎える。

「ベッドは、君が使って。僕は床でいいから」
「え、いや、ちょっと、それは……!?」

慌てて否定しかけたけど、晴人は笑顔を崩さない。

「君、眠り浅いでしょ? 寝言も言うって聞いたし、硬いベッドのほうが逆に落ち着くかもしれないしね」

どこ情報!? と思いつつ、突っ込むタイミングを見失った俺は、結局——

「……すみません」

と、頭を下げてしまった。

 

カバンを降ろして、ベッドの端に座る。
自分の存在だけが、この部屋の整然とした空気を壊しているようで、妙に落ち着かない。



「……なんか、ごめんなさい。迷惑、かけてますよね」

 

そう言うと、晴人は少し首を傾げた。

「なんで謝るの?」
「だって……俺たち、あくまで“偽装”ですし。
風紀委員長は、他にもっと気の合う人とか……」
「根津くんじゃなきゃ、だめなんだよ」

 
言葉の切れ味が、一瞬鋭すぎて、思わず言葉を飲んだ。

「……どうして、ですか?」
「君って、余計なこと言わないし。騒がないし。……裏切らないでしょ?」

笑顔のまま、淡々と告げられる。

まるで条件に当てはまった“理想の道具”を選んだかのような言い方だったけど——
それでも不思議と、嫌な気はしなかった。

むしろ、必要とされてることが、少しだけ嬉しかった。


「でも、俺、そんな……」
「僕、誰かと寝食を共にするの、初めてなんだ。
だから、少し不安だった。でも君が相手なら、大丈夫な気がしてる」


“共にする”なんて言い回しが、やけに重たく聞こえる。

けどそのくせ、晴人の笑顔は変わらず柔らかくて——
たとえば「好きだよ」って言われたとしても、まったく不自然じゃないくらい綺麗だった。

……ん? 前のルームメイトのことは……?

美咲は一瞬、晴人の言葉に違和感を感じたが、
(酷い目にあった人に加害者の話するとかナシだよな)と、すぐ頭の中から消し去った。

 

***

 

夜。
シャワーを交代で浴びて、ライトを消すと、部屋はしんと静まり返った。

自分の髪から風紀委員長と同じ良い香りがして、落ち着かない。
美しいくらいに整った空間に、俺の寝息と、晴人の呼吸だけが響いている。

壁際、床の上に眠るはずの晴人の布団からは、物音ひとつ聞こえない。

(……寝たのかな)

なんとなく目を閉じて、布団を引き寄せる。
そのとき——

 
「根津くん」


唐突に、名を呼ばれて、心臓が跳ねた。


「……起きてますけど?」
「よかった」

 
暗闇の中、晴人の声は静かで穏やかだった。
だけど、なぜか——壁を越えて近づいてくるような、静かな圧を帯びていた。


「ねえ、根津くん。……僕のこと、怖い?」

「え?」

「最初に、偽装交際を提案したとき。君、すこし怯えてた気がしたから」

 
そんな顔、してたっけ……?

 
「……怖くはないです。ただ、俺なんかでいいのかなって思っただけで」


沈黙が落ちる。
数秒の間を置いて、晴人が囁いた。

 
「……君じゃなきゃ、だめなんだよ」


どこか、呪文のような響きだった。
それが優しさか、依存か、執着か、判断できなかった。

けど——

 

(なんか、俺……この人から離れられない気がする)

 

そんな予感が、背中にじんわりと染み込んでいく。

 

——その夜、俺は深く眠れなかった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】 利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。 ※この作品は単体でも読めますが、 本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。 **** 【あらすじ】 「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」 「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」 「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」 軽い声音に、無遠慮な笑顔。 癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。 ″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。 「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」 「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ? 俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」 「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」 軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。 学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。 しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。 執着と所有欲が表面化した針崎 澪。 逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。 拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。 壊されて、従って、愛してしまった。 これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。 【青春BLカップ投稿作品】

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!? あらすじ 「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」 前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。 今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。 お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。 顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……? 「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」 「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」 スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!? しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。 【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】 「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

処理中です...