【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

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【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」

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昼休み、校舎の三階廊下。
窓からは夏の光が溢れていて、遠く蝉の声が微かに聞こえてくる。そんな静かな昼下がりの中——俺は見てしまった。

晴人が、知らない生徒と、肩が触れそうな距離で話しているところを。


(………………は?)

一瞬、思考が固まる。

廊下の壁に背を預けるように立つ男のすぐ隣、晴人は腕を組みながら、ふ、と笑っていた。
——距離、近ッッ!!

話の内容は聞こえない。ただ、男の柔らかな笑いと、晴人の気取らぬ仕草、それが“自然”すぎて逆に不自然だった。

晴人は他人との距離を保つ人間だ。凪くんにさえあれほどの牽制をするくせに、あいつには……あんなに?


(あれ……まさか、まさか、まさか)

俺の脳内に、一瞬で浮かび上がるのは——“イケメンクラスメイト×晴人”の構図だった。
ああダメだ。ダメだって。想像したくないのに、腐男子脳が勝手に暴走する。
背中に走る冷たい汗、手のひらに滲む動揺。


(あのクラスメイトくんって、派手系イケメンなのに笑顔は優しくて……あれ、風紀委員長と釣り合うんじゃない?)

頭を振って妄想を振り払おうとする。
けれど、もう始まってしまった妄想列車は止まらない。

“クールで優等生な風紀委員長が、他人には絶対見せない無防備な顔を、クラスメイトにだけ——”
“「そんな顔、見せるの俺だけでしょ?」って男が囁いて、晴人が俯きながら「うるさいな……」って呟くんだ……”


(……ああああ!!!!!)

脳内が地獄だ。妄想でニヤけそうな顔をぐっと押さえて壁の陰に隠れる。
でも。



それと同時に——胸の奥が、罪悪感でざらついた。




(……俺、なに考えてんだ。晴人は、俺の恋人で)

(それなのに、勝手にCP妄想して……)


俺のことを抱きしめて、名前を呼んでくれた人。
誰よりも俺に、惜しみなく愛を注いでくれる、

彼の“教育”は、たしかに強引だったけど——でも、確かに俺を選んでくれた人。


(……信じよう。俺、恋人なんだから)

あれはきっと、なにかの用事だ。たまたま近かっただけ。
風紀委員長に限って、そんな浮ついたことは——


「——澪、さっきの報告、ありがとう」
(……うん、報告、報告ね……)
「やっぱり、君は優秀だね。僕が求めてる通りに動いてくれる」
(え、なんか普通にやばくない????)

まるで役者のように微笑む晴人の顔に、一瞬ぎこちない硬さが混じっていた。
対して男は、澄ました笑みのまま一礼して、晴人の横をすり抜けていく。

すれ違いざま、男の視線が一瞬だけこっちを見た気がして——俺は、とっさに顔を逸らした。


(見られた……?いや、でも……)

深呼吸ひとつ。冷静になれ、俺。


(……晴人で妄想とか、考えるの…やめよう。俺の彼氏だし。……俺の)


なんだか、そう自分に言い聞かせる声がやけに虚しく響いた。
——風が吹いた。
ひんやりとした廊下の風が、胸の奥のざわめきごと、どこかに運んでくれることを願って。


(大丈夫、大丈夫。)


そう思うのに、どうしてか胸騒ぎは収まらなかった。








***



教室から少し離れた階段の踊り場。
昼休みを過ぎた廊下には、もうほとんど人の気配がなかった。

澪は壁に寄りかかり、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
隣には風紀委員長──天瀬晴人がいる。距離が近い。
まるで親密な関係であることを周囲に印象づけるような、わざとらしい配置だった。



「……で、わざわざ俺に近づいて、根津を試す魂胆か?」

ぼそりと、澪が呟く。晴人は笑ったまま答えない。
肯定も否定もせず、ただ視線だけで返してくる。
澪は眉をひそめ、ゆるくため息を吐いた。


「ほんと、性格わっるいな。アイツが不安になる顔、見てただろ」
「……見てたよ」
「最低」
「知ってる」

晴人のその返しに、澪は鼻で笑った。
気安い関係じゃない。でも、無理に引き剝がすほどの興味もない。澪は、そういう曖昧な距離の中で生きている。


晴人と別れた後、澪は一人、校舎裏の喫煙所跡に向かった。
いまは使用禁止の張り紙が貼られているが、風通しがよくて静かだ。ここに来ると、自然と昔のことを思い出す。




一年前。澪がこの学園に入学してきた頃の話だ。

まだこの環境にも空気感にも馴染めていなかった俺は、Aクラスという最上位の空間に放り込まれ、いきなり″見られる側″になった。


「かっこいい」「モデルみたい」「付き合ってみたい」

そんな言葉が、無遠慮に飛んできた。

そういうものが、昔から一番苦手だった。


俺に何を夢見ているのか知らないが、何も知らない相手に勝手に虚像を被せて、期待して。
子供の時から、着飾ることも、媚びることも、相手の顔色を伺うこともできなかった。
なのに、黙っているだけで勝手に期待されて、勝手に失望される。

そんな日々に、澪は辟易していた。


そこへ声をかけてきたのが、同室のCクラスの男──垣根孝(かきねこう)だった。


「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」
「……気持ち悪いな、褒め方が」
「ありがとう、褒めてないけどね」

にやにやと笑って、垣根孝は奇妙な提案をしてきた。


「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」

「は?」

「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」


その提案は、最初こそ胡散臭かったが……澪にとっては、ある種の逃げ道になった。
——見られるのが嫌だった。

評価されるのも、好意を向けられるのも、期待されるのも、全部。

擬装カップルとして過ごすことで、澪は一種の保護膜を得た。 垣根といる限り、周囲は澪を″誰かのもの″と見做すようになり、寄ってくる声は徐々に減った。



だが、それと同時に——澪は気づいた。


(……コイツ、俺のこと、見てないな)

垣根は一貫して、澪を“物語の登場人物”の一人として扱っていた。
まるで観察対象、あるいは、スクープの一要素。


それが——気に食わなかった。



「お前さ、他人の恋路ばっかり見て、満足かよ」
「うん?うん。好きじゃなきゃこんな部活入ってないよ、澪ちゃんは目立つから、ちょっと部員にはできないかなー」
「頼んでない」

飄々と、のらりくらりと。
蛇のように藪に潜んで、猫のように澪の手から巧みに逃げるこの性格が悪い男が、本気で欲しくなってしまった。

″恋愛″は面白いと、″エンタメ″としてしか見ないお前に俺の気持ちを突き付けたらきっと逃げ出すんだろうな。 

自分は俺と″擬装カップル″を成立させて、安全な傍観者で居られると思っている。

———傷つけるくらいなら、我慢してやろうと思っていた。








黒髪が風に揺れ、ピアスがかすかに光る。

銀色のそれは、中学の頃の名残——あの頃はまだ、殴られても黙っていられた。
けど今は、違う。

この場所でもう一度、同じ手を使うなら。


″見せない″ことで守るのではなく、
″見せつけてやる″ことで、離れられなくすると決めた。


足元の小石を蹴る。
唇が吊り上がる。


「——いつまでも、逃げ回れると思うなよ。クソ″ダーリン″」

 

胸の奥でくすぶっていた熱が、ようやく煙を上げ始めていた。




 



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