【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)

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【第三章】逃亡編

3-1

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(孝視点)




——誰にも教えてない“秘密”が、俺にはある。
それは、自分がこの学園に入る前から始まっていた。

 

裕福な家庭。整った顔。そこそこの頭の良さ。
「賢いね」「お兄ちゃんは空気が読めて偉いね」
そんな言葉を浴びながら育った。
けど、いつも心のどこかで思ってた。

——違うだろ、って。

 

みんな、仮面を被ってた。
教師も親もクラスメイトも、誰もが“正しい顔”をして、嘘のように生きていた。
だけど、俺にはそれが“見えてしまう”気がしていた。

 

怖かったんだ、たぶん。

誰も本当の顔を見せていないこの世界で、
もし、自分だけが“裸”だったらどうなるんだろうって。

 

だから、観察する側に回った。
いつしか、俺は“見ること”にしか安心を感じなくなっていた。

 

——最初の快感は、中学一年の春だった。

 

この学園に入った俺は、同世代のガキどもに心底驚かされた。

感情のままに動くやつ、三日で告白して泣くやつ、
殴ったり抱きしめたり、コロコロ気持ちを変えて、
そのくせ「本気だった」なんて言い張る。

笑えるほど未熟で、笑えないほどリアルだった。

 

(……ああ、こいつら、まだ“化けの皮”すら持ってないんだ)

 

その幼稚な本性が、怖いくらい綺麗に見えた。
俺は、我慢できなくなった。

 

ゴシップ記事を書いて、匂いだけ嗅がせて、
掲示板前に群がる奴らを見下ろして、
……それをまた記録して。

 

群衆の歓声。嘲笑。怒号。泣き声。

俺は“醜い”と思ったし、“美しい”とも思った。

 

でも。

 

……それでも。

 

——どうして、俺が、
あんな目で、見られなきゃいけなかったんだよ。

 

……針崎澪の、俺の中身まで暴くような鋭い目。


違う。

澪と俺は、″擬装カップル″だ。

俺は……誰のものでもなかった。
俺は何も、奪えてなんかない。
むしろ、ずっと見てきた側だ。
舞台の外にいたのは、俺の方だったのに——

 

なぜ、俺が“裏切った”ことになる?


(……違う。あれは、事故だ。戯れだ。余興だ。……遊びだ)

心の中で何度言い訳を重ねても、
脳裏に焼き付いた、澪の目が離れない。

 

怖かった。

あの時、初めて。

“支配する側”じゃない自分に気づいた。



そう思った瞬間、全身の血が冷えた。

 


あの眼差しは、″恋人″の仮面を剥がした“支配者”の目だった。
暴かれる。全部、暴かれる。
俺の仮面も、俺の観察も、
ぜんぶ、全部、引き剥がされる——


(……そんなの、嫌だ)
 

だから俺は、逃げた。
この学園で初めて——“舞台の裏”に隠れた。

誰にも見つからないように。
誰にも名前を呼ばれないように。
誰にも、暴かれないように。

 

——逃亡は、こうして始まった。

 

そして今、


俺だけの″秘密の部室″で、


俺はまだ″生きて″いる。







***




この部屋は、もともと応接室として使われていた場所だった。

 

学園の図面には、もう載っていない。
防犯強化の工事で用途変更され、今は空き部屋として扱われている。
備品の台帳にも記録はない。
誰も知らない。誰も入ってこない。
この“部室”を、知っているのは——俺だけ。

 

鍵は一本。
予備も合鍵も存在しない。
なにより、ここの存在そのものが、
学園の“誰か”にとっては「なかったこと」になってる。

 

……まるで、俺自身みたいだな。

 

ソファの革がひやりと冷たい。
だが寝転がってしまえば、妙に馴染む。
長居するつもりで、毛布も湯沸かしポットも持ち込んである。


孤独と静けさが交差するこの空間は、
皮肉にも俺にとって——心地良い。
 

パチ。パチ。
ノートパソコンのトラックパッドを弾く指が軽快に動く。

画面には、生徒玄関・廊下・一部の階段踊り場の映像。
もちろん防犯カメラのデータだ。

学園の監視システムに割り込むのは簡単だった。
ちょっとした知識と、運営委員に近い立場の人間から抜いた初期パスワードさえあれば。


(……人の秘密を見るのは、簡単だ。)

人は四六時中、警戒なんてできない。
安心しきったタイミングで、無防備になる。

誰もいない廊下でしゃがみこんで泣く生徒。
階段裏で抱き合うカップル。
教師に見つからないと思って、こっそり手をつなぐ一年生。

 

……俺の目に、秘密は通用しない。

 

人は、誰かに見られていないと思った瞬間に“素”を見せる。
そして、カメラは常にその“瞬間”を拾ってくれる。
無慈悲に、冷静に。完璧に。

 

だからこそ——俺は“暴く”側でいた。

“観察”は支配であり、
支配は恐怖を凌駕する唯一の防壁だった。

 

でも、いまは違う。

 

いま、俺は——“見られる側”なんじゃないかと思っている。

 

……いや、まだ証拠はない。
だが、感覚として確実に“気配”はある。

 

気配って、あるんだよ。
理屈じゃない。音でもない。
けど、肌が粟立つんだ。


さっきもそうだった。
トイレに立ったとき、誰もいないはずの廊下で、
……ふっと背後に、呼吸の重さがあった。


すぐに確認したけど、誰もいなかった。
足音も残ってなかった。
でも——

 

(針崎澪、まさか……)

思い出すのは、あの目。
あの日、食堂で澪が言った言葉。


———お前、そろそろ逃げ回るの、終わらせるから。

決して声を荒げたりしないのに、
あいつの“言葉”は、人の行き先を塞ぐ。
 

(……そういえば、俺の仮面が剥がれたとき、
 一番最初に、怖がらずに睨んできたのも——あいつだった)

 

ソファに沈みながら、手近にあった毛布を肩にかける。

目は画面を追いながらも、意識は“どこにもいない誰か”を探していた。

 

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