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【最終章】だいすきなひと
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(澪視点)
あいつの誰よりも近くにいたのは、俺だった。
笑っているふりをして。
冗談のふりをして。
誰にでも同じ顔を見せながら、ほんとうの顔を誰にも見せなかった、垣根孝。
——それでも、俺には見せてくれた。
擬装カップルを演じることも、
新聞部員の本当の正体も、
厚い仮面の中にある顔を俺にだけは容易に見せて、ただの友人のように横で笑っていた。
あれが嬉しかったなんて、いまさら言えない。
俺の好意なんて、きっと届いていなかったのに。
届かないと知っていたのに、俺はあいつの隣に居続けた。
見返りが欲しかったわけじゃない。
ただ、あいつが笑う理由のなかに、俺がひとつでも含まれていれば、それで良かった。
あの頃の俺は、そんなちっぽけな「願い」を、心のどこかで握りしめていた。
——そう思ってた。
でも、本当は違った。
願いなんかじゃなかった。
それは、ただの“欲”だったんだ。
誰かのそばにいたいと願うことは、きっと悪くない。
けれど、誰かを「俺のものにしたい」と思うことは——、
それはもう、ただの征服だ。欲望だ。
それでも俺は、止められなかった。
笑いながら俺の腕を取って「ダーリン」なんて言うくせに、
その眼の奥では俺を観察して、
他人を値踏みするみたいな視線で、俺の“好意”さえも、素材として扱っていた。
それが分かった時、俺は思ったんだ。
——ああ、こいつには、俺が“正しい”ままじゃ届かないんだなって。
だから、俺は選んだ。
正解をやめて、不正解を選んだ。
好かれる自分ではなく、奪う自分を。
あれが“あのとき”の、俺の選択。
優しくするのをやめた。
待つのをやめた。
理解されようとするのも、やめた。
代わりに、あいつを縛った。
押し倒して、黙らせて、口を塞いで——
愛してるって言葉の形で、あいつの呼吸を全部俺のものにした。
……それでも、あいつは泣きながら俺を見ていた。
怒ってた。怖がってた。
でも、その瞳の奥に、ほんの少しだけ“諦め”と“甘え”があった。
その瞬間、俺は確信したんだ。
“これでいい”って。
このまま全部、俺のものにできるって。
そう思った。
でも、ほんとうは——
たまに思い出すんだ。
あいつが教室で、誰かに嘘をついて笑ってたあの顔。
ふざけたようにしてるくせに、寂しそうな背中。
誰も信じてないくせに、誰かに期待していたあの横顔。
あのときの孝が、もし俺の名前を笑って呼んでくれたら。
もし俺の好意に気づいて、無視せずこちらを見てくれてたら。
俺たちは、もっと違う形で、恋人になれたのかもしれない。
不正解じゃない道で、ちゃんと心を重ねられたのかもしれない。
——でも。
そんな理想は、もう二度と取り戻せない。
“澪ちゃん”と呼ばれた俺は、
もう、いない。
俺が選んだのは、あいつの隣にいるために「壊す」ことだった。
そうして手に入れた今の垣根孝が、
笑っていないことに——
俺は、まだ、目をそらしている。
***
俺が手に入れた“垣根孝”は、今、俺のものだ。
誰の目にも、そう映っているはずだ。
口答えひとつせず、縛られ、従い、俺だけの言葉を聞いて生きている。
夜、首に巻いた紐が揺れるたびに、俺の存在があいつを生かしていると感じる。
けれど、どうしてだろう。
心のどこかが、ずっと冷たい。
あいつはもう、俺を「澪ちゃん」と呼ばない。
あんなにも軽やかに、陽気に、茶化すように呼んでいたのに。
いまやそのたった五文字が、あいつの喉を締め上げる呪いになっている。
俺はそれを望んだはずだ。
あいつの自由を奪って、意思を書き換えて、思考を塗り潰して、あいつ自身をかき消して——…
でも——
あいつの視線が地面ばかりを見るようになった日から、
俺の中の何かが、ずっとざわついている。
あの目が、もう二度と俺を見上げない気がする。
あの声が、もう二度と俺の名前を呼ばない気がする。
あのふざけた笑い声が、二度と俺に向けられないことを、
俺は——誰よりも、知っている。
(……これが、俺の選んだ“不正解”の未来か)
そう自問して、言葉を失う。
“あの時”の俺は、迷いなんてなかった。
天瀬の言葉なんて、耳にすら入ってなかった。
——『選んでいいよ、垣根くん。学園を去って、あの子の前から消えるか。そこにいる“恋人”の元に帰るか』
それを聞いて、あいつはどちらも選ばなかった。
選ぶ前に俺が追いつき、拘束し、連れ戻した。
“選ばせる”ことさえ奪って。
でも、もし——
もしあの時、本当にあいつが“学園を去る”ことを選んでいたら。
(——俺は、笑って送り出せただろうか)
無理だ。できるわけがない。
あいつが俺のいない場所で呼吸するなんて、想像するだけで全身が熱を持つ。
胸の内側を真っ黒な液体で塗り潰されて、目の前がにじむ。
頭では理解している。「それが本人のため」だと。
でも、心が叫ぶ。
「許さない」と。
「俺から逃げるな」と。
「お前は俺のものだ」と。
(……終わってる)
自嘲のように笑う。
俺は、晴人と″同類″だ。
俺はもう、垣根孝に“幸せになってほしい”なんて、思えない。
思いたいのに。
本当は、そう願っていたのに。
俺の“好き”は、もう“奪う”しかできない。
あいつが俺から逃げたら、どうなるだろう。
教室で笑って、別の誰かと友達になって、少しだけ空気を読みながら、時々ふざけて——
そんな、くだらない日常の中に溶けていくあいつを、俺は……俺は……
(殺したくなるかもしれない)
——最悪な考えが、脳裏をかすめた。
あいつの誰よりも近くにいたのは、俺だった。
笑っているふりをして。
冗談のふりをして。
誰にでも同じ顔を見せながら、ほんとうの顔を誰にも見せなかった、垣根孝。
——それでも、俺には見せてくれた。
擬装カップルを演じることも、
新聞部員の本当の正体も、
厚い仮面の中にある顔を俺にだけは容易に見せて、ただの友人のように横で笑っていた。
あれが嬉しかったなんて、いまさら言えない。
俺の好意なんて、きっと届いていなかったのに。
届かないと知っていたのに、俺はあいつの隣に居続けた。
見返りが欲しかったわけじゃない。
ただ、あいつが笑う理由のなかに、俺がひとつでも含まれていれば、それで良かった。
あの頃の俺は、そんなちっぽけな「願い」を、心のどこかで握りしめていた。
——そう思ってた。
でも、本当は違った。
願いなんかじゃなかった。
それは、ただの“欲”だったんだ。
誰かのそばにいたいと願うことは、きっと悪くない。
けれど、誰かを「俺のものにしたい」と思うことは——、
それはもう、ただの征服だ。欲望だ。
それでも俺は、止められなかった。
笑いながら俺の腕を取って「ダーリン」なんて言うくせに、
その眼の奥では俺を観察して、
他人を値踏みするみたいな視線で、俺の“好意”さえも、素材として扱っていた。
それが分かった時、俺は思ったんだ。
——ああ、こいつには、俺が“正しい”ままじゃ届かないんだなって。
だから、俺は選んだ。
正解をやめて、不正解を選んだ。
好かれる自分ではなく、奪う自分を。
あれが“あのとき”の、俺の選択。
優しくするのをやめた。
待つのをやめた。
理解されようとするのも、やめた。
代わりに、あいつを縛った。
押し倒して、黙らせて、口を塞いで——
愛してるって言葉の形で、あいつの呼吸を全部俺のものにした。
……それでも、あいつは泣きながら俺を見ていた。
怒ってた。怖がってた。
でも、その瞳の奥に、ほんの少しだけ“諦め”と“甘え”があった。
その瞬間、俺は確信したんだ。
“これでいい”って。
このまま全部、俺のものにできるって。
そう思った。
でも、ほんとうは——
たまに思い出すんだ。
あいつが教室で、誰かに嘘をついて笑ってたあの顔。
ふざけたようにしてるくせに、寂しそうな背中。
誰も信じてないくせに、誰かに期待していたあの横顔。
あのときの孝が、もし俺の名前を笑って呼んでくれたら。
もし俺の好意に気づいて、無視せずこちらを見てくれてたら。
俺たちは、もっと違う形で、恋人になれたのかもしれない。
不正解じゃない道で、ちゃんと心を重ねられたのかもしれない。
——でも。
そんな理想は、もう二度と取り戻せない。
“澪ちゃん”と呼ばれた俺は、
もう、いない。
俺が選んだのは、あいつの隣にいるために「壊す」ことだった。
そうして手に入れた今の垣根孝が、
笑っていないことに——
俺は、まだ、目をそらしている。
***
俺が手に入れた“垣根孝”は、今、俺のものだ。
誰の目にも、そう映っているはずだ。
口答えひとつせず、縛られ、従い、俺だけの言葉を聞いて生きている。
夜、首に巻いた紐が揺れるたびに、俺の存在があいつを生かしていると感じる。
けれど、どうしてだろう。
心のどこかが、ずっと冷たい。
あいつはもう、俺を「澪ちゃん」と呼ばない。
あんなにも軽やかに、陽気に、茶化すように呼んでいたのに。
いまやそのたった五文字が、あいつの喉を締め上げる呪いになっている。
俺はそれを望んだはずだ。
あいつの自由を奪って、意思を書き換えて、思考を塗り潰して、あいつ自身をかき消して——…
でも——
あいつの視線が地面ばかりを見るようになった日から、
俺の中の何かが、ずっとざわついている。
あの目が、もう二度と俺を見上げない気がする。
あの声が、もう二度と俺の名前を呼ばない気がする。
あのふざけた笑い声が、二度と俺に向けられないことを、
俺は——誰よりも、知っている。
(……これが、俺の選んだ“不正解”の未来か)
そう自問して、言葉を失う。
“あの時”の俺は、迷いなんてなかった。
天瀬の言葉なんて、耳にすら入ってなかった。
——『選んでいいよ、垣根くん。学園を去って、あの子の前から消えるか。そこにいる“恋人”の元に帰るか』
それを聞いて、あいつはどちらも選ばなかった。
選ぶ前に俺が追いつき、拘束し、連れ戻した。
“選ばせる”ことさえ奪って。
でも、もし——
もしあの時、本当にあいつが“学園を去る”ことを選んでいたら。
(——俺は、笑って送り出せただろうか)
無理だ。できるわけがない。
あいつが俺のいない場所で呼吸するなんて、想像するだけで全身が熱を持つ。
胸の内側を真っ黒な液体で塗り潰されて、目の前がにじむ。
頭では理解している。「それが本人のため」だと。
でも、心が叫ぶ。
「許さない」と。
「俺から逃げるな」と。
「お前は俺のものだ」と。
(……終わってる)
自嘲のように笑う。
俺は、晴人と″同類″だ。
俺はもう、垣根孝に“幸せになってほしい”なんて、思えない。
思いたいのに。
本当は、そう願っていたのに。
俺の“好き”は、もう“奪う”しかできない。
あいつが俺から逃げたら、どうなるだろう。
教室で笑って、別の誰かと友達になって、少しだけ空気を読みながら、時々ふざけて——
そんな、くだらない日常の中に溶けていくあいつを、俺は……俺は……
(殺したくなるかもしれない)
——最悪な考えが、脳裏をかすめた。
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