【完結】観察者、愛されて壊される。

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【最終章】だいすきなひと

5-2

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(孝視点)

 

『選んでいいよ、垣根くん。
 学園を去って、あの子の前から消えるか。
 そこにいる“恋人”の元に帰るか』

 

あの時の俺にとって、中学の時からいたこの学園を去るという選択肢は存在しなかった。

あの時、俺は震えていた。
逃げ出す準備も、考える余裕もなかった。
目の前で、怒りも涙もない瞳で笑った澪に、
ただ力で押さえ込まれて——終わった。

 

……けど。

 

今の俺は違う。
“望まれているふり”をしながら、生かされて、
“愛されているふり”をしながら、壊されて、
“恋人でいるふり”をしながら、殺されてる。
——もう、これ以上、ここにいても仕方がない。

生徒手帳も、眼鏡も、好奇心も、
観察ノートも、曖昧な友情も、
新聞部員という仮面も、全部——手放してもいい。

俺は、もう、要らない。
何も要らないから、もう、これ以上壊れたくない。

 

だったら、逃げるしかない。

 

俺の中にまだ「垣根孝」が残ってるうちに。
このまま、何もかも奪われて、空っぽになる前に。

俺は、俺のままで、終わらせたい。

 

……失うのは、怖くないって言えば、嘘になる。
ここまで積み上げてきたものを壊すってことだ。
ここまで笑って、流して、演じてきた全部を、
今さら「なかったこと」にするなんて、皮肉だろ。

でも、それでもいい。

俺は、誰かの手のひらの上じゃなく、
自分で足を動かして、外に出る。

自分の足で、歩くんだ。


(“選んでいい”なんて言われなくても——俺が選ぶ)

あの風紀委員長に示された道なのは不快だけど、
それでもいい。
ここまでが、俺の結論。

 






***





朝。
窓から差し込む陽光は柔らかいのに、
俺の手首には、昨夜からの“罰”がぴたりと張りついていた。

ネクタイの代用で締められた、両手首の拘束。
“いい子にしてたら外してやる”なんて言葉を、
俺は何も返さずに、ただ黙って受け入れた。

 

洗面所では澪の指が俺の口に触れる。
歯ブラシを咥えさせられ、頭を支えられ、
口の中が泡だらけになるまで、俺はまるで“器具”のように磨かれる。


整髪料を少しだけ手に取り、澪が俺の髪を撫でて整える。
襟元を直され、制服のボタンをひとつずつ留められる。
シャツの皺が伸びていくたびに、
俺の意志はますます“存在しないもの”になっていく気がした。


食卓に並ぶ朝食は、ちゃんと温かくて、
澪は「口開けろ」と優しい声で言う。
俺は言われたとおりに口を開け、
言われたとおりに咀嚼して、
言われたとおりに、水を飲む。

 

(まるで赤ん坊だな、俺)

そんな自嘲すら、声には出ない。

でも、心のどこかにある。
俺だけが知っている“本当の俺”が、
まだ息をしてる。


「行くぞ」

澪が言って、手首の拘束を解いた。

けれど俺は、それでも逃げない。
逃げようとすれば、どうなるかは身に沁みてる。

だから俺はただ、澪の一歩後ろを歩く。
同じテンポで、同じ道を、澪の足音をなぞるように。

 

寮を出て、朝の光に晒されても、
俺の背中には、透明な鎖がずっと絡みついている。
澪は何も言わず、いつもの道を進み、
分かれ道で俺に目も向けず、Aクラスの棟へと消えた。

 

……そして、俺はCクラスへ。

 

騒がしい。
いつも通り、誰かが遅刻し、誰かが叫び、
誰かが朝から菓子パンを床に落としている。

その“くだらない日常”の、唯一の居場所。
澪の目が届かない、ただひとつの空間。

——俺の、最後の「自由」。

 

俺は自分の席に着く。
教室の端、窓側の一番後ろ。
誰の関心も引かない場所。
でも、俺にとっては“聖域”だった。

 

机の中から、薄い封筒を取り出す。

中には、丁寧に書かれた——《退学届》。

この一枚の紙が、俺の「逃げ道」だ。
この紙がある限り、俺は俺を諦めていない。


(澪に警戒されたら、意味がない。)

たった一度の隙でいい。
澪の関心が、監視が、俺から外れる瞬間を狙えばいい。
それまでは従順に、人形に徹して澪を安心させないといけない。

俺は、″観察者″だ。
澪の動き、呼吸、登校時間、表情の癖、
監視が緩む“タイミング”を——全部、この脳に記録する。

空気のように気配を消すように、
自分自身を消すことも、もうとっくに慣れた。
 

(今の俺は、澪にとって理想的な″進行度″のはずだ)
 
澪が俺にしていることは″調教″と″再教育″だ。
ならその台本通り俺は演じてみせよう。
この机の中に、退学届がある限り。
俺は俺を見捨てていない。

——逃げられると、信じてる。

 

今度こそ、自分で選んで。
自分の足で、扉を開ける。

そして、俺は——この場所から、出ていく。


誰の手も望ましい未来は、
案外冷たくて、楽に思えた。







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