クロワッサン物語

コダーマ

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指揮官の誇り

指揮官の誇り(5)

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「展開しろ」

 シュターレンベルクの前を走る二十騎が、横一列に陣形を組み直した。
 銘々がマスケット銃を構え、次々と発砲する。
 火薬と松明担当の騎兵に襲い掛かられるのを牽制するための策である。
 彼らは襲われたら咄嗟に反撃することが出来ない。
 一列目の槍とは違って、松明担当の彼らの利き手には武器以外のものが握られているのだから。

 実行部隊を掩護するために、後方にシュターレンベルクも含めた銃撃の得意な者を配置しての、これはオスマン帝国軍トンネル破壊作戦である。
 もっとも照準の甘いマスケット銃のこと。
 味方と入り乱れている中で、確実に敵の頭を狙うというのは厳しい条件だ。
 味方に当てては元も子もない。
 あくまで威嚇のために、無駄弾を空中に放っているというのが実際のところではある。

 もう十分だ。グイード、そろそろ引き上げろ──そう言いかけた時だ。

 最前線で槍を振るうグイードの背後にオスマン歩兵が立ったのが見えた。
 腰を落とし、剣を構える姿勢。
 これほど距離があるのに、その殺気はシュターレンベルクの元にまで届き、直に突き刺さった。
 グイードは気付かないのか。
 馬首を向ける気配はない。

 敵兵の湾曲した剣。
 それを持つ手首が翻り、切っ先は彗星のように宙を流れた。
 狙いは騎士の背中だ。

「グイードっ!」

 叫び、シュターレンベルクは手にしていた薬莢の包みを急いで銃口に突っ込む。

「くそっ、小僧がいれば……」

 パン屋がいれば装填は任せられるのに──そんな考えが脳裏を過る。
 火薬の匂いが手に付くから嫌だなどと喚きながらも、あいつは装填だけは早かった。

「グイード……」

 焦る思い。撃鉄を起こす為に右腕を捻った時だ。

「うっ!」

 腕に激痛が走った。
 怪我をした箇所がビクリと引きつる。
 神経に鋭利な刃物を当てられたような感覚に右手は一瞬、力を失いマスケット銃を取り落とした。

 今しもグイードの背に突き刺さらんときらめく湾曲刃。
 その軌跡が、冗談みたいにゆっくりと映る。
 銃を拾うんだ──駄目だ、間に合わない。
 誰かあの刃を撃て──無理だ、装填済みの銃を手にしている者はいない。
 すべては一瞬の出来事。

「くそっ……」

 小さな呟きは、最早あきらめを含んでいて。

 その時だ。
 シュターレンベルクの視野を赤がよぎった。
 それは指揮官の落としたマスケット銃を、蹴り上げるようにして宙に飛ばす。
 無回転で上空へ跳ね上げられた銃は次の瞬間、その人物の手に収まり火を噴いた。
 数十メートル向こうでヤタガンの銀が弧を描く。

 今しもグイードを突こうとしていた刃が、空中で跳ね飛んだ。
 マスケット銃の弾丸が敵のヤタガンの刃に当たり、その軌道を変えたのである。

 一瞬の時の中に絡めとられたかのよう。
 何事もなかったようにグイードが槍を翻し、新たな敵を屠る姿に、シュターレンベルクは呪縛から解き放たれたように息をついた。
 ぎこちなく首を動かして見た先では、赤い上着を着た男がマスケット銃の装填を行っている。

「バ、バーデン伯か……」

 尚も頑固に鬘を被ったままのその男は名を呼ばれ一瞬、肩を震わせた。

「せ、精鋭を連れての奇襲にわたしを連れていかないってのはどういうことだ。助けが必要かと思って来てやったんだ」

 こちらを向こうともしない。
 戦闘地帯から目を離せないというわけでもあるまいが、視線は落ち着かなく周囲をさ迷っていた。
 相変わらずな態度で、しかし舌だけはよく回る。

「様子を見に来てやったら、案の定だ。シュターレンベルク伯は、とにかくツメが甘い」

「よく来てくれたな。おかげで助かった」

 シュターレンベルクの素直な労いの言葉が意外だったのだろう。
 バーデンの舌の回転はピタリと止まった。

「お、おぅ」

 何だ、こいつは。照れているのか。

 バーデン伯が変わり者で扱いにくいということは間違いないが、助けられたのもまた事実。
 この男がいなければ、グイードは大怪我、或いは──考えたくない可能性に首を振って、シュターレンベルクは傍に控える部下に退却のトランペットを吹き鳴らすよう命じた。

 グラシに侵入していた敵塹壕は、乱暴な方法ではあるが埋め戻された。
 目的は達したわけだ。
 これ以上の欲をかいて攻撃を続けても、オスマン帝国軍の増援に苦しめられるのは目に見えている。

 こうやって小さな奇襲に何度成功したところで、戦況が変わるわけでもないことは分かっていた。
 敵は相変わらずの大軍で、しかも日に日に膨れ上がり続けている。
 完璧に包囲されながら壁の中は少しずつ、けれど確実に体力をそぎ落とされているのだから。

     ※ ※ ※
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