クロワッサン物語

コダーマ

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カーレンベルクの戦い

カーレンベルクの戦い(1)

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 リヒャルトは右側のこめかみを押さえた。
 いつもの片頭痛だ。
 心労からくるものであることは間違いない。
 無意識の癖で、片手は胸のシャイブラー紋を握り締める。
 青い豹が何も助けてくれないのは身に染みて分かっているというのに。

 ──ああ、今ここにルイ・ジュリアス殿がいれば……。

 落ち込んでいる時の常で、思考はどんどん坂を下って転がり落ちていく。
 気が利かず、戦いにおいても役に立たない自分がいるより、ルイメジュリアスが生きていた方がよほどウィーンの為になる。
 父だって口にこそ出さないが、それを望んでいるに違いない。
 若き有能な騎士の代わりに、自分が死ねば良かったのだ。

 ルイ・ジュリアスを敵視していたあのころと比較して、こうやって客観的に人物を評価できるようになったことは成長だ。
 しかし、だからといってそれを冷静に受け止めることが出来るか否かは、また別の話である。

 リヒャルトの手は今度は左胸の方に移動してきた。
 チクチクと、そこが痛むのだ。

 あの時、あの炎の中。
 ルイ・ジュリアス──永遠の敵と思い続けていたあの男と気持ちが通じた気がした。
 楽しくて、体の奥がほのかにあたたかくなって。
 凍り付いた感情が緩やかに解けていく感覚は初めて覚えるものであった。

 だが、と思う。
 ルイ・ジュリアスは?
 果たして彼も同じ思いを共有したのだろうか?
 それは、努めて疑問である。
 何故なら、ルイ・ジュリアスの口から「リヒャルト、我が友よ」などという言葉はついぞ漏れなかったから。
 彼にとって自分は尊敬する上官の、出来の悪い息子であるにすぎないのだ。

 一瞬、勘違いして浮かれたものの、彼が死んでからもう一か月半。
 それは現実を思い知るには十分すぎる時間であった。

     ※ ※ ※

 九月十一日──そろそろ陽は落ちようとしていた。
 リヒャルトは眼下に視線を転じる。
 父のようにシュテッフルの塔に登ってみたのだ。

 吹きすさぶ風はもはや突風と評しても良いくらいだが、確かに景色は壮観だ。
 眼下にウィーンの街。
 通りを走る兵士らの姿が何と小さく見えること。

 以前は市民や避難民らが通路も狭しとひしめいていたというのに、今やその姿はない。
 彼らは息を詰めて建物の内に避難しているのだ。
 市内からは活気が失われていた。

 昨夜、オスマン帝国軍による砲撃で、壁の一部が損傷した光景がまざまざと記憶に蘇る。
 何とか修復しようと多くの者が駆け付けたが、そんな余裕は与えられなかった。
 崩れた一点めがけて、豪雨のような砲撃が降ったのだ。
 オスマン帝国軍の攻城用のコロンボルナ砲である。
 本国からの補給か、あるいは別地点に設置していたものをこちらに移動させてきたのか。

 いずれにしても、防衛司令官指揮による先日の奇襲攻撃で破壊した砲など、敵軍からすれば微々たる損害に過ぎなかったようだ。
 こちらも陵堡からの射撃で何とか相手砲を無効化しようと試みるも、狙いのはっきりした攻撃に対して、それは無意味な反撃に終わった。

 壁の中の者たちは望む。
 我らが指揮官が、またもや精鋭を率いて忌まわしい砲を討ち壊してくれることを。
 しかし、今日一日待ってもそんな気配は感じられなかった。
 救援軍が来るとか来ないとかいう噂は、それぞれに尾鰭をつけて流れては消えを繰り返している。

 無意識の癖。
 リヒャルトの手はやはり青豹の元へ。

 父は言っていた。
 皇帝レオポルトは勿体つけて九月八日に救援軍を引き連れて現れるに違いないと。
 その日は聖母の聖誕の祝日で、キリスト教徒にとっては特別な日であるからだ。
 確かに皇帝はそういう芝居がかったことがお好きな性格でいらっしゃると、リヒャルトも納得したものだ。

 しかし、今日は十一日。
 レオポルトは未だ現れない。

 いや、望みを捨ててはならない。
 聖母の聖誕というならば、その前後八日間を特別な日として祝う風習があるではないか。
 ならば、まだ明日までは可能性がある。

 そもそもいかにあの皇帝といえど、こんな危機的状況で日にち合わせの行軍などするまい。
 なるべく急いで向かってくれている筈だと思う。思いたい。
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