クロワッサン物語

コダーマ

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【終章】太陽の手

太陽の手(1)

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 聖シュテファン大聖堂──シュテッフルの塔と同じ高さに花火があがった。
 人々は建物から出て、広場や道に溢れ返る。
 ウィーンを囲む市壁、その十二の門は今やすべて開け放たれていた。
 二か月の籠城の末、遂にウィーンは解放されたのだ。

 救世主である解放軍主力のポーランド軍が、軍装のまま馬に乗って市壁内を練り歩いている。
 見物に群がるウィーン市民らに手など振りながら。

 その中心にいるポーランド王ヤン三世を、苦々しい表情で睨んでいるのはウィーン防衛司令官シュターレンベルクである。
 功労者たる守備隊の長は、しかし門番よろしくケルントナー門の脇に突っ立って目の前でのポーランド軍の行進を許していた。



 九月十二日、ポーランド軍の突撃が致命傷を与え、オスマン帝国軍は潰走した。
 日没の一時間ほど前のことだ。

 翌早朝から、本格的にポーランド軍による略奪が始まった。
 よほど慌てて逃げたのだろう。
 敗走したオスマン軍の天幕の中には豪華な敷物や高価な装身具、武器食糧がそのまま残されていたのだ。
 ポーランド軍はご丁寧に他軍の侵入を阻む見張りまで立てて、それらをかき集めた。
 戦利品をあらかた喰らい尽くして、彼らはようやくウィーン入城を果たしたのだった。

「何なのだ、あの態度は。兄上、一発見舞ってやるがよろしかろう」

「お前の歌で歓迎してやれ。小言や嫌味よりよほど効くだろうよ」

「そ、それはどういう意味で……」

 右側でグイードが文句を垂れている。

「気に入らねぇ。神聖ローマ帝国皇帝を差し置いてアイツが解放軍の旗印になってるらしいじゃねぇか。閣下、何とかしろよ」

「のんき者の陛下が軍を率いていたら、まだパッサウ周辺でうろうろしてるだろうよ」

「そ、それはそうかもしれねぇけどよ」

 左にはバーデン伯。更に背後からも苦情があがる。

「第一、今日という日に喝采を浴び、市を練り歩くに相応しいのは父上ではありませんか。何故にこんな隅で指をくわえて見ていなければならないのです」

「知ってるだろ、お前の父には人望がない」

「そんなこと……。家族間ではそうかもしれませんが、市民たちからは慕われていると思います。一応は」

「……そりゃどうも」

 軽口のつもりか。
 普段冗談など言わぬ息子だから、言葉の本気度を測りかねる。
 ともかく以前はこのような冗談──と信じよう──口にすることもなかった人物なのだから、ウィーンが救われたことに浮かれているのかもしれない。
 あるいは父と息子の距離が僅かながらも縮まったか?

 いずれにしても、こんなに周りから責められながらも、ウィーン防衛司令官シュターレンベルクが、まるで追い立てられるようにこんな端にいるかというと。

「早くオスマン軍を追撃するべきであると、兄上が何度進言しても聞き入れられぬとは」

「あんな腰の低い閣下、初めて見たぜ。ま、相手はウィーンを救ってくれた英雄王だもんな」

「父上の仰ることは正当なものです。なのにあんな風にあしらわれるなど……父上? 父上、聞いていらっしゃいますか?」

「あ? ああ……」

 門から半身を出してきょろきょろしているところを息子に咎められた。
 聞こえないように舌打ちする。
 距離が縮まったはいいが、こいつの苦情はくどくて困る。

 リヒャルトの言葉に適当に相槌を打ちながら、尚もシュターレンベルクの視線は外へ。
 主君である神聖ローマ帝国皇帝レオポルトはどこだ?
 この三人も、それから他の者たちも。
 口にはしないが気にしているのは確かだ。

 言葉にすれば惨めな気持ちになる。
 我が主君が解放軍の中枢に加わっておらず、他国の王に良いように指揮られているなど。

 レオポルトに軍事的な才能はない。
 政治的才覚にも乏しい。
 感情にもむらがあり、判断力も欠けている。
 この非常事態を捌く器でないことは分かっている。

 無意識にシュターレンベルクはため息をついた。
 何より我が主君の駄目なところは──。

「すこぶるタイミングが悪い……」

 こんな落ち込んだ空気の中、その人は姿を現したのだから。

「か、閣下!」

 絶句したようなバーデン伯の声に目を凝らすとグラシの向こうに、見えた。
 白馬の手綱を従者に取らせ、のこのこと近付いて来るその姿。

「お、お迎えにあがらなくても?」

 リヒャルトに言われなければ、このまま相手が近付いて来るのをポカンとした顔で眺めていたに違いない。
 戦闘は終わったため、馬は預けている。
 シュターレンベルクらは徒歩で白馬の元へ駆け出した。
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