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【終章】太陽の手
太陽の手(6)
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※ ※ ※
後にアウフミラーはこのようにシュターレンベルクに語ったという。
祖国の復讐という思いを抱いてウィーンに入ったエルミアと、ウィーン郊外で暮らす自分が出会ったのは本当に偶然だったと。
同郷ということもあって、彼女に手を貸すことにしたアウフミラーだが、ある日突然エルミアがこの件から手を引くと言いだした。
理由を問うと小さな声で意外なことを告げ、最後にこう言ったという。
──私が死んだら死体の始末はお願いね。本当なら祖国に帰りたいんだけど、そうもいかないと思うのよ。それに、死体が見つかったらあの人が困ってしまうでしょう。
恐らく、その時点で覚悟を決めていたのだろう。
三日月が赤く染まったあの夜、彼女はガレットを食べていた。
自ら毒を仕込んだガレットを。
いよいよオスマン帝国軍に包囲されたということで、シュターレンベルクに降伏を迫るつもりだったのだろう。
だが、その願いが聞き遂げられるとも思えず、刃物を上着の下に隠した。
ウィーン防衛司令官を脅し、場合によっては動きの自由を封じてやるつもりで。
大それたことを仕出かした自分も、生きていられるとは思っていなかったのだろう。
彼女の覚悟を察したアウフミラーがマリアを連れて部屋を訪れ、エルミアの亡骸を発見する。
シュターレンベルクがいない僅かな隙であった。
彼女の願いどおり、誰にも見つからない所に隠してやりたかったが、場所が場所だけにすぐそばの庭に急いで埋めるしかなかったのだと言う。
彼女の根幹にあった祖国への誇り、そして神聖ローマ帝国への恨み。
だがそれは、ここウィーンに来てサラサラと消えていったのだろう。
エルミアはアウフミラーにこうも言った。
ずっと会いたかったあの人に会えたの。もう他に望みはないわ──と。
ウィーンの市内にはペスト記念柱が建っている。
第二次ウィーン包囲の三年後に作り始め、一六九二年に完成したものである。
制作に携わっていた画家アウフミラーがウィーン包囲の際に亡くなったため、その後皇帝お抱えの建築家がデザインを引き継いだのだ。
三位一体という宗教的テーマに沿って、柱の台座は三方に広がり精密な彫刻が施されている。
それぞれの台座にはオーストリア、ボヘミア、ハンガリーという三つの国の紋章、旗が刻まれていた。これも三位一体を表すといわれている。
浮彫には祈りを捧げる皇帝レオポルトの姿や、天使の姿が美しく描かれていた。
ウィーン包囲という凄惨な戦いの記憶も、美しい記念柱が後世に伝えることとなる。
※ ※ ※
ウィーンは解放された。
しかしそれは新たな長い戦いの始まりでもある。
九月十八日、ヤン三世を旗印とした解放軍はようやくオスマン帝国軍の追撃を始めた。
十月九日、彼らはバルカニの戦いでオスマン軍を破る。
ベオグラードへの撤退を余儀なくされたオスマン帝国軍総司令官カラ・ムスタファ・パシャの元に、首都からやって来た侍従長と式部長官がスルタンの名のもとに死刑を宣告した。
彼の首は皮を剥がれ、剥製にされて首都に送られたという。
その後、解放軍と神聖ローマ帝国軍は、当時オスマン帝国の支配下にあった東ヨーロッパに侵攻。
十六年もの長きにわたる大トルコ戦争へとなだれ込む。
第二次ウィーン包囲で守備軍として市を守り抜いた面々は、否応なく新たな戦いに駆り出されることになった。
戦争が終結したのは一六九七年のこととなる。
ゼンタの戦いでオスマン帝国軍の敗北が決定的となり、一六九九年、カルロヴィッツ条約が締結された。
神聖ローマ帝国は、オスマン帝国からハンガリーの大部分を奪還することに成功。
これにより、オスマン帝国のヨーロッパ進出に終止符が打たれるのである。
十六年という歳月は長く、開戦時に揃っていた面々も終戦の年まで共にいることはなかった。
バーデン辺境伯ルートヴィッヒ・ヴィルヘルムは、野戦でもよく目立つ赤い上着を常にまとい戦場で活躍し「帝国の盾」と異名をとるまでになった。
一六八八年からは神聖ローマ帝国軍司令官として活躍することになる。
シュターレンベルクの従弟であるグイード・ヴァルト・リュティガー・フォン・シュターレンベルクも大トルコ戦争に従軍。
数多の戦場で武勲をあげ、八十歳で死ぬまでスラヴォニアの総督を務めた。
神聖ローマ帝国皇帝レオポルトは、治世の前半こそ周囲によってころころと意見を変える優柔不断さで家臣を苦しめたが、戦争状態が続いた治世後半は臣の才能を見抜き、彼らを信頼し広大な帝国をよく治めた。
オスマン帝国から領土を奪還し、衰退しつつあった神聖ローマ帝国を大国へと導いた皇帝として評価されている。
一七〇五年、六十四歳で死去。
遺体はカプツィナー教会納骨堂に収められている。
リヒャルト・フォン・シュターレンベルクは、父を補佐して大トルコ戦争従軍中に戦死。
三十二歳であった。
その妹マリア・カタリーナは二十三歳の年に結婚。
七十九歳でこの世を去るまで静かに暮らしたという。
エルンスト・リュティガー・フォン・シュターレンベルクはウィーン解放後、レオポルトより元帥に任命された。
だが、大トルコ戦争に従軍中、一六八六年七月三日、ブダ包囲戦で偵察中に銃撃をうけ重傷を負い現役を引退。
一六八八年からは軍事委員会総裁を務めた。
一七一四年、六十二歳で没。
遺体はウィーンのスコットランド協会に埋葬されている。
そしてパン屋は、製パン技術を広めるためヨーロッパ中を駆け巡ったと言われている。
それは陽気な風のようであったと。
クロワッサン物語 完
後にアウフミラーはこのようにシュターレンベルクに語ったという。
祖国の復讐という思いを抱いてウィーンに入ったエルミアと、ウィーン郊外で暮らす自分が出会ったのは本当に偶然だったと。
同郷ということもあって、彼女に手を貸すことにしたアウフミラーだが、ある日突然エルミアがこの件から手を引くと言いだした。
理由を問うと小さな声で意外なことを告げ、最後にこう言ったという。
──私が死んだら死体の始末はお願いね。本当なら祖国に帰りたいんだけど、そうもいかないと思うのよ。それに、死体が見つかったらあの人が困ってしまうでしょう。
恐らく、その時点で覚悟を決めていたのだろう。
三日月が赤く染まったあの夜、彼女はガレットを食べていた。
自ら毒を仕込んだガレットを。
いよいよオスマン帝国軍に包囲されたということで、シュターレンベルクに降伏を迫るつもりだったのだろう。
だが、その願いが聞き遂げられるとも思えず、刃物を上着の下に隠した。
ウィーン防衛司令官を脅し、場合によっては動きの自由を封じてやるつもりで。
大それたことを仕出かした自分も、生きていられるとは思っていなかったのだろう。
彼女の覚悟を察したアウフミラーがマリアを連れて部屋を訪れ、エルミアの亡骸を発見する。
シュターレンベルクがいない僅かな隙であった。
彼女の願いどおり、誰にも見つからない所に隠してやりたかったが、場所が場所だけにすぐそばの庭に急いで埋めるしかなかったのだと言う。
彼女の根幹にあった祖国への誇り、そして神聖ローマ帝国への恨み。
だがそれは、ここウィーンに来てサラサラと消えていったのだろう。
エルミアはアウフミラーにこうも言った。
ずっと会いたかったあの人に会えたの。もう他に望みはないわ──と。
ウィーンの市内にはペスト記念柱が建っている。
第二次ウィーン包囲の三年後に作り始め、一六九二年に完成したものである。
制作に携わっていた画家アウフミラーがウィーン包囲の際に亡くなったため、その後皇帝お抱えの建築家がデザインを引き継いだのだ。
三位一体という宗教的テーマに沿って、柱の台座は三方に広がり精密な彫刻が施されている。
それぞれの台座にはオーストリア、ボヘミア、ハンガリーという三つの国の紋章、旗が刻まれていた。これも三位一体を表すといわれている。
浮彫には祈りを捧げる皇帝レオポルトの姿や、天使の姿が美しく描かれていた。
ウィーン包囲という凄惨な戦いの記憶も、美しい記念柱が後世に伝えることとなる。
※ ※ ※
ウィーンは解放された。
しかしそれは新たな長い戦いの始まりでもある。
九月十八日、ヤン三世を旗印とした解放軍はようやくオスマン帝国軍の追撃を始めた。
十月九日、彼らはバルカニの戦いでオスマン軍を破る。
ベオグラードへの撤退を余儀なくされたオスマン帝国軍総司令官カラ・ムスタファ・パシャの元に、首都からやって来た侍従長と式部長官がスルタンの名のもとに死刑を宣告した。
彼の首は皮を剥がれ、剥製にされて首都に送られたという。
その後、解放軍と神聖ローマ帝国軍は、当時オスマン帝国の支配下にあった東ヨーロッパに侵攻。
十六年もの長きにわたる大トルコ戦争へとなだれ込む。
第二次ウィーン包囲で守備軍として市を守り抜いた面々は、否応なく新たな戦いに駆り出されることになった。
戦争が終結したのは一六九七年のこととなる。
ゼンタの戦いでオスマン帝国軍の敗北が決定的となり、一六九九年、カルロヴィッツ条約が締結された。
神聖ローマ帝国は、オスマン帝国からハンガリーの大部分を奪還することに成功。
これにより、オスマン帝国のヨーロッパ進出に終止符が打たれるのである。
十六年という歳月は長く、開戦時に揃っていた面々も終戦の年まで共にいることはなかった。
バーデン辺境伯ルートヴィッヒ・ヴィルヘルムは、野戦でもよく目立つ赤い上着を常にまとい戦場で活躍し「帝国の盾」と異名をとるまでになった。
一六八八年からは神聖ローマ帝国軍司令官として活躍することになる。
シュターレンベルクの従弟であるグイード・ヴァルト・リュティガー・フォン・シュターレンベルクも大トルコ戦争に従軍。
数多の戦場で武勲をあげ、八十歳で死ぬまでスラヴォニアの総督を務めた。
神聖ローマ帝国皇帝レオポルトは、治世の前半こそ周囲によってころころと意見を変える優柔不断さで家臣を苦しめたが、戦争状態が続いた治世後半は臣の才能を見抜き、彼らを信頼し広大な帝国をよく治めた。
オスマン帝国から領土を奪還し、衰退しつつあった神聖ローマ帝国を大国へと導いた皇帝として評価されている。
一七〇五年、六十四歳で死去。
遺体はカプツィナー教会納骨堂に収められている。
リヒャルト・フォン・シュターレンベルクは、父を補佐して大トルコ戦争従軍中に戦死。
三十二歳であった。
その妹マリア・カタリーナは二十三歳の年に結婚。
七十九歳でこの世を去るまで静かに暮らしたという。
エルンスト・リュティガー・フォン・シュターレンベルクはウィーン解放後、レオポルトより元帥に任命された。
だが、大トルコ戦争に従軍中、一六八六年七月三日、ブダ包囲戦で偵察中に銃撃をうけ重傷を負い現役を引退。
一六八八年からは軍事委員会総裁を務めた。
一七一四年、六十二歳で没。
遺体はウィーンのスコットランド協会に埋葬されている。
そしてパン屋は、製パン技術を広めるためヨーロッパ中を駆け巡ったと言われている。
それは陽気な風のようであったと。
クロワッサン物語 完
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