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《本編》
8. 僕と彼のこと⑤
しおりを挟む応接間には、既にお母さんが待っていた。瑠偉くんと華英ちゃんはいない。
「瑠偉と華英は部屋で待機だ。琳と彰宏くんが番になった事は話したがな。二人がいると話が進まん」
だからか…。瑠偉くんが彰宏さんを殴ったの…。
でも、話も聞かないでいきなり殴るのはダメだよね。
「早く座りなさい」
硬い声でお母さんに急かされて、両親が並んで座るソファーの、テーブルを挟んだ向かいのソファーに彰宏さんと並んで座った。
「さて…。では聞こうか」
父が促す。
一つ大きく頷いてから、彰宏さんが話し始めた。
そして事の顛末まで話し終えると、座ったままだったけれど、テーブルに顔が付きそうなくらい深く、両親に向かって頭を下げた。
僕は黙って見ていた。そう『約束』したから。
「このような形で琳くんと番契約を結んでしまった事、申し開きもございません。如何様にもお叱りはお受けします。ですが、言い訳をさせていただけるのなら、決して琳くんを軽んじていた訳でなく、私は琳くんとの将来を考えていました。
もしお許しいただけるのなら、琳くんと結婚したいです。どうか、お許しいただけないでしょうか…」
「「……………」」
頭を下げ続ける彰宏さんに対して、両親は無言。それが僕の不安を煽る。
お父さんもお母さんもどうして何も言わないの!?
僕が焦り始めた頃、漸く声を発したのはお父さん。
「頭を上げなさい」
彰宏さんがゆっくり頭を上げる。
「君は、私達が君の行いを責め「琳との結婚は許さない」と言ったらどうするんだね? 諦めて番契約を解消するのかい?」
「っ! おっ…お父さん!」
「琳は黙っていなさい」
「…っ…」
「解消はしません。何度でも説得に伺います。殴られても罵倒されても、琳くんとの将来は決して諦めません。たとえ何年かかっても…」
「彰宏さん…」
「パパ、意地悪してはダメよ?」
ずっと黙って見守って?いたお母さんが、お父さんを窘めるように言った。
「し…しかし…だな…」
「パパ? ダメよ?」
「……………。はい…」
「「……………」」
お母さんに念押しされて、しゅんとするお父さんを唖然として見ていた僕達に、お母さんが向き直る。
僕達は揃って居住まいを正した。
「琳、ネックガードはどうしたの? 行為自体はやむを得なかったとしても、ネックガードをしていれば項は守られたはずでしょう? あれは簡単に外れるものでないのよ?」
「………。…自分で…外した…んだと思う…」
「思う?」
「憶えて…いないんだ。でも、壊れた形跡は無かったし、ダイヤルも揃ってた。だから多分、指紋は自分で、番号は僕が教えた…」
指紋認証の場所は他人が無理やり手を掴んでするには無理な場所だし、番号は僕が言わなければ判らない。
「そう…」
「…あの…お母さん、僕…」
「琳、貴方は彰宏さんが好き?」
「…うん。好き…」
「番になった事、後悔はないのね?」
「うん。後悔はしてない」
「琳、解っているのか? Ωは一度番えば番のα以外は受け入れられなくなるのだぞ?」
「…は…?」
剣呑な声を出した僕。自分でもびっくり。
でも、お父さんは今、看過出来ない事言ったよね?
「それ、どういう意味? 番は彰宏さん以外を選んだほうが良かったって事? じゃあ、お見合い話持ってきたくせに、最初から結婚させる気は無かったって事なの? お見合いって結婚の前段階だよね? 上手くいけば待ってるのは結婚だよね? 僕と彰宏さんはΩとαだよ? 結婚するのなら番うのはおかしくないよね? 順番が変わったのはごめんなさいだけど…」
少しキレた僕は、言いたい事をぶち撒けた。
初めてキレた僕を見たお父さんが驚愕してる。だけど、お父さんが悪いんだよ?
怒りで微かに震える僕の膝に置かれた手を、彰宏さんが包み込むように握った。
「琳、落ち着いて」
「パパも言い過ぎよ。今のは良くないわ」
「…すまん…。琳、彰宏くん、すまなかった。
その…琳はまだ学生で子供だから、まだ手放したくなくてつい、その…」
お父さんが珍しく、吃ってる。
それよりも、子供…って…。確かに僕はまだ学生だけど大学生だし、二十一歳……。もしかして、あれ…かな? 子供は幾つになっても子供…っていう…。
「僕も…ごめんなさい…」
僕も素直に謝った。仲直りね。喧嘩してないけれど。
「パパ、二人はもう『番』なの。私もね、もし琳が望まない契約だったのなら、パパと同じ事を言ったと思うわ。琳の寿命を縮めると解っていても、解消を求めたでしょう。けど、琳は彰宏さんが好きだと言ったの。二人は想い合ってる。なら、反対する理由も、意味もないでしょう?」
「そうだな…」
「彰宏さん」
お母さんが彰宏さんの名前を呼ぶ。
「はい」
「琳は政略には使いません」
「解っています」
「息子夫夫である貴方達の事は気に掛けますし、必要ならば手を差し伸べる事もあるでしょう。けれど、貴方のご実家の高槻とは、政略的な関係は結びません」
「承知しております。元より、私は琳くんに惹かれたのです。長峰のブランドを望んだ訳ではありません。父もそうです。私は一人息子ですが、政略的な結婚を私に強要したりはしません」
「そうですか…。パパ」
「うむ…。琳、彰宏くんとの結婚を認めよう。ただし、大学は卒業する事。入籍はその後だ」
「ありがとうございます」
「ありがとう。お父さん、お母さん」
僕の両親の許可を得て、彰宏さんがソファーから立ち上がって深く頭を下げる。僕も慌てて立ち上がり、彼に倣って、両親に向かい頭を下げた。
「そうと決まれば、次は彰宏くんの両親との顔合わせだな。お父さんとは会ったが、お母さんとも必要だろう」
「帰ったらすぐ父に報告します」
「明日で良いから、連絡してくれるよう伝えてくれるか? 互いに都合の良い日時の擦り合わせをしたい、と」
「分かりました」
頷いた彰宏さんは、そろそろ日付が変わろうかという頃、帰って行った。
車の所まで送った僕が、
「彰宏さん、好きです」
と改めて告げれば、僕を抱き締めて、キスをして、
「琳、愛してる」
という『愛の言葉』を僕の耳元に囁いて……。
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