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《本編》
15. 壊れていく…
しおりを挟むどうやって家に帰ってきたのか……。
彰宏さんが青年を抱えて去った後、しばらくその場に立ち尽くしていた僕は、"僕達"と同じ様に中庭に出て来た人達の話し声に気付き、慌てて中に戻った。パーティーの終了まで待ってみようかとも思ったけれど、いつ戻って来るのか、それとも戻らないのか…。判らないのに、このまま独り待つのは怖い。此処はαが多い。自分が番持ちのΩで番以外にはフェロモンは判らないといっても、Ωの本能か。αの多い場所は怖い。
僕は専属のタクシーを呼んだ。来る時は彰宏さんの車だったから場所を教えなければいけなかったけれど、住所は判らないから、屋敷の主の名前を告げると、すぐに迎えに来てくれた。
タクシーに乗った僕。行き先を告げなくても自宅マンション前まで送り届けてくれる。
気が付いた時には、着替えもせずにリビングのラグの上で座り込んでいたー。
どれくらいそうしていたんだろう…。
「着替えなきゃ…」
呟いて立ち上がろうとするけれど、脚に力が入らない。俯いて見つめていた膝に、ポツポツと降り始めの雨の様なシミが拡がる。
僕の目から涙が溢れた。
「なんでっ…! どうして……」
その問いに応えてくれる声はない。
交際を始めてから今までだって、発情期のΩには遭遇した事はなくてもΩフェロモンを感じる事は何度もあった。でも、彰宏さんが反応する事はなくて、
「琳の匂いが好きなんだ。他の匂いなんて要らない」
って言って、嗅いでしまったΩフェロモンの上書きをする様に、僕を抱き締めて僕の匂いを鼻いっぱいに吸い込んでたのに…。
今日の彰宏さんは、明らかにあのΩの青年の匂いに反応していた。しかも、僕の存在は認識しているのに、まるで「邪魔だ」とでも言う様に「帰れ」と命じた。
ショックだった。お見合いしてから今まで、一度だって冷たくされた事はない。いつだって僕を優先してくれて、尊重してくれて…。僕だって、彼が…彰宏さんが一番だったのに…。
だけど、どうして彼は…あのΩの子は彼処にいたの? しかも、明らかに発情してた。それに…。首に項を守る筈のネックガードをしていなかった。
もしかしたら……。
思い当たったイヤな予感に、全身から冷や汗が噴き出した感じがした。
もし僕の予感が間違っていなければ…。
番持ちのΩのフェロモンは番のαにしか判らないけれど、αは番以外のΩフェロモンにでも反応する。けれど、それだけではない不自然さも感じる。
番の僕の存在を否定するかの様に2人だけの世界に入っていた。まさか……。
「…運命…?…」
辿り着いた可能性に、目の前が暗くなった。
その夜、日付が変わっても『夫』は帰って来なかった。
そして明け方、僕に突発性の発情の症状が表れたー。
発情症状だと気付いてすぐに抑制剤を飲んだのに、症状は治まらなかった。突発性の発情期に通常処方されている抑制剤は効きにくいとは言われていたけれど、本来なら発情を鎮めてくれる筈の番のαが不在なのだから仕方なく服用したのに…。緊急抑制剤も常備してはいるけれど、高校生の頃に一度やむを得ず使用した時、副反応が酷くて病院に運ばれた記憶が脳に染み付いているせいか、怖くて使えなかった。
けれど、通常処方の抑制剤も効きが悪いだけで全く効かない訳では無いらしく、『いつか』の様に理性を飛ばす事は無かった。ただ、熱がじわじわと全身を侵食していく感覚だけはあった。
どんどん熱くなる身体を少しでも冷ます為に、風呂場に行った。衣擦れすら快感に変わるから、着衣のまま、服の上から水のシャワーを浴びた。火照った体には気持ちいい。
シャワーから上がった僕は濡れた服を全て脱ぎ捨て、冷えた体にバスタオル一枚だけを羽織って脱衣場を出ると、夫夫の寝室に向かった。
部屋の中央に鎮座するダブルベッドに潜り込む。
毎晩、僕達夫夫が寄り添って寝るベッド。夫夫が愛し合う行為をする夫夫の聖域とも言える場所。
夫が寝ている方に身を沈めれば、彼の匂いに包まれている気がした。
その間にも熱を上げていく体に耐えきれなくなった僕は、ゆっくりと下肢へと手を伸ばす。
「…彰宏さん…っ…」
切なくて呼んだ名前に、応える声は無かった……。
不意に匂いを感じて、僕は目を開けた。
開け放たれたカーテンから見える空の色から、今は夜だと判った。ベッドに入ったのが昼前。自分で慰めながら寝落ちしたみたいだ。
体の火照りはまだ冷めてはいなかった。冷める訳がない。抑制剤はあくまでも抑制するものであって、症状そのものを鎮めるものじゃないのだから。突発性はαの精を胎内に吸収する事ですぐに治まるのは身を以て知っているけれど…。
「……………」
とりあえず上体を起こす。と、空気が動いたからか、また匂いがした。匂いの元を辿り部屋の入り口に視線を向けるのと同時に、ドアが開いた。
立っていたのは…。
「彰宏さん……」
待ち人だった。けれど…。
「琳、ヒートが来たのか…」
言い、上着を脱ぎ捨てながら近寄ってくる彰宏さんに、手を伸ばす僕。
ぞわり……
「…え?…」
悪寒がした。そして気付く。何処でシャワーを浴びてきたのか、夫からは石鹸の香りがしたけれど、その香りに混じって香る匂いに。その匂いを知っている。あのΩの青年のフェロモンに間違いなかった。
「…っ…!」
認識した途端に嫌悪感と吐き気に襲われた。彼の手を掴む前に引こうとした手を握られて、そのままベッドに押し倒された。
彼は既にラットになっていた。
「いやっ…! 離して…!」
叫ぶ僕の声は届かない。
どんどん近付いてくる夫の顔。
恐怖以外の何物でもなかった。
「いっ…いやだあああああ…っー…!」
そう叫んだのを最後に、僕の意識は闇に沈んだー。
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