16 / 108
《本編》
16. 罠に嵌まる(彰宏side③)
しおりを挟む琳以外、要らなかった。
バース性に関係なく、高槻琳という人間しか要らなかったんだ。
何故、こんな事になってしまったのか…。
父に勧められて夫夫で参加した社交パーティー。
会場の熱気に充てられたのか、「風に当たりたい」と言う琳と一緒に中庭のベンチで休んでいた。俺の肩に頭を預けてくる琳が可愛くて、小さな頭を撫でた。
その時、匂いがした。鼻腔を擽る様な匂いに心がざわついた俺は、言い知れぬ衝動を感じで匂いの元を辿った。
辿り着いた先には…。
後を付けて来た琳の呼ぶ声が聞こえたが、俺は視線の先に立つ『Ωの青年』から視線を外す事が出来なかった。そうだ。首にネックガードは付けていなかったが、青年から漏れ出るフェロモンから彼がΩであるのは確定。しかも、心が『彼が欲しい』と叫ぶ。すぐ傍には愛しい琳がいるというのに…。
俺を青年に近づかせまいと服の裾を握る琳の手を外した時、俺の胸に自分から飛び込んできた青年を抱き留める。彼を腕に抱いたまま、琳に「先に帰れ」と命じた。「待つ」と言う琳に更に強く命じれば、小さく返事が聞こえた。
琳に帰宅を促したのは、邪魔だったから…というよりも、αが多い会場に居させたくなかったから。腕に別のΩを抱えながら琳を他のαの側に置いておきたくない。俺は自分の身勝手さ、クズさに吐き気がした。それでも青年のフェロモンには抗えず、青年を抱え上げ、琳をその場に残して歩き出した。
歩き始めてすぐ、青年が「僕の部屋へ…」と言った。青年はこの家の長男だという。俺は既に青年のフェロモンに飲まれかけていた。青年に案内されながら部屋に入った途端、俺のなけなしの理性は霧散したー。
正気に戻った時には既に朝になっていた。
慌てて寝ていたベッドから下りて改めてベッドを見れば、俯せで全裸で寝ている名前も知らない青年。その項には、くっきりと噛み跡がついていた。
「…くそ…っ…!」
悪態が口を突いて出る。
俺は昨夜の事を思い出していた。青年の放つΩフェロモンに抗えず抱いた上に、あろう事か番にしてしまった。
最悪だ……。
頭を抱えたくなったが、今は先に絶対にしておかなければならない事があった。
青年を揺すって起こす。俺が見ている事に気付いて恥じらいながらシーツを裸体に巻き付ける姿に苛立った。が、青年が何かを言う前に先に訊いた。
「避妊薬は?」
「…え…?」
「避妊薬! Ωなら持ってるだろう!」
少しの威圧を込めて言えば、震える声で答える青年。
「…チェストの…一番上の引き出し…」
「ここだな?」
目的の物はすぐに見つかり、今度は飲み物はないか訊けば、再び小さな声で答えが返ってきた。
「机の上…」
机の上には、常備しているのか、未開封の水のペットボトルが3本並んでいた。その内の1本を手に取り戻ると、口移しで青年に避妊薬を飲ませた。意識のある状態で琳以外にキスをするなど吐き気がするが、本人に任せて飲んだフリをされては堪らない。
薬が確実に嚥下されたのを確認してから、床に脱ぎ散らかしていた自分の衣服を身に着ける。机の上のメモ用紙に名前と私用の電話番号を書いて、今だベッドの上の青年を見た。
「名前と電話番号を書いておく。後日、君の父親を通して連絡するから待っていろ」
「え…。だって僕達、運命…」
「! 俺には愛する妻がいる。俺にとっては唯一のΩで番だ。君を番にしてしまった以上、責任は取りたいとは思うが、妻と別れるつもりはない。自分が妻より優位に立てるとは思わない事だ。愛人で良いのなら生活の面倒は見てやる」
そう言い残し、俺は部屋を出た。
廊下を歩きながら軽い威圧を放っていたからか、仕事中で廊下を行き交う使用人(恐らく)達から、呼び止められる事なく外に出る事が出来た。
真っ直ぐに家に帰る訳にはいかず、シャワーを浴びて落ち着いて考える為に、ネットカフェに入った。
一度冷静になれば見えてくるものがある。恐らく自分は嵌められたのだと。だが、仮にそうだとしても、まんまと嵌り番にしてしまった自分に非が全く無いとは言えない。
琳に会いたい……。
どの面下げて…と自分でも解っているが、無性に妻に…琳に会いたい……。
結局、俺が自宅マンションに帰り着いたのは、どっぷり陽が暮れてからだった。
鍵を開けて玄関に入った時、違和感を感じた。
真っ暗だったのだ。夜とはいえ、寝るにはまだ早い時間なのに、玄関から見えるリビングに明かりが点いていない。昨夜、琳を自宅まで無事に送り届けた事は、タクシーの運転手に確認済み。
「琳…?」
声を抑えて呼びながらリビングの電気を点けたが、リビングに琳の姿はなかった。琳の性格と普段の生活から見て、留守にしているとは考え難い。
まだ早いがもう寝てるのかも知れない、と思い寝室に向かった俺は、閉ざされた寝室のドアから漏れ出るフェロモンに気が付いた。
「琳、寝てるのか…?」
ゆっくりとドアを開いた俺が見たのは、潤んだ目でこちらを見つめる、シーツ以外何も身に纏っていない、愛する妻の姿だった。
琳の周期的に来る発情期は1ヶ月前に終わったから、突発性の発情なのだろう。いつから……。
こちらに手を伸ばしてくる琳に、上着を脱ぎ捨てながら一歩ずつ近付いていく。
可哀想に…。ずっと番である自分を待っていてくれたかと思うと、より一層、愛おしかった。
だが…。
触れる寸前、琳がいきなり拒絶を示した。「いやだ!」と叫び、激しく抵抗する琳を、俺は湧き上がる欲望のままに蹂躙したー。
674
あなたにおすすめの小説
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる