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《本編》
17. 独りの朝 - 後半·彰宏side④
しおりを挟む朝、目を覚ました時、既に彰宏さんの姿は無かった。
枕元の置き時計で確認した時刻は午前8時過ぎ。
「……………」
ベッドに座ったまま、両腕で自分の体を抱き締めた。
昨夜、帰って来た彰宏さんからは、他のΩの匂いした。僕のα。待っていたのに、待ち人から香る自分以外のΩの匂いに、全身が拒絶反応を起こした。夫に触れられる事に嫌悪し、叫んだ所までは憶えている。そこからの記憶はない。ただ、腰に感じる違和感から、意識の無い僕を彰宏さんが抱いたであろう事だけは明らか。何より、1日経っても治まらなかった発情が治まっていたから…。
体液でベタついていた筈の僕の体は綺麗になっていて、パジャマを身に着けていた。
「…あの人を…抱いたんだ…」
ぽつりと呟いた。
ただ触れただけならシャワーで洗い流せば匂いはあまり残らない。けれど、昨夜の彰宏さんは、表面に纏う石鹸の香りでは隠し切れない程のΩフェロモンに包まれていた。つまり、深く繋がったという事だ。彼はきっと知らなかったんだと思う。シャワーで洗い流せばバレない…と思っていた……。
「…っ…!」
他のΩを抱き、その余韻を体に残したまま、僕を抱いたんだ…。酷い……。
ぎゅっと唇を噛み締め、泣きたくなるのを堪えてベッドから足を下ろした。立ち上がる。
発情中のΩの体は、そういう事に特化した柔軟な体になるから、余程の無体をされない限り、発情期明けに寝込む事はない。
いっそ、何も考えられないくらいに寝込んでしまえればいいのに……。
リビングには彰宏さんの姿はなかった。今日は月曜日だ。仕事に行ったんだと思う、僕も仕事があるけれど、後で電話して今日は休ませてもらおう。
喉が渇いたから水を飲もうとダイニングキッチンに行った僕は、ダイニングテーブルの上にラップが掛かったサンドイッチが載った皿と、何かが書かれたメモ用紙を見つけた。
「…僕のあさごはん…」
毎日の朝食当番は彰宏さん。いつもと同じ様に作ってくれたんだ…。食べやすさを考慮してのサンドイッチなんだと思う。美味しそう…。
僕はメモ用紙を手に取った。目線で文字を追う。
『琳へ、
昨夜はすまなかった。
体は大丈夫だろうか。
避妊薬は、口移しで申し訳ないが、飲ませたから安心してほしい。ご飯を用意しておいたから、食べられそうなら少しでも食べて。今日は仕事は休んで、ゆっくりして下さい。欠勤の届けはしておくから。 彰宏』
「……………」
手にしたメモの上に、僕の零した涙が水玉模様を描く。今は彰宏さんの気遣いや優しさが…辛い…。
でも、そっか。無かった事にしたいのか…。
それなら僕は…僕も……。
〈彰宏side④〉
俺は父と睨み合っていた。
……………。いや、正確には、父の鋭い眼光を真正面から受けながら、父の言葉を待っている。
俺の左頬は、話した直後に父に張られ、自分では見えないが赤くなっているだろう。まだヒリヒリする。
今、俺が父と対峙している此処は、会社の社長室の隣にある応接室である。
やがて、ため息と共に父が口を開いた。
「話しておくべきだったか…。いや、まさかそこまでするとは思わなかったが…」
まるで独り言の様な呟き。
「父さん?」
俺が呼びかけると、父はもう一度ため息を吐いた。
「あの家の長男がΩなのは知っていた。二十代半ばだった筈だ」
「…二十代半ば…」
二十歳そこそこにしか見えなかったが、Ωは実年齢より幼く見える傾向がある。とりあえず、未成年でなかった事に安堵した。フェロモンに充てられたと言えばそう重い罪にはならないが、未成年に手を出したとなれば無罪という訳にはいかないし、番にしてしまった以上、公になれば世間の目は厳しいものになる。もっとも、成人しているからとて、番の妻がいながら他に番を作るなど、自分が自分を許せるものじゃない。
しかも俺は…。
今朝の事を思い出す…。
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