23 / 108
《本編》
23. 夫の出張
しおりを挟む「出張…ですか…」
その日の夕方、珍しく定時に仕事が終わり一緒に帰って来た彰宏さんが、夕食の席で言った。
「3日…いや、4日ほど」
「…4日…」
結婚して1年と少し。彰宏さんが出張で何日も留守にするのは初めての事だった。
彰宏さんは高槻カンパニーの専務取締役だ。彼の仕事は僕なんかよりずっと激務だし、出張だってこれまでに何回もあったけれど、何日も留守にする事は一度も無かった。日帰りか、一泊二日だった。
『いつ突発性の発情が来るか判らないし、何より、琳を長い間1人にしておきたくないからね。俺も寂しいし…』
以前、彰宏さん自身がそう言っていた。
僕は素直に喜んだ。僕も同じ気持ちだったから。愛する番の長期不在に不安になるΩは多くて、その不安が番を求めて周期外のヒートを誘発する可能性がある事は、Ω研究で確立されていた。だから、番のαは申請さえすれば長期の出張や単身赴任を免除してもらえる。
でも、今になってどうして長期出張…。
結婚1年。もう大丈夫だとでも思ったのだろうか。
そんな事は全然、無いのに……。
でも、重要なポストに就いていて忙しい立場にいる夫に、「行かないで」などと我儘は言えない。仕事なのだから。ここは素直に頷いて送り出すのが夫の役目…。
「分かり…ました。じゃあ準備を…」
三泊するのなら、流石にいつもの様に少ない荷物というわけにはいかないと思って申し出れば、
「大丈夫。自分で出来るから」
と、素気なく断られ、退くしかなかった。
その夜は、一緒に寝室に入った瞬間、背後から抱き締められ「琳を抱きたい」とストレートに求められた。
僕はすぐに頷く事が出来なかった。
2週間前のあの日、突発性の発情の時に酷く抱かれてから今日まで、彰宏さんから求められる事はなかったから、この2週間は一度も抱き合う事は無かった。彼が嫌がる僕を無理矢理暴いた事を後悔しているのは知っていたけれど、僕だってあの時は怖かったし、互いにあの日の事は口にしないまま、今日まで来てしまったんだ。
なのに、どうして今…。
そう思いながらも、僕は「はい」と小さく頷いた。
優しく抱かれながら、行為が終わり眠りに就くまで、一度脳裏に過った言い知れぬ不安だけは、頭の片隅から消える事はなかったー。
翌朝。
自宅から直で出張先に向かうんだと思っていたけれど、会社に寄ってから行くという彰宏さんと一緒に出勤した僕は、駐車場で車から降りる前に「行ってらっしゃい、気を付けて」と言葉をかけ、彰宏さんは「行ってきます」と言って僕にキスをした。
この時、彰宏さんは何を考えていたんだろう…。
僕の次の発情期は、周期がズレなければ4日後だった。彼も知っている筈だった。
4日後ー。
この日から1週間、僕は発情期休暇を取って家にいた。まだ本格的な発情症状は出ていない。けれど、長年の感覚的に発情期なのは間違いない。初日だから、少し熱いくらいだけれど。
この4日間、出張先からの連絡は無い。本当に今日帰って来るのかも判らない。いくらなんでも帰宅予定が変更になれば連絡がある筈だから今日帰って来ると思うけれど、実際にはどうだろう? 一度も連絡が無かった事が僕を不安にさせた。不安なら自分から連絡してみればいいのだけれど、何故かそれはしていけない様な気がした。
だから、僕はただ待つしかない。
そして…。
夜8時を過ぎた頃、彰宏さんは帰宅した。
玄関までお出迎えする僕。
「お帰りなさい。出張、お疲れ様でした」
「ただいま。変わった事は無かった?」
「はい。会社への送迎は専属のタクシーを使いました」
「そうか。今日から発情期だったね。具合はどう? ちゃんと俺も休暇をもらってきたから、一緒に過ごそう」
「…はい」
玄関先で言葉を交わす。何気ない会話だ。けれど、僕に生じた小さな違和感。いつもの彰宏さんは、僕より後に帰宅した時に僕が出迎えると、必ず真っ先にハグをするけれど、今日はそれが無い。4日も離れていたのに…。でも、自分から「ハグは?」と言える筈もなくて…。
廊下に上がった彰宏さんが僕の前を通り過ぎる時、空気が動いたからだろう。ふわりと匂いがした。
それは覚えのある匂いだったー。
585
あなたにおすすめの小説
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる