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《本編》
32. 駄目…かもしれない…
しおりを挟む更に時間は流れー。
結婚3周年の記念日、夫は帰らない。
当日は火曜日だった。僕達にとっての大切な日だから、この日だけは曜日に関係なく帰って来てくれると信じて、細やかだけれどお祝いの料理と、小さいけれどケーキを用意して待っていたのに…。日付が変わるまで待っていた僕は、すっかり冷めてしまった料理には一切手を付けず、独りの部屋で、泣きながらケーキを食べた。寂しかった…。
3日後の金曜日の夜にいつもの様に帰って来た夫は、結婚記念日の事には一言も触れない。言い訳も謝罪も無い。本当に忘れていたのか、それとも、忘れているフリをしているのか…。
(…もう…駄目かもしれない…)
そう思った瞬間だった。
そして、2ヶ月後ー。
その思いが決定的になる出来事が起きたー。
僕はインターホンのモニターの前で途方にくれていた。
有り得ない来客の映るモニターを見て…。
『琳さん、私よ』
「…お…お義母様…」
『琳さん? いるのでしょう? 開けてちょうだい』
年に一、二度しか会わないけれど、間違う訳ない。
でも、どうして此処が…。此処の事はお義父様しか知らない筈じゃ…。僕の家族にだって教えてないのに…。彰宏さんかお義父様が教えた…? ううん。それは絶対無い。断言出来る。
……………。
もしかしなくても、調べた…? 3年経った今になって…?
『いるのは判っているの。お話があるのだけど。開けてくださらないのなら、貴方のお兄様の会社に行きますわよ?』
「…っ…!」
彰宏さんかお義父様に連絡すべきか悩んでる間に、何やら恐ろしい事を言われた。
瑠偉くんの会社に!? 困る! それだけは絶対…!
慌てて玄関に行った僕は、気持ちを落ち着かせる様に深呼吸をしてから解錠して、ゆっくりとドアを開けた。
そこには笑顔のお義母様が立っていた。怖い…。
それは顔に出さずに室内へと促そうとしたけれど…。
「此処で結構よ。時間は取らせないわ」
「は…はい…」
「単刀直入に言います。琳さん、彰宏さんと別れてくださらない?」
「…え?」
「離婚してほしいの」
「ど…どうして…」
お義母様が離婚を勧めてくるんだろう?
お義母様が僕と彰宏さんの結婚に納得していないのは知ってた。僕を嫁と認めていない事も。そもそもお義母様は、相手が誰であろうと反対する、と彰宏さんもお義父様も言っていた。だから気にする必要はない、とも。
お義母様に離婚を勧められる意味が解らない。僕達の現状を知っているから? でも、彰宏さんからは何も言われてないのだから、頷く必要はない筈だ。
「仰る意味が解りません」
怖かったけれど、屈してはいけない…と毅然と返せば、お義母様は溜息を吐いて、横を向いた。僕からは死角になっていて見えなかったけれど、誰かがいるらしい。
「あなた、こっちにいらっしゃい」
お義母様が呼び、姿を見せたのは…。
「……………。…っ!」
僕は彼を知っていた。3年前に一度だけ見たあの時のΩ…。その腕に生後半年くらいの赤ちゃんを抱っこしていた。そして僕は、その赤ちゃんの顔に既視感を覚える。
(…彰宏さんにそっくり…)
内心で呟いた。僕はそう思っただけだったけれど、続くお義母様の言葉がそれを肯定した。
「こちら、祐斗さんと仰るの。彰宏さんの番でいらっしゃるのよ。あら、ごめんなさい。あなたも彰宏さんの番でしたわね」
「……………」
僕は唇を噛み締めた。悪意のある言い方に…。
(僕はそこまで嫌われていたのか…)
お義母様の言葉は続く。
「見てくださる? この子、彰宏さんの子供なの。お名前は宏斗ちゃん。ね、彰宏さんにそっくりでしょう?」
「……………」
(…宏斗…。ああ…やっぱり……)
「この子の為にも別れてほしいの。祐斗さん、今は彰宏さんの愛人ですけれど、子供がいるのですもの。子供のいないあなたが身を引くのが筋でしょう」
「…っ…! それは…っ!」
彰宏さんが「三年は子供は持たない」って言ったから…。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「このままだと宏斗ちゃんが父親のいない子になってしまうでしょう? この子は高槻の跡継ぎなの。琳さん、離婚してくださるわよね?」
「ぼ…僕…は…」
僕と離婚させて、高槻の血を引く子供を産んだ彼と再婚させたい訳か…。
ちらりと祐斗さんを見れば、彼は困った様な顔をしていた。何かを言う様子はない。
そして更にお義母様は……。
「それに、こう言っては何ですけれど、琳さん、Ωですのに、三年経っても子供がいないだなんて、琳さんのお体に問題があるのではなくて?」
「!!!」
あまりの言葉に衝撃を覚えた。
そこから先は、お義母様が何を言っていたのか、思い出せない。いつの間に彼女らが帰ったのかさえも…。
気が付いた時には、一人、玄関に佇んでいたー。
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