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《本編》
35. 絶望に侵されて
しおりを挟む「馬鹿にしないで! 要らない! 今更、貴方の子供なんて欲しくない! 産みたくない! だって貴方は、もうその腕に抱いたじゃないか! 自分の子供を! 僕以外が産んだ貴方の子供を! 僕の子供は一番になれない! 僕だって、貴方の唯一になれない! 今更、貴方の上辺だけの愛なんか要らない! 今更、情けなんか…要らない…。
もうヤダ…。離婚してよ…」
まるで子供の癇癪なのは自分でも解っていたけれど、あまりの無責任さ、身勝手に、叫ばずにはいられなかった。夢見ていた未来を潰された事も赦せなかった。
頭がズキズキと痛んだ。日々、倦怠感と頭痛に苛まれ続けた体が、興奮して血圧が上がったからか、悲鳴を上げていた。脚を踏ん張っていないと倒れてしまいそうになる。
彰宏さんはそんな僕の様子には気付いていないようで、徐ろに椅子から立ち上がると僕の傍に来て、僕の右腕を掴んだ。
「いっ…!」
突然掴まれた腕の痛みに小さく悲鳴を上げ、顔を顰めながら彰宏さんの顔を見上げれば、鋭い視線を向けられていた。彼が怒っているらしい事は解るけれど、何故? 今、怒るべきは『僕』の筈だ。
「今から『子作り』する」
そして、宣言された。
「なっ…!」
驚愕する僕。
「…俺との子供は要らない? ふざけるな。俺達は夫夫だろう? 俺の子を産むのは琳…君だ。君の産んだ子が高槻の跡取りなんだ 」
「……………」
僕は理解した。彰宏さんの怒りの理由が「貴方の子供なんか欲しくない」と僕が言ったからだ、と。
本能的な恐怖を覚えた。逃れなければ…。今は発情期じゃないから、幾ら胎内に射精されたって妊娠はしない。それに、僕はもう…。
そう訴えたいのに、軽くαの威圧を放っているらしくて、僕は怖くて震えていた。それでも、拒絶の言葉は口にする。
「やっ…やだ…っ…。はっ…放して…!」
抵抗を試みるも力で敵う筈もなく、寝室まで引き摺られる様に連れて行かれた僕は、ベッドの上に放られた。それでも逃げようとうつ伏せになった僕に、彰宏さんが伸し掛かる。
そして僕は、夫に蹂躙されたー。
「…う…っ…」
重い瞼を持ち上げると、最初に視界に飛び込んできたのは、寝室の天井だった。自分がベッドに横になっているのが解る。
「……………」
そっか…。昨夜、僕は…。
ゆっくりと上体を起こす。
「つ…っ…!」
後ろに一瞬、鋭い痛みを感じた。恐らく、切れているんじゃないかと思う。体は綺麗に拭かれ、パジャマを着せられ、ベッドシーツも替えてあり、一見何も無かった様に見えるけれど、僕の痛む箇所が、現実を教えてくれる。
僕は彰宏さんに…夫である彼に、暴力的に犯されたんだ。あれは夫夫の営みなんかじゃなかった。子作りでもない。発情期ほどは濡れない後孔をおざなりに解して突き挿れただけの、ただの暴力だった。ただでさえ一年近く開かれなかった場所だったから、痛みが快感を凌駕した。その暴力的な行為は、僕が痛みに気絶するまで続いたんだろう。最後のほうは記憶にないから…。
寝室に彰宏さんの姿はなかった。
「ふ…っ…」
僕の流した涙が、下半身を覆う布団の上に水玉模様の染みを作っていく。嗚咽の洩れる口元を押さえた。
蹂躙された体よりも、心が痛かった。
痛い…辛い…苦しい…悲しい…寂しい…。
いろんな感情が綯い交ぜになって、精神と体を蝕む。
この時の僕は、既に正常な判断が出来なくなっていたんだと思う。
ああ…何故僕は生きているのか…。
夫に…番に放置され、夫の…番の母親には嫌われ…蔑まれ、夫の僕以外の人が夫の子供を産み…。
僕は何なんだろう? 僕の存在理由は…。
……………。
そうか。僕の存在は邪魔なんだ。
夫が、放置するくせに別れないのは僕が番だから。でも、夫はもう一人の番と子供を儲けた。お義母様は息子の子供を産んだ彼を認めた。
ストンと腑に落ちた。僕が…僕だけが邪魔なんだ。
僕が…僕さえいなければ……。
それは衝動的な行動だった。
僕はチェストの引き出しを開けると、1回1錠と決められている抑制剤を、残っていた数錠全てを口に放り込み、チェストの上のペットボトルの水で一気に流し込んだ。薬が喉を通り胃に到達した時、即効性のある薬の副作用で強烈な胃の痛みと頭が割れそうな程の頭痛に襲われ、意識が遠退くのを感じた。傾いだ体は、スローモーションの様にゆっくりとベッドから転がり落ちる。不思議と痛みは感じなかった。
ああ…これで楽になれる…。
完全に意識が闇に閉ざされる直前、僕を呼ぶ声が聞こえた気がしたー。
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