【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

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《本編》

37. 謀られた妊娠(彰宏side(12)

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「妊娠…?」

  祐斗を診察した医師の言葉に、俺は唖然ととしたー。

  

  祐斗の発情期にアパートに行った俺が部屋に入って目にしたのは、ワンルームの隅に置かれたベッドに伏せて、ぐったりしている祐斗の姿だった。慌てて駆け寄り名前を呼べば身動ぎはするものの意識はなく、息は荒い。手で顔に触れれば、熱い。熱もあるらしい。フェロモンの匂いは然程しないから体調不良によるものだと思った俺は、そっと祐斗を抱き上げて車に運び、アパートから一番近いΩのある個人病院の夜間診療を受診した。
  抑制剤の服用を義務付けられているΩは、飲み合わせの問題から無闇に市販薬を服用せず、体調不良の時は必ず受診して自分に合った薬を処方してもらう事が推奨されている。どうしても直ぐに受診出来ない場合のみ応急処置として服用しても、直ちに受診が基本であり、常識である。
  だから俺は迷わず受診したのだが、祐斗を診察したΩ科の医師から聞かされたのはー。

「今3ヶ月…4ヶ月目に入ったところですかね」

  淡々と検査結果を告げる医師を前に、俺の頭の中は「何故?」「どうして…」に支配されていた。
  避妊はしていた。自分は避妊具を必ず装着し、祐斗には毎日避妊薬を飲ませた。
  結果を聞いても一言も喋らず考え込んでいる俺を訝しげに見ていた医師が、改めて口を開いた。

播磨はりまさんのうなじには噛み跡がありましたが、お二人は番ですか?」
「はい」

  俺は頷いた。他人に訊かれるのは正直に言えば厭だが、相手は医師である以上、正しく答えるしかない。

「ご夫夫ふうふですか?」
「違います」
「では、パートナー?」
「何を以てパートナーと呼ぶのかは分かりませんが、恋人を指すなら違います。パートナーではありません」
「播磨さんのお腹の子供は貴方の?」
「はい」
「彼と結婚するご予定は?」
「ありません」

  訊かれたから即答したのだが、医師は何とも複雑そうな顔をしていた。まあ、言いたい事は解るがな。番が妊娠したのに結婚する気がないと言ったからだろう。俺は既婚者で彼は愛人だという事をわざわざ説明する気はないが。

「貴方がたの私生活に意見する気はないのですけどね、私も。ですが、一つだけ言っておきますが、堕胎は出来ません」
「………。どういう事ですか?」

  俺は訊き返す。妊娠の事さえ寝耳に水でそこまでは考えてはいなかったが、確かに堕胎は望まない妊娠をした場合の選択肢の一つではある。が、出来ない?

「女性でしたたらギリギリ可能な時期ですが、男性体Ωは子宮が直腸の奥にあるので、妊娠の極初期…1ヶ月から2ヶ月の頃でなければ堕胎出来ないのです。それ以降ですと母体に危険が及ぶ可能性が高いので。医師法でも決まっているのです」
「……………」

  取り敢えず俺は頷いた。「出来ない」と言われたら何も言える事はない。
  今夜一晩、祐斗は入院する事になり、翌日熱が下がったら退院してもいいと言われた。退出しようと立ち上がった俺に医師は、

「あと、悪阻つわりのせいであまり食べられていないか、もしくは食べても吐いてしまうのか、少し衰弱が見られます。妊娠中は出来るだけ会って様子を見てあげて下さいね。番のフェロモンはΩにとっては精神安定剤でもありますから」

と言われ、それにも取り敢えずは頷いておいた。

  祐斗のいる入院室に行くと祐斗は起きていた。俺の顔を見るなり、怯えた様な顔をする。俺はため息を吐きながらベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろした。

「…彰宏さん…」
「明日、熱が下がれば帰っていいそうだ。話は帰ってから聞く。俺は一旦アパートに帰って明日の朝、様子を見に来るから、今夜は何も考えずに休め」
「………。はい…」

  本当はすぐにでも問い詰めたい。けれども此処は病院で、相手は病人である。俺は、明日祐斗の熱が下がっていること願いながら、病院を後にした。

  翌日、病院を再訪した俺。まだ微熱はあるものの「あとは自宅で安静にしていれば大丈夫でしょう」と退院許可が下りた祐斗が着替えをしている時に一度入院室の外に出た俺に、一緒に出た医師が言った。

「妊娠中のΩに発情期は来ないけれど、Ωの妊夫は本来の発情周期が近付くと心身が不安定になり今回の様に体調を崩しやすいから、その辺りも注意して見てやってほしい」、と。

  それには俺は何も言えず、頷く事も出来なかった。

   

  アパートに祐斗を連れ帰った俺は、まだ微熱がある祐斗をベッドに押し込み、自分はベッド脇のラグの上に座った。横になっていても話は出来る。

  俺が促すと、ゆっくりとした口調で話しだした祐斗。が明らかになった時、俺は感情を落ち着かせる様に何度も深呼吸を繰り返した。そうしないと怒鳴ってしまいそうだからだ。

  やはり妊娠はに狙ったものだったらしい。祐斗を抱く時は俺はいつも必ず避妊具を装着するから、ゴムの精液溜まりの部分に針で小さな穴を開け、自分は渡された避妊薬を飲んだフリをして実際には飲まなかったという。2回目の発情期まではちゃんと飲むまで見ていた俺が、信用したのか3回目の時は見ていなかったから、賭けてみた…と。αの精子が発情期のΩの子宮に侵入した時の妊娠率はほぼ100%だから…と。
  開いた口が塞がらないとはまさにこの事。言葉に出来ない苛立ちに拳を握って肩を震わせる俺に、上体を起こした祐斗は懇願する様に言い募る。

「いけない事だって解ってたんです! 今だって! 僕がどれ程のを犯して此処にいるのかも! それでも望んでしまったんです! ただ貴方が来てくれるのを待つだけの生活に子供がいたら…。いつか貴方の訪れが無くなった時、子供をよすがに生きていける…って…。ごめんなさい…っ…。
  お願いします! 産ませてください! この子を僕から取り上げないで! 僕、こんなだから費用は貴方にお願いするしかないけれど、この子と静かに暮らすから…もう貴方の邪魔はしない…から…。ごめん…なさい…。お願い…産みたい…」

  俺は、溢れた涙を拭いもせずに必死に訴える祐斗を無言で見つめた。
  祐斗のこんなに形振り構わない姿は初めてだった。以前の彼がどんな性格だったかは知らないが、此処に住まわせる様になってからは、自分のした事と立場を正しく理解し、俺が話し掛ければ話すが、自分から話してくる事は稀だったから。
  今はそれだけ必死だという事だろうか。
  
  どのみち、堕胎出来る時期が過ぎている以上、出産以外の選択肢は無い。祐斗が知っているかは判らないが。
  少し前までは今からでも祐斗をΩ療養施設に入れる事を考えていたのに、今はただ、生まれてくる子供が祐斗の慰めになるのなら…と考える俺は、その時はまだ、自分が如何いかに愚かな選択をしたか気付いていない。ただ、静かに暮らしてくれればいい。これで俺は琳の所に
  今度こそ逃げずに琳と話をしよう。今までの事を誠心誠意謝罪し、これからは琳の為に尽くそう。
  そう改めて決意したのに…。

  その決意は実行する前に霧散してしまう。
  ままならない現実に、途方に暮れたー。
  
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