【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

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《本編》

38. 三度目の選択(彰宏side(13)

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  祐斗の妊娠の真相を知った夜、まだ本調子ではないのに興奮したからか、祐斗は再び高熱を出した。しかも40℃に迫る勢いで。流石の俺も焦り、朝退院したはかりの病院へ祐斗を抱えて再び飛び込んだ。
  朝「お大事に」と言って送り出した患者が舞い戻った事態に、診察を終えた先生から、俺はたっぷりとお叱りを受けた。
  二度目の入院は、なかなか熱が下がらず、3日に及んだ。毎日アパートから様子を見る為に病院に通った俺は、仕事には行ったが結局自宅には帰れず…。琳には、予定通りに帰れなくなった事をラインで連絡したが、既読はついたものの、返信はなかった。解っている。琳はだから…。
  なかなか解熱しない祐斗は、入院2日目に改めて検査と問診をした。そして、発熱と衰弱は悪阻つわりだけが原因ではなく、常日頃からの乱れた食生活による慢性的な栄養不足と、あまり外に出ないゆえの運動不足及び日照不足による免疫力の低下によるものだと診断された。

  俺と祐斗は一緒にテーブルに着いて食事をした事はない。毎週金曜日の夜は様子を見る為に訪ね、同じ空間で二言三言交わしつつ1時間程過ごして帰るし、発情期は俺が買い込んだ簡易食を発情の合間に食べていた。だから、普段の祐斗がどんな食生活を送っていたかは知らないが、よくよく考えれば祐斗は会社経営者の息子。それなりに裕福な家庭で育ち、料理はおろか、家事全般をした事はない筈だ。失念していた。至れり尽くせりの生活から突然の一人暮らし。掃除に関しては自分一人なのだから散らかさなければいいし、洗濯は乾燥機能付きの洗濯機だから使い方さえ理解すれば、あとは洗濯物を放り込んでボタンを押せば乾燥までしてくれる。けれど、食事はそうはいかない。自分で調達するしかない。
  アパートに戻るなり俺は、キッチン周りを漁った。入居時に一式用意した調理器具は、一年経ってるとは思えないくらいあまり使われた感じはない。使っていても数える程だろう。次に冷蔵庫を確認すると、水のペットボトルと、焼くだけ、ボイルするだけで食べれるものが何個か入っていた。冷凍庫には多めに入っていたが、電子レンジで温めれば食べられるものばかり。野菜は欠片すら無い。つまり、ほぼレトルト食品やインスタント食品を食べていた。そんな食生活を一年もしていれは、当然、栄養は偏る。
  男の一人暮らしだと思えば、レトルトやコンビニに頼った食生活はそう珍しい事でもない。自炊しなければ必然的にそうなる。けれど、祐斗は妊夫だ。お腹の胎児は母体が摂取した栄養を糧に成長する。母体の栄養不足は、胎児にとっては好ましくない。悪阻つわり中は食べられる物を食べられるだけ…と言われても、それは妊娠初期だけの一般的な悪阻つわりだった場合の話。出産まで続いた場合や、治まっても偏った生活を続けた場合、胎児の成長の阻害となる。
「一緒に暮らせない事情があるのなら、せめて食生活にだけでも気を配ってあげられませんか?」と医師に請われた。医師自身が初めに言っていた様に、彼に患者の私生活に口を出す権利はない。けれど、医師としては母体と胎児の健康を守る事が最優先事項と捉え、俺にするしかないのだろう。
  思えば、考え悩んだ末とはいえ、それに『諾』と答えたのが最も選択だった。
  こうして俺は、今ならまだ引き返せる筈だったタイミングを、自ら不意にしたのだ……。

  

  俺の日常は否応なしに変わる。琳との距離も。
  平日の退勤後は毎日、1日分…3食の食事を調達して祐斗の家に通った。それにより、定時で上がれる時は必ず琳と一緒に帰宅していたのに、それが出来なくなった。私用を理由にを告げた時の琳の寂しそうな顔が頭から離れない。
  帰りは決まって真夜中。朝が弱い琳はいつも11時前には寝てしまうから、帰宅すると既に寝ていた。琳はいつも俺の分の夕飯も用意してくれていた。きっと食べずに俺の帰りを待って、それでも帰らない俺を待つのを諦めて、独りで食べている琳の様子が安易に想像出来た。帰宅した俺は、テーブルの上の琳の手書きのメモを読み、冷蔵庫から出した夕飯を温めて食べる。独りで。後片付けをして簡単にシャワーを浴びてから寝室に行き、ベッドに…琳の横にそっと入る。琳を起こさない様に。此方に背を向けて眠る琳の背中に向かって「ごめんね…」と小さく謝って、俺は目を閉じる…。俺の深夜帰宅が日常になりつつある中、琳が何を考え、何を思っていたのか、この頃の俺は気にしていない。土日は祐斗の所には行かず、俺は琳と過ごす事を優先した。出掛ける事もあれば、家でのんびり過ごす事もある。それを琳はと捉えていたかも知れない。そう受け取られても仕方がない事は解っている。けれど、俺は琳を愛している。だから一緒にいたい。今更どの口が…と言われても、それが本心だ。行動では祐斗を優先するしかなくても、心は迷う事なく琳を求めていた。琳も変わらず俺を想ってくれている。俺が結果として琳を蔑ろにしてしまっていても。
  けれど…。
  一緒に過ごす週末、俺が求めれば琳はくれる。
俺が琳を抱きながら何度も名前を呼び、『愛してる』と囁いても、琳は快感に艶めいた嬌声をあげながらも、決して俺の名前を呼ぶ事も愛の言葉を囁き返してくれる事も無かった。それが、体は求めてくれても心では拒絶されている気がして、俺は少しずつ琳に手を伸ばせなくなっていく…。
  それに追い打ちをかける様に、本来の発情周期になると決まって体調を崩し10日は寝込む祐斗の看病をする事で、琳と発情期を過ごせなくなった。発情期を独りで耐える琳の所に駆けつけたいのに出来ない自分への苛立ちはずっとあった。それでも、妊娠中の祐斗を放置する事も出来ず…。いや、しようと思えば出来たんだろう。出来なかったのは俺自身の心の甘さと弱さ。『2人分』の命は俺には重かった。

  それでも……。
  子供が無事生まれさえすれば……。
  祐斗は子供と2人で静かに暮らしていく言った。そして俺は心も体も琳の所に。あと半年程の辛抱だ。
  本気でそう思っていた俺はホンモノの馬鹿だった。

  半年後、子供が生まれて思い知るー。  
  
  
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