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《本編》
62. 僕の”行き先”
しおりを挟む予想していなかった、彰宏さんからの面会の申し込み。
…ううん。考えない様にしていただけで、頭のどこかでは分かってた。だって僕、俺達の家に帰ろう…って言った彼の言葉を振り切って、実家に帰って来たから…。
「彰宏には、琳に訊いてから連絡すると言ってある。お前に会いたいという人間に、兄とはいえ勝手に断る訳にもいかないからな」
「瑠偉くんは、会わないほうがいいって思ってる?」
「思って…はないな。母さんと華英は会わなくていいと言いそうだが。俺としては…まあ、お前の気持ちを尊重するが、体調を見ながら大丈夫そうなら会って話をするのもアリ…じゃないかとは思ってる」
「…話…」
「ああ、そうだ。言いたいこと、今まで言えなかったこと、この際だから全部ぶち撒けちまえ。って俺は思うけど、琳が決めな。怖いなら会わなくたっていい。話はしたいけど会うのはちょっと…っていうのなら、電話だってある」
「……………」
僕は…どうしたいんだろう…?
言えなかったこと…。全部、ぶち撒ける…。
僕は…。僕…は……。
…彰宏さん……。
「…会いたい…とは思う。でも、怖い気持ちもあって…。でも…だけど、最後…なら、言いたいことも、伝えたい想い…もあって……」
「うん」
「瑠偉くん、少しだけ時間…くれる?」
「ん、解った。彰宏には連絡しとく。琳の気が済むまで待たせたらいい。待てば会えるかも…っていうなら、あいつはいくらでも待つだろうからな」
瑠偉くんの彰宏さんへのイメージに、僕は笑った。
僕には、入院中から考えていた事があった。
それを今朝、僕は家族に話した。…瞬間、その場の空気の流れが止まった…気がしたー。
朝食を家族で一緒に食べた後、僕は「聞いてほしい事があるんだけど…」と、皆をリビングに誘導した。今日は瑠偉くんも仕事がお休みで家に居るから、話すタイミングは今日がいいと思ったんだ。
話があると言った僕自身の緊張が伝わったのか、皆もどこか神妙そうな面持ちで、それでもそれぞれにソファーに座ってくれるのを待ってから、僕は意を決して口を開いた。
「ずっと考えてたんだけれど、離婚が成立したら僕、『Ω療養施設』に入ろうと思います」
とー。
3人とも、固まっているのが見て判る。心なしか、目を見開いている様に見える。僕は、誰も何も言わない(言えない?)内に…と、言葉を続けた。
「僕は大好きな家族の『荷物』にはなりたくないんだ」
僕のその言葉は、家族を酷く傷付けるものだ。誰もそんな風に思っていない事くらい解ってる。解っていて、敢えてその言葉を使った。
現に、驚いて同時に声を上げかけた3人を、僕が「黙って」という示す様に手で制すると、3人は何も言わなかった。
(ありがとう。今は僕の話を聞いて下さい)
心の中で、お礼とお願いを呟いた。
「僕、発情期は今は止まってるけれど、ずっと飲んでた強い抑制剤か完全に抜けたら発情期が再開する可能性は十分ある、って言われてるの。僕の今の体だと戻らない可能性もあるし、戻っても弱いものになる可能性もあるんだって。でも、弱いなら大丈夫ってものでもなくて、Ωにとっては発情期は必要不可欠なもので、健康を計るパロメーターで…。どちらにしろ、僕の今の体は、この先どうなるのかが予測出来ない状態だって言われてるの。だからね、Ω療養施設に入るのが一番良いのかなって思った。いつ、どうなるか判らない僕がいたら、きっと家族の生活を変えてしまう。そんなのはイヤなんだ。Ω療養施設なら僕みたいなΩの人が他にもいるだろうし、緩和ケアもしてもらえる。発情期だってケアしてもらえる。そういう所だから。僕が最期を迎える場所としても最適なんだと思う。ただ、お金だけは出してもらいたいです。僕の貯金じゃ足りないと思うから。お願いします」
言い切った僕は、家族に向かって頭を下げた。
Ω療養施設に入る事は、家族との『永遠の別れ』を意味した。僕の家族は全員α。αは施設に入れない。危篤の時でさえ。彰宏さんが、親にΩ療養施設に入れられそうになった祐斗さんに同情して愛人にした理由でもある。一度施設に入ったら二度と外には出られない。俗世間との完全な隔離…とも言われてるから…。そこに僕が入ろうとするなんて皮肉なもんだな…と思ったのは内緒ね。
それでも僕は、家族の足枷になるくらいならば…と決断した。
けれど…。
「駄目に決まっているだろう」
地に響く様な低い声で言ったのは瑠偉くん。
「そんなの、許せる訳ないだろう?
琳、此処に居ればいいじゃないか。琳1人くらい、枷になんかならない。こっちから頭下げてでも世話をさせてもらいたいくらいだ」
「瑠偉くん…」
「そうよ、琳。そんな所に貴方を入れて堪るもんですか。ママとアメリカに行きましょう。パパも喜ぶわ。此処だと瑠偉が仕事の時は琳1人になるけれど、向こうではママはずっと家に居るから、寂しくはないでしょう?」
「お母さん…」
「母さん、仕事はリモートに切り替えて在宅で出来るようにするから…」
「…あ…あの…」
僕は戸惑っていた。お母さんと瑠偉くんの申し出は嬉しいけれど、素直には受け取れない。瑠偉くんには仕事があるし、出来れば海外には行きたくない。それに、たくさん悩んで決めた僕の決意……。
「瑠偉もお母さんも落ち着いて? 琳が困ってるわ」
助け舟の様に言ってくれたのは華英ちゃん。
「琳、沖縄に来ない?」
「………。…え?」
…選択肢が一つ増えた……。
「お…おい、華英…」
「無理強いはしないわ。ずっと…じゃなくて、取り敢えず暫くは…って事でもいいの。あくまで提案、決めるのは琳よ」
「そ…それはそうだが…」
「ただね、瑠偉。貴方は社長なんだから、ずっと在宅ワークなんて出来ないでしょう? いくら朔夜くんが優秀だからって、貴方が会社で仕事しなくてどうするの。それとお母さん、琳は海外は行きたくないの。あまり好きじゃないの、知ってるでしょう? いくら両親が揃っているからって、Ωの琳にとっては慣れるのまでが大変なのよ? 言葉の壁もあるんだから。
沖縄だったら、一応国内だし言葉には困らないでしょう? それに、ノエルがいるわ。彼はΩ。私達αより余程、琳に寄り添えると思うの。だから、お母さん、瑠偉、琳を私に…私達に預けてみない? 沖縄は空気も綺麗で、療養にも適しているわ」
「「……………」」
お母さんと瑠偉くんは無言で顔を見合わせている。
そして、華英ちゃんの提案に、僕の心は揺らぎ始めていた。
沖縄…。ノエルさん…。
数回会っただけの、義兄の爽やかで可愛らしい笑顔が頭に浮かんだ。明るくて優しいお義兄様…。
同じΩ性だからだろうか。無性に彼に会いたくなった。
「僕…沖縄に行ってもいい…?」
あんなに悩んだのは何だったんだろうというくらい、僕の決意はあっさりとひっくり返った。
「勿論よ。安心して沖縄にいらっしゃい」
「「………。はぁ…」」
華英ちゃんは笑顔で頷いてくれて、お母さんと瑠偉くんは同時に溜息を吐いていた。
「琳が決めたなら仕方ないか」
「そうね。施設に入られるより、ずっと良いわ」
2人は笑顔で了承してくれて、僕は取り敢えず、沖縄に住む華英ちゃんとノエルさんの所に身を寄せる事になった。
けれど、沖縄生活1ヶ月も経つ頃には、取り敢えずだった筈の沖縄に完全移住する事を決めるなんて、この時の僕は自分でも思っていなかったー。
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