【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

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《本編》

63. 後悔に苛まれる(彰宏side(25)

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  料亭での話し合いを終えた俺は、今から出社すると言う父さんを会社に送ってから、琳と暮らした自宅マンションに帰って来た。
  キッチンに入り、渇いていた喉を潤す為にコップに水道水を注いで、一気に飲み干した。空になったコップを洗わずにシンクの中に置き、力無くダイニングの椅子に腰を下ろす。

「……………」

  此処で琳に離婚を突き付けられた。を最後に、琳とはまともに話していない。あれがかは判らないが…。入院中も挨拶を交わすだけ。瑠偉さんやお義母さん、華英さんが交代で琳に付き添っていたのもあるが、たとえ2人きりだったとしても、室内に静かな時間が流れるだけで、会話は無かったと思う。

「…琳……」

  愛しい人の名前を呟いた。
  さっき知ったばかりのに、胸が掻き毟られる。
  番と離れたΩが短命になりやすい事は、当たり前の常識として知っていた。散々放っておいてどの口が…と自分でも解っていたが、それでも、番の俺が帰って来る家にいる限りは大丈夫だろうというおごりがあった事も否定しない。だから離婚を拒否した。琳がどんな思いで決断したのかを知ろうともせずに…。

  琳が『不安症』を発症していた…?
  余命…長くて5年……。

「…っ…!!」

ドンッ!!!

  俺は拳でテーブルを叩いた。

  なんでっ…!  なんで琳が…!!
  なんで俺は気付かなかった…!!!

「なん…で……」

  俺は一体、今まで何をしていた?
  何故、琳を放置して祐斗を優先した? 
  琳が入院してから幾度となく繰り返した自問。
  俺が守りたかったものは…優先すべきのは……。

「琳……」

  涙が溢れた。溢れた涙はテーブルに落ち、水玉模様を作っていく…。

  発情期を1人で過ごしていた琳。
  辛い発情期を堪える為に抑制剤を多用し、体はボロボロになって…。それでも抑制剤に頼るしか術がなかった琳。
  その頃、俺はしていた? 
  琳を救えたのはなのに……。
  どうして俺は……。
  
『離婚』承諾せざるを得なかった。改めて自分の『罪』を突き付けられれば、父さんが言ったように、俺に拒否権など無かった。けれど、『番の解消』だけは拒否した。離婚すれば俺と琳の夫夫ふうふ関係は解消され他人になるが、番を解消してしまえば、俺と琳の関係は完全に絶たれてしまう。一緒にいられなくても、せめての瞬間まで、繋がっていたかった。瑠偉さんも番の解消はしなくてもいいと言ってくれた。それは当然俺の為ではなく、琳の体をおもんばかってだが…。それでも番でいられるのなら、それでよかった。

  震える手で離婚届にサインをした後、「一度でいいから琳に会いたい」と願った。もう無理だと…可能性は皆無だと解っていても、もう一度だけ会って琳本人に伝えたかった。「君だけを愛してる。叶うならば傍にいたい…」と。どこまでも身勝手で独り善がりな想いだとしても…。
 
 けれど今はただ、会ってくれる事を願うー。

  

  翌日、会社に午後から出社する旨を連絡した俺は、おおよそ1ヶ月振りに、祐斗と宏斗が住むアパートに行った。
 
  突然訪れた俺に驚いた様子の祐斗の横を無言で通り過ぎ、室内を入ると、ベビー布団の上でお座りしている宏斗が目に入った。宏斗に近寄り、「おいで」と声を掛けてから抱き上げる。取り敢えず俺を憶えてくれていたのか、泣く気配はない。一度ベッドに寝かせ、服とオムツを脱がせて肌の状態を確認する。オムツかぶれも汗疹あせもも見当たらない。毎日のお風呂、オムツ替えはちゃんとしていたようだ。1ヶ月前より重くなっているから、栄養状態も大丈夫だろう。
  安堵すると同時に苛立ちも覚えた。1ヶ月前に俺が「世話が出来ないなら連れて行く」と言ったから、引き離されたくない一心で世話をしたのだろうが、だったら何故もっと早くそうしなかったのか、と。
  ……………。
  結局、最初に俺が手を出したからか…。最初から突き放していればよかったのか…。
  今更だが……。

  宏斗をもう一度抱き上げたところに、祐斗が部屋に入ってきた。立ったままの祐斗に座るよう促す。

つまと離婚する事になった」
「…え?…」

  祐斗が声を上げる。

「……………」

  俺には、驚いて声を上げた祐斗の顔が、何かを微かに喜びの表情をした様に
  勘違いかも知れないと思いながらも、既に心の余裕を失くしていた俺は、そんな定かではない視覚情報にさえ微かな怒りを覚えた。

「俺が離婚すれば、自分がつまになれるとでも思ったか」
「…え……」

  祐斗の瞳が揺れた
  少しは期待したのだろうか…。
  
「お前が俺の番である事は今更否定はしないが、前にも言ったが、つまと離婚してもお前と一緒になる気はない」
 
  1ヶ月前に俺は祐斗にはっきり告げた。たとえ離婚してもお前を選ぶ事はない、と。祐斗も、そんな事は思ってない、と言っていた。

「…解って…ます…」

  俯き、小さな声で祐斗が答えた。
  になったとて、俺は琳以外を選ぶつもりはない。琳が傍にいないのなら、残りの人生はでいい。
  
  俺は『本題』に入る事にした。

「近い内につまの兄がお前に会いたいそうだ」
「………。えっ…?」
「当然だろう?  離婚なら夫夫ふうふ間の問題だが、思い出せ。俺とつま…琳の関係を壊す原因を作ったのは誰だ?」
「…!!!」
「琳の家族に誤魔化しは効かない。俺は話したんだ。俺の甘さと選択が琳を傷付け、追い詰めたのは事実だが、そもそもがなければ俺達夫夫ふうふは今までも、これからだって一緒にいられたんだ。
  もう一度訊く。原因を作ったのはだ?」
「………。僕…です…」

  先程よりも消え入りそうなか細い声で答える祐斗。
  そして俺は、自分の罪を再認識した祐斗に話す。

  1ヶ月前、最後に俺が此処に来た日の朝に琳が入院した事とその原因。自分の父親と、琳の家族に、を話した事。琳自身が望むだけでなく、家族にも『離婚』を迫られた事。自分が琳にしてきた事を考えれば拒否権などある筈もなく離婚届にサインはしたけれど、もう一つの琳の希望である『番の解消』は、琳の心身の負担を考えて事。
  だが、琳はもう俺の所には。これから発情期は1人で耐える事になる。それどころか、これからは物理的にも完全に俺から離れる為、余計に辛い発情期になる可能性すらある、と…。

  琳の発情期が止まっている事は言わなかった。再開する可能性は十分有り、再開すれば、結果、からだ。
  それともう一つ。琳の余命については言わなかった。俺自身が言葉にしたくなかったのもあるが、勝手に話してもいいのかが判らなかったから。

  話し終え改めて祐斗を見れば、俯き、膝の上で握る拳は震えていた。衝撃だったのだろう。きっと、自分のした事がこれ程までの事態を招くとは思っていなかったのだろう。俺も
  だが、今更、無かった事にはならない。現実だ。

「『他人の家庭を壊しておいて、自分だけ安全な場所で幸せになろうなんて赦せない』」
「…っ…!!」
「お兄さんの言葉だ。当然だと思う。
  祐斗、逃げる事は赦されないんだ。俺も、お前も…」
「……はい……」
 
  頷く祐斗から視線を外して抱いていた宏斗を見れば、俺達の間に流れていた重い空気などどこ吹く風で、胡座をかいた俺の脚にすっぽり収まり、可愛い寝息を立てていた。
  その寝顔を見つめながら、せめてこの子には咎がありません様に…と俺は願った。


  瑠偉さんからの呼び出しは、3日後ー。


  
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