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《本編》
65. 子供に罪はない(瑠偉side⑧)
しおりを挟む小柄で華奢、童顔で、守ってあげたくなるような可憐な容姿ー。
それが概ね世間一般の、Ω性に対する見解だろう。
だが、俺は知っている。か弱い容姿や性格だと見せ掛けて、その実、強かな思いを抱えているΩが多い事を。
昔と比べて現在はΩ性への扱いに対する法が改善されてきたとはいえ、いまだΩ性への差別や偏見はそこかしこにあり、Ωには生き難い世の中。ゆえに、自立する努力をするよりも、αの番になりその庇護下に入る事を望むΩの方が多い。それが悪い事だとは言わない。お互いを求め合って番うのならば。だが、Ωフェロモンを武器にαを前後不覚にして番わせ、その責任をαに取らせて生活の面倒を見るよう迫るΩも少なからずいるのだ。目の前のこのΩの様に。
ただ、実行するΩは少ない。『フェロモンレイプ』によって番になった場合、αが訴えなければΩは罪に問われないが、α側もその番契約に責任を取る必要は無い、と法律で定められているからだ。つまり、αが拒否すればΩは責任を迫る事が出来ず、かといって、番を解消されてもΩは二度と番を持てないから、結果としてΩだけが割を食う。自業自得ではあるが。つまり、理性的に物事を考えられるΩなら、リスクを犯してまで実行はしない。
播磨祐斗は、罠に嵌まったαが彰宏でたまたま運が良かっただけに過ぎない。もし俺なら、問答無用で番を解消、警察に突き出す。
俺は、容赦のない俺の言葉に…言い訳すら許さない俺の態度に、俯き肩を震わせる播磨祐斗を見た。
人畜無害そうな見た目に反して狡猾なΩー。
播磨祐斗を俺は内心でそう判断した。
自分さえ良ければ…自分さえ幸せになれれば…と、自分勝手で我儘で、本人は自分が何をしたかを、本当の意味で理解していないのだろう。こんな事になるなんて思わなかった、などという言い訳など、絶対にさせない。
幾ら泣いて詫びられようと、俺は糾弾の手を緩めるつもりはない。謝られても赦せる期間は、とうに過ぎ去ったのだから…。
「彰宏、軽くでいい。子供の耳を塞げ」
一瞥して言うと、頷いた彰宏が膝の上の子供の耳を、手の平でふんわりと包み込むように塞いだ。子供は何かの遊びだと思ったのか、嬉しそうに声を上げた。
(…琳、本当だな。子供は無垢で可愛いと、俺も思うよ…)
赤ん坊には理解出来る筈もないが、ここから先は子供には聞かせたくない。
俺は視線を播磨祐斗に戻した。俯いている彼の頭を見ながら改めて口を開いた。
「契約にあった通り、お前は温情で与えられた環境でひっそりと慎ましく暮らすべきだった。発情期があるからどうした? 発情期だからといって、Ωだって毎度、番と過ごせる訳じゃない。フリーのΩも相手がいなければ1人で過ごす。部屋に籠もってな。彰宏が来ないから街中を徘徊? 巫山戯るなよ? お前が彰宏を独占している間、弟は発情期を独りで過ごしていたんだ。夫で番なのにな。おかしいだろう? 期間が被るから? 自分のほうが先に来るから? それがどうした。1人で過ごすのはお前だろうが。そしてお前は、最も赦されない手段に出た。
『子供は望まない』。だがお前は、姑息な手を使って妊娠した。最悪だな。自分の欲望の為に子供すら利用するなど…。そして、お前は子供に対する彰宏の情さえ利用した。妊娠期から出産、出産後に至るまで。子供には罪はないから…と関わり続けた彰宏の甘さにも反吐が出るが、彰宏が自分の所に足繁く通い、果てには夫の所に帰らず自分の所に帰って来て子供の世話をする彰宏に甘え続けたお前は、何様だ? 琳に成り代わって夫にでもなったつもりか? 自分は彰宏の子供を産んだから?」
「……………」
播磨祐斗は顔を上げない。だから、彼が今どんな顔をしているかは判らないが、たとえ後悔し泣いていたとしても、容赦はしない。
俺は一つ大きく深呼吸をした。目の前のΩが犯した、最も大きな罪を告げる為に。
「お前はな、間接的に人を殺すんだよ」
「っ!?」
播磨祐斗が勢いよく顔を上げた。その顔には、どういう事?という疑問が浮かんでいる。その、身に覚えがない、という表情に更に苛立つ。実際に手を下した訳ではなく結果として…なのだから自覚がないのだろうが。
「琳が入院した事は聞いていただろう? 原因は強い抑制剤の過剰摂取だ。彰宏が帰らない家で日々孤独に苛まれていた弟は、強い抑制剤を常用していた。その結果だ。発情期は止まり、子供が産めない体になり、内臓はボロボロ。長くて余命5年だそうだ」
「…え…っ…?」
「自分は関係無いとは言わせない。そんなつもりは無かったとも言わせない。なあ、教えてくれよ。弟が…琳がお前に何をした? 何故、琳が死ななければならない? 彰宏の事が大好きで、愛していて、彰宏に愛される事が幸せだと言っていた琳がどうして…。全部…全部、琳が求めていたものだ。彰宏からの愛も、共に過ごす時間も、彰宏との子供も。なのに、何故お前が全部手に入れて、琳は何一つ持てないんだ?」
「…ぼ…僕…は……」
涙を浮かべていた俺を見る顔に、俺は冷ややかな視線を向けた。その涙さえ白々しい。
「泣くな。お前に泣く資格はない」
「ご…ごめんなさ…っ…」
「謝るな。俺はお前を…お前達を赦さない。琳が元気になる日が来るのなら、いつかは赦せたかもしれないが、そんな日は二度と来ない。俺達家族は死ぬまで悲しみの中だ。お前達を赦せる日は決して来ない」
「……………」
俺は座っていたベンチから立ち上がった。涙を流し始めた目の前の男を無視して、彰宏の前に移動した。彼が膝に座らせていた子供に「おいで」と手を伸ばせば、人見知りをしないらしく小さな両手を伸ばしてきた。迷わず彰宏が渡してくれたから子供を抱き上げると、「きゃあ!」と無邪気に可愛く笑う。
「名前は?」
「…宏斗です」
彰宏が一瞬、言葉を詰まらせてから答える。
宏斗…か。彰宏が名付けた訳ではない事は明らかだな。
俺は宏斗を自分の目線の高さまで持ち上げた。
「宏斗、君にも背負わせる事になる。君は何も悪くないのに。本当なら、君は皆から祝福されて生まれてくる筈だったのにな。君の命は尊いものだけど、ごめんな。おじさん、君の存在を素直に喜んであげられないんだ」
どうしてこの子は琳と彰宏の子じゃないんだろう?
子供には罪はない。この子は悪くないし、俺達家族からこの子に何かをするつもりはないけれど、俺はこの子の両親を断罪した。それは今後、この子の成長にも少なからず影響を与えるかも知れない。
だから俺は…。
「彰宏、祐斗、この子には…宏斗には罪はない。琳も、気にするのは自分の限られた命ではなく、大人の勝手で生まれた罪なき子供の事ばかりだ。琳は今回の事が子供のこれからに影響を与えやしないかという事を気にしている。だからこの先、お前達が死にたくなる程の後悔に苛まれたとしても、死ぬ事は許さない。生きて、宏斗を立派に育てろ。他人の痛みの解る子に。それが責任というものだ。宏斗が大人になった後は好きにしろ」
彰宏と祐斗を順番に見てから再び視線を宏斗に戻せば、自分を見てくれたのが嬉しかったのか、小さな手で俺の頬をぺちぺちと叩く。
宏斗に罪はない事は解っていても、裏切りの象徴ともいえる子供を、簡単に認める事は出来ない。
それでも幸せになってほしいと思う。
別れ際、琳からの伝言として「日曜日、長峰の実家でお待ちしています」と、2日後の日曜日の午後1時の約束を彰宏に告げると、彰宏は「ありがとうございます」と頭を下げたー。
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