66 / 108
《本編》
66. 弟の執着と愚かな考え(祐斗side①)
しおりを挟む僕の浅はかな行動が全ての始まりー。
まさかこんな事になるなんて思わなかった。
どんなに謝っても赦されない、僕の『罪』。
それでも……。
ごめんなさい……。
僕の謝罪は誰にも届かないー。
僕の名前は播磨 祐斗。
播磨家三兄弟の長男として生まれた。
父は、小さいながらも祖父が一代で築いた会社の社長を継いでいた。中小企業であるものの、経営は順調。いずれは兄弟3人のうちの誰かに継がせたい、と幼い頃から言われて育った。
けれど、僕が10歳の時に第二性が『Ω』だと判明すると、僕は早々に後継者から外された。でも、僕は幼心に安堵していた。元来の性格なのか、Ω性だからなのかは判らないけれど、僕は大人しい子供だった。目立たず、ひっそりと教室の片隅に居るような子供。所謂陰キャというやつ。人の上に立つなんて、想像しただけで倒れそうだと思った。だから、後継から外されてほっとしたものだ。
僕のΩ性の診断から2年後、2つ下の弟・圭斗がα性だと診断された時は、やっぱりな…という感じだった。両親はαとΩの番夫婦。2人の間に生まれる子供はαかΩ。子供の頃の2歳差は大きいというのに、幼児期から小柄で体の弱かった僕と違い、圭斗は風邪一つ引かず、小学校に上がる頃には3年生の僕よりも既に背が高かった。同級生の中でも頭一つ分大きかった圭斗は、誰の目から見てもαだった。圭斗がαだと判った瞬間、彼が会社の後継となる事がほぼ確定した。ほぼというのは、末っ子の絢斗がまだ幼児だから。絢斗もαかも知れないから。どちらにしろ、僕には関係の無い話だった。
家族は僕がΩでも何も変わらなかった。Ωは子供でも犯罪に巻き込まれやすいから、若干両親が過保護になった気がしたけれど、弟達と差別する事なく愛してくれた。
だけど、世間はやっぱりΩ性に優しくはなかった。
中学生になると、Ωの僕はイジメの対象になった。先生に訴えても、加害生徒にやんわり注意するだけでアテにはならない。結局僕は3年間、イジメの標的にされ続けた。それでも、中学生のイジメなど可愛いくらいだと身を以て知ったのは、高校に上がってからだ。中学の頃は無視されたり、物を隠されたり、陰口を叩かれたり、はっきり言って子供の悪戯の延長の様なものだったけれど、高校で一番辛かったのは、セクハラをされた事だった。Ω性は性の対象にされやすく、下品で卑猥な言葉を投げかけられるのは日常茶飯事で、過剰なボディタッチや、トイレでは用を足す時に性器を覗き込まれたり、ズボンの上から握り込まれた事もある。βとΩのみの学校でαがいないから油断していた。高校生といえば性に興味を持ち始める年頃。女生徒は元より、Ωも高校生男子にとっては獲物と同じ。
それは家でも同じだった。高校生になった圭斗も例外なく性に興味を持ち、身近なΩ…つまり、実兄の僕に、纏わりつくような視線を送ってくる様になったんだ。ただ違うのは、学校ではセクハラしてくる相手を避ける為の逃げ場があるけれど、当たり前だが、圭斗は弟で同じ家で暮らしているから、鍵が掛かる自分の部屋くらいしか逃げ場はない。実の弟にいやらしい目で見られてるなんて両親には恥ずかしくて言えず、不自然にならないくらいに家族とは普段通りに接しつつ、極力部屋に籠もって過ごした。
そんな状況の中で何とか高校だけは卒業したけれど、すっかり世間が怖くなっていた僕は、進学も就職もせず、自宅で日がな一日ぼんやりと過ごしていた。両親は最初のうちこそ、短時間のバイトでもいいからしてみてはどうか…とか、たまには息抜きに外出でもしたらどうか…とか、何とか僕を外に出そうとしたけれど、頑なに拒否する僕に、そのうち何も言わなくなった。こうして『引き篭もりの僕』が出来上がる。
高校卒業から26歳までの8年間、僕は自宅からはほぼ出ずに過ごした。変わらず圭斗の熱視線と理解出来ない執着に晒される毎日だったけれど、圭斗は僕に触れてくる事はなかったから、僕も変わらず家族と適切な距離を保ちながら、1日の大半を自室で過ごしていたある日の夜…。
寝付けなくて部屋を出た僕がリビングの前の廊下に差し掛かった時、リビングで話をする両親の声と、その話の内容を聞いてしまう。
『まさか、圭斗が結婚を考えていたとはな。まだ24歳だろう? 恋人くらいはいてもおかしくないが、家で話した事はないし、連れてきた事もなかったからなぁ』
『でも、お相手はΩだと言ってたわ。番になっていないのなら心配で連れて来れないのは仕方ないわ。私と祐斗はΩだけど、貴方と絢斗はαだもの。でも、確かにいきなりでしたけど、お相手の方は23歳だと言っていたから、決して早くはないでしょう?』
『まあ、それもそうだな。Ω性の結婚適齢期を考えればあまり相手を持たせる訳にもいかないか。
そうすると、祐斗の身の振り方を考えなければならないな』
圭斗が結婚? 恋人がいた? じゃあ、僕に対するあの視線と執着は?
いや、それよりも、僕の身の振り方…?
唐突に自分の名前が出て、僕はその場に立ち尽くす。両親の話は続く。
『幾ら実の兄とはいえ、Ω性の嫁を迎えるのなら、たとえ圭斗や相手が「構わないと」と言っても、同居は難しいだろう。新婚の内は別居するにしても、その間に何とかしなければ…』
『何とか…ですか…』
『ああ。自立してくれるのが一番なんだが、無理そうなら、見合いでもさせて何処かのαに嫁に出すか…』
その後の話は知らない。あまりの衝撃に僕は、逃げる様に自分の部屋に戻ったから…。
その数日後、久し振りに圭斗に会う。同じ家にいながらも、僕と圭斗はあまり顔を合わせない。圭斗の帰宅時間が遅いのと、僕か意図的に避けていたからだ。けれど、ばったり廊下で顔を合わせてしまった僕は、焦っていたのだと思う。自分が立ち聞きしていた事も忘れ、うっかり「結婚するの?」と訊いてしまう。圭斗は、「あれ? 知っちゃったのか」と怒るでもなく笑顔で僕に近付き、身構える僕の耳元で、
『後継ぎは早めに作っておきたいしね。ああ、兄さんは気にする必要はないよ。ずっと引き籠もってくれてて構わないから。兄さんは俺が番にして一生面倒見るし。あ、番にする時は抱くけど、その後は手は出さないから。俺達、血を分けた兄弟だからね。ただ、兄さんは俺の物でいてくれれば良い。父さん達と妻には上手く説明するし。俺に任せて? 一生、大切にするよ』
と囁き、茫然と固まる僕をその場に残して去った。
……………。
狂ってる……。
弟の狂気とも言える言葉に覚えたのは、『恐怖』と『焦り』。
何とか…何とかしなければ…。こんな事、両親には相談出来ない。自分で何とか…。
まずは自立を考えた。でも僕は8年間も引き籠もっていた筋金入り。パソコンやスマホのお陰で世間の情勢についてはある程度知ってはいても、今から直ぐに自立は難しい。圭斗がいつ結婚するか判らないけれど、時間はあまり無い様に思えた。両親達に上手く説明されるまでになんて…。
だったら結婚? お父さんに自分から言って相手を探してもらう? ……………。駄目だ。圭斗に妨害されるさまが頭に浮かぶ。だったら自分で、結婚は望まないから番になってくれそうな相手を…。………。考えるだけ無駄だった。8年間引き篭もりだった僕に出来る訳がない。
もだもだしている内に1ヶ月が過ぎー。
『3日後、我が家主催で社交パーティーを開く。招待客の中にはα性が多いから、その日はいつものように部屋のドアに鍵を掛けて、絶対に部屋から出ないように』
と釘を刺され、頷いた僕の頭の中で悪魔が囁いた。
お父さんの仕事関係のαなら身元がしっかりした人ばかりだ。その中の誰かの番にしてもらえれば…。出来れば僕を実家から連れ出してくれて、結婚は出来なくても最低限の生活の面倒を見てくれる人がいいけれど、最悪、番ってくれるだけでもいい。他人の番になった僕なんて、圭斗は要らないだろう。このまま何もせずに実の弟の番にされるくらいなら……。
この時の僕はかなり追い詰められていたんだと思う。
そしてー。
『決行』してしまった翌日の朝、彼が僕の部屋を出て行ってから幾らもしない内に、自宅屋敷内は上へ下への大騒ぎになったー。
584
あなたにおすすめの小説
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる