【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

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《本編》

67. 僕が《壊したもの》(祐斗side②)

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  番った相手αは既婚者だったー。
  Ω性での奥様がいる人ー。


高槻 彰宏たかつき あきひろ』。それが僕のの名前。
  僕が自分の願望の為に、『フェロモンレイプ』で番にしてしまった人は、お父さんの会社よりずっと大きくて引き篭もりだった僕でさえ名前くらいは知っている会社の、次期社長になる人だった。
  既婚者である事もあり、当然、僕と彼だけの問題では済まされなかった。僕は事の次第を知ったお父さんから烈火の如く叱責されたけれど、僕のうなじには番契約成立の証の噛み跡がくっきりと残され、既に手遅れだという事を証明していた。

  元々引き篭もりの僕だったけれど、きつく自室での謹慎を言い渡され、先方との話し合いにはお父さんが1人で向かった…と思っていた。まさか圭斗を連れて行くなんて思わず、その事を後で知った。お父さんはから仕方ないけれど、話し合いから帰宅した圭斗は何も言わずに、ただ僕を鋭く睨み付けた。
  話し合いの内容はお父さんが教えてくれた。
  互いの謝罪から始まった話し合いは、『フェロモンレイプ』を仕掛けた僕にの比重が傾いているとはいえ、番にしてしまった息子にも全く非が無いとはいえないから…と、僕を訴える事はしないと言ってくれた彰宏さんのお父さん。でも、流石に罪を犯した息子をこのまま何の咎めも無しという訳にはいかない…と、息子は『Ω療養施設』に入れると言った僕のお父さん。その事を聞いて、僕も仕方無いかなと思った。決して僕のαにはならない人と番契約を結んだ僕はこの先独りで生きていくしかない。施設はΩの終の住処と言われてるけれど、発情期のケアもしてもらえるのだから、僕は引き篭もる場所が変わるだけ…と思う事にした…のに、彰宏さんは僕のお父さんにをしたという。
  僕に数枚束ねられた書類を差し出すお父さん。その書類を受け取り、1枚目に大きく書かれた文字を見て、僕は自身の目を疑った。

《愛人契約書》ー。
  番にしてしまった責任を取り、必要最低限の生活の面倒は見る…との、彰宏さん本人からの申し出。
  奇しくも、僕が最初に考えていた事だった。結婚出来なくても最低限の生活の面倒を見てくれれば…と。
  お父さんは、書類をよく読んで判断しなさい、と言った。でも、奥様には申し訳ないと思いながらも、僕にとっては望んでいた事だった。

  そして僕は、手にしたその書類に署名サインをした。
  僕が『罪』を犯してから3日後の事だったー。

  今にして思えば、この時僕は契約書に署名サインせずに、素直に施設に入るべきだったんだ。そうしておけば……。
  今更思ったところで、時間は戻らないー。

  
  
  どうして僕は与えられた生活環境で満足していられなかったのだろう?  自分の立場はなのに…。
  名目上は『愛人』。けれど、世の愛される愛人とは違う。僕は、彰宏さんのにより生活を保障されているだけの存在。それだけだった。それだけで満足だった筈だった。
   
  引き篭もりだった僕は1には慣れていた。慣れていると思い込んでいた。でも、よくよく思い返せば、僕は引き篭もりだった訳じゃない。ご飯の時は自室を出て家族と食べていたし、部屋に篭もっていても、同じ屋根の下には家族がいて、使用人達もいた。本当の意味でのじゃなかった。
  だけど、愛人になった僕は独りだった。家族との接触は禁じられ、たまに買い物に出るくらいで、彰宏さんが訪ねて来てくれるのを待つ日々。彼にとってはでも、僕にとっては彼だけが頼りであり、彼に依存していくのは必然だった。
  僕は…んだと思う。
  そんな僕の弱い心の隙を見逃さず、再び悪魔が囁く。

  契約を忘れてはいない。それでも欲した。先の事なんて何も考えていなかった。
  姑息な手段で妊娠した。Ω男性妊娠は極初期でないと堕胎出来ない事を知っていて、彰宏さんが発情期以外では決して僕に触れないのを利用して、妊娠した事を伝えなかった。妊娠がバレた時も当然怒られたけれど、既に堕胎出来ない時期だったから、「子供を産ませてもらえるなら子供と2人で静かに暮らすから」と懇願すれば、反対はされなかった。放り出されもしなかった。この時僕は、本当に思ってた。子供と2人、ひっそりと静かに暮らそう…って…。
  でも、現実は甘くはなかった。悪阻つわりで満足に食事も摂れない僕の健康状態を心配した担当医が、僕の世話を彰宏さんに。彰宏さんは納得していなかったと思う。それでも毎日、仕事帰りに1日分の食事を運んでくれたのに、僕は彼の疲れた様子にも、家で待つ奥様の事も、気にする余裕がなかった。出産間近まで悪阻つわりは続いたものの、僕は元気な男の子を1で産んだ。
  そして愛しい我が子を腕に大切に抱いてアパートに帰った僕は、改めて現実を…自分の考えの甘さを知った。子供はただ愛でていればいいだけのじゃなかった。そんなすら、浅はかな僕は失念していたんだ。病院では看護師さんが手伝ってくれたから、困った事はなかった。でも、自宅では僕1人で世話をしなければならない。退院した日の夜に来てくれた彰宏さんに、手伝ってほしい…とは言えなかった。1人で育てると言ったのは自分だから…。泣いたら授乳をして、抱っこした時にオムツが膨らんでたり臭いがしたらオムツを替えていた。病院で教えてもらったのに、赤ちゃんは泣かなくても定期的な授乳と頻繁なオムツ替えが必要だという事を、正しく解っていなかった。そして、清潔を保つ為に毎日必要な沐浴も、もしお湯の中に落としでもしたら…と思ったら怖くて出来なかった。自分の行動一つで、簡単に命を危険に晒してしまう。小さな命の重さを知った。簡単に欲していいものではなかったのだ、と…。
  案の定、子供は…宏斗は、僕が清潔を保つのを怠ったせいでオムツかぶれになり、4日ぶりに訪ねて来た彰宏さんと一緒に病院に連れて行った。そこで知った、彰宏さんと奥様の現状。僕のせいだという事は痛いくらいに解っていたけれど、結局、宏斗を安全に育てるために、僕は彰宏さんに縋るしかなかった。僕は変わらず、彼をし続けた。
  宏斗の沐浴の為に毎日来てくれる彰宏さん。少しずつ泊まっていく日が増え、やがて僕のアパートに帰って来て、朝アパートから出勤する。週末だけ奥様の所に帰るのが常になっていく。僕だって気にしなかった訳じゃない。自分のだって忘れてない。「奥様は大丈夫ですか? 僕達は大丈夫ですから、奥様の所に帰って下さい」とは、自分からは言えなかった。まだ1人で宏斗をお風呂に入れるのに不安があったのもあるけれど、僕はという幻想に浸っていたかったのだと思う。彰宏さんは決して僕には笑いかけてはくれないし、会話も必要最低限しかしないけれど、宏斗には笑顔で優しく話しかけたりしてくれる。こんな生活が続けばいいのに…と、愚かな僕は叶う筈もない夢を見ていた。
  奥様に一度だけ会った。会いに行った…というほうが正しいのだけれど。彰宏さんの母親だという女性に、「奥様に謝りたくないか」と訊かれ、深く考えずに彼女に付いていってしまった。宏斗を抱いて。
  儚げで綺麗な人ー。それが僕の奥様に対する印象。一目で視線を奪われた。すらりと背が高く、一見すればαと見違える程。こんなΩ性の人もいたんだ。この人が彰宏さんの『愛する人』。嫉妬はしなかった。こんな綺麗な人が番にいて、そもそも彰宏さんが僕を見てくれる筈なんてなかったんだ。納得した。犯罪を犯さずに普通に声を掛けたとしても。疲れて見えるのはきっと僕のせい。僕が奥様に見惚れている側で彰宏さんの母親が彼に向かって話しかけている。その言葉の中に『離婚』の二文字を拾って、僕はぎょっとした。奥様に離婚を勧めているらしい事を理解した僕を、奥様が見た。僕は弁明しようとした。「そんな事は望んでいない!」、と。でも、喉が張り付いたかの様に声が出なかった。よく考えもせずに付いて来た事を後悔したー。

  

  自分の欲望の為に子供を利用した、と言われた。違うとは言えなかった。意図せずとも、結果として僕の妊娠出産が彰宏さんを束縛したのは事実だから。
  そして知った、奥様の余命ー。
  本来ならそうなる筈だった。彰宏さんにとって、要らないのは僕だから…。
  僕は幾つの罪を重ねたのだろう?
  奥様のお兄様は「赦せる日は来ない」と言った。だから、償いの機会さえ与えられない僕は、この先死ぬまで…ううん、死して尚も赦される事は無い。

  これからはただ、宏斗の為に生きよう。
  過ぎた欲は持たず、宏斗の為だけに……。

  それが今の僕に許された唯一ただひとつの……。

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