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《本編》
68. 向き合う決意
しおりを挟む「琳、お前が彰宏と話をしている間、俺達は隣の部屋に居るからな?」
「…うん」
瑠偉くんの言葉に僕は頷いた。のだけど…。
「私は反対よ? 2人きりにするなんて」
華英ちゃんが異を唱えた。
「華英、さっきも言っただろう? 琳と彰宏には話をする機会が必要だ、と」
「それは解ってるわよ。でも、別に私達が近くで聞いていても問題ないでしょう?」
「あるだろ。彰宏は1人で来るんだぞ? フェアじゃないし、俺達が側で聞き耳立ててたら、彰宏も、琳だって、本音で語れないだろうが。2人は向き合う必要があるんだ。このまま一度も会わずに別れるのは違う。彰宏は一度で良いから琳に会わせてくれと、俺に頭を下げた。琳も彰宏に言いたい事は言ったほうが良いと思った。恨み言でも罵倒でも、愛の言葉…でもな。俺も幾ら頭を下げられたからといっても、琳が拒否するなら会わせるつもりはなかったが、琳が会うと言うんだ。俺達に邪魔する権利ないだろ」
「で…でも…」
「華英ちゃん」
僕は華英ちゃんの手を握った。
「心配してくれて、ありがと。でも、僕は大丈夫。
僕ね、彰宏さんに会いたいの。会ってね、言いたいこと、言いたかったこと、全部、ぜ~んぶ言うの。僕を放っておいた事、赦してあげないんだから!
でもね、僕、彰宏さんが大好き。その気持ちだけは変わらないの。華英ちゃんが僕の為に怒ってくれるの、嬉しい。おバカだった僕は今更気付いたんだけど、僕、蔑ろにされてたね。うん。確かにされてた。だけど、心だけはどうにもならないの。ごめんね?
だからね、僕の本心を伝えて、彰宏さんの本心を知りたいな、って思う」
僕の親や兄姉がいたら、瑠偉くんが言ってくれた様に、僕も彰宏さんも本音を語れない。そう思うなら外で会えば良いのだけれど、それだけは瑠偉くんも許してはくれなかったから。決して本調子には戻れない僕の体を心配して…だけれど…。
「琳…」
それでも心配そうな顔をする華英ちゃん。僕は心の中でもう一度「ごめんなさい…」と呟いた。
「琳」
それまで何も言わずに僕達を見ていたお母さんが僕の名前を呼び、
「こちらへ」
と、自分の隣に来るように言った。僕はお母さんの隣に移動して座った。お母さんの女性らしい柔らかな腕が僕の体を包み、抱き締める。
「お母さん?」
突然抱き締められた事に驚いた僕が呼ぶと、お母さんは僕の背中をぽんぽんと軽く叩いてから、少しだけ体を離した。お母さんの腕は僕の背中に回ったままだったから、座ったままの僕とお母さんの顔は近い。年齢を感じさせないくらい、お母さんは綺麗だ。
お母さんは僕を見つめながら微笑んでいた。
「お母さん?」
もう一度、首を傾げながら呼ぶと、お母さんの表情が真剣なものに変わった。
「琳、言いたいこと事は思いっきり吐き出しちゃいなさいな。貴方は昔から、何かを思っても言葉にしないで飲み込んでしまう子だったもの。結婚してからもきっと、彰宏さんを困らせたくないから、喧嘩をしたくないから、傷付けるかも知れない、って、そんな先回りの心配をして、言いたい事も言えずにいたのでしょう?」
「……………」
僕は何も言えなかった。
どうして解っちゃうんだろう。 お母さんにも、瑠偉くんにも。きっとお父さんと華英ちゃんも…。
家族って凄いなぁ…って思った。
「夫夫はね、遠慮ばかりしていたら駄目なの。お互いを尊重する事は大事だけれど、時にはぶつかり合う事も必要よ。親兄弟だって別々の人間で、完全に解り合うなんて出来ないのだから、元は他人だった夫夫が解り合うには、話し合い、そして我慢しない事も、時には必要なのよ。それは我儘とは違うのだから」
「お父さんとお母さんも喧嘩した事あるの?」
「勿論あるわ。パパ、仕事に関して有能だけど、プライベートでは割と抜けてる所が多いのだもの。大らかといえば聞こえはいいけれど、悪くいえば適当。若い頃は見ててイライラする事が多かったわ。長年連れ添えば扱いにも慣れたけれど」
意外だった。僕は両親が喧嘩をしている所を見た事がないから。子供の前では見せなかっただけかも…だけど。僕の自慢のお父さんとお母さんだ。
「ごめんなさいね。本当は貴方が結婚する時に話しておくべきだった。でも、貴方が…貴方達が本当に幸せそうで、貴方達なら大丈夫と思ってしまった。口煩く言って、幸せの只中にいる貴方達にわざわさ水を差す必要は無いと思ったの。本当にこんな事、今更言っても仕方ないのに…」
僕は首を横に振った。
「お母さんは悪くないよ。僕が弱虫だったんだ。嫌われたくなくて、自分が我慢すれば…自分が譲れば…なんて思ってしまったから…。
でも、今更だとしても、僕、ちゃんと言いたい事を言うから。彰宏さんの言葉も受け止める。もう戻れないけれど、それでも僕は向き合うから」
お母さんの目を真っ直ぐ見て、力強く言う僕。
お母さんがもう一度、僕を優しく抱き締めた。
お母さんの肩越しに瑠偉くんと華英ちゃんを見て、僕は決意を表す様に小さく頷いた。
約束の時間の10分前に鳴ったインターフォンが、彰宏さんの訪れを告げたー。
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