【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

文字の大きさ
79 / 108
《本編》

77.それから……(瑠偉side)

しおりを挟む

  俺は、海辺に1人佇む彰宏を見つけた。

「此処にいたのか…」
「…! 瑠偉さん。おはようございます」

  俺が横から近付いて声を掛けると、俺が砂浜の砂を踏みしめる足音に気付かなかったらしい彰宏が、吃驚してこちらを向き、俺だと気付くと挨拶をしてきた。

「ああ。おはよう。華英の家に行ったら、お前が、朝飯も食わずに散歩に出たきり戻らないと聞いてな」
「…すみません…」
「海を…見てたのか…」
「…はい。ノエルさんから、琳とノアくんと時々は華英さんも一緒に、よく海辺を散歩した。琳は海を眺めるのが好きだった、と聞いたので…。
  此処に来れば琳に…会えるような気がして…」
「………。そうか……」

  俺は彰宏の隣に立ち、どこまでも広がる海を眺めた。


  琳が亡くなった日から4日ー。
  昨日、身内だけの小さな葬式で、琳を見送った。皆がそれぞれ悲しみに涙する中、恥も外聞も投げ捨てて号泣する彰宏の声が、一際大きく場を支配していたー。


「…後…追うんじゃないぞ?」
   
  何故、そんな事を言ったのか…。気が付いた時には言葉として口から溢れていた。さっき海辺に佇む彰宏を見た時、その背中が儚く見えた所為かも知れない。

「追いませんよ」

  彰宏が微かに笑いながら言った。

「後は追いません。まだ、琳の所にはいけません。『約束』しましたから…」
「約束?」
「はい。最期に話をしたあの日、琳は言いました。宏斗を愛してあげて、と。あの子には罪はないのだから大切に育てて、と。宏斗はまだ3歳です。だから、まだ俺は琳との約束を果たせていません。今に行ったら、間違いなく琳に追い返されます」
「……そうだな……」

  俺も彰宏と祐斗を呼び出した際に同じ事を言ったが、彰宏にとっては最期に琳とした『約束』のほうが重要なのだろう。俺としては、あのが親の業を背負う事なく健やかに育ってくれればそれでいい。

「捜しに来ていただいて、ありがとうございます。
  帰りましょう」
「もう、いいのか?」
「はい。また来ます。沖縄にいる間は何度でも此処に来ます。琳が見ていた景色を見に何度でも…」

   
  俺達が帰ると、バタバタとノエルが走って出て来た。

「アキ! 何処行ってたの! ご飯も食べないで! 散歩に出たまま1時間も帰らないなんて、心配するじゃないか!」

  出迎えと同時にまさかの叱責。
   
「…ごめんなさい…」

  素直に頭を下げる彰宏と、怒った顔から一転、安堵した様に微笑んで彰宏の両手を取るノエル。彰宏がもう一度「ごめんなさい…」と小さい声で言うと、「いいよ。じゃあ、ご飯を食べよう」と返したノエルに手を引かれながら、彰宏が付いていく。
  ノエルの後から出て来て、俺と同じ様に今の一連の彰宏とノエルの様子を見ていた華英の隣に立つ俺。

「お疲れ様。彼、何処にいたの?」
「海を見てた」
「そう」
「華英、大丈夫か?」
「何が?」
「ノエルの事。彰宏、αだろう?」

  実は俺がを訊いたのは二度目だ。
  一度目は、彰宏を連れて沖縄に来てから3日ほど経った頃。彰宏が眠る琳から片時も離れず部屋に籠もっていた時にノエルとノアも琳の傍に…つまり、彰宏と同じ部屋にいる事が多いと聞いた時だ。華英の番であるノエルのフェロモンは彰宏には判らないし、何よりノアが一緒とはいえ、自分のΩが他のαと一緒にいて平気なのか、と。
  華英は苦笑しながら答えた。

『それがノエルだから』

とー。

『ノエルはね、あの小さな体の何処に…っていうくらい人としての『器』が大きいのよ。私はそんな彼に惹かれたの。彼がΩだからじゃないわ。Ωだから番になったけれど、たとえαやβだったとしても惹かれずにはいられなかったでしょうね。
  ノエルは彰宏さんが琳にした事に凄く怒ってるし、赦す事はないでしょう。でもね、赦せない所があるからといって彰宏さん自身を否定するのは違う、って言うの。彰宏さんは間違いを起こしたけれど、それは決して赦せない事だけれど、琳を愛している気持ちは本物だから、それは認めてあげなきゃ…って。
  私はそんなノエルの気持ちを尊重してあげたいの。確かに私は番に対する執着が薄い様に見えるでしょうけど、そうじゃないの。ノエルを信じてるだけ。彼には彼らしくいてほしいだけよ。私と2人きりの時は思い切り甘えてくれるしね』

  最後のほうは惚気のろけだったが、華英らしいと思った俺だった。
  俺達家族も彰宏が琳にした事を…琳が早逝する要因を作った彰宏を赦す事は永遠に無い。それでも、彰宏を責めたり罵倒したりはしない。家族で話したんだ。琳が望まない事はしない、と。琳は短い人生を精一杯生きた。彰宏と愛し合った日々は只々幸せだったと、話していた。その果てに裏切りがあったとしても、幸せな時間も確かにあったんだ、と。恨むよりも、幸せだった日々だけを胸に抱いていたんだ、と。だから俺達も、彰宏を赦す事は出来なくても恨み続ける事はしない、と……。

「それがノエルだからね」

と、一度目と同じ答えを返して、華英は微笑んだ。


  彰宏が朝食を食べ終えるのを待って、俺は彼を誘い、庭に面した縁側に並んで座った。
  そして……。
  俺が今朝ノエルから預かり、今しがた彰宏に手渡した冊子を捲りながら、彰宏はぼろぼろと涙を流した。
  渡した冊子は『アルバム』だった。そのアルバムに収められている写真は、琳が沖縄に来てからノエルが撮影していた『琳の日常風景』ー。特に多く撮られていたのは、ノアとのツーショットだ。ノエルから彰宏に渡すように頼まれた時に、先に見せてもらった。
  ノアが赤ん坊の頃から琳が亡くなる3ヶ月ほど前までの写真だという。心身の疲弊により家で…部屋で過ごす事が多くなってからは、写真を撮られる事を琳が嫌がったらしい。日々弱っていく自分を撮られたくなかったのだろう。
  赤ん坊の世話をしながら、歩き始めた幼児の手を引きながら、幼児を膝に乗せて絵本の読み聞かせをしながら、その他にもたくさん…。写真の中の琳は笑顔だった。幼児に添い寝する穏やかな寝顔、ノエルや華英、ノエルの祖母、そしてノアと一緒に写る『家族写真』。どの写真の中の琳も幸せそうだった。

「全部…全部…琳がお前との生活に望んだものだ。お前と2人、夢見ていた未来だよ…」
「!!! 」

  俺が言った言葉に何を思ったのか……。
  彰宏はアルバムを抱きしめ、声をあげて泣いた。
  少し離れた場所で、ノエルが見ていた。ノエルの瞳からも涙が溢れていた。
  俺も、自分が涙を流している事に気が付いたー。

  
  琳の初七日を終え、四十九日に再び来る事を華英達に告げ、俺は一度自宅に帰る事にした。長らく会社を朔夜秘書に任せていたから、仕事をしなければならない。彰宏は華英とノエルの好意で四十九日まで滞在させてもらえる事になったらしい。
  四十九日を前に再び沖縄を訪れた俺は、法要が終わった後に彰宏と共に華英とノエルに呼ばれ、分骨した琳の遺骨が入った容器を渡された。3つに分骨し、1つはこのまま沖縄の地で、1つは代々の長峰の墓に、1つはいずれ彰宏が入る墓で一緒に眠らせてあげてほしい、とノエルが言った。「ずっとリンはアキが大好きだから」と。彰宏は容器を抱きしめて、何度も「ありがとうございます」と頭を下げていた。涙を流しながら…。

  そして翌日、俺と彰宏は沖縄の地を後にした。


  琳が亡くなって3ヶ月が過ぎた頃、ノエルから俺宛に手紙が届いた。手紙には「同封している手紙をアキに届けてほしい」と書いてあり、改めて封筒の中を確認すると、別の封筒に入った彰宏宛の手紙が入っていた。何気なく彰宏宛の封筒を裏返してみる。
  差出人は『琳』だったー。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした

水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。 強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。 「お前は、俺だけのものだ」 これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

処理中です...