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If… 《運命の番》エンドルート 番外編①
EX. 彼らのその後… ⑤
しおりを挟む〈 彰宏side 〉
京都、老舗旅館の離れの一室ー。
「祐斗、飲まないか?」
畳に二組並べて敷かれた布団の一組に寄り添うようにして眠る宏斗と晴斗の寝顔を愛おしそうな眼差しで見ている祐斗に、俺は両手に缶ビールを一缶ずつ持って声を掛けた。
「はい」小さな声で返事をした祐斗が、離れていても子供達の様子が見えるように襖を開けたまま、俺が先に待っていた、ガラス越しに風情のある中庭が一望出来る広縁まで来る。板張りの床に座椅子を二つ並べて、それぞれに腰を下ろした。祐斗にビールを一缶差し出すと、「ありがとうございます」と受け取る。互いにプルトップを開け、小声で乾杯をした。
「お義父様達も、今頃はホテルで寛いでいるんでしょうか」
「多分な。時間が時間だし」
「「……………」」
少しの間、俺達のビールを飲む嚥下音だけが響く。
「祐斗、ありがとう」
「?」
不意の俺の「ありがとう」の言葉に、「何がですか?」というように祐斗が首を傾げた。
「父さん達の新婚旅行を提案してくれた事。
俺、家族旅行に父さんと郁哉さんを誘うつもりだったんだよ。でも、祐斗に提案されて気付かされた。そうだよな、新婚なんだよな、家族旅行はこれから幾らだっていけるんだから、新婚旅行、行かせてやりたいな、って。俺は考えもしなかったからさ。
祐斗、素敵な提案をありがとう」
「い…いえ…。僕はそんな…」
俺がもう一度お礼を言えば、祐斗は面映そうにしながら首を横に振る。
そんな仕草さえ可愛く思えて…。
ちゅっ…
リップ音を立てておでこにキスをすれば、祐斗の頬が分かりやすく紅く色付く。
「俺達も今度行くか、新婚旅行。入籍してからずっと、病院通いと妊娠出産で余裕が無かったからさ。父さんと郁哉さんに子供達を預かってもらって」
2人なら喜んで預かってくれるだろう。「暫く帰って来なくていいぞ」とか言われそうだ。孫達を2人占め出来るから。
孫達にメロメロな祖父母の顔を思い浮かべて1人内心で苦笑していると、祐斗が「行きません」とはっきりとした口調で言った。
「彰宏さんと2人きりなんて素敵だと思いますけど、きっと子供達の事が気になって、ゆっくり楽しむなんて出来ないと思いますから。
あ、で…でも、時々…は子供達を預けて、デート…したい…です…」
どんどん尻すぼみに小さくなっていく声。恥ずかしそうに耳まで紅く染めながら、それでも真っ直ぐに俺を見つめる祐斗に、俺は笑顔で頷いた。
「了解。時々はデートしよう」
「っ! はい…」
はにかみながら祐斗が返事をした。
俺達は視線を逸らさず見つめ合う。
そして俺はー。
普段はあまり言葉にしない『想い』を告げる為に口を開く。
「祐斗、愛してる」
『愛』は育むものー。
『愛』は育つものー。
燃えるような激しい恋情ではないけれど、共に過ごす歳月を経て俺の中で祐斗への愛は少しずつ育まれ、確実に大きく育った。
『愛』の形は何だって良い。『愛』の形は人それぞれ。けれど確かに言えるのは、俺は祐斗を愛している。祐斗を愛おしく想う気持ちは、偽りのない本心。
過去の過ちは一生消える事はないけれど、それすら過去にしてしまえるほどに、俺は今、幸せだ。
祐斗と子供達が愛おしい。今はもう、彼らのいない人生など考えられない。
「…僕も…愛してます…」
祐斗も愛の言葉を返してくれる。
俺がゆっくりと顔を寄せていくと、祐斗が静かに瞼を伏せ、触れるだけのキスを交わす。
俺は祐斗の手を取り立ち上がった。祐斗も、引っ張り上げられるように座椅子から腰を上げた。脚を崩して座っていた為に少し着崩れた浴衣を直してやり、エスコートするように室内を歩いて眠る子供達の所に移動し、畳の上に直に座る。祐斗も同じように俺の横に座った。
「可愛いな…」
宏斗と晴斗の寝顔を見つめながら呟く。宏斗は俺そっくりだが、晴斗は祐斗に似ている。ただ、笑うと宏斗にそっくりだ。そんな些細な気付きさえ楽しい。
「可愛いですね…」
同じように呟く祐斗の肩を抱き寄せると、祐斗が俺の肩に頭を預けてくる。俺は抱き寄せた手と反対の手を伸ばして、祐斗の頭を撫でた。
番契約の経緯が最悪で、長い間冷めた関係だったせいか、結婚後も俺に甘える…どころか、自分から触れてくる事さえ無かった祐斗。俺も、面倒を見ていながら心の中では冷遇していた自覚があるから、今更どう言葉をかければいいか解らなかった。
きっかけは晴斗が生まれたこと。
『子は鎹』とはよく言ったもの。
宏斗が赤ちゃんの時は、互いに必要最低限しか話さずに、淡々と世話をしていた。今思い起こせば、宏斗に申し訳ない気持ちになるくらいに。けれど、晴斗の育児は3人で協力し、会話を交わしながら行う。そう。3人…宏斗もだ。晴斗が生まれた時は8歳になっていた宏斗は、自分に出来そうな事を見つけては年の離れた弟の世話をする。うんちオムツも平気で取り替える。「はるちゃん、今日もいいうんちですねー」と晴斗に語り掛けながら。にぃに大好きな晴斗はご機嫌で、そんな様子を見ては俺と祐斗はいつも顔を見合わせて笑う。
宏斗の存在は大きい。幼い彼の存在が俺達を『家族』にしてくれた。晴斗の存在が『家族の絆』をより強くしてくれた。
カウンセリングを終えても、どこか遠慮がちだった祐斗。だが、育児を通して会話が劇的に増え、喧嘩になっても良いから言いたい事は遠慮せずに言い合い、俺が「もっと甘えて欲しい」とお願いすれば、少しずつ甘えてくれるようになり…。
今ではこうして自然な動作で身を寄せてくる。
「祐斗、お前は今、幸せか?」
答えなど判っている癖に、確認するように訊いてしまう。
「…幸せです…。彰宏さん…貴方がいて、宏斗がいて、晴斗がいて、お義父様と郁哉さんがいて…。『罪』を犯した僕がこんなに幸せで良いのか…と、いつか失う日が来るのが怖い…くらい…、幸せ…なんです…」
祐斗が震えているのが、触れ合った触れ合った体から伝わってくる。
祐斗がずっと自分が犯した『罪』に捕らわれている事には気付いていた。俺が責め続けたのも一因だろう。
俺は祐斗を抱き寄せる手に力を込めた。
「幸せで良いんだ。お前の胸の内のそれは忘れてはいけないが、捕らわれる必要はないんだ。この幸せは失くならない。『家族』でもっともっと幸せになろう」
俺の言葉に、祐斗はゆっくりと俺の肩に預けていた頭を起こして俺を見た。
その瞳と頬は涙で濡れている。
「僕、今、物凄く幸せです。僕の『家族』は貴方と子供達、お義父様と郁哉さんです。
貴方……。僕とずっと一緒にいて下さい。子供達が大人になって巣立って行っても、ずっと僕を、貴方の傍に…置いて…」
俺は祐斗の肩から手を離すと、祐斗の頬を両手で挟み、止まる事なく頬を濡らす涙を拭うように、頬を撫でた。
「当たり前だろう。俺は半端な覚悟でお前を迎えに行った訳じゃない」
琳からの手紙に背中を押されたのだとしても、過去も現在も、そして未来も、全て受け入れる覚悟で祐斗と生きる人生を選択したのは俺自身だ。
「傍にいる。傍にいてほしい。一緒にいよう」
「…~~~…。…はい…」
祐斗が自分から俺の胸に顔を埋め、子供達を起こさないように、嗚咽を洩らす。俺は祐斗の背中を撫でながら、旋毛にキスをした。
傷付け、傷付き、後悔に苛まれた日々ー。
俺も、祐斗も、決して幸せにはなれない、幸せになることは赦されないと思っていた日々ー。
けれどー。
俺達が一番傷付け、一時は生命を削る程にまで追い詰めた琳が、自身が幸せになり、そして俺達の幸せを願ってくれたー。
俺はそっと心の中で告げる。きっともう二度と会う事のない、かつて愛した人へー。
琳、ありがとうー。
俺は…俺達は今、幸せですー。
やがて、俺の腕の中で泣いていた祐斗の嗚咽が、寝息に変わった。泣き疲れて眠ってしまったらしい。脱力して重くなった祐斗を抱え直し、一組の布団は子供達に占領されている為、もう一組の半分…子供達側に祐斗を横たえた。俺は、一度立ち上がって部屋の電気を豆電球にしてから、祐斗の隣に横になった。豆電球の薄明かりの中、眠る祐斗と宏斗、晴斗の寝顔を見つめる。自然と笑みが溢れた。
「おやすみ、良い夢を…」
幸せを噛み締めながら、俺も目を閉じたー。
《 完 》
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