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自由都市リベルタスの片隅、香水店『エルナの庭』の奥室。エルナは、かつて殺意すら覚えたシオン王子の手によって、その身を守られていた。 黒い霧――「世界の修正力」が去った後の室内は、冷え切った空気と焦げた魔力の臭いが充満している。
「……殿下、手を離してください。もう大丈夫ですから」 「断る。離せば、またお前は霧に飲まれるか、私の前から逃げ出すだろう」
シオンの指は、エルナの手首を壊れそうなほど強く、しかし慈しむように掴んでいた。 隣で震えていた聖女ユリが、意を決したように口を開く。
「シオン様、エルナお姉様が仰る通りです。……でも、今の霧は私の浄化魔法でも完全に消し去ることはできませんでした。この世界そのものが、お姉様を『排除すべき異物』だと認識しているみたいで……」
エルナは、自分の半透明になりかけた手を見つめた。 乙女ゲーム『クリスタル・ローズ』。そのシナリオにおいて、悪役令嬢エルナは「王子の婚約者」としてヒロインを苛め抜き、最後には断罪されなければならない。その役割を放棄し、王子からも隣国からも逃げ出した今のエルナは、プログラムのバグのような存在なのだ。
「エルナ、提案がある。……いや、これは契約だ」
シオンがエルナの目を真っ直ぐに見つめる。
「私の側にいろ。私の魔力は、この世界のシステムの一部を歪めることができる。私が『王』として、お前を『王妃』として定義し続ける限り、世界はお前を消去できない。……自由を捨てる代わりに、命を保証してやる」
(……究極の選択じゃない。命か、自由か)
「殿下、それは私を一生あなたの監視下に置くということですよね? 私が大嫌いな、あの息苦しい王宮に引き戻すと?」 「そうだ。だが、死ぬよりはマシだろう? お前が望むなら、王宮の中にこの店を再現してもいい。お前が望むなら、隣国の王子すら処刑してやろう」 「余計なことしないでください!」
エルナは溜息をついた。背に腹は代えられない。しかし、ただ従うのは癪だ。
「わかりました。その『契約』、乗りましょう。ただし条件があります。私を『愛でる対象』ではなく、運命を壊すための『相棒』として扱うこと。そして、一日のうち三時間は私を一人にすること!」
シオンは一瞬、意外そうに目を見開いたが、すぐに口角を吊り上げた。 「……三時間は長いな。だが、お前が私の視界から消えない範囲なら、譲歩しよう」
こうして、逃亡令嬢とストーカー王子による、世界を欺くための「仮面協力関係」が始まった。
「……殿下、手を離してください。もう大丈夫ですから」 「断る。離せば、またお前は霧に飲まれるか、私の前から逃げ出すだろう」
シオンの指は、エルナの手首を壊れそうなほど強く、しかし慈しむように掴んでいた。 隣で震えていた聖女ユリが、意を決したように口を開く。
「シオン様、エルナお姉様が仰る通りです。……でも、今の霧は私の浄化魔法でも完全に消し去ることはできませんでした。この世界そのものが、お姉様を『排除すべき異物』だと認識しているみたいで……」
エルナは、自分の半透明になりかけた手を見つめた。 乙女ゲーム『クリスタル・ローズ』。そのシナリオにおいて、悪役令嬢エルナは「王子の婚約者」としてヒロインを苛め抜き、最後には断罪されなければならない。その役割を放棄し、王子からも隣国からも逃げ出した今のエルナは、プログラムのバグのような存在なのだ。
「エルナ、提案がある。……いや、これは契約だ」
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「私の側にいろ。私の魔力は、この世界のシステムの一部を歪めることができる。私が『王』として、お前を『王妃』として定義し続ける限り、世界はお前を消去できない。……自由を捨てる代わりに、命を保証してやる」
(……究極の選択じゃない。命か、自由か)
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エルナは溜息をついた。背に腹は代えられない。しかし、ただ従うのは癪だ。
「わかりました。その『契約』、乗りましょう。ただし条件があります。私を『愛でる対象』ではなく、運命を壊すための『相棒』として扱うこと。そして、一日のうち三時間は私を一人にすること!」
シオンは一瞬、意外そうに目を見開いたが、すぐに口角を吊り上げた。 「……三時間は長いな。だが、お前が私の視界から消えない範囲なら、譲歩しよう」
こうして、逃亡令嬢とストーカー王子による、世界を欺くための「仮面協力関係」が始まった。
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